駄文を書く時間がなかなかありません。
いつか時間ができたら書きたいこと。
•昼休みに30分歩くようになった。毎日毎日毎日、食べたくもない炭水化物に1000円払って肩身狭く資料読むのが嫌になり、なじみのタイ料理屋やサンドイッチ屋を通過。昼ご飯を我慢して30分ウォーキングするようになった。お金はたまるし、食事時のうるささとも無縁だしでとても具合がいい。体を動かすので眠気もこない。ただ目線が資料にいってるので轢かれそうにはなる。
•老人病院に入ったおばあちゃんの入院費が半端ない。月30万円。びっくり。
働かないで介護に尽くしたいところだけれども点滴など医療業務が関わるためにそうもできないらしい。
現場の介護士は仕事がキツいのに格安のお給料で、
家族は月30万円もかかって
消費税は上がる。中間にとんでもない浪費家がいるとしか思えない。
•才能には望めない部分
才能というものが好きで、つまりは出来る人がやればいい、とか適材適所とかが僕の思考回路にはこびりついているんだけれど。(なんで蛮力や駆け引きの強さに欠ける僕は試合興味がないのだろうけれど)、最近になってようやく努力の効用がわかってきた。
努力の効用は信用と多様性なんだろうなぁと。そして第三者が求めるのはある程度の結果とその継続なんだろうなぁと。
•佳作
2年くらい継続して努力しているものがあり、僕はそっちの才能には欠けていると思うんだけれどもチリも積もればナントやらでだんだんと下駄が高くなってきたらしく。とあるイベントで5席に入選した。
賞というのは才能に与えられるものだと思っていたけれど。
審査する先生方も賞を出す経営者もたいてい忙しいから、第三者の作品が(才能点100+努力点0)で作り上げられようが(才能点10+努力点90)で作り上げられようがあまり問題ではないらしい。
いやむしろ。賞というのは努力をしてくれる人への励まし的な要素も強いんだろう。努力してくれてありがとう。今後も努力をして文化をつなげておくれ、と。という訳で地道に昼休み歩いている訳です。
•腐らない
才能でやって、うまくいかないとすぐさま腐る世代もカビを広げられるほどのスペースがなくなってきた。カビはすぐさま拭く。
•才能
そんな努力偏重の中、とある才能あふれたものを目にして。なんだか日々のくぐもった世界が洗い流された気がした。やっぱり才能は美しい。キラキラしている。
努力とか積み重ねなんかで才能を汚さないでほしい。
僕の美的感覚からいえば努力なんかで枠にはめたり、ほかの凡庸なものと交わるように能力を広げないでほしい。なんて思うけれど。
なんか「腐らない」を指標にすると思考はストップするけれども生きるのは楽。
•PCが壊れた
モニターがなくなったらとても清々しい気分で、勤務時間が気楽だった。
きっとPCのモニターが放つ光は人の心を傷つける物質が含まれているにちがいない。もしくはPC仕事が出来なくて暇だったからかどっちかだ。
•新しいiMACが来た
使いやすくてびっくり。マウスでスワイプできるってとても便利。
マックのこういう使いやすさが好きなのだけれども、経済ニュースを見ていたらどうもI PHONEやI PADやMacが売れても部品工場など日本の中小はあまり儲からないらしい。最近スマートフォンが好調で部品工場の景気が良いのだとか。
アドビのソフトも充実してきたし、「誰が買うんだよ」と思っていた東芝や三菱のPCに…
でも使いやすいんだよなぁ、マック。
•賞
なんだか文章を書いていたら気持ちがよくなってきた。とある賞について。
あれは賞なんか狙わずに自費出版にして同人誌的な売り方すれば(売り上げ-原価分)のヤバい収入になっただろうし、商人の算段で無駄な尾ひれ胸びれを着けられなくてよかっただろうになぁと、横目でみている。
才能ってやはり生まれ持ったものだろうけれど1冊分書く力があるなら、出版を重ねる間にうまくなっていくだろうし。徐々に徐々に力を着けて最終的に、よいものにたどり着けばいいのに。
外野を気にしないでがんばってほしいです。世界には心を腐らせるものがいっぱい。
•鬼に関する本を読んでいて、なかなか面白い。
鬼というのは元々は鉄の技術を持ってきた朝鮮人、もしくは製鉄に関わり、熱で肌がやけ、髪が逆巻き、視力を悪くして目を琥珀色に変えた製鉄従事者(多くが貧しさからつれてこられた農民だった)の異質さが元だそうで。
やがて平安時代の闇への恐怖や仏教の餓鬼道などが混じって形作られたらしい。
現代の感覚としては中国の「鬼」は「卑しいもの」で(日本軍の将校をさした「東洋鬼」とか小泉元首相を揶揄した「小泉小鬼」とか)、日本の鬼は「退治されるもの」(鬼畜米兵)とか)といった感じで、えらくかわいそうな感覚。
などなど。調べてみるとなかなか面白く。
更には「鬼追い祭」なる奇祭を発見。
スペインの「牛追い祭り」的な、「風と共に去りぬ」的なおしゃれなものを期待させる名前です。