
帝釈天境内にある鳳翔会館の裏と道路とは石玉垣で仕切られている。
会館を右手にして車道と石玉垣との間にある狭い歩道が江戸川堤に伸びている。
江戸川堤を正面にして、狭い歩道を歩いていると、
「やけのやんぱち、日焼けのなすび。色が黒くて食いつきたいが、わたしゃ、入れ
歯で歯がたたない」
バシ、バシ。
啖呵売(たんかばい)の人(じん)集めをしている寅さんの声がする。
「お猿のオケツはまっかっか。色の黒いが後家さんならば、山のカラスは後家さん
ばかり」

バシ、バシ、バシッツ。
柴又散策に参加した20数名の殆どは、子育てを終えた淑女だった。
「ここにいるのは現役の夫婦。馬鹿にしないでよ。寅は馬鹿でも長男だ。馬鹿とは
さみは使いよう。カッカするなよ、短期は損気」
バシッ、バシッツ。
おばはん、失礼、淑女達は、やり返した。
「奈良の大仏焼き芋食えば、ブツブツ匂うよ、オナラさん。よく見りゃ男が六人。
七つ長野の善光寺だねえ。八つ谷中(やなか)の奥寺で、竹の柱に茅(かや)の
屋根。手鍋下げてもいとやせぬ。信州信濃の新ソバよりも、あたしゃ、あなたの
傍がいい」
バシ、バシッツ、バシ、バシ。
寅さんが叩くバシ棒の音が、晴天に響き渡る。
「寅さん、私達はね、あなた百までわたしや九十九までなんて、まっぴら御免。共
にシラミのたかるまで、ですって。寅さんは、どうなのさ。早く身を固めなさい
よ」
「ああ、大いに結構だね。結構毛だらけ、猫灰(はい)だらけ。お尻のまわりはくそ
だらけ。俺が真剣に惚れたのは御前様の娘さんだけよ。江戸川提に吹く風もレ・
ミゼラブルと泣いていた。縁がなかったねえ」
「それから、ずう~っと、無縁仏でしょう」
「分かっちやくれないねえ。ちゃんといるでしょう、仏さんが」
「どこに?」
「分かんないの。ここは、帝釈天の玉石垣の前だが、後ろに松があるから松の廊下
だよ。浅野匠頭(たくみのかみ)じゃないが、腹切った積りで告白しちゃおう。
忘れな草ですよ。リリーが虎屋に泊まった夜、結ばれた。隣部屋で寝ているリリ
ーが俺に声をかける、それに俺が答える。その時の満足顔と仕草をみて・・・。
もう、まだ、分かっちゃくれない。それが、映画ってもんでしょう」
「何よ、偉そうに。だって、寅さんは泥棒退治のバットを持って喜んでいただけな
んだから」
「よ~うし、はっきりさせようじゃないか。やけのやんぱち、日焼けのなすびだ。
小樽に住んでいる初恋の人妻に逢いたくて、家族に無断で家出をしたパジャマお
父さんと八戸で知り合い、函館の屋台でリリーと再会。長万部、札幌、小樽へ3
人一緒の珍道中。お父さんが帰宅して、珍道中の礼にメロンを土産にして虎屋に
来たでしょう。そのメロンをめぐってリリーと大喧嘩した。彼女の求婚も断った
のに、相合傘で仲直りですよ。
まだある。恐怖の飛行機に乗って、沖縄
の病院まで見舞いにも行った。彼女はハイビスカスの花を、病気見舞いのお返し
にくれた。それが嬉しくて、おいちゃん、おばちゃん、さくらや博のいるところ
で、リリー、お前と一緒になろう、と思わず本心を打ち明けてしまった。
彼女は、一瞬、戸惑ったけど、笑って誤魔化したね」
「寅さん、冗談でしょう。素人さんが聞いたら誤解しちゃう」
「見事に、一本取られた。たいしたもんだよ、蛙のションベン。見上げたもんだよ
屋根やのふんどしって、ねえ。
リリーの求婚を断った俺の台詞
を、そのままオウム返しよ。さくらは、お兄ちゃんは半分本気だった、と彼女を
慰めていたが、しがない渡世人同士の、激しく燃える恋って奴さ」
「そんなこと、他のマドンナに云ってないじゃないか」
「そこが役者稼業の辛いところ。それを云っちゃあ、お仕舞いよ」
「寅さんが売(ばい)をしていたものは、何んだったの?」
ボケ封じ観音さまに聞かれたが、おばはん達との結婚談義に忙しい寅さんは、そそ
くさと店じまい。
渥美清と倍賞千恵子、三崎千恵子と春風亭柳昇が寄進した石玉垣の写真を見せて、
急場を凌ぐ。
会館を右手にして車道と石玉垣との間にある狭い歩道が江戸川堤に伸びている。

江戸川堤を正面にして、狭い歩道を歩いていると、
「やけのやんぱち、日焼けのなすび。色が黒くて食いつきたいが、わたしゃ、入れ
歯で歯がたたない」

バシ、バシ。
啖呵売(たんかばい)の人(じん)集めをしている寅さんの声がする。
「お猿のオケツはまっかっか。色の黒いが後家さんならば、山のカラスは後家さん
ばかり」


バシ、バシ、バシッツ。
柴又散策に参加した20数名の殆どは、子育てを終えた淑女だった。
「ここにいるのは現役の夫婦。馬鹿にしないでよ。寅は馬鹿でも長男だ。馬鹿とは
さみは使いよう。カッカするなよ、短期は損気」

バシッ、バシッツ。
おばはん、失礼、淑女達は、やり返した。
「奈良の大仏焼き芋食えば、ブツブツ匂うよ、オナラさん。よく見りゃ男が六人。
七つ長野の善光寺だねえ。八つ谷中(やなか)の奥寺で、竹の柱に茅(かや)の
屋根。手鍋下げてもいとやせぬ。信州信濃の新ソバよりも、あたしゃ、あなたの
傍がいい」

バシ、バシッツ、バシ、バシ。
寅さんが叩くバシ棒の音が、晴天に響き渡る。
「寅さん、私達はね、あなた百までわたしや九十九までなんて、まっぴら御免。共
にシラミのたかるまで、ですって。寅さんは、どうなのさ。早く身を固めなさい
よ」

「ああ、大いに結構だね。結構毛だらけ、猫灰(はい)だらけ。お尻のまわりはくそ
だらけ。俺が真剣に惚れたのは御前様の娘さんだけよ。江戸川提に吹く風もレ・
ミゼラブルと泣いていた。縁がなかったねえ」

「それから、ずう~っと、無縁仏でしょう」
「分かっちやくれないねえ。ちゃんといるでしょう、仏さんが」
「どこに?」
「分かんないの。ここは、帝釈天の玉石垣の前だが、後ろに松があるから松の廊下
だよ。浅野匠頭(たくみのかみ)じゃないが、腹切った積りで告白しちゃおう。
忘れな草ですよ。リリーが虎屋に泊まった夜、結ばれた。隣部屋で寝ているリリ
ーが俺に声をかける、それに俺が答える。その時の満足顔と仕草をみて・・・。
もう、まだ、分かっちゃくれない。それが、映画ってもんでしょう」

「何よ、偉そうに。だって、寅さんは泥棒退治のバットを持って喜んでいただけな
んだから」
「よ~うし、はっきりさせようじゃないか。やけのやんぱち、日焼けのなすびだ。
小樽に住んでいる初恋の人妻に逢いたくて、家族に無断で家出をしたパジャマお
父さんと八戸で知り合い、函館の屋台でリリーと再会。長万部、札幌、小樽へ3
人一緒の珍道中。お父さんが帰宅して、珍道中の礼にメロンを土産にして虎屋に
来たでしょう。そのメロンをめぐってリリーと大喧嘩した。彼女の求婚も断った
のに、相合傘で仲直りですよ。

の病院まで見舞いにも行った。彼女はハイビスカスの花を、病気見舞いのお返し
にくれた。それが嬉しくて、おいちゃん、おばちゃん、さくらや博のいるところ
で、リリー、お前と一緒になろう、と思わず本心を打ち明けてしまった。

彼女は、一瞬、戸惑ったけど、笑って誤魔化したね」
「寅さん、冗談でしょう。素人さんが聞いたら誤解しちゃう」
「見事に、一本取られた。たいしたもんだよ、蛙のションベン。見上げたもんだよ
屋根やのふんどしって、ねえ。

を、そのままオウム返しよ。さくらは、お兄ちゃんは半分本気だった、と彼女を
慰めていたが、しがない渡世人同士の、激しく燃える恋って奴さ」

「そんなこと、他のマドンナに云ってないじゃないか」

「そこが役者稼業の辛いところ。それを云っちゃあ、お仕舞いよ」
「寅さんが売(ばい)をしていたものは、何んだったの?」
ボケ封じ観音さまに聞かれたが、おばはん達との結婚談義に忙しい寅さんは、そそ
くさと店じまい。

渥美清と倍賞千恵子、三崎千恵子と春風亭柳昇が寄進した石玉垣の写真を見せて、
急場を凌ぐ。

寅さんの心情をきっちり理解された
文章に 巧みに表現された文章に
感動しましたよ。
成就してたんですね リリーと。
それを言っちゃおしまいよ・・・かぁ
泣かせますよね ウンウン。