人生はコーヒールンバだな Ⅴ

2004年07月03日 | 小説:人生はコーヒールンバだな
さて、事件はSanMateoAkyukiが神戸メリケン波止場の沖で死体となって浮かんでいたところから始まる。

半開きになった口から、一本の竹串が1cm程突き出ており、一端は喉奥の皮膚を突き抜けて、脳髄に達していた。
唇の周りが紫黒色に変色しているのは、チアノーゼかと見えたが、よくみると、それは、青海苔が水に濡れて変色し、一体化してへばりついているのであった。きれいに並んだ歯には、紅ショウガの赤が、死者を弔うごとくにはさまって見える。

波止場の入り口に張られた「立ち入り禁止」の札がぶら下げられた虎ロープをくぐって一人の男が入って来た。
この男こそ、あのポートピア殺人事件を解決に導いた兵庫県警所属、素留木四郎(ぞる きしろう)警部補その人であった。かの事件での彼の活躍は残念ながら筆者はゲームはしていないので真偽の程はわからない。かれは、ベージュ色の皺のよったハーフコートを羽織り、肩からロシア製のカメラをかけている。頭はぼさぼさ。髪の毛の量は多いが、一見では6割程度が白髪だ。本当はもっと多いかもしれない。少しこけたあごはライオン首相を思い起こすこともあるが、目つきは首相とは比べ物にならないくらい、精悍だ。青い空はるか上空をのんびりと旋回している鷹がつねに獲物を探して地表を見つめている、その目である。人は彼を「鷹の目のゾル」と呼ぶ。

ゾルにつづいて、小太りの男が追いかけてくる。彼の名は「振旗忍三郎」。古くは京都で旗本の家系で、旗本退屈男が先祖であったとするが、確かめるすべも無い。人は彼を「忍(にむ)」と呼ぶ。「にむ」は先ほど警視庁から兵庫県警に派遣されてきた。昨年の春東京大学法学部を卒業。在学中に司法試験に受かり警視庁に就職したといういわゆるエリート刑事だ。

「つまらん死体だな」

ゾルはSanMateoの口から飛び出た竹串をぐりぐりしながらつぶやく。

すでに、ジーパンの後ろポケットから出てきたパスポートから、死体はフィリピン国籍のジープニー会社社長のものであることはわかっていた。近くのホテルからは、団体観光旅行に参加している男性が行方不明になっているという届が警察に出されたばかりだ。ここ、神戸メリケン波止場には年に2~3体の死体はあがる。多くが日本人。最近まれにロシア人が上がることがあるが、そのほとんどが酔っ払って誤って海におちた船員のそれだ。この死体もその類だろうと思われた。

死体はすぐに司法解剖にまわされる。胃の中から大量の加熱でんぷん質が出てくる。とともに、口についていたのと同種の青海苔、紅しょうが。決定的なのは消化しきれない蛸の切り身が出てきたことが、死んだ時の状況を物語る。SanMateoは死ぬ直前まで、たこやきを食べていたに違いない。
さらに、竹串についていたソースと、解剖で胃の中に残っていたソースは同じ成分であることがわかりこの竹串でたこ焼きを食べていたものであると断定された。

SanMateoはホテルのバーでストレートのウィスキーをしこたま飲み、夜風に当たりたくなり外に出る。そして、近くの屋台で買ったたこ焼きを食べながら、ふらふらと桟橋まで歩いてきたときに前日の雨で出来た水溜りに足をとられて前のめりに倒れ、咥えていた竹串が脳髄を突き刺し、そのまま海に・・。刑事2年目のにむにも簡単に解ける死因だ。

「警部補!」とにむ

ゾルは横目でにむを睨み付ける

「警部と呼べっ!」

「でも、ゾルさんは警部補でしょう?警部補を警部とは呼べませんよ」

ゾルはにむに顔の正面を向けて、静かにドスの効いた声で言う

「Don't Call Me Zoru!」

にむは無視して続ける。

「これは事故ですね。そのように報告書を書いておきます。」

ゾルは頭をかきむしって答える

「おまえなあ・・・これは、事件だ。そんなこともわからんのか。だから、警視庁からきた坊ちゃんは甘いんだよなあ」

にむは、むきになる

「ど、ど、どうして事件だと断言できるんですかぁ?」

ゾルは皺だらけのコートのポケットから、おなじく皺だらけになったKENT Milds soft をひきづり出し、よれよれになった煙草を一本くわえてジッポーで火をつける。大きく一服吸い込んだ煙をポートタワーに吹きかけるように吐き出して一言、

「一行目に『さて、事件は』と書いてあるじゃないか」

にむは。のけぞる。

「そ、それは、あんまりじゃないですかぁ。ソリャ、『これは事件だ』という一言で済ませられれば、著者は楽ですよぉ。でも、読者はそれは許さないでしょう。そんな、イージーな話の組み立てじゃあ、だ~れもついてこないですよぉ」

ゾルは困った(そして著者も困った)

4秒半ほどおいて、ゾルは何事も無いように答えた

「11レース買いに行くぞ」

競馬にふられるとにむも弱い。そういえば、今日も日曜出勤であった。本当は遅くに起きて元町駅のキオスクで競馬新聞を買い、モスバーガーでモスチーズバーガーとフライドポテトとホットコーヒーを頼み。バーガーを包んでいる紙のそこに残った味噌ソースをフライドポテトにこすりつけて食べながら今日のレースの予想をする予定であった。

二人は元町Windsへと入っていった。

11レースは完敗だった。一階のエスカレータの裏でゾルは競馬新聞を見つめる。
にむは近くでたこやきを買ってきて一人ハフハフしている。

「ほるへいふほ?はいひゅうへーふ、はふんへふか?」

「おまえ、俺のことゾルと呼ぶな、警部補ともな。最終レースは買うかどうか考えているところだ。まったく、気に障る男だな、お前は・・」

と、ゾルはにむの持つたこ焼きに目を落としたときにスイッチが入った。にむの持つたこやきは「つまようじ」に刺さっている。大阪では多くのたこやきはつまようじに刺さっている。SanMateoの口に刺さっていたのは長さ15センチはあろうかという竹串である。近くに竹串をフネに添えるたこ焼き屋があるのだろうか?
即座にゾルはケータイから県警に連絡を入れる。メリケン波止場近辺に竹串を添えるたこ焼き屋を探させる。
しかし、そんな店は屋台も入れてない。捜索範囲を広げる。西は明石。ここまで来るとたこ焼きではなく「明石焼き」となる。明石焼きはたこ焼きに似て非なるもので、お椀にはいった汁につけて食べる。たしかに蛸ははいっているが、小麦粉料理というよりは、卵料理である(うまい)。西方面の捜査はここで終わる。
残るは東方面だ。
三日ほどして甲子園署から電話が入る、「鳴尾浜の西野渡舟の乗り場で竹串を添えるたこ焼き屋がある」と。
ゾルとにむは阪神甲子園から鳴尾浜行きの阪神バスに乗って西野渡舟前のバス停に降り立つ。
たしかに、そこにはたこ焼き屋があった。

「オヤジ、串を見せてくれるか?」

「へい、こんなもんでおます。はいはい、そ、そ、竹串をつけさせてもろ~とります。え?なんでやって?ここのお客さんは渡し船に乗って、西宮沖の一文字に渡る釣り師ばかりですな。一文字の堤防に上がられて、折りたたみの椅子に、こう、座りなはって、こう、釣竿を伸ばしはりますな。たこ焼きは地べたに置かれます。つまようじでは、どうしても手が届かん。で、長い竹串なら地べたに置いたたこ焼きに手が届きます。せやから、当方では竹串をつけさせてもろうとりまんねや。」

ゾルはもう一本のKENT Mildsに火をつけてつぶやいた

「これは事件だ」

SanMateoはここの竹串でたこ焼きを食べていた時に殺された。自分で食べていたのか、誰かに食べさせてもらっていたのかは不明だ。しかし、自分で食べていた、としても食べさせてもらっていたとしても、脳髄に串をさしたまま、ここからメリケン波止場まで帰れるわけが無い。ここで殺されてメリケン波止場に投げ込まれたと考えるのが自然だ。これは、プロの仕業だな。それも、女だ。女の前では男は無造作に口をあける。

こうしてSanMateoはりっぱな被害者となる。

ゾルは六甲山に沈む夕日を見つめながらつぶやいた。

「やっかいな事件に巻き込まれたようだ」

第六話へ
人生はコーヒールンバだな 第一話へ

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。