人生はコーヒールンバだな
玉のblog goo本店

こちらのblogは特にテーマはありません。私の人生をつらつらと書き連ねているだけです。でも、一つ一つの文章は、いつかだれかのためになればと思って書いています。検索から、ソーシャルメディアから、リンクから・・、ひょんなきっかけでいらっしゃった方の人生にとって、なにか心に残ることがあれば、これ以上の幸いはありません。

小説:人生はコーヒールンバだな:謎のフィリピン男の殺された訳とは。神戸と上海をつなぐ線。IT時代の捕物活劇。
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人生は旅でもある。:いろいろな場所で、いろいろ見たこと。

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人生は物欲は避けがたい。:ものは少年の自分に戻してくれます

人生は音楽である:心に残る音楽とのかかわり。

人生は健康も病もある。:生きてこその自分です。

人生は花が必要。:季節の移ろひは花に見つかる

人生はマーケティングもある。:仕事柄、感じることをつづります。

人生はメンタルだよな:人は意識の生き物とも言います。

地下路線の出口:鉄道写真のあたらしい切り口。

誰が日本の広告を変えていくのか広告業界の誰かのためになるかと思って。




今晩友人に教えてもらった俳句です。すこし、文字の並びを変えてみます。


さくら
さくら
さくら
さくら
万の死者

こうやって見ると、桜の花びらが万の死者の上にふりそそいでいるように見えます。

"ら"という言葉には元来"多くの"という意味があるようです。

君ら
子供ら
そこら(中)

そのように"ら"をとらえると、"さくら"という言葉にも別の視点が見い出せます

"咲く"+"ら(多くの)"

まさに桜は、春には多くの花を一斉に咲かせます。そして、はらはらと花びらを散らしていくのです。

この句をもう一度眺めなおすと

ら、ら、ら、と重ねることで"万"の重さが強調されていると理解できます。

桜の根元には死者がいるというイメージと、今回の震災で万の人が亡くなられたことを、桜のはかなさに重ね合わせて、さらに、毎年春になれば咲き誇る桜に希望を託して詠まれた歌である。

と、私は受け止めさせていただいたことであります。





コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 ) /この文章のカテゴリ人生はメンタルだよな



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コメント
 
 
 
さくらさくらさくらさくら (イスキア)
2011-12-29 12:20:16
とても悲しい俳句です。さくらという言葉によって、極めて日本人的な情がシンクロしてゆきます。これがイタリアで翻訳されて披露されたとありました。イタリアの人はどう感じたのでしょうか?
この作品は日経俳壇で、選者黒田杏子さんの今年の十選に選ばれておりました。すみません。作者は失名しました。このエントリー、とてもいい解釈だと存じます。俳句は省略の文学。それぞれ受け手の読者が感じるに任せる。その余韻がとても深い作品だと思います。広告もそうありたいと願っています。
 
 
 
「ら」、勉強になりました。 (たぬきのぽんた萌え)
2013-09-23 01:44:54
失礼ながら、確認もさせて頂きました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%95%E3%81%8F%E3%82%89#.E8.AA.9E.E6.BA.90
ありがとうございました。

恥ずかしながら知人の記事で、つい先刻この句を知りました。
http://mainichi.jp/feature/news/20130918dde012040007000c.html

区切り方を探してググって、こちらのブログに出会いました。

また、こういう御意見もありました。
http://blogs.yahoo.co.jp/irashi50/61876602.html

私としては、どの区切り方も正解だと思います。というか区切り方で微妙に印象を変える、マルチ俳句なのではないでしょうか。
 
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