新専貨回想

平成の世を駈けたヤード系輸送の末裔

タム500

2017-04-16 17:01:32 | 東北線/常磐線

 足回りをもがれた所謂「ダルマさん」状態での据置タンク転用は、かなり古い時代から良く見られますが(逆に平成に入る頃にはそのような例を見ることは稀になったので、99系以降のタンク車はタンク体すらも残らないんでしょうな)、足回り付きで燃料屋の据置タンクとして転用されている例は極めて稀ではないでしょうか? それだけでも形式問わず見に行く価値があろうものですが、2軸タンク車、それも戦時製だと聞けば行くしかありません。

新幹線とローカル列車を乗り継ぐこと約5時間、その目的地はあります。電車の中から見えるのに、これまで誰も気付かれること無く、と言うか、つい最近まで原子力事故の避難区域指定にあったエリアなので、ここ5年程は立ち入ることすらままならない場所で人知れず存在し続けたのでしょう。

何の予備知識もなく、車窓からこんなものが視界に飛び込んで来た日にはパニックですね。

電車は2時間に1本しか無いし、ここまで来るのは一日がかりで大変ですが、駅からは非常に近くて助かりました。昔の燃料屋は駅に隣接していることが多く、その場合は専用線を持っていたことも多いですが、ここの場合はそのような痕跡はありませんでした。さて、入り口にて作業中のおじさんに挨拶して、観察させていただくことにします。

    

1輌目、こちらは如何にも旧そうな形態、ちょっと私有貨車をかじったことのある方なら、丹生川で保存されているタ2000形タ2001との類似性に気付くのではないでしょうか?

     

2輌目、こちらはタム500形と聞くとこういう感じかなーと連想させる一般的形態かな。

危険物屋外タンクとしての技術基準を満たすためには、しっかりと固定されていなくてはなりません。で、車輪をコンクリに半分埋めて固定しています。勿論周囲にはコンクリの防油堤が規則通り設置、こんなの初めて見ました。東日本大震災でも転がったりズレたりしなかったことを見ると、適切な施工だったのだと思います。板バネが生きていれば適度な衝撃吸収効果も期待できそう?

 

ただ、「車輛」としてみると、大変残念なことに。台枠中梁が液出し管の改造に際し一部切り欠かれてしまっています。まあ、チャンネル材を継ぎ足して復元しても、適切に補強されていれば問題は無いとは思いますが。60年前に17m木造客車3輌分の台枠を切り刻んで、接ぎ合わせて20m車2輌分に仕立て直した客車が、今でも95km/hで本線を走れるのだし。

 

タンク貨車の製造時期を見極めるポイントはいくつかありますが、そのうちの一つが自連胴受けです。勿論古いのは左側の方で、戦前から終戦直後に製作された車輛に良く見られるタイプですが、私の様に平成になってから貨車を追い掛けだしたファンにとっては滅多に見れない、と言うか現役車としてはタ2000形位しかありませんでした。

で、更に辺りを見廻すと、何か向こうにもそれらしきものがいます。手前のドームレス型2個は多分違いますが…

  

これはダルマさんですが、明らかに元タンク車ですね。何とか正体を暴いてやろうと舐めるように見廻してみましたが、出光のアポロマーク以外の手掛かりを見出すことは出来ませんでした。ただ、形態的には東洋レーヨン製のタム4000形と推定。出光のタム4000形で東洋レーヨン製だとすると、4019-4023のどれか、但し、4019はヨンサントオで道内封じ込めの(ロ)タム24000形になっているので、4020-4023のどれかと推定されます。

同じ敷地内にはこんな石積みの蔵も良い雰囲気。

最後に、2輌のタム500形の素性ですが、分厚く塗り重ねられた塗装のせいで元番号の読み取りは極めて困難でした。よって、データには間違っている可能性がありますので了承ください。別に聞いた証言によると、元売りの仲介で千葉の製油所から持ってきたと言う事なので、最終配置は京葉臨鉄の前川、廃車時期は検査期限からすると、昭和52年前後頃だと推定されます。

1、タム2526? S18新潟鉄工/S43大宮工改 出光興産/常備駅不詳 52-9/48-9新小岩車セ(B2)
2、タム2787? S29日車東京/S43郡山工改 出光興産/常備駅不詳 52-9/48-9新小岩車セ(B2)

(2017年4月15日 福島県南相馬市)

 

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予告編?

2017-04-13 00:00:32 | Weblog

 本当に久しぶりの更新です。約2年間放ったらかし…

多分もう出てこないだろうと思っていた足付きタムの廃車体が2輌も、しかも1輌は昭和19年製という凄いものが発見されたのですが、所在地がちょっと厄介で…6年前までは普通電車だけで日帰り出来たのに、あの日以来行く事すらままならなくなっていた場所なので。まあ少しずつではあるが状況も改善し、新幹線使えば何とか日帰り出来るし、状況からして早いところ行っておきたい雰囲気なので、近く訪問出来ないか思案中。

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純アルミタンク車ネタもう一つ

2015-05-24 13:16:04 | 保存車

 東のタ3077の話が出たついでに、西は貨物鉄道博物館のタム8000の小ネタを。やはりこちらも修復作業中の模様でした。

 

現車観察中、社名板の左下に何か付いているのに気付きました。

近くに寄ってみると、何やら銘板の様です…

板はアルミエッチング製の様で、かなり腐蝕が酷く読み取り辛いですが、何とか「日軽アルミニウム株式会社 昭和37年3月製造」と読めました。タンク体の製造銘板の様ですね。自社でアルミタンクの溶接技術を持つ日立や三菱重工はともかく、日車や汽車はアルミタンク体は外注だと聞いたことはありましたが、銘板が付いているのは知りませんでした。社名の上には商標か社章らしきものがありますが、日軽アルミの商標って、「孔雀印」だったっけ?

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タ3077その後

2015-05-23 23:07:10 | 保存車

 本当に久々の更新です。知人のお誘いがあって、その後が気になっていた那珂川清流鉄道の様子を見に行ってきました。

  

タ3077は標記無しののっぺらぼうな姿ですが、外観はほぼ修復が完了していました。特徴的なひょろ長いフォルムが見事です。これだけ見るとタム100なのかタ2900なのかタ3050なのかタ3300なのか判別できませんね。少し前まではほぼ原形のタム100戦時型の現車を拝むことが出来るなんて思いもしませんでした。側ブレーキ横の本来のステップの脇に入換運転の際の便宜を図ってか、大型のステップが増設されています。後は片方のカプラーと空制関係、標記の修復が待たれます。

北上時代から気になっていたのですが、前回はシート被り状態だったので観察できずだった安全弁は、やはり欠品していました。このままだとタンク体に雨水が溜まりそうだし、大型の安全弁は戦前戦時型タム100の外観を特徴づけるポイントでもあるので、外観だけのダミーでも良いので取り繕って欲しいところです。

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あれからもう31年

2015-02-01 11:32:23 | Weblog

 所謂「58-X」計画、昭和59年2月白紙ダイヤ改正が実施された日から今日でもう31年が経ちました。ついこの前の事だと思っていたのに、もうそんなに経つんですね。で、そんなタイミングで、こんなムックが出ています。(タイトルは「あの日から30年」ですが)未だじっくりと見ていませんし、出版社がアレなので、精査するとツッコミどころが山ほど出て来るかも知れませんが(以前の国鉄バスのムックが本当に酷かった…キャプションと写真が合っている部分の方が遥かに少ないし、呉羽バス窓ボディのP-LV314がこの世の中のどこにあるんじゃい)まあ著者が吉岡心平氏なのでたぶん大丈夫でしょう。

 この改正でヤード系輸送が事実上終焉し、それに依存していた私鉄貨物や、夥しい数の多様な黒貨車たちにとっては壊滅的なものでした。新しい直行体系ではフォローし切れない需要に対する救済措置として設定され、大いなる喪失感を味わった多くの貨車、貨物列車ファンの最後の心の拠り所でもあったヤード系輸送の末裔、「新専貨」列車も事実上姿を消してからもう7年も経ちます。昨今、環境やトラックドライバーの長期的不足傾向の観点から、鉄道貨物が再び見直される傾向がありますが、これを見ていると国鉄が昭和40年代以降に失った物の大きさ、そしてそれが今のJR貨物に至るまで尾を引いていることを改めて感じました。当時の最先端技術と巨費を投じながら、約10年で放棄せねばならなかった総合自動化ヤード、武蔵野操車場を筆頭としたヤード輸送の近代化と、直行高速輸送の拡充は、もっと早く手を付けるべきだったと思います。結果的には迅速な直行輸送を望む顧客も、少し時間がかかっても全国津々浦々を網羅するきめ細かい対応を望むヤード系輸送に適した顧客、双方を失ったのですから。経営側がもうちょっと毎日現場で昼夜問わず危険な作業を黙々とこなす労働者に対し敬意を払っていれば、そして労働側も国鉄の置かれた経営環境を直視する姿勢を持っていれば、どうなっていたのでしょうか。労使双方が自分たちの権利を主張するばかりで、相手のことを理解しようとしなかった結果、双方にとって不幸な結末が訪れた様な気がしてなりません。

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謹賀新年

2015-01-02 21:31:27 | Weblog

 皆様あけましておめでとうございます。

 相変わらずスローペースですが、今年はもう少しはペースを上げて更新していければ、と思っていますが、さてそれが続くかは…? 勿論何かリクエスト頂ければ、持ちネタにあれば上げていきたいと思います。

(2003年2月 信越本線 二本木-新井 4381レ)

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では良いお年を

2014-12-31 13:25:00 | Weblog

 相変わらず更新が滞りがちですが、私にとって今年の最大の話題は2輌の「タ」、昭和の時代に姿を消した筈だったモノが忽然と姿を露わにした1輌と、民営化後も「タ」車で唯一車籍継承され、平成に入って孤軍奮闘した2輌のうちの1輌、かな。両者とも来年にはちゃんと修復され綺麗になった姿が見られることでしょう。

2輌の「タ」は川崎貨物で休んでいることが多かったので、何回か見に行きましたが、一緒にいたタサ3200やタキ3500若番(3512とか3514)も、もうちょっとちゃんと撮っておくべきだったかな。社名標記の雑、もとい力強い書体が印象的だったタサ3201。

(1993年5月 東海道貨物支線 川崎貨物駅)

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化成品標記事情

2014-12-30 20:57:24 | Weblog

 最近コンテナ系のサイトを久々に覗いてみたら、クロロホルム専用のISOタンクコンテナが目に留まりました。クロロホルムはモントリオール議定書絡みで製造中止になったのかと思っていたら、HCFC、HFC系代替フロン等の中間体としてはまだ生きているんですね。で、これの化成品標記が、「毒60」、あれ、クロロホルムって、「毒61」じゃなかったっけ?

他にも、メタノールが「燃毒36」のとか、ホルマリンが「侵80」のとかもある一方で、従来通りの標記のも混在している始末です。以前から化成品標記の誤記は時々あったけど、それは明らかに単純なミスと分るものがほとんどだったので、最近見かけるのとは性質が違うというか、規則が改正になったのか、それとも単に規則の周知が不徹底なのか…JR貨物が整備に直接関わらない、JR番号の無いISOコンテナに同様の例が多い様なので、後者なのかな?

(タキ9020:1993年3月 桜島線 安治川口駅)
(タキ5283:1993年5月 東海道貨物支線 新興駅三地区)

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標記が物語る歴史

2014-11-02 20:25:51 | Weblog

 タ3077のタンク体、研磨途中ながら、この車輛が辿ってきた歴史を物語る標記の痕跡が見出され、中々興味深いです。旧番であるタム1134やタ2909、最終期の「連結注意」だけでなく、その前の「突放禁止」標記、常備駅も最後の大船だけでなく、その昔の大牟田駅常備まで透かして読めます。

昭和48年除籍なので、東洋高圧工業は三井化学工業と合併し、三井東圧化学となった後の筈ですが、例の三井マークの痕跡らしきものは見受けられません。新茂原のタキ8000形式8011とか、平成に入ってから廃車されるまで旧東圧のツバメマークを付けていた例もあるので、最後まで書き換えられなかったのかも知れません。

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蘇る昭和の亡霊(2)

2014-10-30 21:50:33 | 保存車

 とりあえずいろいろ観察してみる。戦時型タム100(2代)形式の特徴である、帯金が直接突き刺さった受台、こんな構造になっているんですね。製造時期が時期だけに、各部の工作はかなり粗雑で、純アルミ製タンク体の溶接仕上げもかなり凄まじいです。貨物鉄道博物館のタム8000と並べれば、約20年間でのアルミタンク車製造技術の進化を学ぶ絶好の教材なので、そう言う機会があれば、とも思いました。

 

アルミタンク体以外の構造は、戦前期のタンク車としては標準的なもので、戦後の物より側梁のチャンネルが細くて見るからに華奢です。事実、この個体も連結時の衝撃を受け続けたためか台枠が座屈変形気味です。戦災有蓋車の台枠を流用したタンク車が製作されて以降、その太いチャンネル寸法が標準となったのは必然的でありましょうか。

 

小さな製造銘板が片方のみ割れつつも辛うじて残っていました。考えてみればA-Trainに代表される「アルミ車体の日立」の原点でもありましょう。製造時は当然、1段リンク式なので、ヨンサントオ前に大宮工場で2段リンク化されています。

後年の規則改正で、側ブレーキ梃子のストッパーはラチェット式に改造されていますが、旧来のストッパーピン用の穴もそのまま残っています。個人的にはタンク車としては実車にほとんど触れることの出来なかった時期の車なので、これがあると私鉄の貨車を連想してしまいます。

 

で、肝心のこいつの正体は…
タム100形式(2代)15t積み濃硝酸専用車1134(昭和18年日立)→
タ2900形式8t積みメタノール専用車2909→
タ3050形式10t積みホルマリン専用車3077→昭和48年除籍、
所有者は一貫して東洋高圧工業→三井東圧化学、ということで。

錆止め作業とタンク体の研磨作業の途中なので、こんな感じでシートを被った状態で残念。全景は完成した時のお楽しみ、と言うことで。

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