新専貨回想

平成の世を駈けたヤード系輸送の末裔

試行中

2017-05-27 00:05:26 | Weblog

 フィルムスキャナによる電子化は結構手間なので、もっと簡単に程々のクオリティでポジフィルム画像の電子化を模索し、ペンタックスK-1+SMC50mmF4マクロ+中間リング+ニコンES-1で等倍複写を試行中。取り込み速度は圧倒的に速いし、ライブビューで見ながらフレームの微調整が出来るし、画像クオリティもISO100で撮影すれば余り遜色は無さそう、と言うかピントに関してははこっちの方が良い様な気もします。(OpticFilmは固定焦点なので、マニュアルフォーカスで調節できるデジイチデュープの方が焦点精度では有利なんでしょうね)

20年以上前の神栖で、案外見かけなかった日陸のタキ4200、元日新電化だったかな? 隣の信越化学のはタキ9000だったかな?

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新潟製タムと言えば

2017-04-29 20:10:42 | 臨海鉄道

 新専貨末期に活動していた私の世代だと、やっぱり三菱瓦斯化学のタム3450と3700ですね。新崎や新潟臨鉄に行くと大抵見られたので、味タムに次いで?馴染み深い2軸タンク車でした。

SUS製タンク体の珍車タム3450ですが、見た目はタム3700新潟製(MGCだと3710-11)とほぼ同じです。新潟製タンク車全般より受ける印象と言うと、細くて背の高いドームでしょうか。太くなった台枠側梁のチャンネルや、帯金の締結方式など時代に応じたアップデートがなされていますが、全体のフォルムは南相馬のタム500の旧い方とそっくりですね。この細長いドームは新潟製タンク車末期のタキ4000(東京化成品所有の34013-17だったかな?)まで受け継がれています。

飯野製は基本フォルムは新潟製に似ていますが、造船屋らしく大型プレスで曲げた大判の一枚板を上下真ん中で接いでいたのが特徴的でした。

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何時の間にか消えた社名

2017-04-24 00:30:14 | Weblog

 私有貨車を追い掛けていた時代は、社名変更や合併と聞くと、その会社の持っていた私有貨車の動向が気になったものです。合併を機に私有貨車を全て手放してJOT等輸送会社にリースバックする例もあったし、社名や社章変更も間を置かずに一斉変更される例もあれば、塗り替えが必要になったタイミングで少しずつ順次、というパターンあり、最後まで旧社名のまま放置あり、と様々ですが。でも放置かな、と思っていたら、数年後に一斉に変更された日石や太平洋セメントとかもあるので油断なりません。

大阪曹達は通称として業界的に通っていた「大曹=ダイソー」に正式社名を変更したまでは良かったが、後からやってきた通称が同名(正式社名は別だけど)の某小売業の方が遥かに知名度が高くなってしまったので、「大阪ソーダ」に戻ってしまいましたね。当時の発案者のやるせなさが伝わってきそうです。

「旭電化工業」も何時の間にか「ADEKA」に変わってしまいました。化学製品だけでなくマーガリンやホイップクリームとか食品も造っている会社だから、イメージ的にイマイチ、と言う事なんでしょうが、同じ様な理由で?社名変更された鐘淵化学工業=カネカ、と混同しそう…

三菱系化学メーカーの系譜は複雑だけど、三菱化成と三菱油化が合併して三菱化学になったのが最近の事だと思っていたら、それすらも更なるM&Aでまた社名が変わってしまいました。わざわざカタカナ表記にしなくても「三菱化学」のままで良いじゃん、とか思いたくなりますが、吸収された側への配慮なんでしょうか。

貨車ファンには余りにも有名だった、タンク車印の日本陸運産業も社名変更で消えてしまった一つですね。  日本石油輸送もそのうちに、「株式会社JOT」とかになりそう…現に石油製品とはかけ離れたものも多く扱っているし。

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タム500

2017-04-16 17:01:32 | 東北線/常磐線

 足回りをもがれた所謂「ダルマさん」状態での据置タンク転用は、かなり古い時代から良く見られますが(逆に平成に入る頃にはそのような例を見ることは稀になったので、99系以降のタンク車はタンク体すらも残らないんでしょうな)、足回り付きで燃料屋の据置タンクとして転用されている例は極めて稀ではないでしょうか? それだけでも形式問わず見に行く価値があろうものですが、2軸タンク車、それも戦時製だと聞けば行くしかありません。

新幹線とローカル列車を乗り継ぐこと約5時間、その目的地はあります。電車の中から見えるのに、これまで誰も気付かれること無く、と言うか、つい最近まで原子力事故の避難区域指定にあったエリアなので、ここ5年程は立ち入ることすらままならない場所で人知れず存在し続けたのでしょう。

何の予備知識もなく、車窓からこんなものが視界に飛び込んで来た日にはパニックですね。

電車は2時間に1本しか無いし、ここまで来るのは一日がかりで大変ですが、駅からは非常に近くて助かりました。昔の燃料屋は駅に隣接していることが多く、その場合は専用線を持っていたことも多いですが、ここの場合はそのような痕跡はありませんでした。さて、入り口にて作業中のおじさんに挨拶して、観察させていただくことにします。

    

1輌目、こちらは如何にも旧そうな形態、ちょっと私有貨車をかじったことのある方なら、丹生川で保存されているタ2000形タ2001との類似性に気付くのではないでしょうか?

     

2輌目、こちらはタム500形と聞くとこういう感じかなーと連想させる一般的形態かな。

危険物屋外タンクとしての技術基準を満たすためには、しっかりと固定されていなくてはなりません。で、車輪をコンクリに半分埋めて固定しています。勿論周囲にはコンクリの防油堤が規則通り設置、こんなの初めて見ました。東日本大震災でも転がったりズレたりしなかったことを見ると、適切な施工だったのだと思います。板バネが生きていれば適度な衝撃吸収効果も期待できそう?

 

ただ、「車輛」としてみると、大変残念なことに。台枠中梁が液出し管の改造に際し一部切り欠かれてしまっています。まあ、チャンネル材を継ぎ足して復元しても、適切に補強されていれば問題は無いとは思いますが。60年前に17m木造客車3輌分の台枠を切り刻んで、接ぎ合わせて20m車2輌分に仕立て直した客車が、今でも95km/hで本線を走れるのだし。

 

タンク貨車の製造時期を見極めるポイントはいくつかありますが、そのうちの一つが自連胴受けです。勿論古いのは左側の方で、戦前から終戦直後に製作された車輛に良く見られるタイプですが、私の様に平成になってから貨車を追い掛けだしたファンにとっては滅多に見れない、と言うか現役車としてはタ2000形位しかありませんでした。

で、更に辺りを見廻すと、何か向こうにもそれらしきものがいます。手前のドームレス型2個は多分違いますが…

  

これはダルマさんですが、明らかに元タンク車ですね。何とか正体を暴いてやろうと舐めるように見廻してみましたが、出光のアポロマーク以外の手掛かりを見出すことは出来ませんでした。ただ、形態的には東洋レーヨン製のタム4000形と推定。出光のタム4000形で東洋レーヨン製だとすると、4019-4023のどれか、但し、4019はヨンサントオで道内封じ込めの(ロ)タム24000形になっているので、4020-4023のどれかと推定されます。

同じ敷地内にはこんな石積みの蔵も良い雰囲気。

最後に、2輌のタム500形の素性ですが、分厚く塗り重ねられた塗装のせいで元番号の読み取りは極めて困難でした。よって、データには間違っている可能性がありますので了承ください。別に聞いた証言によると、元売りの仲介で千葉の製油所から持ってきたと言う事なので、最終配置は京葉臨鉄の前川、廃車時期は検査期限からすると、昭和52年前後頃だと推定されます。

1、タム2526? S18新潟鉄工/S43大宮工改 出光興産/常備駅不詳 52-9/48-9新小岩車セ(B2)
2、タム2787? S29日車東京/S43郡山工改 出光興産/常備駅不詳 52-9/48-9新小岩車セ(B2)

(2017年4月15日 福島県南相馬市)

 

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予告編?

2017-04-13 00:00:32 | Weblog

 本当に久しぶりの更新です。約2年間放ったらかし…

多分もう出てこないだろうと思っていた足付きタムの廃車体が2輌も、しかも1輌は昭和19年製という凄いものが発見されたのですが、所在地がちょっと厄介で…6年前までは普通電車だけで日帰り出来たのに、あの日以来行く事すらままならなくなっていた場所なので。まあ少しずつではあるが状況も改善し、新幹線使えば何とか日帰り出来るし、状況からして早いところ行っておきたい雰囲気なので、近く訪問出来ないか思案中。

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純アルミタンク車ネタもう一つ

2015-05-24 13:16:04 | 保存車

 東のタ3077の話が出たついでに、西は貨物鉄道博物館のタム8000の小ネタを。やはりこちらも修復作業中の模様でした。

 

現車観察中、社名板の左下に何か付いているのに気付きました。

近くに寄ってみると、何やら銘板の様です…

板はアルミエッチング製の様で、かなり腐蝕が酷く読み取り辛いですが、何とか「日軽アルミニウム株式会社 昭和37年3月製造」と読めました。タンク体の製造銘板の様ですね。自社でアルミタンクの溶接技術を持つ日立や三菱重工はともかく、日車や汽車はアルミタンク体は外注だと聞いたことはありましたが、銘板が付いているのは知りませんでした。社名の上には商標か社章らしきものがありますが、日軽アルミの商標って、「孔雀印」だったっけ?

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タ3077その後

2015-05-23 23:07:10 | 保存車

 本当に久々の更新です。知人のお誘いがあって、その後が気になっていた那珂川清流鉄道の様子を見に行ってきました。

  

タ3077は標記無しののっぺらぼうな姿ですが、外観はほぼ修復が完了していました。特徴的なひょろ長いフォルムが見事です。これだけ見るとタム100なのかタ2900なのかタ3050なのかタ3300なのか判別できませんね。少し前まではほぼ原形のタム100戦時型の現車を拝むことが出来るなんて思いもしませんでした。側ブレーキ横の本来のステップの脇に入換運転の際の便宜を図ってか、大型のステップが増設されています。後は片方のカプラーと空制関係、標記の修復が待たれます。

北上時代から気になっていたのですが、前回はシート被り状態だったので観察できずだった安全弁は、やはり欠品していました。このままだとタンク体に雨水が溜まりそうだし、大型の安全弁は戦前戦時型タム100の外観を特徴づけるポイントでもあるので、外観だけのダミーでも良いので取り繕って欲しいところです。

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あれからもう31年

2015-02-01 11:32:23 | Weblog

 所謂「58-X」計画、昭和59年2月白紙ダイヤ改正が実施された日から今日でもう31年が経ちました。ついこの前の事だと思っていたのに、もうそんなに経つんですね。で、そんなタイミングで、こんなムックが出ています。(タイトルは「あの日から30年」ですが)未だじっくりと見ていませんし、出版社がアレなので、精査するとツッコミどころが山ほど出て来るかも知れませんが(以前の国鉄バスのムックが本当に酷かった…キャプションと写真が合っている部分の方が遥かに少ないし、呉羽バス窓ボディのP-LV314がこの世の中のどこにあるんじゃい)まあ著者が吉岡心平氏なのでたぶん大丈夫でしょう。

 この改正でヤード系輸送が事実上終焉し、それに依存していた私鉄貨物や、夥しい数の多様な黒貨車たちにとっては壊滅的なものでした。新しい直行体系ではフォローし切れない需要に対する救済措置として設定され、大いなる喪失感を味わった多くの貨車、貨物列車ファンの最後の心の拠り所でもあったヤード系輸送の末裔、「新専貨」列車も事実上姿を消してからもう7年も経ちます。昨今、環境やトラックドライバーの長期的不足傾向の観点から、鉄道貨物が再び見直される傾向がありますが、これを見ていると国鉄が昭和40年代以降に失った物の大きさ、そしてそれが今のJR貨物に至るまで尾を引いていることを改めて感じました。当時の最先端技術と巨費を投じながら、約10年で放棄せねばならなかった総合自動化ヤード、武蔵野操車場を筆頭としたヤード輸送の近代化と、直行高速輸送の拡充は、もっと早く手を付けるべきだったと思います。結果的には迅速な直行輸送を望む顧客も、少し時間がかかっても全国津々浦々を網羅するきめ細かい対応を望むヤード系輸送に適した顧客、双方を失ったのですから。経営側がもうちょっと毎日現場で昼夜問わず危険な作業を黙々とこなす労働者に対し敬意を払っていれば、そして労働側も国鉄の置かれた経営環境を直視する姿勢を持っていれば、どうなっていたのでしょうか。労使双方が自分たちの権利を主張するばかりで、相手のことを理解しようとしなかった結果、双方にとって不幸な結末が訪れた様な気がしてなりません。

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謹賀新年

2015-01-02 21:31:27 | Weblog

 皆様あけましておめでとうございます。

 相変わらずスローペースですが、今年はもう少しはペースを上げて更新していければ、と思っていますが、さてそれが続くかは…? 勿論何かリクエスト頂ければ、持ちネタにあれば上げていきたいと思います。

(2003年2月 信越本線 二本木-新井 4381レ)

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では良いお年を

2014-12-31 13:25:00 | Weblog

 相変わらず更新が滞りがちですが、私にとって今年の最大の話題は2輌の「タ」、昭和の時代に姿を消した筈だったモノが忽然と姿を露わにした1輌と、民営化後も「タ」車で唯一車籍継承され、平成に入って孤軍奮闘した2輌のうちの1輌、かな。両者とも来年にはちゃんと修復され綺麗になった姿が見られることでしょう。

2輌の「タ」は川崎貨物で休んでいることが多かったので、何回か見に行きましたが、一緒にいたタサ3200やタキ3500若番(3512とか3514)も、もうちょっとちゃんと撮っておくべきだったかな。社名標記の雑、もとい力強い書体が印象的だったタサ3201。

(1993年5月 東海道貨物支線 川崎貨物駅)

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