Rock ? Stock ? Nonsense !!

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 ロック? ストック? ナンセンス!

最改新版 旅するバイオリニスト

2005年01月23日 | 音楽コラム
 西荻窪駅の改札を降りたときのこと。駅前は会社帰りのサラリーマンや女子高生で溢れている。彼らや彼女達のしゃべり声、そして電車の音が嫌に耳についた僕は、CDウォークマンのイヤホンを耳に突っ込もうとした。その瞬間、かすかではあるが、バイオリンの音が聞こえてきた。
 最初どこかの店がラジオでも流しているのかなと思ったが、駅前の路地を出るとバイオリンを持った一人の白人男性が立っていた。年は三十代半ばに見える。すらりと背が高く、高級そうな黒い紳士服を着用し、整った顔をしている。そしてその仕草、振舞いは、まるでクラシックのコンサートから飛び出てきたようだった。改札を降りたとき僕の耳に入ってきたのは彼のバイオリンの音色だった。彼は曲を一通り弾き終わると丁寧にお辞儀をし、周りに集まった人々に文字が書かれている紙を手渡していた。集まっていた人々と言ってもわずか三人程度だが。
 紙には「ヤレック・ポヴィフロフスキ」と書かれている。彼の名前のようだ。全く知らない。経歴も書かれていて、なんでも首席で音楽大学を卒業し、有名な賞も取って、かなりのエリートなのだが、「音楽をコンサートホールに閉じ込めてはいけない」という持論から様々な国を転々とし、路上で演奏をしているとのことだ。笑顔を忘れず、聴き入っている人々に愛想良く振舞う彼の紳士的な佇まいに好感を持った僕は足を止め、しばらく演奏に耳を傾けた。
 新宿駅を出た辺りでよくロックバンドやジャズバンド、そしてアフリカと思われる民族音楽をやる人たちを目にするが、たった一人でバイオリンを弾く人は見たことがなかった。
 外で演奏するということは当然騒音も入ってくる。車の音。電車の音。人のしゃべり声。決して音が大きいとは言えないバイオリンを外で弾くことは、周りの雑音によって音が消される可能性が高いわけで、ある種、自殺行為のように思えた。
 それゆえ、環境音楽や現代音楽と呼ばれるブライアン・イーノやジョン・ケイジのように雑音をも音楽として捉え、雑音をも自分の音楽に取り込むような演奏をするのか、もしくは即興演奏をやるのかな、と思ったのだが、全くそのような素振りは無く、ショパンやシューベルトを楽譜どおりに演奏していた。三分か二分に一度の割合でガタンゴトンと電車の音が不器用に聞こえて来る。その度、バイオリンの音はかき消される。全くと言っていいほど聴こえない。僕は外でバイオリンを演奏する意味を解せなかった。
 そこで一通り演奏が終わったとき、片言の英語で「なぜ外で演奏するんですか?」と尋ねてみた。多分彼にとって、この質問は皮肉に聞こえたのだろう。彼の表情は一変した。文字通り体全体のジェスチャーを交え、「何を言っているんだ! どこで演奏したっていいじゃないか。僕はただ、みんなに聴かせたいだけなんだ!」。そう説明してくれた。いや、訴えたと書いた方がベターかもしれない。僕は英語が苦手であるから、もちろん意訳ではある。ただ、彼の表情は真剣だった。
 そうなのだ。元々音楽は生活に密着したカタチで存在し、鼻歌や口笛や、それこそなんでもいいのだが、人がなんとなくリズムに乗って膝を叩く音が音楽であったりした。音楽評論家「小泉文夫」は代表的な例としてわらべうたを挙げている。どこで演奏したって、どんな音を奏でていたっていいのである。
 つまり、「音楽=CD」「音楽=コンサートホールで聴くもの」という概念は音楽を商業または芸術として捉えて初めてでてきたものなのだ。音楽はCDやライヴだけじゃない。小波の音を音楽として聴く人がいるし、東南アジアにはにわとりの声を音楽として聴く人が存在する。
 僕らは、いや、もしかしたら僕だけかもしれないが、「音楽はCDに収録されているもの」「音楽はライヴ会場で演奏されるもの」。そんなふうに音楽を物凄く限定された世界に押し込めてはいないだろうか。
 もちろん音楽が芸術、そして商業として捉えられたことで発展してきた部分は大きいのだろう。CDもレコードもラジオもなかったら、僕らはここまで音楽に夢中になることはなかったかもしれない。だが、発展したがゆえに、芸術として捉えられるようになったがゆえに、音楽に優劣を付けたり、さらにはリスナーにまで優劣を付ける風潮があるのも事実だ。ただ、それが、なんだか哀しいのだ。
 「ヤレック・ポヴィフロフスキ」。彼が西荻窪駅前で奏でたバイオリンの音色は人々の心に響かなかったかもしれない。無視して通り過ぎた人も多数いただろう。それでも彼は今も世界のどこかでバイオリンを弾いている。「音楽をコンサートホールに閉じ込めてはいけない」「音楽とは自由だ」という意思を込めて。
 だが、その演奏に聴き入っていた僕の手には、見事にパッケージングされたCDという名の商業音楽が、黄色くまぶしいタワーレコードの袋とともにあった。