Poem&Poem

詩作品

2017年04月19日 14時33分59秒 | My poem


桜     高田昭子

開花宣言の朝
季節の記憶を加算する
小鳥はみずからの重さに耐えうる枝を記憶する
さえずりに大気はわずかに揺らぐ
 
生きることも(花咲くことも)
死ぬことも(散ることも)
幕間(まくあい)のつぶやき
「はやばやと死に迎えられる。待ってくれ。
その酒はまだのみかけなのだ。」 *

花に酒 死(詩)に酒 
喜びに酒 悲しみに酒 怒りに酒  
ぼろぼろの胃袋を酒で浄めて
父は倒れた
桜散る日に

「おれの生涯 お酒に漬けた 
消毒された ぬけがら 火の付きがいい」 **
   
敗戦数日前 哈爾浜の父の所属部隊は
証拠隠滅の後に
部隊の引込線の列車に乗って釜山へ逃げた
父は日本行きの船には乗らず
釜山から哈爾浜の家族のもとへ帰る
それは独りぼっちの命がけの二ヵ月の旅だった
父の末期の夢にソ連兵が現れるほどに過酷な……

戦後の父は父としてのみ生きた
そして生涯酒を飲み続けた
「父は潔く燃えるだろう。」
私は密かに想像した 

そして 父は彷徨う意識のなかで
確かに「諸君 乾杯だ。」と言った。
そして故郷への幻の列車に乗った
静かに手を振って……


*「金子光晴自伝」より 
            
**「鳴海英吉 銭念仏」より 

 〔80〕