ふと目を覚まし、ケイタイの時計を見ると8:04とやら
「 どうなってんだ、オイ 」
と、ベッドから転げ落ちる。
パタヤ行きのバスを予約してあるので8:20までにバス停に行かなければならないのだ。
顔も洗わず、歯も磨かず、着替えもせず、所持品の全てを無造作にバッグに詰め込み、
慌しく宿を後にする。
ギリ間に合い、胸をなでおろす。
7:30のアラームが何故鳴らなかったのだ?
マナーモードだったのか。単純なミスだ。
大切な予定は今一度の確認がとても重要と再認識する。
バスをみてびっくり。
大型を予想していたが唯のマイクロバスじゃん。
それにガタイのでかい欧州人が鮨詰め状態で、これに3時間も揺られるなど拷問に近い。
さらにエンジンももローギアではスコンスコンとか音を立てて今にも止まりそうだ。
大丈夫かね、全く。
ハイウェイを走るバスから見る風景はカンボジア、スペイン等では異国情緒が感じられたが
ここでは中途半端な開発の人為的な部分があからさまで情緒を失わせる。
到着した場所はビーチからけっこう離れているんだな。
近くにあったツーリストインフォでチープホテルを予約してもらい、宿に落ち着く。
700Bとやや高めだが部屋は広く、設備も整っているので良しとしよう。
ビーチがある街ではモーターバイクを借りるに限る。
早速、ホテルのオーナーに尋ねると
「 あるよ、2日間で400Bだ 」
「 300Bにしてよ 」
苦笑いをしつつもあっさりと
「 しょうがない、OKだ 」
ホントかよ。
とにかく地形を叩き込む為に走りまくる。
相変わらずアジアの交通事情は酷いものだが自分のドライビングテクニックも大したもので
すぐに慣れる。
気持ちよく風を切って走っていると急に風景が森林に切り替わったので
「 これは先に行けない 」 と、Uターンし同じ道を戻る。
スル~っと走っていると、おっと警官だ。
何故か手招きしている。
「 どうする突破するか 」 とか一瞬バカな事を考えるが素直に従い、ブレーキをかける。
「 俺に用か? 」
「 この道は一方通行だ 」
えっ、そうなの?
確かに商店街になっていて駐車する乗り物も一方向だ。それに標識もあったのだろう。
ウカツだったぜ。
アジアの交通ルールは細かな部分はかなり適当で各人がそれぞれわきまえているので
大きなトラブルは起きにくい。
故に自分もその空気に馴染んでしまいキッチリ守るなどの意識も薄らいでいたかもしれない。
旅行者と言えどその国の法律を守るのは当然の事だ。
「 ライセンスを見せろ 」
「 ライセンスか? これだ 」
と日本の免許証を自信満々に提示する。
「 日本のものだな。タイのは持ってないのか? 」
「 そんなものは無い 」
「 ...。 お前は免許不所持と一方通行破りの2つの違反となる 」
それを聞いた瞬間、内臓辺りにイヤ~な感覚を覚える。
幼い頃に悪戯を両親や先生に見つかった時に感じたのと同類のものだ。
「 許してくれ、パタヤは初めてなので知らなかったんだ 」
とにかく謝って見逃してもらうほか無い。
「 あそこのベンチに座れ 」
警官と自分、隣り合って顔を合わせる。
浅黒の顔にミラーのサングラスをかけているのでその目に何を考えているのかを覗う事が
難しく、意志の疎通もとり辛く、どう話が出来るか。
「 パタヤに今日到着した。ここは初めてなんだ。一方通行なんて知らなかった。
私のミステイクだ。許してくれ、許してください 」
知る限りの英語での言い訳と反省の言葉を並べてこの状況を打破しようと試みるが
「 このキップを切るとお前は免許不所持に2000B、一方通行破りに1000Bの違反金を
警察署に払わなければならない 」
とタイ語と英語で表記された白いキップをちらつかせている。
「 そんな大金は無い 」
「 ... 」
警官は目をそらし、しばらく何やら考えるような素振りを見せた後、ゆっくりとまた私を見るが
何も言わない。
その口元には何か含みのようなものが感じられる。
そうか、賄賂を要求しているのか。
いかにも映画の悪徳警官にありそうな話だが目の前でそれに出会うとは驚きの気持ちにもなる。
さらにはそれは自分に向けられているのだ。
しかしコレは警官収賄と言う3つ目の違法を誘う為の罠かもしれない。
自ら言い出すのは危険だ。
私が何も言わないでいると警官は焦れたのか、ついに信じられないようなあの言葉を口にした。
「 私にいくら払う? 」
一瞬、耳を疑ったが確かにそう言った。
どうする? 従うか、拒否するか。
しかし状況は明らかにこちらが不利だ。ここは異国、トラブルを大きくするのは懸命でなく、
従うほかに方法は無い。
金額はどれがベターか判らないが1000Bは高い。ではと 「 500B払う 」
聞いた警官は予想よりも少ないと思ったか、一瞬どうしたものかと考え、ゆっくりと話始めた。
バイクの箱がどうのこうのと言っているようだ。
バイクの箱には普通、保証書などが入っているのでそれを見せろと言っているのか?
箱から取り出し、渡すと 「 イヤ、違う 」 と言う素振りを見せ、もう一度同じ話をした。
そうか、そういう事か。
先程、理解出来なかったのは自身の英語力によるもの。
要はこうだ。
警官に渡す500Bをバイクの箱に入れる。
その意味は金を直接手渡しては、それを第3者に目撃された場合、汚職警官として自身の
立場も悪くなる。
バイクを調べるふりをして箱の中の金を袖口辺りに突っ込もうかと言う魂胆か。
実際にその動作はとてもさり気なかった。
微笑みの国タイランド
日本の常識では考えられない事が日常に起こる。
そんなこの国に俺は取り憑かれつつあるのだろうか、とか考える。
あの重低音な声の言葉を思い出しながら ..。
「 How much you pay me? 」