「春の支度」
初笑い静かな男のヘルパーと
年越や石鹸の泡光り過ぎ
背を起こし睫毛に眩し初日影
ぐんぐんと岸の白梅ふくらめり
豚汁のレシピ書き足し初雪に
雪に濡れさくらの枝のほの赤き
会えば皆雪を知らせる御茶ノ水
グーの手を突き出すかたち木瓜蕾
けさ二輪雲のいろしてさくら咲く
上衣着ず春の支度の軽きこと
春深し白き小花の街に満つ
点描のように一気に木の芽張る
湧水抄
点描のように一気に木の芽張る
初笑い静かな男のヘルパーと
年越や石鹸の泡光り過ぎ
背を起こし睫毛に眩し初日影
ぐんぐんと岸の白梅ふくらめり
豚汁のレシピ書き足し初雪に
雪に濡れさくらの枝のほの赤き
会えば皆雪を知らせる御茶ノ水
グーの手を突き出すかたち木瓜蕾
けさ二輪雲のいろしてさくら咲く
上衣着ず春の支度の軽きこと
春深し白き小花の街に満つ
点描のように一気に木の芽張る
湧水抄
点描のように一気に木の芽張る
「一句一会」川嵜昭典
冬の夜を楽譜とドレス背負い帰る 川名ますみ
(『俳壇』十二月号「連打音」より)
演奏会後の演奏者というのは、意外と重労働だ。楽器や譜面、衣装など、まさに掲句のように両手が塞がったまま帰らなければならない。一方、気持ちは高揚していて、毎晩舞台で演奏し続けていてもいいと思えるくらい心地良い。まさに「冬の夜」のような、凛とした清々しさと、きらきらとした明るさが感じられるような気持ちだ。この、体はしんどいが心は軽やか、という相反した気持ちになれる機会はそうそうないので、やはりまた舞台に立つことを望んでしまうのだろう。実体験が冬の夜の美しい句に昇華している。
冬の夜を楽譜とドレス背負い帰る 川名ますみ
(『俳壇』十二月号「連打音」より)
演奏会後の演奏者というのは、意外と重労働だ。楽器や譜面、衣装など、まさに掲句のように両手が塞がったまま帰らなければならない。一方、気持ちは高揚していて、毎晩舞台で演奏し続けていてもいいと思えるくらい心地良い。まさに「冬の夜」のような、凛とした清々しさと、きらきらとした明るさが感じられるような気持ちだ。この、体はしんどいが心は軽やか、という相反した気持ちになれる機会はそうそうないので、やはりまた舞台に立つことを望んでしまうのだろう。実体験が冬の夜の美しい句に昇華している。
「降る雪のごとく」
芍薬を深く抱く師の薄き胸
青空へ紐を結びぬ竹簾
窓八枚真横に秋の雲たなびく
揚花火横浜港のリズミカル
にぎやかに母の友らと盆支度
雲も陽も富士へと沈む秋夕焼
口紅の唇埋めずショール巻く
懐炉手に祈り無音の舞台袖
手袋をぬぐや舞台のピアノへと
降る雪のごとく始まる連打音
冬天へ最後の主音届けよと
冬の夜を楽譜とドレス背負い帰る
〈冬田抄〉
降る雪のごとく始まる連打音
芍薬を深く抱く師の薄き胸
青空へ紐を結びぬ竹簾
窓八枚真横に秋の雲たなびく
揚花火横浜港のリズミカル
にぎやかに母の友らと盆支度
雲も陽も富士へと沈む秋夕焼
口紅の唇埋めずショール巻く
懐炉手に祈り無音の舞台袖
手袋をぬぐや舞台のピアノへと
降る雪のごとく始まる連打音
冬天へ最後の主音届けよと
冬の夜を楽譜とドレス背負い帰る
〈冬田抄〉
降る雪のごとく始まる連打音
創刊40周年記念 花冠合同句集『泉』(花冠俳句叢書第31巻)
2005年1月~2023年5月投句作品より五十句
「きれいに響く」
春
残る鴨みずから生みし輪の芯に
ものすべて光らせ来る木の芽風
親友の出産
生まれきて初めに春の陽を握る
梅ひとつ咲いて朝餉の一時間
病室の嗽のコップに梅を挿す
かららんと蛤ひびく椀の底
高窓に囀あふれ処置室へ
春時雨ときに光の休符入る
ニコライの鐘鳴りやまず花吹雪
高架まで花散りのぼる六本木
きゃべつの葉水に浸ければ飛花の浮く
海苔洗う母の手に清冽な水
音立てて甲斐全山の芽吹きけり
夏
車椅子速めに走り五月来る
新しき風鳴りはじむ樟若葉
栄光学園ミサ
風薫る丘の上なる男子校
てのひらを新樹の幹に女学生
ラムネ飲むきれいに響くところまで
プールから花のタオルの中に入る
朝蝉の空を鳴らして飛び立てり
夕焼に音大校舎鳴り渡る
夕涼や母に拭かれし背と腋と
その下の海の広さよ遠花火
星涼し父の土産の匂袋
水彩の青の刷られしサンドレス
街へ来ぬ素足にかるきハイヒール
秋
朝顔のつぼみの先に明日の色
秋水を飲めば胸元ことこと鳴る
もう風は爽やかだから出ておいで
小鳥来てわが目の高さそこに置く
白芙蓉の角を曲がるや海一面
刷かれきてここより鰯雲となる
とんぼとんぼ向う山まで透き通る
車椅子とんぼの群へ触れに入る
高架路をカーブしかなかなの森へ
吾が窓に雲一片もなき秋天
秋冷を久しく触れぬ鍵盤に
水のいろ火のいろ街に秋燈
冬
脱稿をこの日と決めし一葉忌
冬晴れて登ることなき山のぞむ
少しずつ父はカトレア咲かせおり
母編みしカーディガン着て母看とる
外套を叩き芝居の雪一枚
除夜の鐘とぎれて貨車の音の過ぐ
初写真大きな富士を真ん中に
雪礫空に返したくて放る
春に愛猫を亡くし
日向ぼこ猫がそうしていた場所で
五線紙に写譜ペン太く寒灯下
冬満月チェロの弛みし弦巻かむ
冬夕焼一直線に街を射す
川名ますみ 一九七一年生まれ。
句歴 平成十七年水煙入会。平成二十年花冠同人。平成十八年水煙新人賞、平成二十五年花冠賞。
2005年1月~2023年5月投句作品より五十句
「きれいに響く」
春
残る鴨みずから生みし輪の芯に
ものすべて光らせ来る木の芽風
親友の出産
生まれきて初めに春の陽を握る
梅ひとつ咲いて朝餉の一時間
病室の嗽のコップに梅を挿す
かららんと蛤ひびく椀の底
高窓に囀あふれ処置室へ
春時雨ときに光の休符入る
ニコライの鐘鳴りやまず花吹雪
高架まで花散りのぼる六本木
きゃべつの葉水に浸ければ飛花の浮く
海苔洗う母の手に清冽な水
音立てて甲斐全山の芽吹きけり
夏
車椅子速めに走り五月来る
新しき風鳴りはじむ樟若葉
栄光学園ミサ
風薫る丘の上なる男子校
てのひらを新樹の幹に女学生
ラムネ飲むきれいに響くところまで
プールから花のタオルの中に入る
朝蝉の空を鳴らして飛び立てり
夕焼に音大校舎鳴り渡る
夕涼や母に拭かれし背と腋と
その下の海の広さよ遠花火
星涼し父の土産の匂袋
水彩の青の刷られしサンドレス
街へ来ぬ素足にかるきハイヒール
秋
朝顔のつぼみの先に明日の色
秋水を飲めば胸元ことこと鳴る
もう風は爽やかだから出ておいで
小鳥来てわが目の高さそこに置く
白芙蓉の角を曲がるや海一面
刷かれきてここより鰯雲となる
とんぼとんぼ向う山まで透き通る
車椅子とんぼの群へ触れに入る
高架路をカーブしかなかなの森へ
吾が窓に雲一片もなき秋天
秋冷を久しく触れぬ鍵盤に
水のいろ火のいろ街に秋燈
冬
脱稿をこの日と決めし一葉忌
冬晴れて登ることなき山のぞむ
少しずつ父はカトレア咲かせおり
母編みしカーディガン着て母看とる
外套を叩き芝居の雪一枚
除夜の鐘とぎれて貨車の音の過ぐ
初写真大きな富士を真ん中に
雪礫空に返したくて放る
春に愛猫を亡くし
日向ぼこ猫がそうしていた場所で
五線紙に写譜ペン太く寒灯下
冬満月チェロの弛みし弦巻かむ
冬夕焼一直線に街を射す
川名ますみ 一九七一年生まれ。
句歴 平成十七年水煙入会。平成二十年花冠同人。平成十八年水煙新人賞、平成二十五年花冠賞。