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映画作りの糧とすべく劇場鑑賞作品徹底分析(ネタバレ)
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マスタードチョコレート [監督:笹木彰人]

2017-05-12 21:15:45 | 映評 2013~
商店街映画祭グランプリと2年連続入選の笹木彰人監督の「マスタード・チョコレート」の感想

[映像面]
映像的には立体感のない画づくりになっている
すみずみまでライトの当たったハイトーンの画面。陰影は薄く、コントラストも弱い。そして全般的にパンフォーカスな画。
デジ一で自主映画が撮られるようになって以来流行ってきた、強いコントラストと、
背景をぼかしたナローフォーカスの画の真逆を行っている。昔懐かしいビデオっぽい画とも言えようか
逆光気味の画が好きな自分としては、あまり惹かれない画である。

しかし、おそらくは狙ってそのような画にしているのであろう。
狙いと思う理由の一つは原作漫画の存在。
原作は線の少ないごくごくシンプルな絵でふんわりゆるい雰囲気を醸し出してい
る。
それを映像化するに当たってもっとも原作漫画の雰囲気に近くするための選択が、パンフォーカスかつローコントラストだったのでは

もう一つは、この映画が目指すものが、極めてポジティブな人生と人間性の肯定にあるからではないか。
心の闇や人間の二面性を強調するような強い陰影や、ナローフォーカスの画によって強められる孤独感を避けたかったのではないだろうか

だから絵の狙いとしてはわかる。けれども後述するが私はこの監督は心の底にうごめく闇をとってこそ輝く人だと密かに思っており(短編4つ観ただけだけど)、
その意味からすると映画の方向性がそもそも監督の個性とマッチしていなかった気がする

それはさておき、平板な画づくりそれ自体には監督とカメラマンの狙いがあると解釈してよいのだが、「であればこそ」の映像に映り込む背景にはもっと気を使って欲しかった。

隅々まで照明の当たった明るいパンフォーカスの画は、スクリーンに映るすべてのものが見えすぎるほど見えてしまう

たとえばヒロインが、気になる男子にライブのチケットを渡すコミカルなシーン。その時二人の背後にある壁の塗料の剥げた部分がよりにもよって二人の間に見えてしまう
またたとえばヒロインが先生と出かけた海のシーンで、二人の背後にちらちら移りこむ電線、などなどそういうちょっとした撮影における気の緩みのようなものが気になってしまう。
立ち位置を2歩ずらすだけで回避できそうな映像の「ノイズ」がもったいなく感じたのである。
なんか重箱の隅つついて難癖つけてるみたいだし、天下のウッディ・アレンの映画でもマイクが見切れてたりするからあまり目くじら立てることではないかもしれないが

[音楽面]
正直、この曲要るかな~と思う劇伴BGMが多すぎたように感じる。
ヒロインが大学合格を告げる際の電子音のファンファーレなど、あまりにしょぼくて、あるいは大学で知り合った姉御風のクラスメート登場シーンも映像のトーンに比べてと音楽がノリ過ぎていてミスマッチしている。
音楽の予算がないなら下手に盛り上げずにピアノやギター一本のみの方がよいし、いっそ無くしてもよいのでは。

でもそんなことより残念なのは、劇伴よりも、劇中歌の使い方。
ストーリー上きわめて重要な存在であるバンド「MOSHIMO」の素晴らしい楽曲は、残念ながら劇中での使用時間が短く、フルコーラスで聴けない。
だから当然エンドクレジットで、フルコーラス堪能できるだろう、と期待するのに、エンドクレジットでは「MOSHIMO」と全然違う男性ボーカルの楽曲が唐突に使われる。作品にあってるとも思えなかった。
あそこは彼女の気持ちの代弁の意味でも、観客の「もっとMOSHIMOを」欲求を満たすうえでも、MOSHIMOの「猫かぶり」を使うべきだった。これは絶対に。
もちろん、映画での楽曲使用には、監督の意図を超えた様々な制約や圧力があるのだろうけど

[ストーリー面]
正直キャラクターの掘り下げは薄く、ヒロインの「MOSHIMO」への想いも大学への逃避願望も、本人ナレーションによる説明が無ければ伝わってこない。
悩み、もがき、苦しみ、傷つき傷つけ、といった情感が決定的に不足している。
何となーく生きていたら何となーくうまく行っちゃったことが作品の方向性だとすれば、それでいいのかもしれないが、労せずして大学に受かり恋も実った女の子の1年間に僕らは何を受け止めたらいいのだろう
私は「何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない」が青春映画の鉄則だと思う。
監督の短編「空を飛べないカイコガは飛ぶことを知らずに血を這い回るのか」や「ピグマリオン」には確かにそうした犠牲や引き換えに失ったものがあったのに

ヒロインは美大受験にむけて猛勉強した風でも、もともとすごい才能があった風でもないのに、志望校一点狙いであっさり合格してしまう。
ついつい、同じ美大受験をネタにしていた東村アキコの漫画「かくかくしかじか」での美大受験の壮絶エピソードと比較してしまい、物足りなさを感じる
(まったく別の作品と比較することに意味はないかもしれないが)

けれどストーリー的に最も問題を感じるのは大学合格後、引っ越したアパートの隣に美術予備校の矢口先生が住んでいるという偶然
この偶然を「なわけねーだろ」と突っ込むのは不粋だ。これはそういう有りえない出来事を楽しむコメディなんだから。
むしろ問題なのは、隣に先生がいるという設定があまり物語に機能していない、どころか物語全体に破綻を招いているような気がすることだ

とくに作劇で被害を受けたのはマリちゃんであろう。彼女のキャラクターが恐ろしく不可解なものになってしまった

矢口先生大好きを公言し用があってもなくても矢口先生のところに突撃していたマリちゃん。そもそもヒロイン津組倫子と同じ大学に進んだのも、矢口先生がいるからなわけで
そんな彼女がセミの死骸に蟻がたかっていたから多分8月くらいになって初めて矢口先生と連絡先を交換する
だが彼女は入学直後にはツグミのアパートの隣に先生がいることを知っているのだ
推定4ヶ月も何をしていたのか
大学の新しい友達とツグミの部屋に遊びに行くエピソードもある。マリちゃんの性格なら隣の先生の部屋をスルーするはずがない。ベランダ乗り越えてでも行きかねない
そして秋頃、矢口先生に告白するとツグミに語り、だから先生と電話やメールしないでとツグミに頼む
隣に住んでるのに電話やメール封じてる場合じゃないだろう。入学直後に言っていたように、ツグミの部屋に居候するくらいしてもおかしくないのに

このマリちゃん違和感を払拭する手はあった。ツグミが先生が隣に住んでいることをマリちゃんには秘密にしておけばよかったのだ。
そうすれば彼女の行動のほとんどは理にかなうし、告白して初めてツグミが隣に住んでいることを知って激怒するというエモーショナルな場面を作ることもできたのに

マリちゃんの告白宣言後の矢口先生の行動もよくわからない。隣にいるのにメールにレスがなくて心配になるもんだろうか。ドア叩くとか、ポストにメモ入れるとか、そういうことするのが先ではないか

ここも解消法としては、マリちゃんの告白宣言のあとツグミが引っ越せばよかったのではと思う。
ハリウッド映画ならアパートの隣同士というシチュエーションであれば、終盤にはどちらかが急に引っ越して、すぐ近くにいるときは当たり前すぎて気づかなかったけど、離れてみると急に心に穴が空いたみたいとか何とか、そんな展開になるところだが、どうもこのホンには気持ちを大きく揺らすエピソードが足りない
そうできる仕掛けは沢山あるのに
先生がたまたま隣に住んでいるという設定が、ただ会話シーンを作りやすくするためだけにあるように思えてもったいない

ストーリー上、お、イイねと思えたのは、前述のマリちゃんによるツグミへの先生と連絡するな通告のところ。
この映画で唯一の人間の裏側が垣間見えるところだ
人付き合いの難しさにツグミが悩む数少ない場面でもある

だからこそ、ラストでツグミとマリちゃんの関係が元に戻ったように見えるのが、人生をあまりに楽天的に見過ぎているようで不満だ
女同士の友情が恋愛が絡むことで壊れて、憎しみあい、若干の後悔は抱きつつも修復はお互いに望まない...なんて状況はたくさん見てきたので、このホンはあまりに女の子たちへの男目線の理想像のように思えてしまう

[キャスト]
キャストは全般よかった。中でもいいのは、ヒロインを演じた山田菜々ちゃんで、元アイドルにこういうこと言いにくいが、控えめに言って可愛くない子であるが、大げさに言えばジュリエッタ・マシーナのような、ルックス減点をかえって憎めないオーラという武器に変えてしまう力がある。まるで津組倫子を演じるために生まれてきたかのようだ。
脇の女の子たちがまあまあ可愛いだけに、かえってキャラクターとしての魅力が強まっている
演技もうまいというものではないが、美人すぎずブスすぎず、目立ちすぎず地味すぎず、こういうタイプでしかも若い女優が今の日本にはいないので、すごく需要があるのではないかと思う。


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などなど全般批判的な評になってしまいましたが、ものすごく応援している監督ですので次回作も必ずお金払って見に行きます

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拙作『唯一、すべて』の上映情報
映画「唯一、すべて」予告編

第8回ラブストーリー映画祭 入選 上映2017年4月8日
うえだ城下町映画祭ノミネート 上映2016年11月20日 上田文化会館
日本芸術センター映像グランプリ公開審査上映 2016年10月29日 東京芸術センター

2016年作品
45分
制作 ALIQOUI film
監督・脚本 齋藤新
撮影・制作 齋藤さやか
助監督 大谷祐之
アシスタント 林新太郎、井伊樹
照明協力 宮永挙
音楽 横内究
出演 小林郁香、安藤由梨江、宮本敏和、井伊はるか、井伊二三恵、山本恭子、野津山智一、原田淳子、大花混沌、水谷仁彦
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