ラダーマンのスポーツ応援団 日記

どさんこ選手にスポット!(北海道のスポーツ情報発信)

課題が残った・・・

2008年01月09日 17時12分26秒 | 情報など
1月5日(土)にポルトガルのリスボンをスタートする予定だった「2008年ダカールラリー」(通称:パリダカ)が急遽中止になった。
1979年から始まって以来、開催の中止は初めてのことだ。

このレース(ラリー)は1981年より国際自動車連盟(FIA)と、国際モーターサイクリズム連盟(FIM)の公認レースとして、世界を代表するラリーレイドの大会のひとつとして、世界中で有名なのは言うまでもない。
ゴールに向かう途中、集落や救護施設がほとんどないサハラ砂漠を横切る過酷な競技のために時折、死者や負傷者も出る。
実際、1986年の大会では6人の死者を出した。

また競技区間には、西サハラ地域など政治的に不安定な国も入っていることも「世界一過酷」と呼ばれる所以である。
1999年にはテレビ局の取材担当者らがテロ組織に襲われた。
今日ではテロ組織だけでなく強盗も現れ、ドライバーがその被害・脅迫に遭遇することは少なくなかった。

今回の中止決定に至る原因として、モーリタニアの情勢不安が挙げられる。
特にモーリタニアには多くのアルカイダ系の組織があり、主催者側が脅迫されていたようだから、今回の中止の判断もやむを得ない。

しかしこの日のために1年間準備を重ねていた関係者、とりわけプライベーター(個人参加者)にとっては堪らない決定だったのは想像に難くない。
1年も費やした時間と経費、そして情熱はなにものにも代え難いのだから・・・。

ただ前述のように、近年はクルーを襲う事件が発生したりと「パリダカ」を取り巻く環境は厳しくなる一方だったのは事実。

今後においては、ルートとなる地域との共存を今まで以上に図っていく必要がある。
おそらく地元の人々にとって「パリダカ」がもたらす恩恵をあまり感じていなかったのではないか?もしかしたら、先進国からやってきた「獲物」に見えていたのかもしれない!?

これを機に、参加者(関係者)のロマン追及オンリーのスタイルから、地域や社会へ貢献(還元)するスタイルに移行していかねば「パリダカ」に未来はないと思う。

でなければ、このラリーの生み親であるティエリー・サビーヌ(1986年競技期間中に起こったヘリコプター墜落事故で死亡)の考えに賛同している数多くの砂漠のチャレンジャーの行き場がなくなってしまうのだから・・・。

虹色仮面


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