いまこれを書いている私の視界は見わたすかぎり「お~いお茶」のペットボトルで覆われていて、さながらアンディ・ウォーホルのキャンベルスープ缶の「お~いお茶」版といったところ。一つのペットボトルに一句から五句ほどの俳句が載っているのだけど、たいていその中に一句はどこかしら「おっ」と思うものがあり、べつの一句は(それこそ)「お~い」とツッコミたくなるものがあり、なんとなく捨てられず、それどころか積極的に集めるようになって、そうこうしているうちにこんなことになってしまった。しかしこれまでに総勢何百名、何千名の俳句がここに載ったのだろう。「誰でも15分間は有名人になれる」はウォーホルの名言だけど、日本のキャンベルスープである「おーいお茶」は、誰でも15分間は俳人にしてしまうのかもしれない。
本読む人の本が気になる夕暮れ電車 川村真由
いきなり変化球なのだけど、これ全然五七五じゃない、へんなリズムで、それゆえなんだか妙に気になる(こういう定型外のものに魅かれてしまうのは、私が自由詩をやっているからかもしれない)。私としては、本読む人の本が気になる人が気になって、読書に集中できない。できれば本読む人の本が気になる人に気に入られるような本の選択をしたいと思うのだけど、本読む人の本が気になる人はどんな本が好きなのだろうか。あまり通俗的過ぎても、高尚過ぎてもいけない気がする。装幀は清潔感のあるものがいいだろう。その点、俳句の本は装幀がしゅっとしているものが多いので、間違いない気がする。私はこないだ榮猿丸さん『点滅』、野口る理さん『しやりり』、長嶋有さん『春のお辞儀』という三冊の句集を買ったのだけど、それらならどれでも間違いない気がする。榮さんの句集は表紙にホログラム箔が、野口さんの句集は金箔が、ほどこしてありそれらが夕暮れの電車に映える気がする。長嶋さんの句集は活版印刷で、これもまた夕暮れの電車にふさわしいと思う。
サヨナラがあめ玉になる夕間暮れ 天田大樹
こちらは夕暮れではなくて夕間暮れで、視界がせばまっていくのに反比例して、風景のなかにあめ玉のサヨナラ味が溶けてひろがっていく。どんなサヨナラもそれが永遠のサヨナラであり得ないサヨナラなど無いし、舌の上にザラザラとした感触をのこさなかったサヨナラも無かった。
じじばばにちちははがいて大夕焼 伊藤沙智
昨年末に私の最後の生きている「じじばば」であった祖母が他界したが、やはり最後に会ったときこれが最後のサヨナラになるとは思わなかった。会ったことのない彼女の「ちちはは」はイメージの中でまだ年若く、すると祖母もまた、いつのまにか少女に戻っているのだった。
夕暮れの郷里に帰るシャボン玉 谷村康太
通りがかりの家の玄関先にぶらさがっているホオズキ。その下でおさない浴衣の女の子が父母に見守られて花火をしている。火薬のにおい。せつなの炎が、舗道のアスファルトに永遠に消えないしみを落としている。お盆だ。
本読む人の本が気になる夕暮れ電車 川村真由
いきなり変化球なのだけど、これ全然五七五じゃない、へんなリズムで、それゆえなんだか妙に気になる(こういう定型外のものに魅かれてしまうのは、私が自由詩をやっているからかもしれない)。私としては、本読む人の本が気になる人が気になって、読書に集中できない。できれば本読む人の本が気になる人に気に入られるような本の選択をしたいと思うのだけど、本読む人の本が気になる人はどんな本が好きなのだろうか。あまり通俗的過ぎても、高尚過ぎてもいけない気がする。装幀は清潔感のあるものがいいだろう。その点、俳句の本は装幀がしゅっとしているものが多いので、間違いない気がする。私はこないだ榮猿丸さん『点滅』、野口る理さん『しやりり』、長嶋有さん『春のお辞儀』という三冊の句集を買ったのだけど、それらならどれでも間違いない気がする。榮さんの句集は表紙にホログラム箔が、野口さんの句集は金箔が、ほどこしてありそれらが夕暮れの電車に映える気がする。長嶋さんの句集は活版印刷で、これもまた夕暮れの電車にふさわしいと思う。
サヨナラがあめ玉になる夕間暮れ 天田大樹
こちらは夕暮れではなくて夕間暮れで、視界がせばまっていくのに反比例して、風景のなかにあめ玉のサヨナラ味が溶けてひろがっていく。どんなサヨナラもそれが永遠のサヨナラであり得ないサヨナラなど無いし、舌の上にザラザラとした感触をのこさなかったサヨナラも無かった。
じじばばにちちははがいて大夕焼 伊藤沙智
昨年末に私の最後の生きている「じじばば」であった祖母が他界したが、やはり最後に会ったときこれが最後のサヨナラになるとは思わなかった。会ったことのない彼女の「ちちはは」はイメージの中でまだ年若く、すると祖母もまた、いつのまにか少女に戻っているのだった。
夕暮れの郷里に帰るシャボン玉 谷村康太
通りがかりの家の玄関先にぶらさがっているホオズキ。その下でおさない浴衣の女の子が父母に見守られて花火をしている。火薬のにおい。せつなの炎が、舗道のアスファルトに永遠に消えないしみを落としている。お盆だ。
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