「詩客」俳句時評

隔週で俳句の時評を掲載します。

俳句評 堀田季何『人類の午後』に学ぶ 沼谷 香澄

2023年04月15日 | 日記
 このサイトを訪れる皆様ならすでに「履修済み」であろうこの句集に、改めて向き合ってみたいと思います。短い間ですがお付き合いください。

 本書をはじめから読み進めると、いわゆる主体が、遠いな、と感じられます。まず風景が眼前に展開し、なかに人が居ます。
 それには理由が二つあって、まず、描かれる景が大きいです。時間的にも空間的にも遠いものに届くまなざしが感じられます。月を詠んでも花を詠んでも地球が見えて歴史が見える、乱暴に言えばそんな感じがします。それがタイトルの、とくに「人類」につながるのだなと早々に気が付きます。なかには、現在生存している私たちには経験できない歴史的事実が含まれますが、そこにあるのは間違いなく臨場感で、作者、経験してるわけないよなあなどと愚かなことを考えたりします。
 読み進める感じ、プロットはないのですが、小説を読むのに似た印象があります。つまり、いわゆる神の目線でものごとが描写されている場合が多いのに気が付きます。俳句ってこういうものだったっけ、個人句集にはもっと作者の人物が現れてくるものではないのかなと思ってから、ものごとをカテゴリで枠に入れて見るのは良くないと反省します。
 そのうち、鈍い私にも、この本に置かれた句のたのしみかたが見えてきます。それぞれの章頭に置かれた銘句でこれから登場するモチーフをはっきり見せてから、同じモチーフが展開する句が続きます。こんなにわかりやすくていいのか、と思う私は十分短詩形に擦れている、とまた反省します。わかりやすいとおもしろいが両立するのは当たり前のことでした。
 そのようにⅠ章Ⅱ章まではすとんと読み進めましたが、Ⅲ章で、自転車でいうとシフトアップしたのが感じられ、抵抗が上がり、読む速度が落ちました。相変わらず月が詠まれ風鈴が詠まれるのに、なにか、なじまない。ここからが本番ですね、すみません、とひとりで謝って、何度もページを往ったり来たりしました。相変わらず、ひとつのモチーフが登場したらその語の入った句が続くのですが、間隔が短くなっていて、切り替わりが早い。ページの若い部分に多かった、教科書に載るような大きな歴史や事物ではなく、もっとこまかく、解像度が上がるというか、スコープがミクロになるというか。それは時・空、両方についていえていて。もしかすると最後まで読み終わると作者の像を結ぶとかそういう構造になっているのかもしれないと思いながら先へ進みます。
 最初から作品を貫いているものに、死、があります。人類の午後というタイトルは現在を表しているのかもしれませんが、人が人に向ける害意や残酷さは現在が最も強いわけでは決してなくて、そういう意味では人類はずっと長い長い午後を続けていて夜は訪れないのかもしれないと思わされます。針が進んだり戻ったりする世界終末時計を思い出します。
 悲劇的な結末を予見して嘆いてみても、華々しい未来像を描いてみても、一人の人や一つの民族の意図と直接かかわらずに人類は営為を続ける。わりとひややかに終わる一冊を読み終えて、個人もなにかに頼ったりせずに自分の領分を生きるだけだなあと思い返しました。
 本を閉じたとき頭に浮かんだことがあります。急に私の経験の話で申し訳ないのですが、ある仏教寺院で境内の案内を受けた時、文化財になっている本堂の床に立ちながら、案内の僧が、この建物にも建替えのとき、言葉を避けながら、人柱が入っている旨の説明をするのを聞き、思わず足元を見渡したのでした。何世紀か後にこの建物がさらに建替えられるときには、工事安全のために何がつかわれるのでしょうか。

 つたなすぎる感想文を裏付けるべく句を引けないのは、引いてしまうと読んだ気になってしまう、ネタバレが起きる感がとても強いと感じるからです。ここまで書いてきた思いと関係せず、これはこれとして、ゴスだなあと私が感じた句を挙げて終わりにしたいと思います。ご存じのとおり本書を含め作者は正字旧かなにて詩歌を書かれる方ですので、ウェブで拾える正字は可能な限り入れましたが一部力至らなかった部分があります。申し訳ありません。

花の雨巫女の囈言うはごと聽くごとく    p33
繪踏して汝の繪踏を見屆けぬ    p67
啓蟄の蟲や堕天使紛れゐむ     p70
涅槃圖のものことごとく死に絕えき p70
白百合やわが遺傳子のやがて屑   p88
わが柩がらんどうなる涼しさよ   p92
夜濯のメイドしづかに脫がしあふ  p95(「濯」異字体)
繃帶のしろたへ解く星月夜     p107
秋霖の夜汽車にひらく惡書かな   p109
姉は紅葉を妹は山を戀ふ      p112
夭折の作家に息子萬年靑の實    p114
石段のはては祭壇冬銀河      p129(「冬」の二点は冫)
壁に叩き割つて假面や寒に入る   p130(「割」異字体