わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

ことば、ことば、ことば。第2回 境界 相沢正一郎

2013-04-08 16:35:58 | 詩客
 三月三十日に日本現代詩人会主催によるベネズエラの詩人グレゴリー・サンブラーノさんの講演「安部公房とガルシア=マルケス 触れ合う詩学」が早稲田奉仕園である、と聞いてさっそく出かけた。ふたりの小説家には、以前から興味を持っていた。かつて公房は、新刊がでるのを待ちかねて読み漁ったし、マルケスも翻訳されている作品はほとんど読んでいる。
 講演では、ずっと時代を遡ってプラトンの「ポイエーシス」(創造の過程)からはじまり、国も作風も違う作家――公房の「科学的フィクション」もマルケスの「魔術的リアリズム」も、ともに幻想と現実の「境界」を超えて「もうひとつの世界」を創造という接点に触れた。読者もまた彼等の作品に「遊びとユーモア」の能力で参加する……というお話は、たいへん興味深かった。
「講演」が終わったあとも、興奮の波紋がひろがり、たとえば三次会の席で野村喜和夫さんが、「マルケスだったら、安部公房よりも中上健次の『紀州熊野』」と発言していた。私も、フークナーの「ヨクナパトーファ郡」がマルケスの小説の舞台「マコンド」、また大江健三郎の「四国の森」かなともずっと考えていた。
さて、グレゴリー・サンブラーノさんが共感を込めて「規則違反」と呼んだふたりの小説の実験は、たしかに文学のジャンル(「境界」)を超えたところにある、と思う。たとえば公房のSF『第四間氷期』のように小説のジャンルのみならず『友達』などの戯曲にも積極的に挑戦しているし、ジャーナリストとして、若いときに映画批評を書いていた経験があったマルケスは、その後も映画に関心をもちつづけ、映画のシナリオも書いている。 
(おもしろかったのは、グレゴリー・サンブラーノさんが公房原作、勅使河原宏監督の『砂の女』、『他人の顔』など、みな傑作。それに比べ、マルケス原作の場合、いい映画がない、という発言)。
 そこで講演の「質疑応答」で、私が「日本の現代詩が他のジャンル(小説、俳句、短歌、演劇など)との「境界」が壊れ「もうひとつの世界」が生まれつつあるのではないか。映画も制作している詩人もいる。公房もマルケスもその意味で現代詩にとって重要では」というような質問をする。グレゴリー・サンブラーノさんは、「ベネズエラでも同じ傾向にあり、いろいろ議論されている。結局、講義のはじめに述べた「ポイエーシス」(創造の過程)に収斂するのでは」と述べられた。
 もちろんこの質問は、いろんなジャンルのせめぎあいを取り入れて詩作している私自身の姿勢なり関心にいささか引きつけたもので、詩にしかできない独自の世界をめざす詩人だって当然いる。だけどそういう詩人にとっても、ジャンルが壊れ混沌としたなかで「詩とは何か」と考える機会ができたことは大切、と言えるのでは。
「詩」という視点でふたりの作家を考えてみると、公房は初期の段階でリルケに傾倒していた。「消しゴムで書く」と作家自身が言うように無駄を削るマイナスの文体はたしかに小説の詩。マルケスといえば、知られている詩人だけでもスペインの詩人フアン・ラモン・ヒメーネス『石と空』の詩集から取られた「石と空グループ」(ガルシア=ロルカなど)やラテンアメリカのルベン・ダリーオ、チリのウィドブロ、ネルーダなどの影響がつよい。ラテンアメリカの混沌とした現実を詩が濾過して作品に結晶。
ふたりの小説家の違いは、先ほど述べた「消しゴムで書く」文体に象徴されるように公房は求心的。どんどん切り捨てていく。また、満州生まれの彼は、故郷(日本)や伝統を最後まで断ち切る思想は、ちょっとドストエフスキーの「父殺し」に近いけれど、けっきょくは父性的。
マルケスは、といえば逆に「豊饒」。その豊饒は、ジャーナリスト時代に身に着けたヘミングウェイを思わせるマイナスの文体で書かれた『予告された殺人の記録』、『誘拐』などをも包容する。
正直なところ私は、公房がほかの考えかたを切り捨て、穴に籠もっていくような作品にしだいに息苦しさを感じるようになった。それに比べ、いまでも私はマルケスの作品に触れるたびに何度でも新鮮な魅力を感じる。たとえ、どんなに悲惨な世界を描かれていても不思議な解放感をおぼえる。
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