お笑いタレントのブログに
与太話に踊らされた痛い人が、
更に痛い書き込みをして逮捕されたとか・・・
さて
この人たち、確かに『痛い人』なんだが
似たような状況というのは大多数の人に起こりうるのである
犯人達は何度も書き込みをしていたようだが、
おそらく「自分達は正しいことをしている」と考えていたと思う
人間の脳みそは単純なもので
『正しいことをしている』という前提である行為を繰り返していると
理由が行為の免罪符のように感じるのか『悪人を懲らしめるのは自分だ』
という思考回路になってしまうのである
犯人かがまだ分かっていない容疑者に
無茶な取調べをする警官が大体こんな感じだ
あと、痛いカキコミストは、
きっと病的に同じ行為を繰り返しているのではないだろうか?
一昔前の悪質訪問販売の会社でよくあった研修&仕事風景だが、
ほとんど寝かせないで「わが社の商品はいい商品だ」と言い続けるのである。
そうするとあら不思議、本当にいい商品だと思ってしまう
小難しい言い方だと『認知的不協和』というやつに似ている
自分のやってることが『いいこと』だと思うことで
苦しさから逃れているのである
もしくは特に基準は持っていなかったが
『イイコト』と刷り込まれることで、
自分を正義の側に置く理由にする
こまったことに、そっちの考え方が基準になると
もう行為そのものを苦痛と感じなくなる。
むしろ嬉々として行為に及ぶようになる
カルト宗教のマインドコントロールと同じ手法だ
爆心地が自分か他人かの違いはあるが
良い行為だと刷り込むことで
自分を錯覚させる・・・
正確には本気で思っているのだから錯覚でもないが・・・
熱心なマルチ商法の親ネズミにも2種類いて
初めから集金システムと割り切ってる奴もいれば
本気で良い商品だと信じ込んでる人もいる
おそらく具合の悪い時期にその商品を使って
たまたま具合が良くなったりしたんだろうが・・・
そういう時も弱い人間は結果に理由を付けたがる
理由を見つけることで、
騙すという視点でいえば、結果に理由を付けてあげることによって
人は『ラク』になるのかな?
錯覚の『ラク』であっても
脳が『ラク』と感じれば、それは『ラク』なんだろう
自分自身が正しいかなんて基準は
自分の中にあるものではないけれど、
考える力という意味での想像力さえもっていれば
すくなくとも、行動の意味さえ分かるはず
痛い事件が増える原因は
自分の頭で考えなくなったからだと思うんですよ
内村特殊法務事務所
http://homepage2.nifty.com/guth/