フリージア工房 国道723号店

ハロプロメンバーを応援してアイドル音楽を愛するエッセイブログ

石ころ 安売り ダイヤモンド

2017-02-06 23:10:32 | アイドル etc

 前置きとして書きますが、今回の記事は消費者として思った事を綴ったものであり、経営論なんぞをエラそうに語るのが目的ではない事をおことわりしておきます。

 アイドルが急激に増えたのは、いつ頃の事だっただろうか。第一回TIF(TOKYO IDOL FESTIVAL)が開催されたのは2010年で、Wikipediaによると、この年の参加アイドルは45組。今となっては、そんなもんだっただろうか?と観に行った者でありながら、その少なさに驚きますが、それでも当時は多いほうだと感じたものでした。メジャーもマイナーも網羅したような、そういうイベントが皆無だった事もあり、「いろんなアイドルが活動しているのだな」という新鮮な驚きがありました。アイドル業界の全体像がよく掴めていなかった。当時、掴めていた人は、関係者でもヲタでも非常に少なかったとは思いますが。
 2011年の第二回では、かなり多様化が進行した印象があり、地方アイドルというキーワードが注目されるきっかけにもなるのですが、それでもこの回の参加者数は57組。公式発表による来場者数も前年の8,000人に対して10,000人と少し増した程度です。それが、2012年になると参加者数111組、来場者数25,000人に倍増しています。

 この辺りを境に増えたというより、増えてきたマイナーアイドルたちが小さな脚光を浴びる機会が増えてきたという事なのでしょう。そういう人達が、こういう大きなイベントにも呼ばれるようになった。
 それで、「よっしゃ行くぞ」とばかりに、小銭を稼げそうなジャンルとして地下アイドルに参入してくる人が増えた。そんな印象です。いや、実際に小銭が稼げるのかは知りません。でも、これだけたくさんの地下アイドルが氾濫しているのですから、経営する側には、それなりの旨味はあるのでしょう。女性である事を売りにするビジネスとしては、(一部の例外を除き)店舗を持たないビジネスである事に様々なメリットがあるのかなとも思われます。

 でもですね。これだけ増えたはいいけれど、その増加に見合った分だけ好素材が増えたわけでも、素晴らしいビジョンを持った運営のプロが増えたというわけでもないように思えます。アイドルが増えて助かった人達というと、作曲の仕事が増えて収入に結びついたマイナーミュージシャンとか、バンドブームが下火になり稼働率の停滞に困っていた都内のライブハウスあたりでしょうか。そんな事を書いた記事を読んだことがあります。いい事もあるもんです。
 それで、以前に比べて人材が大幅増したアイドルという職種。必然的に、その人材は玉石混淆となったわけですが、それはアイドルそのものだけでなく、スタッフも同様。むしろスタッフのほうが「ダイヤモンドより石ころの多い率が高め」ではないか?と思っております。

 アイドルならば、石ころは石ころなりの愛で方もあると思えるし、実力や魅力というものの定義が曖昧なジャンルですので、むしろ積極的に石ころを愛でるという楽しみ方さえ出来ます。
 でも、売る側、育てる側が一緒になって石ころぶっていてはダメだろうと、今まで観てきて、そんな風に思えた現場もいくつもあります。以前も書いた事ですが、売る側にとっては長い人生の間の、いくつものビジネスの中の商品の一人かもしれませんが、アイドルにとっては人生でたった一度しかない青春期のひとときなのです。「アイドルの人生を背負っているという覚悟で」とまでは言えませんが、もう少し大事にしてあげてほしいと思う事はしばしばでした。

 結局、アイドルというものが低い位置で商売できるものになったという事なのかなと、ずっと思っています。いいものを育てて、いい値段で提供していくような商売ではなく、低価格で気軽に楽しんでもらう商売が主流になったのではないかと思うわけです。
 これってアイドルのデフレ化というものなのだろうか。千円札で買える笑顔って商売の在り方は、売る側も、買う側も間口が広くなるけれど、そんなお手軽商売が正解と言えるジャンルなのだろうか。

 その答えはわかりません。ブームの冷え込みで一気に廃っていくどころか、消えたり、現れたりしながら、毎年毎月たくさんのアイドルが生み出されている事を考えると、それだけのニーズがあるのでしょう。店舗型ビジネスが売り方を変えてアイドルという肩書で売るようになっただけとも思えるし、それなら、「そりゃニーズは一定数見込めるよなあ」とも思いますが、あくまで「ビジネス」なのだと考えれば、間違いでもないのだろうなあとも思います。
 でも、石ころは石ころなりの愛で方を提供するならば、安いものをたくさん買ってもらうような売り方ではなく、石ころを安売りしなくて済むような付加価値を作ってあげてほしいなと願います。道端の石ころを少しでも価値あるものにしていく事、それこそが売る側の大人の腕の見せ所なのではないでしょうか。
 それが出来ず、結局既存のフォーマット(それも人間をデフレ化させていくシステム)に乗っかるしかない。或いは、巷で一番売れているアイドルの縮小版みたいなものしか提供できないなら、別な女の子ビジネスに鞍替えしてほしい。そこまで思う次第であります。高い位置から叫んでいるようなものの言い方ですが、消費者側としての率直な想いです。

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旅立ちを前にしたあなたへ

2017-01-31 22:14:42 | ハロプロ(カンガル)

 嗣永桃子さんという人は、どこか懐かしさを感じる人であります。郷愁めいた懐かしさとは、ちょっと違うけれど、変わらない風景みたいな優しさ。
 そこに写し出されているものは今なのだけれど、その今をデジタルではなく、フィルムで表現しているような。そんな懐かしさ。フィルムカメラやビデオフィルムをリアルタイムで経験した人でないと感じられないような形式ばったものではなく、もっとわかりやすく、誰でも実感でっきる。その懐かしさには普遍性が備わっていると感じるのであります。

 そんな事を随分と前から感じていて、でも時間の流れとともに、そんな輪郭はぼやけていってしまうのだろうと思っていました。しかし、それはぼやけるどころか、年齢を重ねるほどにコントラストがはっきりしてきました。もう揺るぎないものである。そう思えたのは、Berryz工房の活動休止前でしょうか。
 ここまで、そのコントラストがぼやける事なく年齢を重ねて来られたのだから、ずっと不変であるに違いありません。年の離れたメンバーたちと一緒にアイドルをやっていても違和感はまったくない。それが出来るのは当然なのです。



 でも、ある時ふと思った。いくらここまで懐かしきコントラストを描き続けてきた桃子といえども、それが三十歳四十歳になっても持続可能なのだろうか。勿論、その年齢に達した時、同年代の他の女性よりも、その懐かしきコントラストは強めでありましょう。しかし、アイドルは年齢による階級など無しな無差別級。全体の中に存在する己こそが評価の対象であり、桃子の中で自己完結できていれば万事すべてよし。人気も安泰。などという単純な話ではありません。

 時計はちゃんと動いている事はみんな気づいていた。ただ、終了のチャイムがいつ鳴るのかだけを、心の底で気にしてきたのだと思います。
 年齢で自分に線引きして色んな事を諦めるような人ではないと思えるし、諦めるためのタイムリミットではなく、歩き出すためのスタートラインが引けるタイムリミットが、二十五歳なのでしょう。そういえば、あの方も二十五歳で一旦区切りを付けましたっけ。やはり必然なのでしょう。

 発表は突然だったから衝撃ではあったけれど、出した答えは十分すぎるくらい理解と予想できるものでした。
 残された芸能生活の日々は、どんどん少なくなっていくけれど、あなたが最後に自分の場所として選んだグループは、あなたと共にキラキラしていますよ。そう伝えたい。これからも、ずっと懐かしきコントラストを湛えた努力の才女であるであろう、あなたの姿を。


※先週のアプカミでのレコーディング風景。髪を下した姿に大人を感じました。
https://www.youtube.com/user/theuflicks

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KEEP ON 上昇志向!!

2017-01-21 22:53:04 | ハロプロ(J=J)

Juice=Juice『KEEP ON 上昇志向!!』 (Promotion Edit)

 昨年発売されたハロプロのシングル曲の中で特に好きな曲を挙げるとすると、Juice=Juiceの「KEEP ON 上昇志向!!」は挙げておきたい曲のひとつです。同じシングルに収録されている「Dream Road ~心が躍り出している~」のほうも大好きな曲で、現在のJ=Jの持つ「子供以上、大人入口なんです」な感じが楽曲面でも巧く昇華されて、メンバーの魅力がフルに発揮された仕上がりになっている手応え。そんな印象を持つのがこの二曲です。
 女性アイドルの旬は男性に比べると短い傾向にあり、ハロプロの場合、二十代になってから人気のピークを迎えた人は実に少ない。多くのメンバーの(人気面における)キャリアハイは十代の時だったりします。現在のJ=Jもデビュー当時ほどは、DDヲタ界隈で話題にされなくなったなという印象を受けます。

 しかし、ちょっと待ってほしい! 私はむしろ最近のJ=Jのほうがデビュー当時より好きだ!
・歌唱力のバランスがよくなった!
 各人の歌のうまさレベルの差が縮まり、ハーモニーがよりきれいになったと感じます。
・ダンスのしなやかさが増して動きが美しくなった!
 スタイルが大人になってきたので、腕を振ったり、脚を上げたり広げたりするだけで、動きに華が備わったように見えます。キレで勝負するだけではワンパターンになりますから、見せ方のバリエーションが増えるのはいい事です。
・表情の付け方にもいい意味での余裕を感じる!
 歌詞の世界に合わせて、嬉しい笑顔、切ない伏せ目、力強いキメ顔、そういった表情の付け方の演技力がアップしたのではないでしょうか。たとえば、「Dream Road ~心が躍り出している~」のMVを見ていると、ミュージカルの中のワンシーンのような躍動感あふれる演技を、歌やダンスとともに表現しています。

 220公演という目標設定された山を越え、全国のいろんな場所でライブをやってきたという結果から生まれた自信と言えましょう。経験に勇気づけられた自信というものは、こんなにも人を大きくしていくのかと、今のJ=Jを見ていると思います。
 そういう威風堂々な雰囲気は、もしかすると、アイドルとしての魅力や見せ方の本流とはクロスしないものなのかもしれませんが、世の中のアイドル好きの多勢が、見守りたくなるアイドルを求めている訳でもなく、圧倒的な存在感を魅せるアイドルを求めている層も一定数いるはず。

 「圧倒的」という言葉。そういう言葉が似合うグループは、常にハロプロにひとつは存在していてほしい。各人の実力や自信から発散される圧倒感は、あまり人数が多くないほうが明確に伝わりやすいし、見ている側も思い入れが持ちやすい。その構成力、まさに今のJ=Jではないですか。
 「KEEP ON 上昇志向!!」のMVは、屋内でセット組んで踊っているところを撮っただけで、演出の妙で見る者を驚かす類の映像ではありませんが、この「圧倒的」という言葉がふさわしい映像になっていると思いますし、それが出来る人たちである事をプロモーションした映像でもあります。まさに、プロモーション・ビデオ(PV)ではないでしょうか。

 今までのハロプロで、この「圧倒的」な言葉がよく似合うグループと言えば℃-uteでした。特に五人になってからの℃-uteは、各人のパッションを重ね、体力と運動能力をフル回転させたような動きで魅せてきた。やはり、そのくらいの人数のほうが各人が持っている力をダイレクトに見せやすいのでしょう。アイドル界に於いて、躍動感に溢れるグループに五人編成のグループが多い所以かも。
 そう考えると、Juice=Juiceが五人である事は必然であり、五人だからこそ、「こうなった」のかもしれません。


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愛のため今日まで進化してきた人間 愛のためすべて退化してきた人間

2017-01-18 22:23:06 | ハロプロ(スマ アン)

アンジュルム『愛のため今日まで進化してきた人間 愛のためすべて退化してきた人間』(Promotion Edit)

 たとえば、今のアイドル界にまったく新しいコンセプトのアイドルって作れるのか?そんな事を考えていたら、もう一人のアイドル研究者はこう言った。
「もうアイデアは出尽くしたよ。売れたければ、可愛い子を一人でも多く集めればいいんだ。そして、その子たちをメディアに乗せて、たくさんファンと接触させる。共有感と親近感。これを高いレベルで実現できた所が勝ち組になるのさ」
 「勝ち組」という言葉があまり好きではない私は、「勝つってなんだ?負けって何に対して負けたんだ?」と首を捻りながら、アイドルという仕事の中に年々重要度が増しているように思えてならない「親近感」というものについて、改めて想いを巡らせた。
 「親近感か」と言葉にしてみても、アイドルとファンの間に横たわる何か」の何が近くなるのかはわからない。

 デジタルを通して趣味世界が便利になる事によって、ファンがアイドルに求めるものは多くなっている。スマートフォンの存在は、パソコンに疎い人でもインターネットサービスの利便性を享受できる環境を産み、SNSという相互性の高いネットサービスが身近な存在になった。
 当然、市民がそうやってSNSを日常的に親しんでいる時代だから、アイドルもネットに乗せて自分を発信していくのが当然になっていく。ブログという名の公開日記は「アイドルがやるべき仕事」と認知され、アイドルは自分の日常の瞬間を世界に晒していく。そして、ツイッターはまさに「リアルタイムな時報」として日常をファンに共有させるサービスとして、「アイドルがやったほうがいい仕事」として精神的重要度を高めていく。「今この瞬間、僕とあなたがこの画面を見て、同じ事柄について思いを馳せている」のだ。

 日常を垣間見ることが出来るようになると、要求はもっとエスカレートしていく。「あなたの私服が見たい」「あなたの部屋が見たい」「あなたが寝る時の恰好が見たい」。動画配信が、動画撮影の知識が無い素人でも出来る時代はとっくに到来していた。

 便利だね。楽しいね。近くにいるね。理想の女の子だね。デジタルの発展と人々の思い入れの加速は比例していき、それと同時に、そこにリアルに存在している筈の「距離」というものを曖昧にしていく。
 何か大切なこと、忘れていないか?アイドルって何のために存在しているのか、忘れていないか?

 「そこに立っているのは人間なんだよ」そんな当たり前な事実が、心の叫びとして届いた。

 愛のため今日まで進化してきた人間 愛のためすべて退化してきた人間  (作詞:児玉雨子)  以上、意訳:アルファ

 ※ アップフロント様は、怪我や病気を患ったメンバーに対して、メンバーの意思を尊重して今後の活動方針を決める良心的な会社であることを書き加えておきます。更に書くと、メンバーに必要以上にネットサービスの仕事をさせていない会社であると思っております。

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愛の種 2017

2017-01-06 22:49:55 | ハロプロ2015-2017

 2017年、今年最初の記事です。今年もよろしくお願いいたします。
 大晦日に宣言しましたように、今年は書きたい話題に合わせて更新してまいりますので、そのペースにお付き合いいただき、楽しんでもらえたら嬉しく思います。

 さて、1月2日からスタートした新春ハロプロコンサート。2パターンあるうちの「カレイドスコープ」公演で、モーニング娘。が幻のデビュー曲「愛の種」を歌っていると聞き、正月早々、驚いております。幻というには大げさですが、メジャーデビューシングルという扱いではないし、何しろコンサートでは長い間歌われてこなかった曲。実は私も観たことありません。何しろ最後に披露したのは、1998年の第一回ハロプロコンサートだそうで、「がんばれ日本サッカーファイト」並みか、それ以上のレア曲なのです。

 なぜ「愛の種」はコンサートで歌われてこなかったのか?つんく氏の作った曲ではないからか?デビューを決定させた歴史的な曲であるので、当時のメンバーに敬意を表して封印しているのか?あるいは別な理由か?
 個人的には、封印は賛成でした。もし歌うのであるなら、当時のメンバーが揃ってステージに立ち、その五人で歌うような機会が訪れた時が良いのではと。そして、そういう機会を経由して今のメンバーに受け継がれる儀式(と書くと、ますます大げさですが)を済ませてからで良いだろうと思っていました。イメージするなら、オリメン五人で歌い終わったあと、ステージ上で中澤姐さんがフクちゃんに「この曲を歌い継いでください」というコメントで伝承する。そんな演出を経て受け継がれたらと妄想していました。
 そういう場が生まれるとしたら、節目の記念ステージでしょう。つまり「二十周年記念コンサート」の開催。この機会を逸しては「愛の種」の伝承はない!そう信じておりました。
 何しろ、2008年春のツアー「シングル大全集」でも歌わなかったのですから。
  ~このツアーはツアータイトル通り、シングルを全曲歌うものだった。セットリストと内容についてはこちらを~
http://www.billboard-japan.com/special/detail/61

 そんな封印されたシングル曲「愛の種」が、今回突然歌われたこと。これはモーニング娘。からの決意表明なのでしょうか?そうだ!「愛の種」が発売されたのは1997年。ああ、今年で20年だ。
 私が妄想したような記念公演が開催されるかどうかはともかく、やはり節目という事を関係者も当然意識しているのでしょう。現メンバーは当時の事はリアルタイムで知らない世代になりましたが、スタッフやOGの皆さんから色々と当時の事は聞かされている事でしょう。メンバーは、「グループとしての歴史」を意識したコメントは折に触れて発言してきているし、新メンバーが入る時も大抵はそこをコメントします。
 20年続いてきているグループという事を、強みとしてはっきり打ち出してきたこの正月。しかも、新メンバーが加入して最初のコンサート。ツアータイトル通り、万華鏡を覗くように、過去の景色を表現できるアイドルって、そうそう居ないです。昔の引き出し、どんどん開けてほしい。

 ただ、伝統とか歴史とか、そんな埃のついた言葉いらない!という向きもいらっしゃる筈。でも、そんな「未来志向型」な人も見据えて、ハロプロはモーニング娘。の歴史ばかりに飾りつけをしている訳ではないという姿勢も、この正月に同時に打ち出しました。
 そうです「和田彩花のハロプロリーダー就任」です。ハロプロエッグ出身からの抜擢という、新たな波が生まれました。「これからのハロプロはアンジュルムが引っ張る」という宣言とともに、その新しい波をどう動かしていくのか。「仲良しバトルだけど実はガチだよ」という、一見矛盾しているようだけど刺激的な言葉を加えたくなる。

 ハロプロという大きな看板の中に色んな方向性が生まれて育っていく。「愛の種」解禁は記念事業めいた企画なのではなく、新しい種の開花宣言を楽しみに待つためのプロローグなのかもしれません。

 正月らしく綺麗にまとまった。かな。
 ネタバレになってしまった方にはお詫びもうしあげます。

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