母がこの世から去って間もなく50日。
その日々の時間の流れが早いのか遅いのか私にはわかりません。
いろいろなことに思い巡らす日々でありました。
あの葬儀のありようはあれでよかったのかとか・・・
私の決断で決めてしまったことがとか・・・
つつましい葬儀であったことを母は悲しんではいないだろうかとか・・・
父は天からそれをどう思って見てくれていたのかとか・・・
母をとりまく人々は、ああもこうもして欲しかったとの思いが
あったのではないかとか・・・
私の至らなさ、気の利かぬことに対する苛立ちがあったのでは・・・
などと、あれこれ思うときりがありません。
母が亡くなった瞬間から葬儀まで、次から次へと決めなければならぬことが
押し寄せ、母の元に付き添うことがままならなかった。
車で病院から家まで帰るその間、ずっと母の体に手をおいていた。
この時間だけは「私だけのお母さん」との思いが胸にあふれていた。
亡くなってから葬儀までの段取りを決めなければならないということは、
故人に心を寄せるひまなんぞないのだ、ということがこの年になって
初めて知った。
結婚式のように早いうちからいろいろ準備しておくわけにもいかず、
いづれその時が来ると心づもりをしてはいても、決められない迷いがある。
でも、この頃は私の心の内の整理も少しついてきました。
夜分、眠れぬままに母に語りかけます。
お父さんとの「ばぁちゃんを頼むね」の約束と、
お母さんとの「お母さんの最期は私がきっとお傍にいます」との約束を
守ったことで私の至らなさを許していただけますか、と。
叔父には母の最期の様子、その後の様子を事細かにしたためた手紙と
母が入院してから亡くなるまでのありのままの様子、その時の私の心模様を
素直に綴ったものとを読んでいただきました。
叔父は「姉さんは本当に幸せだったと思います」とのお言葉をいただきました。、
そして、私と母のことをいつも励まし見守り続けてくれた人の心をもって
私は、これで私の気持ちに決着をつけなければならない思いました。
桜の春を、白雲の夏を、紅葉の秋を、北風の冬を迷うことなく
歩んで行けると思いました。
その日々の時間の流れが早いのか遅いのか私にはわかりません。
いろいろなことに思い巡らす日々でありました。
あの葬儀のありようはあれでよかったのかとか・・・
私の決断で決めてしまったことがとか・・・
つつましい葬儀であったことを母は悲しんではいないだろうかとか・・・
父は天からそれをどう思って見てくれていたのかとか・・・
母をとりまく人々は、ああもこうもして欲しかったとの思いが
あったのではないかとか・・・
私の至らなさ、気の利かぬことに対する苛立ちがあったのでは・・・
などと、あれこれ思うときりがありません。
母が亡くなった瞬間から葬儀まで、次から次へと決めなければならぬことが
押し寄せ、母の元に付き添うことがままならなかった。
車で病院から家まで帰るその間、ずっと母の体に手をおいていた。
この時間だけは「私だけのお母さん」との思いが胸にあふれていた。
亡くなってから葬儀までの段取りを決めなければならないということは、
故人に心を寄せるひまなんぞないのだ、ということがこの年になって
初めて知った。
結婚式のように早いうちからいろいろ準備しておくわけにもいかず、
いづれその時が来ると心づもりをしてはいても、決められない迷いがある。
でも、この頃は私の心の内の整理も少しついてきました。
夜分、眠れぬままに母に語りかけます。
お父さんとの「ばぁちゃんを頼むね」の約束と、
お母さんとの「お母さんの最期は私がきっとお傍にいます」との約束を
守ったことで私の至らなさを許していただけますか、と。
叔父には母の最期の様子、その後の様子を事細かにしたためた手紙と
母が入院してから亡くなるまでのありのままの様子、その時の私の心模様を
素直に綴ったものとを読んでいただきました。
叔父は「姉さんは本当に幸せだったと思います」とのお言葉をいただきました。、
そして、私と母のことをいつも励まし見守り続けてくれた人の心をもって
私は、これで私の気持ちに決着をつけなければならない思いました。
桜の春を、白雲の夏を、紅葉の秋を、北風の冬を迷うことなく
歩んで行けると思いました。