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怪物『サード』と戦う韓国社会

2016年07月16日 | 三千里コラム

『サード』配置に反対する星州郡の住民(7.13)



2006年、韓国では「怪物(クェムル)」という映画が大ヒットした。駐韓米軍基地から放流された化学汚染廃棄物が原因で、漢江に巨大な化け物が発生して住民を襲うという内容だった。10年後の今年、新たな怪物が出現した。名前を『サード(THHAD=終末高高度ミサイル防衛体系)』という。韓国社会は大変なパニックに陥っているが、発生の根源はやはり米国だ。

7月8日、米韓の両政府は記者会見で、駐韓米軍基地への『サード』配備を表明した。5日後の7月13日には、配置区域が慶尚北道星州郡に決定したと発表している。国会の審議を経ておらず、地域住民の世論を聴取したわけでもない。決定と発表は一方的だった。今回の決定には、朴槿恵大統領の意向が強く反映されているという。

政府の公式発表文によると、『サード』配置は“北朝鮮の核兵器・弾道ミサイルの脅威から大韓民国と国民の安全を保障し、韓米同盟の軍事力を保護するための防御的な措置”だという。もし政府の説明が正しいのなら、どうして星州郡の住民だけでなく、野党や各地の市民団体まで『サード』配置にこぞって反対するのだろうか。

軍事的な見地から、『サード』が北朝鮮のミサイル迎撃には無用の長物だと言われてきた。また、環境破壊や電磁波による地域住民の健康侵害も指摘されている。何よりも、米国の真意が中国(ロシア)を軍事的に牽制するためであることは明白で、中韓関係の悪化と東北アジアの緊張激化は避けられない。朴槿恵政権は対北制圧政策の一環と見なしているようだが、この怪物を引き入れることは韓国の国益を大きく損なうことになるだろう。

今回の『サード』騒動を見るにつけ、米韓の従属的な関係がいかに深刻な弊害をもたらすのか、痛感せざるを得なかった。そして、敵対的な南北関係に埋没する韓国の保守政権は、亡国的な対米依存を深化させるしかないようだ。

『サード』配置の発表は電撃的だったが、決定の過程はそうではない。数年間の周到な準備と検討を経たものである。国内世論の反発を恐れた韓国政府が、その過程を隠し続けただけだ。1年前にも『サード』配置をめぐる論争が、主要なメディアに取り上げられていた。その際に、韓国政府は「3No」を掲げて煙に巻いたものだ。“米政府の要請もなく、両国間に協議もなかった。よって何らの決定もない”という「3No」である。

しかし、『サード』配置が公式的に提起されたのは、それより前の2014年6月3日である。当日、ソウル市内の某ホテルで国防研究院が主催した安保フォーラムが開かれた。その席上、当時の駐韓米軍司令官カーティス・スカパロッティは「韓国への『サード』配置は米国の主導権(initiative)だ。司令官として、すでに私は本国政府に配置を要請した」と述べている。

“主導権”という表現は、韓米関係の本質を象徴する言葉だ。有事の作戦指揮権(事実上の統帥権)を米軍に譲渡している韓国政府は、駐韓米軍基地内にどのような兵器が導入されるのか、関与する権限すら与えられていない。米軍の決定に従うだけである。1950年代後半にどの種の核兵器が導入されたのか、それがいつ、どのような理由で撤去されたのか(誰も確認していないが)、韓国政府と国民は事後に推測するしかない。

今回も同様だろう。ただ、米政府が周到なのは、形式的ではあるが、韓国政府の体面を慮る素振りを見せていることである。“主導権”という上から目線ではなく、“同盟次元での合意”という体裁を装うことにしたのだ。提案者はカーティス・スカパロッティの前任者、バーウェルベル元駐韓米軍司令官である。

2014年7月、ワシントンで開かれた某セミナーで彼は、「『サード』の配置は韓国民にとって極めて複雑な問題だ。韓国政府が合意を受け入れ、国民の同意を得やすいように配慮すべきだ」と忠告を忘れなかった。それで、今回の両政府公式発表文には、“主導権”という用語を避けて“同盟次元での決定”と表記されれいる。

だが、単なる言葉遊びで、従属的な米韓同盟の本質が糊塗されるものでもあるまい。今回の『サード』配置を法律的な観点で見るなら、韓国の「防衛事業法」ではなく、「駐韓米軍地位協定」を適用したことに注目すべきであろう。地位協定(SOFA)の正式名称は「大韓民国とアメリカ合衆国との間の相互防衛条約第4条に基づく施設及び区域並びに大韓民国における合衆国軍隊の地位に関する協定」だ。そして、1953年10月1日に結ばれた「韓米相互防衛条約」は、1951年9月の「日米安保条約」をモデルにしている。

「駐韓米軍地位協定」第2条は次のような内容だ。
「合衆国は大韓民国内の施設と区域の使用権を供与される。各施設と区域に関する協定は、本協定28条の規定する合同委員会を通じて両政府が締結する」。

つまり、韓国政府にできることは、『サード』配置に適切な地域を選び、米政府に供与する協定に署名することだけなのだ。7月13日、『サード』配置の地域を星州郡と発表したことは、両国間ですでに、
星州郡供与の協定が締結されたことを意味する。

だが、問題はこれで終わらない。政府の責任は厳しく問われねばなるまい。どのような条件で土地を供与したのか、臨時的なのか永久供与なのか...。国防長官は米政府との『サード』配置協定を公開すべきである。供与期間だけでなく、供与土地の規模や私有地の収用有無も明らかではない。にも拘らず、『サード』の配置は“決定であって国会の同意対象ではない”と強弁するなら、もはや民主的な法治国家の行政とは言えないだろう。

また、『サード』の運営費用が年間1兆5千億ウォン(約1500億円)だというが、誰が負担するのか。国民の疑問と抗議に応える意味からも、朴槿恵政権は『サード』配置協定の全文を即時に公開すべきである。たとえ“大韓民国と国民の安全を保障する”協定であり合意といえども、主権者である国民の同意(国会の承認)がなければ無効である。大統領の決断が「法律」ではないからだ。

最後に、『サード』配置に強く反対してきた中国政府の見解を引用したい。政府系の機関紙『環球時報』は7月10日付ウェブサイトに掲載した労木の署名記事で次のように述べている(浅井基文さんのコラム「21世紀の日本と国際社会」http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2016/821.htmlを参照)。

「中国は韓国に対して一再ならず、『サード』の韓国配備を許すことはアメリカのために火中の栗を拾うことであり、韓国にもたらされるのは安全の高まりではなく、安全がさらに損なわれることだと諫めてきた。...韓国はアメリカの圧力に屈し、『サード』を我が家に導き入れ、自分を縛った縄をアメリカの手に差し出した。その行動は中露の怒りを買い、本来は良好だった中韓関係に破壊的要因を持ち込んだ。大国の駆け引きにわけも分からないままに口を差し挟むと、うまくやらない場合には引火して我が身を焼くことになるという自明の道理を、韓国当局は認識するべきであり、...」。

10年前の映画では、市民が力を合わせて怪物(クェムル)を退治した。今回の『サード』という迷惑な怪物も、市民の連帯した力で退治したいものだ。だがその連帯は、国際的なものとして推進されるしかないようだ。なぜなら、『サード』の重要なパーツが、青森県つがる市の車力分屯基地や京丹後市経ヶ岬に設置されたXバンド・レーダーなのだから。(JHK)
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朴槿恵大統領のマッカーシズム

2016年06月28日 | 三千里コラム

首席秘書官会議で冒頭発言を述べる朴槿恵大統領(6.27,青瓦台)



朴槿恵大統領は6月27日、青瓦台(大統領官邸)で首席秘書官会議を主宰した。大統領は韓国社会が総体的な危機状況にあるとの認識を示し、それへの対処として、国民の団結と政府への全面的な支持を強調した。

当日、北への露骨な敵意を反映した大統領の言辞は、冷戦時代のマッカーシズム(アカ狩り)を彷彿させるものだった。特に国内の反対勢力を“内部の敵”と規定しその一掃を煽動するのは、実父・朴正煕の独裁統治下で見飽きた手法である。現政権への批判の意を込めて、会議における朴槿恵大統領の主要発言を検証したい。

朴槿恵大統領の現状認識は以下の通りである。
「英国のEU離脱など、韓国経済を取り巻く内外の条件は日増しに悪化している。加えて、ミサイル発射をくり返す北朝鮮の挑発行為は、わが国の安全保障に深刻な危機をもたらしている」

ところが、危機状況への対処において朴槿恵大統領は、極めて飛躍した見解を述べている。
「国論を分裂させ北朝鮮を擁護する勢力が存在する。彼らが公然と活動しているのを座視してはならず、防止しなければならない。...国家の危機に際して最も警戒すべきなのは、内部の分裂と無関心だ。かつて(南)ベトナムが崩壊したのも、国内の分裂と国民の無関心が大きな原因だった」

では、朴槿恵大統領の言う「国論を分裂させ北朝鮮を擁護する勢力」とは誰か?
どうやら、『民主社会のための弁護士の集い(民弁)』を指しているようだ。民弁は今、政府が総選挙の直前に公表した集団脱北(中国の北朝鮮食堂女性従業員)事態に対し、当事者たちの身辺保護と意思確認が必要だと主張し、彼女たちとの面会を要求している。言うまでもなく、真相の究明を恐れる政府は一切の面会を許可しない。

また、「共に民主党」前代表のムン・ジェイン氏も含まれているのだろう。彼は米政府に対し、戦時作戦統制権(事実上の統帥権)の返還を要求すべきだと主張しているからだ。前日(6月26日)に出した論評で与党・セヌリ党は、ムン・ジェイン氏に「北朝鮮の政権を擁護する態度だ」と露骨な非難を浴びせている。

民弁やムン・ジェイン前代表を“内部の敵”と見なす朴槿恵大統領は、北への制圧政策に全力を投入してきた。“圧力をかけ続ければ北の体制は崩壊する”との妄想への執着は、歴代のどの大統領よりも強いようだ。以下の発言から、その一端を窺えるだろう。

「北朝鮮を変化させる唯一の方法は、より強力な制裁と圧迫だ。北朝鮮の核・ミサイル開発意志よりも、これを防ごうとする私たちと国際社会の意志がはるかに強いということを、彼らに見せつける必要がある。国際社会は今、北朝鮮問題に対してどの時よりも強力な連帯を形成している。このような国際社会の連帯とともに、私たち国民の団結と意志が何よりも重要だ」

朴槿恵大統領の頑なな発言には、野党からも驚きを越えた慨嘆の声が後を絶たない。とりわけ、金大中元大統領の三男、金弘傑(キム・ホンゴル)「共に民主党」前国民統合委員長
の指摘が的を射ている。彼は当日のツイッターで次のように述べた。

「故障した録音機でもあるまいに、いつまで昔ながらのアカ狩りと従北騒動に熱を上げているのだ。...南ベトナムの崩壊は、植民地支配に協力した反民族的で無能な指導層のためだ。彼らが国民を分裂させて戦意を喪失させたのだ」

彼はまた、現政権の悪政を厳しく糾弾している。
「テロ防止法や国定教科書の導入を強行して国民を分裂させたのは誰か。...ベトナム崩壊を口実に国民を脅迫し、大統領緊急措置を宣布したのは朴正熙だった。独裁政権の手法を再び使うというのか!韓国経済が深刻な状況だと言いながら、呑気な外遊に明け暮れているのは、他でもない大統領御本人ではないか。総選挙で苛酷な審判を受けたなら、少しは自重するのがよろしかろう」

参考までに、世論調査機関『リアル・メーター』が6月23日付で公表した朴槿恵大統領の支持率は、前週に比べ2.3%下落の35.1%である。一方、不支持率は2.0%上昇し60.0%だった。35%の支持率を、どう評価すべきなのか...。「不安定」には違いないが、「レーム・ダック」と見なすにはまだ尚早のようだ。ただ明らかなのは、大統領には、総選挙の民心を尊重する意志は皆無であるということだ(JHK)。
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反動化する時代状況に抗して

2016年06月07日 | 東北アジアの平和

岸信介・池田勇人らと歓談する朴正熙(1961.11.12、東京)



「在日朝鮮人人権協会」の機関誌『人権と生活』第42号(2016年6月刊行)は、“反動化する時代状況に抗して”というテーマの特集を組んでいます。そのなかで、日本軍「慰安婦」問題に関して昨年12月、日韓両政府が交わした合意についてその問題点を様々な視点から分析しています。三千里鐵道顧問の康宗憲さんも寄稿しています。「在日朝鮮人人権協会」のご厚意により、その全文を以下に転載します(三千里鐵道事務局)。


植民地主義と民族分断の克服に向けて   康 宗 憲
             
                                
解放と分断の70年が過ぎて

 朝鮮民族にとって解放70周年に当たる2015年は、これといって祝賀する成果もなく過ぎていった。安倍首相の戦後70年談話に接した私たちは、言葉だけの反省と謝罪のパフォーマンスに、やり場のない憤りを覚えるしかなかった。談話のハイライトは日露戦争への評価だった。言うまでもなく日露戦争は、大日本帝国による朝鮮植民地化に決定的な契機となった戦争だった。ところが安倍談話は「植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけた戦争」と美化している。朝鮮民族に対する破廉恥な開き直りであり、歴史修正主義を超えた「歴史の歪曲・捏造」と言わざるを得ない。

 一方、祖国の地に目を向ければ昨年も朝鮮半島の軍事緊張が高まり、南北関係は改善されぬまま節目の年を越してしまった。8月には、南側非武装地帯での地雷爆発を機に局地的な砲撃戦が発生し、解放を記念するどころか、南北分断を象徴する敵対状況となった。

 20世紀に、植民地支配とそれに続く民族分断の試練を生きた朝鮮民族は、21世紀の今も、そうした負の歴史を担いながら未来を切り開いていくしかない。私たちはまだ、植民地統治の残滓を払拭できておらず、新たな課題となった民族分断も克服できていないからだ。昨年12月28日、日本軍「慰安婦」問題に関する屈辱的な合意が韓日政府間で交わされた。交渉に臨んだ両国の姿勢と発言は、あたかも1965年の『韓日条約』締結過程を再現するかのようだった。「歴史は二度くり返す」のが真理であるなら、今回は紛うことなき「茶番」であろう。
 クーデターで執権した親日派の父親を讃える娘が、対日外交において異なる姿勢と原則を堅持すると願うのは、まさに「縁木求魚」というものだろう。そのことを誰よりも正確に見抜いていたのが岸信介の外孫だった。だから安倍首相は、当時も今も、日韓関係を楽観している。定期的な首脳会談をしなくとも、日本の国益は十分過ぎるくらいに保障されているのだから。「慰安婦」問題の交渉過程を見るにつけ、植民地統治の後遺症が極めて深刻であり、私たちの民族解放(植民地主義の克服)はまだ未完であると痛感するしかなかった。

 2016年の冒頭から、北の核実験と衛星ロケット発射を機に朝鮮半島は、再び国際社会の耳目を集中させることになった。国連安保理の制裁決議に加え米韓合同演習の拡大強化によって、朝鮮半島には再び戦雲が立ちこめている。世界的には東西冷戦が終焉して久しいのに、朝鮮半島は今も冷戦構造が厳然と存在し圧倒的な規定力を発揮している。朝鮮戦争の停戦体制が維持され、朝米・朝日の敵対関係は解消されていない。“北朝鮮の核・ミサイル脅威”も、こうした冷戦構造の産物であることを直視するなら、その解決は冷戦構造の克服、即ち朝鮮戦争の終結(平和協定)と朝米・朝日の関係正常化を推進することでしか実現しないだろう。解放と分断の70年が過ぎた今、朝鮮半島の平和と自主統一を願う立場から、私たちの課題を考察してみたい。

朴正熙政権の外交

 1965年の『韓日条約』については、その内容と交渉過程に関して深刻な問題点が多方面から指摘されている。その詳細を論じることが本稿の目的ではないので、いくつかの確認にとどめたい。

 先ず、基本条約で植民地支配に関する言及が皆無である点だ。日本政府は「1910年8月22日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認される」という条文を、“当時は有効だったので、併合(植民地支配)は双方の同意による合法的な措置”だと主張する。韓国政府は“当初から無効”と主張するが、“無効になった時点は大韓民国樹立の1948年”とする日本政府の解釈は一貫している。国会答弁によれば歴代の日本政府(村山内閣を含め)も、少なからぬ日本国民も“植民地支配=日韓併合は両国が条約で合意した”との認識に執着している。“合法的だが苦痛も与えたので遺憾に思う”ぐらいの歴史認識なのだ。

 では、朴正熙はこの問題をどう理解していたのだろうか。1964年3月16日、彼は国内記者との書面会見で「過去、韓日両国間の諸条約はすでに1951年のサンフランシスコ講和条約で、全て無効になったと見做されている。...よって今回の国交正常化に際して、事さらに不名誉な条約に言及する必要はない」と述べた。有効期間を、日本政府よりも長期にとらえているのだ。

 大日本帝国の陸軍士官学校卒業・満州国軍将校という経歴は、彼にとって立身出世の手段だった。そうした人士が朝鮮植民地統治を否定するはずもないし、それが断罪されるべき歴史だとも思わなかっただろう。朴正熙政権で対日交渉を担当した高位官僚たちの殆どが、大日本帝国に服務した親日派だった(首席代表の金東祚は1943年九州帝大在学中に高等文官試験行政科に合格し、大日本帝国政府厚生省に勤務。初代駐日大使)。そして交渉相手の日本政府代表団は当時、彼らの上官に該当する職責だった。植民地期に形成された“主従関係”は重い。こうした人間関係のもとで、対等な国交交渉は当初から不可能だったのではないだろうか。

 「親日・反日」というのは、単に日本への親近感や反感を意味する言葉ではない。それは歴史用語だ。日本の植民地統治を容認し服務したのが「親日」であり、それを拒否し自主独立を目指したのが「反日」、積極的に武力闘争すれば「抗日」になるのだ。典型的な「親日派」である朴正熙・元大統領の歴史観を検証してみよう。

 1961年11月12日、クーデター執権から約半年後に来日した彼は岸信介、池田勇人、佐藤栄作らと会合した席で「私は政治も経済も知らない軍人だが、明治維新で日本の近代化に献身した志士たちのような心情で、韓国の政治を担当していく決心だ。...強力な軍隊を育成するには日本式の教育が最高だ」と述べ、日本の陸士出身という経歴と日本精神をしきりに強調したという。もちろん対話は日本語だった。

 李東元は『韓日条約』に調印した当時の外務長官である。彼が退任後に出版した『大統領を懐古して』という本に、この日の状況が生き生きと描かれている。朴正熙が「諸先輩方、どうか私たちを助けて下さい。日本が韓国より進んでいるのは明らかなので、“兄貴”として敬います。“兄貴”の立場で私たちを育てて下さい」と述べたそうだ。その場にいた日本側の人士たちは「ようやく話の通じる相手に出会った」と、喜色満面だったという。

韓日条約のもう一つの問題点は、植民地支配に関連した膨大な被害補償を、国家賠償ではなく請求権協定(無償3億ドル、有償2億ドル)で安易に最終解決を図ったことだ。“合法的な併合”という立場の日本政府に、植民地支配の責任を認め賠償に応じる意思はもとより皆無だった。
 1949年12月作成の外務省『割譲地に関する経済的財政的事項の処理に関する陳述』は、サンフランシスコ講和会議を控え、日本の植民地統治がいかに正当で肯定的なものであったかを主張するための文書だ。そこには「日本のこれら地域に対する施政は決していわゆる植民地に対する搾取政治と認められるべきではない。...最も低開発な地域の経済的、社会的、文化的向上と近代化はもっぱら日本側の貢献によるものである」と書かれている。

 米政府の協力でサンフランシスコ講和会議に南北朝鮮と中国など、大日本帝国の最大被害国家を排除することに成功した日本政府は、1952年に『日韓請求権問題に関する分割処理の限界』(外務省)なる文書を作成する。骨子は「今回のサンフランシスコ条約による朝鮮の独立承認については、朝鮮は日本とは戦争関係になかったのであるから、もとより賠償問題の生ずる余地はなく、従って両国間の請求権問題は、単なる領土分離の際の財産及び債務の継承関係として取り扱われるべきものである」というのだ。

 “領土分離”という発想の根底には、“植民地支配は正当で恩恵を与えた”との歪んだ認識があるのだろう。その一端を示すのが、日韓交渉の首席代表を務めた高杉晋一の発言である。彼は交渉が大詰めを迎えた1965年1月7日、外務省記者クラブで「日本は朝鮮を支配したというが、わが国はいいことをしようとした。...日本に謝罪せよというのは妥当ではない。日本は朝鮮に工場や家屋、山林などをみな置いてきた。創氏改名もよかった。朝鮮人を同化し、日本人と同じく扱うためにとられた措置であって、搾取とか圧迫というものではない」と放言した。1953年10月15日の久保田妄言を凌ぐ露骨な歴史歪曲だったが、政府のオフレコ要請に応じた日本の主要紙は全く報道しなかった。

 日本政府がここまで高圧的な発言をくり返したのは、朴正熙政権が自ら屈辱的な姿勢を示したからでもある。1965年2月17日、日韓条約の仮調印に訪韓した椎名外相を歓迎する席上で、李東元長官は「過去のある期間、両国民には不幸な関係があった」と述べている。植民地統治という言葉も、36年という期間も言及せずに、膨大な被害と苦痛を単に“両国民にとって不幸な関係”だったと表現したのだ。一体、どちらの外相が発言したのか判断しかねる言葉だが、これが当時、朴正熙政権の偽らざる姿だったのだ。こんな連中を相手に、誰が謝罪しようと思うだろうか。

 請求権協定に関する朴正熙の発言も検証しておこう。朴正熙(当時は国家再建最高会議議長)は1961年11月12日、池田首相との公式会談に臨んだ。その場で彼は「日本側が請求権問題に誠意を見せるなら、李承晩政権のように莫大な金額を請求するつもりはない」と述べている。会談後、韓国記者団に対し彼は極めて明確で重要な発言を行った。11月13日付『東亜日報』は朴正熙の発言を次のように伝えている。

 「対日財産請求権に関して、日本国民が誤解しているかも知れない。明確にしたいのは、我々の請求権が戦争賠償ではないことだ。韓日交渉の成否は、日本政府がどの程度の誠意を示すかにかかっている」。本格的な交渉を再開する前に、“賠償を要求しない”と宣言したわけだ。日本政府にとっては、まさに“神風”だった。同日付『朝日新聞』も、「池田-朴会談の最も注目すべき成果は、請求権の処理方式に関し双方が合意に達したことだ」と指摘している。

 参考までに、李承晩政権は発足初期の1949年、『対日賠償請求調書』を作成しGHQに提出している。植民地支配下の強制徴用に伴う人命被害や未払い賃金など、日本政府は73億ドルを賠償として支払う義務があると主張したものだ。これとて、被害の一部しか反映されていない金額だ。だが、請求権ではなく明確に賠償金として要求したからこそ、日本政府(吉田内閣)はあらゆる手段を動員して、米政府に韓国代表の講和会議出席を阻止するよう請願したのだろう。

 韓日交渉の過程を分析する際には、1950~60年代の東アジア情勢に米政府がどのように介入していたのかを考察する必要がある。

 1949年の中華人民共和国樹立と翌50年の朝鮮戦争勃発を機に、米政府は東アジアにおける主導権の確保を軍事・政治的な局面で追求せざるを得なくなった。対日講和会議を主導し日米安保条約で在日米軍基地の半永久化を達成したのが1951年だ。東京の連合軍最高司令部で日韓国交正常化に向けた最初の予備会談が始まったのも、その翌月(同年10月)である。米国が盟主となる「米日韓同盟」の結成は、その頃から米国の東アジアにおける最優先課題だった。そのためにも日韓の国交樹立は不可欠の前提である。

 60年代には中国の台頭が著しい。64年1月にフランスが中国を承認し、10月には中国が核実験に成功する。中国包囲網形成の必要性に加え、ベトナム戦争に本格介入して北爆まで敢行し始めた米政府にとって、65年は一つのタイム・リミットだった。

 難航する日韓交渉に拍車をかけるうえで、韓国軍事政権の登場は米日両政府が歓迎するところだった。そして支持基盤の脆弱な朴正熙政権は、両国からの支援を通じて経済成長を達成し、南北関係で優位を占める必要性にかられていた。65年8月14日、『韓日条約』の批准同意案が与党単独で国会を通過した。そして前日の13日にはベトナム戦争への派兵同意案が、やはり与党単独で国会本会議を通過している。韓国軍がベトナム戦争に参戦するのは、その2ヶ月後のことだった。

 日本政府にとって、朴正熙軍事政権は“兄貴として育てなければならない”存在だった。それは政権与党・民主共和党に対する政治資金の支援として行われた。米政府CIAの特別報告書『日韓関係の未来』(1966年3月18日)によると、日本企業6社が61~65年にわたって総額6600万ドルを支援したという。CIAはこの資金が、当該期間における民主共和党総予算のうち、三分の二に当たると記述している。だが、実際の金額は1億ドルをはるかに超えるものと推測されている。その後も続いたであろう両国権力の醜悪な癒着を断ち切らないかぎり、真の意味での日韓正常化はあり得ないだろう。 

 朴正熙政権に関しては、もう一つ追加しておきたいことがある。先に紹介した高杉晋一をはじめ、岸信介、佐藤栄作、椎名悦三郎、児玉誉士夫などが、日韓修好に寄与したとして大統領から勲章を授与されている。以降の歴代韓国政府が叙勲した日本の極右人士を含めると、その数は12名に達する。

朴槿恵政権の外交

 『韓日条約』はこのように、日本の植民地支配と侵略戦争の責任を不問にする“悪しき枠組み”となった。被害者の苦痛は省みられず、抗議の声は長期独裁体制を敷いた朴正煕政権の下で封じ込められた。しかし、1990年代に入り韓国の民主化が進展するなかで、元日本軍「慰安婦」や強制徴用被害者たちが、補償を求めて起ち上がった。日本市民との連帯を通じて、“悪しき枠組み”に対する困難な挑戦が始まったのだ。
 盧武鉉政権期の2005年1月、日韓請求権協定に関する文書がようやく公開された。それを受けて結成された「民官共同委員会」は同年8月、対策案として次のような公式見解を表明している。「日本軍慰安婦問題など、日本の国家権力が関与した反人道的不法行為に対しては、請求権協定で解決したと見做すことはできず、日本政府の法的責任は残っており...」。これは、「財産請求権問題が完全かつ最終的に解決された」とする“悪しき枠組み”が、当初から無効であるとの画期的な判断である。
 日本の法廷では敗訴が続いたが、韓国司法部は軍事政権下での不条理を正そうと良心的な判決を出している。2011年8月、憲法裁判所は「日本軍慰安婦問題に対する韓国政府の不作為は、国民の権利保護に対する義務の不履行である」との違憲決定を出した。そして翌年5月、大法院(最高裁)が「植民地支配に直結した不法行為による損害賠償請求権は、日韓請求権協定によって消滅しない」との判決を下している。これに基づき2013年には、ソウル・釜山の各高裁と光州地裁で、新日鉄住金(旧日本製鉄)や三菱重工業に対し賠償支払いを命ずる判決が出された。
 朴槿恵・現政権が出帆した2013年2月は、このように人間の尊厳を取り戻そうとする躍動的な状況だったのだ。安倍政権の歴史修正主義に対する韓国市民の強い反発を無視できず、現政権も「慰安婦問題の根本解決が実現しないかぎり、日韓関係の改善はない」と公言していた。だが、実父の最大功績として『韓日条約』を掲げている娘が、“悪しき枠組み”の見直しに尽力するとは思えなかった。

 朴槿恵政権の対日姿勢に明確な変化が現れたのは、『韓日条約』締結から50年の2015年に入ってからだ。年初から米オバマ政権の露骨な介入と圧迫が始まった。2月13日、米韓外相会談後の記者会見で、ケリー米国務長官は「歴史問題の解決には日韓双方の努力が必要だ。日韓関係の悪化は米国の国益を損なう。焦点を歴史問題ではなく、より重要な安保問題に当てるべきだ」と語った。日韓関係の改善による米日韓同盟の構築を優先し、日本政府の歴史認識には拘らないとの意思を表明したと言えよう。2月27日にはシャーマン国務次官補も同様の発言をしたが、それを受けて韓国与党のナ・ギョンウォン議員が鮮明な解釈をほどこしている。国会の外交統一委員長でもある彼女は「中国の台頭に対抗するためにも、韓日関係はより未来志向的に変化すべきだ。それが米政府の立場だ」と述べた。米政府の報道官かと錯覚するような発言だが、政権与党には“先見の明”を備えた人士が少なくないようだ。

 そして4月29日、安倍首相の米議会演説で日米間の歴史問題には終止符が打たれた。米政府と議会は安倍演説を、かつての戦争(アジア太平洋戦争)に対しきちんと反省し丁重な対米謝罪があったと、肯定的に評価したようだ。かつて2007年には、「日本政府は慰安婦問題に対し明確な謝罪と被害者への補償をすべきだ」と、全会一致で決議案を採択した米議会だった。この8年間に一体、何が変わったのだろうか...。何も変わっていない。日本政府が「慰安婦」問題の解決に向け、真摯に取り組んだ形跡は一切ない。逆に、安倍政権は「河野談話」の見直しすら企図している。変わったのは米政府と議会の方針だけである。

 オバマ政権の「アジア再均衡(リ・バランス)政策」において、中国への包囲網形成は緊急の課題であり、50年前と同じく「米日韓の軍事同盟」構築はその核心である。自らが盟主となり、集団的自衛権行使を可能にした日本を忠実な代理人に任命する。その下位に韓国を位置づけた従属的な三国同盟の構築において、歴史問題をめぐる日韓の葛藤は早期に収拾する必要があったのだ。歴史(慰安婦問題の解決)よりも、安保(米日韓の軍事同盟)を優先するのが米国の国益であり、そのためなら議会は、政府と一体となって日本に免罪符を与えることを躊躇しない。そのことを立証したのが2015年だった。

 『韓日条約』50周年の昨年6月22日、駐韓日本大使館で祝辞を述べた朴槿恵大統領は、「今年を韓日両国が新たな協力と共栄の未来に向かう転換点にしなければならない。最大の障碍となっている歴史問題の重い荷物を、和解と共生の心で降ろせるようにすることが重要だ」と語った。この頃から、大統領は“未来志向”や“大乗的な見地”という言葉を多用するようになった。だが、過去を直視しない“未来志向”は無意味である。歴史問題は降ろすべき重い荷物ではなく、解決すべき課題ではないのか。この時点ですでに、年末12月28日の屈辱的な合意は織り込み済みだったのかもしれない。

 朴槿恵政権の統一外交政策は、朴正熙政権と同じくその根底に、対北敵視政策がとぐろを巻いている。北の体制崩壊による吸収統一を政策目標に設定しており、その実現に向け米日と協調して軍事・政治・経済的な圧迫と封鎖を強化することを優先する。対話と交渉により南北の和解と協力を推進した金大中・盧武鉉政権とは正反対の政策である。だが、開城工業団地を一方的に閉鎖するなど南北関係を破綻させた現政権に対し、韓国市民は去る4月13日の総選挙で厳しい審判を下した。

 南北関係の悪化に加え、親日派を擁護し軍事政権を美化するための歴史教科書国定化、日本軍「慰安婦」問題の屈辱的な対日交渉、経済の失政による格差拡大などが、審判の対象になったと判断される。植民地主義と分断の克服という民族的な課題をおろそかにすることは、南北いずれの政権にも許されることではあるまい。

 最後に、日本との関係について言及したい。歴史問題(植民地支配の清算)において、被害当事者の声を封殺したままでの「最終的かつ不可逆的な解決」などあり得ない。1965年の「完全かつ最終的な解決」が空虚だったように、今回の「最終的かつ不可逆的な解決」も恥ずべき野合でしかないだろう。これが新たな“悪しき枠組み”とならぬよう、私たちは日本の良心的な市民とともに、歴史の反動に立ち向かって行こうではないか。 
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「5.18光州民主化運動」の36周年-真相は究明されたのか?

2016年05月19日 | 三千里コラム

光州民衆抗争36周年の前夜祭(5.17,光州市)



36年前の1980年5月18日、光州市民は新軍部勢力の「5・17非常戒厳全国拡大措置」に反対し、憲政破壊と民主化の逆行に抵抗して起ち上がった。全斗煥・盧泰愚を中心とする新軍部勢力は、事前にデモ鎮圧訓練を受けた空挺部隊を投じてこれを暴力的に鎮圧したために、数多くの市民が犠牲となった。市民虐殺の契機となったのは、その年の5月21日、国防長官室で開かれた新軍部勢力指揮官たちの緊急会議だった。出席者は、イ・フィソン(参謀総長、戒厳司令官)、全斗煥(合同捜査本部長、保安司令官)、盧泰愚(首都警備司令官)、チョン・ホヨン(特殊戦司令官)などである。“光州市民の闘いが激しく鎮圧が容易ではない”との現地報告を受けた彼らは、出動した軍人たちに「自衛権の発動(発砲許可)」を決議する。

自衛権発動の決定から約2時間後の同日午後1時、光州市クムナム路では戒厳軍が市民に対し一斉射撃を開始した。銃声が鳴り止んだのは午後4時だった。その日だけで、キム・ウァンボン君(当時中学三年生)ら34名が犠牲となった。自国民を躊躇なく虐殺する戒厳軍に対抗するため、光州市民は手に銃を取り「市民軍」が組織された。他地域の支援を得ることもできず完全に包囲され孤立した状況だったが、光州市民は全羅南道の道庁に篭り民主主義の松明を掲げ続けた。5月27日午前0時、戒厳軍の一斉攻撃を受け闘いは鎮圧された。10日間の闘いは夥しい犠牲をもたらした。政府の発表によっても、死者166人(傷痍後遺症の死者376人)、行方不明者54人、負傷者3,139人である。

長い間、光州市民の闘いは“北が扇動した暴動”“光州事態”などと罵倒され歪曲された。“暴徒”ではなく「市民軍」、“事態”ではない「民主化運動」として正当な評価を受けるまでには、光州という地域を超えた韓国市民社会の目覚めが必要だったし、苦難に満ちた民主化運動の進展を待たねばならなかった。その後、1987年の全国的な民主化抗争と文民政権(金泳三政権)の登場を機に、1995年「5・18民主化運動などに関する特別法」が制定され、犠牲者に対する補償および犠牲者墓地の聖域化がなされた。また、1997年には「5.18民主化運動」を国家記念日に制定し、その年から政府主管で記念行事が開かれている。

ところが、李明博・朴槿恵政権のもとで極右勢力を中心に、歴史を修正し光州民主化運動の精神を貶めようとする動きが本格化している。5月18日、光州市で開催される記念行事に、朴槿恵大統領は今年も参加しなかった(3年連続)。そして、記念式典で歌われてきた「ニム(あなた)のための行進曲」の斉唱を引き続き拒否している。合唱には反対しないそうだ。「合唱」と「斉唱」はどこが違うのか? 本質的な歴史認識の差異が反映される。参加者にとって「合唱」は聞くもので、必ずしも一緒に歌うことではない。一方、「斉唱」は民主化運動の精神を継承する意思を込めて、参加者が全員で歌うのが前提である。今年の記念式典に大統領代理で参加し演説したファン・ギョアン国務総理は、周囲の参列者が自発的に「ニム(あなた)のための行進曲」を斉唱している間も、固く口を閉じて立っていた。“民主化運動ではなく暴動事態だ”という自身の頑なな認識を表明するかのように…。

さらに看過できないのは、5月17日発刊の『新東亜』6月号に掲載された全斗煥のインタビュー記事だ。そのなかで彼は「あの当時、誰が国民に“発砲しろ”と命令するかね。馬鹿なことを言うんじゃないよ! 私は光州事態とは何の関係もない」と、白々しく市民虐殺の責任を否定している。今も“光州事態”と呼んで憚らない彼の認識が、全てを代弁しているだろう。おそらくそれは、朴槿恵現大統領の歴史認識とも共通すると思われる。前述したように、「自衛権発動」という名目で市民への発砲を許可したのは彼らだった。誰よりも、当時の新軍部勢力で最高権力者だった全斗煥が発砲命令の責任を回避し、それが容認されている現状は、36年を経た今も「5.18光州民主化運動」の真相究明がなされていないことを如実に示している。

1995年12月に「5・18民主化運動などに関する特別法」が制定され、検察は全斗煥・盧泰愚元大統領をはじめ5・18の虐殺関連者16人を起訴した。そして1997年4月には、大法院(最高裁)が彼らに「内乱罪」を適用し無期懲役などの重刑判決を確定している。しかし、主要起訴項目の内乱罪や不正蓄財は、1979年12月の「粛軍クーデター」や執権後の不正蓄財を裁いたもので、光州市民の虐殺を断罪したものではなかったのだ。ちなみに同年12月、全斗煥・盧泰愚らは大統領の特赦で釈放された(2205億ウォンの追徴金を課せられた全斗煥は、今も1673億ウォンを未納)。一大茶番劇の幕はこうしてあっけなく閉じられた。

検察が作成した10万ページ余りに達する訊問調書のどこにも、「発砲命令者」は記載されていない。軍人の銃に撃たれた死者は数百人なのに、銃を撃てと命令を下した者はいないのだ。錦南(クムナム)路など、光州市の随所で虐殺を実行した現場の指揮責任者が誰一人として起訴されなかったのは、彼らが「上官の命令により行動した」と陳述しているからだ。命令を受けて虐殺に加担した者はいるのに、自国民を殺せと命令した者は存在しない。このような歴史の冒涜を許してきたのが、この36年だったのだ。1993年、韓国の市民社会団体は5.18関連諸団体と「5・18問題解決の5大原則」に合意した。①真相究明、②責任者処罰、③名誉回復、④集団賠償、⑤記念事業、がその5原則である。①と②の原則を貫徹するうえで、核心は発砲命令者を明らかにすることではないだろうか。

「ニム(あなた)のための行進曲」のフレーズにあるように、歳月は流れても山河は覚えている。「光州民主化運動」を“光州事態”と歪曲し、「市民軍」を“暴徒”と罵倒する輩が、今も白昼堂々と“愛国者”として振る舞う状況を座視してはならない。真相を究明して責任者を断罪することでしか、真の名誉回復は達成されないからだ(JHK)。
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セウォル号惨事から二年・・・ 三千里鐵道として横断幕を掲げました

2016年04月27日 | NPO三千里鐵道ニュース
2014年4月16日、決して忘れることのできないあのセウォル号惨事。

最初は誰もが単なる海難事故だと思いました。

それがあのような大惨事になるとは、誰も想像できませんでした。

2周忌となる今年4月16日三千里鐵道として、安山市の合同焼香所付近に横断幕を掲げました。

『セウォル号 真相究明できなければ大韓民国も沈没するだろう』

  セウォル号を記憶する在日同胞たち NPO法人 三千里鐵道


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2年前に在日同胞107名の連名で出されたハンギョレ新聞意見広告の文章を再掲します。

2014年5月31日付ハンギョレ新聞に掲載された在日同胞100人署名入り意見広告(最終面全面)




在日同胞から国内同胞への呼訴文

私たちは韓国が何よりも人の命と人権を大切にする国になることを願います。


4月16日、珍島沖で起こったセウォル号沈没惨事は、これまでにもたびたび発生していた韓国の水難事故でも最大規模のものでした。 304名もの死亡者・行方不明者のうち大半が、『船室でじっと待て』という館内放送を信じて避難しなかった高校2年生であったことが、私たちにさらに大きな衝撃と悲しみをもたらしました。 
死を目前とした高校生たちは、どれほど悔しく、恐ろしく、苦しかったでしょうか。 国内同胞の皆さんがそうであったように、私たち海在日同胞も、それを思うと、胸がつぶれ、天を仰ぎました。

今回の惨事では、船長を始めとする乗組員の職務放棄、乗客を放置したまま真っ先に逃げたことが大きくクローズアップされていますが、それだけが問題なのではありません。それは、私たち誰もが知っていることです。

船長を始めとした乗務員の大半が非正規職員であった… ここ数年の過度な規制緩和によって、老朽化したフェリーの航海延長を許し、定員増員のための無謀な改装を許した… 最大積載量の3倍もの貨物を積載し、しかも固定が不十分であった… 安全航海のために必要なバラスト水が基準の4分の1しかなかった… 積載されていた救命ボートがほとんどすべて不良だった… 海洋警察による救助の初動が遅れた… 高校生全員救助などというとんでもない誤報があった… 海洋警察、安全行政部、海洋水産部などの関係部署が指揮系統の統一もなくバラバラな対応をした… 海洋警察の艦艇に、救助用の装備がなかった… 海洋警察が予算をゴルフ場建設などに流用していた… 韓国軍の海難救助艦統営号の派遣が見送られた… 救助活動において民間会社が優先された… 公営放送KBSを始めとしたマスコミはその報道の本分を忘れ、不正確で歪曲された報道を垂れ流し、犠牲者やその遺族の心を踏みにじった… 政府に怒り抗議する犠牲者の家族たちを暴徒のごとく扱った…

セウォル号沈没惨事は、事故発生から救助の失敗に至るまで、天災でもなく、船長以下の乗務員の過失のみによるものでもなく、徹頭徹尾、清海鎮海運と政府行政機関、そしてマスコミなどによる、起こるべくして起こった人災だったのです。

今、政府は経済効率のみを最優先し、企業は利潤のみを最優先し、社会には利己主義がはびこり、人々は私利私欲に走る ― 拝金主義の国に堕落してしまったのでしょうか? 自分に与えられた仕事に誠実に取り組むことを忘れ、責任を負うことを回避し他になすり付けることに汲々とする姿は、指導的な地位にある人々において特に顕著であると言わざるを得ません。
その一方で人の命は軽んじられ安全はないがしろにされています。 労働者の人権は無視され、子どもたちはこの過酷な社会に適応するよう強制されています。
セウォル号沈没惨事には、現代韓国が抱えているこのような深刻な社会的病理が凝縮していると言わざるを得ません。 そしてそれは私たち、今の社会を作り上げてきた既成世代の責任なのです。 ソウル市庁舎に『미안합니다』(ごめんなさい)という大きなたれ幕が掲げられましたが、それはまさに私たちの心を代弁しているものと思います。
犠牲となった人々を正しく記憶し、この深刻な社会的病理に切り込むことなしには、第2、第3のセウォル号事件が起こるのです。それは、今回犠牲となられた人々を再び殺すことを意味します。

韓国の建国思想は『弘益人間』であり、我が国が古来より『東宝礼儀の国』と称されてきましたが、私たち在日同胞も、そのような国を取り戻すことを心から願っています。
そのためには、何よりも人の命と人権を大切にする国にならなければならないと思います。
国内同胞の皆さん、憲法第一条をもう一度かみしめて下さい。
「大韓民国の主権は、国民に存し、すべての権力は、国民に由来する。」 
国内同胞の皆さんが、セウォル号沈没惨事の犠牲者の前に厳粛に立ち、深刻な社会的病理におかされた我が国の社会を変革するために、主権者としていかなる行動をとるべきか、よく考えてみてください。

 2014年5月31日

姜承一 姜晃範 康正亨 康昌宗 郭洋春 高大博 高東林 高允男 具本煥 琴尚一 金健   金達範 金広文 金明秀 金美花 金民雄 金富子 金床憲 金聖雄 金成元 金秀男 金淳次 金迅野 金安弘 金栄官 金英淑 金暎淑 金利明 金仁煥 金昌 金在法 金在英 金哲雄 金春花 金泰煥 金必順 金恒勝 金和子 金幸子 金洪仙 法岳光徳 都相太 都相夏 都雄吾 文京洙 朴耕成 朴昌利 孫在福 宋君哲 宋裕介 宋在伍 宋千年  安聖民 安益濬 呉光現 呉幸哲 呉希昌 王咲恵 尹健次 尹多来 尹炳泰 李大宗 李斗煕 李民男 李史好 李相勁 李相浩 李順連 李裕之 李政美 이창훈 李哲 李鎬柞 林美蘭 林範夫 林成一 張智恵 田聖実 鄭甲寿 鄭貴美 鄭雅英 鄭然元 鄭暎惠 鄭喜斗 趙峰姫 趙華美 蔡明恵 蔡孝  崔正剛 崔春子 崔雪花 高山三奈子 原田宣幸 原田敏安 韓基徳 韓萬海 許伯基 許政安 広田直樹  他匿名6名


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開城工業団地を再稼働せよ!! 今年の6.15記念集会は6月18日です。

2016年04月22日 | NPO三千里鐵道ニュース


『小さな統一の奇跡の空間』  開城工業団地を再稼働せよ!!


 1月と2月に敢行された北の核実験と衛星ロケット発射に対し、南は開城工業団地の全面的な操業停止を通告しました。それを受け翌日には北が、開城工団を閉鎖して資産の凍結をし、軍事統制区域にすると宣言しました。

 『6.15共同宣言』が李明博-朴槿恵政権によって形骸化された中でも、南北の和解と経済協力の象徴である開城工団は、『小さな統一の奇跡の空間』として残り、2013年に韓米合同軍事演習への対抗措置として北が開城公団の閉鎖したことがありましたが、その時も約半年後には、南北両政権の合意の下、操業を再開しました。
その時、南北両政権は、「いかなる場合にも情勢の影響を受けることなく、開城工団の正常な運営を保障する」と約束して操業再開したにもかかわらず、朴槿恵政権は一方的に操業停止を通告したのでした。
 
 NPO法人三千里鐵道は、昨年来『在日同胞開城工業団地視察団』を計画し、2月12日に行うことで統一部の許可も得ていましたが、この事態を受けて中止に追い込まれました。それで急遽、事務局会議を持ち、下記のように決めました。

1.ハンギョレ新聞に意見広告を出すこと。

2.6.15共同宣言16周年記念集会に、開城工団管理委員会の企業支援部長として勤務し、昨年『開城公団の人々』という著書を発刊された金鎭香さんをお招きすること。

 金鎭香さんは、KAIST(韓国科学技術院)教授でしたが、この間の情勢の中で、辞任に追い込まれした。
 
 今は、開城工団の再開を求める国内と海外同胞の招きで、公園の毎日を過ごしていらっしゃいます。日本は、三千里鐵道がお招きしました。

略歴 
慶北大学 大学院 政治学 韓国政治、北韓/統一
大統領官邸 国家安全保障会議 事務局 韓半島平和体制担当官
大統領秘書室 統一外交安保政策室 南北関係局長
開城工団管理委員会 企業支援部長
KAIST(韓国科学技術院)未来戦略大学院 研究教授 
博士論文 韓半島統一に関する談論の分析

著書 
韓半島平和体制 2008年
開城工団の人々 2015年6月 

日時: 6月18日(土) 午後1時15分 開場 1時半 開演

場所: 名古屋YWCAビッグスペース
(名古屋市中区 新栄町2丁目3  愛知県芸術劇場 向側)

参加費:1000円 (学生無料)

主催:NPO法人 三千里鐵道 問合せ 0532-53-6999

なお、当日参加者の皆さんには、
1. 金鎭香さんの著書『開城工団の人々』の要約パンフレット
2. 三千里鐵道が意見広告を出したハンギョレ新聞

を進呈したします。


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韓国総選挙の民心

2016年04月18日 | 三千里コラム

無所属で当選した「統合進歩党」出身のユン・ジョンオさん(4.13,蔚山市)



4月13日、韓国で第20代国会議員総選挙が実施された。事前に野党が分裂したことから、与党「セヌリ党」の圧勝が予測されていた。ところが、「セヌリ党」は過半数議席どころか、第1党の地位からも転落するという意外な結果となった。今回の総選挙ほど、専門家たちの予測が外れた選挙もなかっただろう。本稿で、選挙結果に現れた韓国社会の民心を分析してみたい(JHK)。

1.各党の議席数と得票率の変化

韓国の国会議員総選挙は、小選挙区と比例代表の並立制で行われる。地域区253人、比例代表区47人の議員が選ばれ、任期は4年だ。各党の議席数を前回総選挙と比較すると、次のとおりである。「セヌリ党」(146⇒122)、「共に民主党」(102⇒123)、「国民の党」(20⇒38)、「正義党」(5⇒6)、無所属(⇒11)。また、比例代表の得票率では「セヌリ党」=33.5%、「共に民主党」=23.5%、「国民の党」=26.7%、「正義党」=7.2%だった。「国民の党」と「正義党」は今回新たに結成された新党なので、得票率の推移を比較できない。だが、「セヌリ党」は12.5%、「共に民主党」(旧民主統合党)は11.0%と、いずれも前回に比べ得票率が大きく減少している。

にも拘らず、「共に民主党」が第1党になったのだ(「セヌリ党」の公認を得られず無所属で当選した7人は復党の意志を表明しており、「セヌリ党」が129議席で第1党になると予測される)。今回の選挙結果には、小選挙区制の抱える問題点をはじめ、幾つかの要因が重層的に作用している。ただ、表面上の結果からは、「セヌリ党」=惨敗、「共に民主党」=善戦、「国民の党」=躍進、「正義党」(他の進歩政党も含め)=停滞、と短評できるだろう。

2.民心の審判

今回の総選挙は言うまでもなく、朴槿恵政権の愚政に対する容赦なき審判であった。韓国市民は国政全般に渡る大統領の傲慢で独善的な姿勢に憤怒しており、何よりも、経済の失政と南北関係破綻の責任を厳しく追及したと言えるだろう。具体的には、セウォル号惨事の真相究明放棄、歴史教科書国定化の強行、日本軍「慰安婦」問題の屈辱的な対日交渉、国会と野党を無視した強引な政局運営、青年失業率と家計債務の増大、開城工団の閉鎖と南北関係の断絶など、枚挙にいとまがない。何一つ、肯定的な評価に値する治績は見当たらないのが現状だ。このままではおそらく、最も無能な大統領として記憶されるのではあるまいか。英国公営放送『BBC』や米紙『ニューヨーク・タイムズ』なども、「朴槿恵大統領の独断的な統治スタイル、反政府デモへの強硬な対応」などを敗因としてあげている。

今回は、特定の政策をめぐる与野党間の論争も殆どない選挙だった。与野党は経済悪化の責任を相互に転嫁するだけで、未来への政策展望を何も提示しなかった。また、北朝鮮の核・ミサイル開発と米韓合同演習の強化という高度の軍事緊張下で実施された選挙だったが、外交・安保・統一問題などは争点にもならなかったのだ。実際の選挙遊説でも、与野党間にこれといった差異が見えなかった。さらに、比例代表候補の選出過程を見ると、経歴や資質の疑わしい人士を与野党の指導部が不明瞭な基準で公認するという、旧態まで露呈していた。有権者が投票場に向かう動機を見つけるのが困難で、「史上最悪の選挙」になるだろうと酷評されていたほどだ。

しかし、前回に比べ投票率は3.8%上昇し(54.2⇒58.0)、過半数議席の獲得を目指した与党は第2党に後退した。予想外の結果をもたらしたのは、有権者が共有した政権交代への強い願望だったと言えよう。韓国市民はもはや朴槿恵大統領の“統治”を望んでおらず、民主政治の回復と朝鮮半島の平和定着、公正な分配による格差の解消を求めているのだ。

ここで看過すべきでないのは、民心は「大統領と政権与党を厳しく審判した」のであり、「野党に全面的な支持と期待を表示した」のではないという事実だ。「共に民主党」と「国民の党」が議席を増やしたのは、両党の政策や主張が共感を得たからではない。あくまでも、朴槿恵政権と「セヌリ党」の失政がもたらした“反射利益”にすぎない。両党が一時的なバブル議席に酔いしれていると、民心の新たな審判を免れないだろう。

すでに「共に民主党」は今回、伝統的な支持基盤の全羅道で有権者の峻厳な審判を受けている。この地域で総28議席のうち、同党はわずか3議席を得たに過ぎない。「国民の党」が23議席、与党が2議席だった。特に「民主化運動の聖地」と呼ばれる光州市で全敗した(「国民の党」が全8議席を獲得)ことは、「共に民主党」にとって致命的な痛手と言えよう。

全羅道の民心が「共に民主党」から離反したのは、南北関係の悪化と政権の公安弾圧(「従北」攻勢)に際し、同党が右傾化を選択し保身に回ったことに起因している。金大中政権期の南北和解・協力政策(太陽政策)を擁護せず、その成果である開城工業団地の一方的な閉鎖を阻止しなかった「共に民主党」の現状は、全羅道の民心が同党への支持を撤回する十分な根拠となった。その結果、代案として「国民の党」に票が流れ第3党に浮上したのだ。

しかし、共同代表の安哲秀をはじめ「国民の党」の主要人氏は、ほぼ全員が中道もしくは穏健保守に分類される。決して、南北関係の改善や和解協力政策に粉骨砕身する意思を持っているとは思えない。同党のスローガンである“新しい政治”も何を意味するのか、具体的なイメージすら湧いてこない。野党内で主導権確保に失敗した「安哲秀とその仲間たち」が離脱し、「政権交代のためには第3党が必要だ」と旗を上げ、既存野党に失望している全羅道民に受け入れらたのだ。

これも一種の“反射利益”と言える。全羅道における変化は、「共に民主党」に対する審判の結果であって、「国民の党」への全面的な支持を意味するものではない。また、「国民の党」が名実ともに第3党として認定されるには、まだ程遠いと言わざるをえない。全羅道以外の地域では、ソウル市で2議席を得ただけなのだ。地域政党としての限界は明白であろう。

3.今後の展望と課題

今回の選挙は図らずも、憲法第1条の「大韓民国は民主共和国である。大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民より出る」を実感する場となった。韓国民衆の躍動的な力量を示し、民主化の成果が決して消尽したのではないことを証明したからだ。主(あるじ)である民(たみ)が、自らの意志で、保守政権による後退と反動への流れに歯止めをかけたのだ。野党は候補一本化に失敗したが、市民が自らの判断で、当選可能な候補を選択して投票した。首都圏における「共に民主党」の勝利は、こうした市民の賢明な判断によるものだ。

市民社会の意志はさらに、1987年の民主化抗争以後、30年間にわたって韓国社会を規定してきた「地域対立の構図」を変革する動力となっている。朴槿恵大統領の地元であり保守勢力の拠点でもある大邱市で、「共に民主党」の次世代ホープ、金富謙(キム・ブギョム)が与党の重鎮に圧勝した。大邱市をはじめ与党の支持基盤地域である慶尚道は総65議席の票田だ。今回、野党と無所属が17議席を占めたのは重要な意味を持つ。野党地域の全羅道でも、「セヌリ党」が2議席を獲得している。

「地域主義」に根ざした87年体制が崩壊に向かい、その代わりに「世代対立の構図」が顕著になっているようだ。特に、20代~40代の人口比率が高くその世代が積極的に投票した地域では、「共に民主党」と「正義党」、そして無所属の議席が増えている。こうした傾向は2012年の大統領選挙でも顕著だった。20代~40代は野党の文在寅候補に、50代以上は朴槿恵候補に票が集中した。ただ、全羅道と慶尚道だけは例外だった。両地域は世代を問わず、野党と与党に圧倒的な支持を与えたからだ。しかし今回、両地域でも世代間の差異が顕著に現れた。全羅道の20代~40代は「共に民主党」、50代~60代は「国民の党」を支持した。慶尚道では、50代~60代が「セヌリ党」を支持したが、20代~40代は「共に民主党」と無所属支持に傾斜している。

社会を変革し歴史を創造する力の源泉はどこにあるのだろう。それは民衆の「ひたむきな心」ではないだろうか。矛盾だらけの現状を変えたいという「ひたむきな心」だ。今回の選挙も、20代~40代の「ひたむきな心」がもたらした結果だと思う。中央選挙管理委と各放送局の出口調査によると、前回(2012年)に比べ世代別の投票率推移は以下の通りである。20代(45.0%⇒49.4%)、30代(41.8%⇒49.5%)、40代(50.3%⇒53.4%)。一方、50代以上の増加率は1%に満たない。政権に失望した高世代は投票に行かなったが、20代~40代は「ひたむきな心」で政権交代への強い意志を投票で示したのだ。

来年の12月に大統領選挙が控えている。政権交代を実現するには野党勢力の連帯が不可欠だ。「国民の党」の躍進で20年ぶりに三党体制が出現した。しかし不安定で過渡的な三党体制だ。「国民の党」は選挙後に、いち早く「セヌリ党」内部の反朴槿恵勢力に連帯のエールを表明している。一方、大統領候補に知名度の高い人物が見当たらない「セヌリ党」は、安哲秀に大統領候補の座を譲ってでも政権の延長を企図するかもしれない。大統領への道が開かれるのなら、どの政党であっても厭わないのが「安哲秀とその仲間たち」ではないだろうか。かつて金泳三が、与党との野合で大統領候補の座を得たように。

かつて金大中が野党の指導者だった時期、政権交代に向けた最大の拠り所は全羅道民の「ひたむきな心」だった。しかし今、盧武鉉政権を誕生させたもう一つの要因である、特定地域を超えた進歩・民主勢力の「ひたむきな心」なくしては、2017年の政権交代は実現しないだろう。その中核を担う20代~40代の意志に期待したい。この世代の力が、野党勢力の連帯を推進することを願う。

最後になったが、蔚山の地で、二人の無所属議員が誕生している。キム・ジョンフン(51歳)とユン・ジョンオ(52歳)だ。二人は労働運動の経歴が長く、朴槿恵政権の弾圧で強制解散された「統合進歩党」に所属していた共通点を持つ。二人はまた、与党の牙城だったこの地域で市議や区長を努めながら、労働者と市民の支持を広げていった。今回の選挙で民衆は、朴槿恵政権を審判し民主政治への確固たる意志を表明した。同時に、不当な弾圧でも決して消滅しない進歩政党の新たな可能性を、力強く立証した。韓国民衆の奮起に拍手を!
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制裁? 対話と交渉!

2016年04月05日 | 三千里コラム

各界人士818名による「今こそ制裁ではなく、対話と交渉を開始せよ!」共同宣言(3.31,ソウル)



3月31日、ワシントンでの第4回核安全保障サミット期間に米中首脳会談が開かれた。日本の報道では、両国首脳が「対北朝鮮制裁決議の全面的な履行意思を再確認した」と伝えるだけだ。しかし、国連安保理の決議2270号は単に制裁という要素だけではなく、対話と交渉によって朝鮮半島の非核化(北朝鮮の非核化ではない!)と平和体制を追求するという側面も含まれている。決議の第49項は「朝鮮半島・東北アジアにおける平和と安定の維持」、第50項は「六カ国協議と『9.19共同声明』の支持」となっているのだ。制裁決議の全面履行とは、これら項目の実現に向けて米中両国が共同で努力することの確認でもある。

4月1日、中国外交部の報道によれば、米中首脳会談で習近平主席は「中国は一貫して、朝鮮半島の非核化・朝鮮半島の平和と安定・対話と交渉による諸問題の解決、という原則を堅持してきた」と述べたそうだ。北朝鮮の第4回核実験以降、中国の首脳が米大統領に「対話と交渉による解決」を求めたのは、これが初めてのことだろう。
周知のごとく、史上最強レベルの対北朝鮮制裁決議が3月2日に採択され、史上最大規模の米韓合同演習が3月6日から始まった。そして南北双方が互いの最高指導者を標的にした軍事作戦の敢行を表明するなか、朝鮮半島の軍事緊張は「休戦協定以降で最高位」とまで言われている。一触即発とも見れる危機状況だが、筆者は「戦争から平和」に向かう変化の兆しを感じている。

まず、1月の核実験から制裁決議の採択に8週間も要したことは、何を意味するのだろうか。明らかに、制裁だけでは“北朝鮮の核・ミサイルの脅威”を解消できないこと、国連安保理が問題解決の有効な場ではないことの反映であろう。別の表現をするなら、朝鮮半島の非核化は朝鮮半島平和体制(核心は朝鮮戦争の平和協定)の一部分であり、その実現は安保理の制裁強化ではなく六カ国協議の合意履行を通じてこそ可能であることを、ようやく米中を始めとする関係国(日韓両国は除き)が自覚するようになったのだ。

次に、米中両国が制裁決議案を論議するなかで到達した合意内容だ。2月17日、中国の王毅外相は「朝鮮半島の非核化と米朝平和協定を並行して推進する」との提案を行った。さらに同23日、米中外相会談で両国は「制裁は対話のための手段であり、朝鮮半島問題の対話による解決」を表明している。衝撃的だったのは、2月21日付米紙『ウォールストリートジャーナル』の記事だった。昨年末に米朝両国がニューヨークで、平和協定交渉に関し非公開で接触したというのだ。この報道に関し米国務省は「われわれは平和協定に関する北朝鮮の提案を慎重に検討し、非核化がそうした論議の一部として含まれるべきだと言明した」というものだった。

これまでは「非核化(北朝鮮の核放棄)をあらゆる交渉の前提」にしてきた米政府が、「平和協定と非核化をパッケージにして一括交渉する」立場に移行しつつあると読める内容だ。米政府は制裁を前面に掲げているが、一角で交渉の余地も残している。それは、2006年以降くり返された安保理制裁に効力はなく、平和協定締結の提案を受け入れることでしか、北朝鮮の核問題は解決されないと悟り始めたからだろう。その意味で3月8日、全国人民代表大会における王毅外相の記者会見は、米朝関係の今後を予測するうえで参考になる。彼は次のように述べた。「非核化は国際社会の確固とした目標であり、停戦体制の平和体制への転換は朝鮮の合理的関心であり、両者を併行して交渉し統一的に解決することは、公平かつ合理的であるとともに、確実に実行可能でもある。」

そして、もう一方の当事者である北朝鮮も明確なシグナルを送っている。4月3日、国防委員会は報道官談話を通じて以下のようなメッセージを表明した。
「…一方的な制裁よりも安定の維持が急務であり、無謀な軍事的圧迫よりも交渉への転換が根本的な解決策であり、制度転覆の企図よりも無条件の体制承認と協調こそが賢明であるとの世論が大勢となっている…」。3月7日、米韓合同演習の開始直後に出された国防委員会の声明とは、明らかに異なるトーンである。当時、声明の基調は「米国とその追従勢力による核戦争の挑発狂気に全面対応するため、総攻勢に進入する」との過激な警告だった。今回、談話のキーワードが「安定の維持、交渉への転換」であることに注目したい。平和協定交渉に向け、米政府に“ボールを投げた”と言えよう。

ボールは米側のコートにある。受けて返すのか、以前のように無視するのか。選択は米政府にかかっている。残念ながら、韓国政府は変化の現状を直視していないようだ。朴槿恵政権の国防部は、北の談話に対し「今は国際社会が一致して対北制裁を強化している時期だ。対話について論じる時ではない」と一蹴した。参考までに、3月31日、韓国の市民社会と宗教界を代表する818名の人士が「今こそ制裁ではなく対話を!」という趣旨で共同宣言を発表した。宣言は、他でもない「朝鮮半島の平和協定と非核化の同時解決」を訴えている。そして、4月13日の国会議員総選挙を控え、主要な三野党もすべて「平和協定と非核化の同時解決」を公約として掲げている。制裁への執着がもたらすのは戦争の危機だけである。朴槿恵政権の覚醒を促したい。(JHK)
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開城工業団地を再稼働せよ!

2016年02月20日 | NPO三千里鐵道ニュース

2月19日付『ハンギョレ新聞』一面の意見広告


1月と2月に敢行された北の核実験と衛星ロケット発射に対し、南は開城工業団地の全面的な稼働中断を通告しました。それを受け翌日には北が、開城工団を閉鎖して軍事統制区域にすると宣言しています。『6.15南北共同宣言』の貴重な成果であり、南北の和解と経済協力の象徴でもある開城工団が、発展途上でこのまま消滅する事態は、なんとしても回避しなければなりません。

NPO法人『三千里鐵道』は2月15日、南北の両政府に対し開城工団の再稼働を促す声明を発表しました。2月19日付『ハンギョレ新聞』の一面に意見広告として掲載されましたので、その日本語訳を以下に紹介します。


開城工業団地を再稼働せよ!


2月10日、南側政府は声明を通じて開城工団の全面的な稼働中断を北側に通告した。「これ以上、開城工団の資金が核兵器やミサイル開発に利用されることを防ぐための決定」だという。これに対抗して北側政府も『祖国平和統一委員会』の11日付声明で、開城工団を閉鎖して軍事統制区域にすると宣言した。同時に南側の関係者全員を追放し、その資産を凍結した。

私たち『三千里鐵道』は、『6.15南北共同宣言』を熱く支持する在日同胞と日本市民によって結成されたNPO法人であり、この間、切断された鐵道の連結と南北の和解・協力のための諸事業を展開してきた。私たちは今、民族の共同繁栄と平和統一の未来を象徴する開城工団が閉鎖の危機にある現状を目の当たりにし、悲痛な心情を禁じ得ない。

南側政府は、その間に開城工団を通じて北側に流入した資金が6,160億ウォンであり、昨年だけでも1,320億ウォンが現金で支給されたと表明している。だが、通常の経済協力による収入を大量破壊兵器の開発に結びつけるのは、説得力のない強引なこじつけであろう。というのも、2004年の本格的な稼働以来、開城工団は「民族内部の取引」として位置づけられたし、南側政府もこれまで「開城工団は国連の対北制裁とは関連のない事業」だと説明してきたからだ。

また、大した金額でもない資金を大量破壊兵器の重要な“金ヅル”と断定するのは、あまりにも幼稚な飛躍と言わざるを得まい。仮に“金ヅル”の1億ドルを遮断したからといって、北側が核・ミサイルの開発を中断するだろうか。韓国銀行の推計によると、2014年度北側のGDPが322億ドルである。南側政府は、開城工団の閉鎖が北側にとって“甚大な痛手”になる経済制裁だと自賛するが、GDPのせいぜい0.3%でその体制が動揺するものでもあるまい。

一方、開城工団に進出した南側の中小企業124社と4,200に達する下請け会社が受ける被害は、はるかに大きいだろう。韓国銀行が調査した開城工団の生産誘発効果は、最大で9.4兆ウォンである。これは、北側に流入した総額6,160億ウォンの15倍を超える規模だ。しかし、こうした損益計算に何の意味があるというのか...。緊要な課題は今、経済協力を通じた民族相生の道であり平和統一の未来を象徴する、開城工団の民族史的な大義を生かしていくことである。

かつて、6万5千の人民軍が駐屯していた最前線区域が、5万4千名の北側労働者と8百名の南側技術者が協同で製品を作る平和な生産現場に変貌したのだ。開城工団は朝鮮半島に平和が実現したから始まったのではない。同族間の戦争と対決に終止符を打ち平和の芽を育むために、南北の首脳が困難な交渉で得た合意により推進された事業である。民族の希望が息づくこの工団を、再び深刻な軍事対決の場に後退させようとするのか。対決と制裁では何一つ解決できなかったのが、わが民族史の骨身にしみた教訓である。

開城工団は2013年にも一時的な閉鎖を経験した。だが同年8月14日、南北の両政府は「いかなる場合にも情勢の影響を受けることなく、開城工団の正常な運営を保障する」と約束して再稼働に合意した。南北のいずれも、民族の前に交わしたこの誓いから自由ではあり得ない。私たち『三千里鐵道』は、南北の政府当局に対し心から訴える。開城工業団地を互いに制裁の対象と見なしてはならず、再稼働に向けた実務交渉を速やかに開始せよ。

2016年2月15日 開城工団の正常化を願う在日同胞と日本市民(NPO法人『三千里鐵道』)
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韓国の国会議員総選挙-野党か勝利する道は?

2016年01月24日 | 三千里コラム

労働法の改悪阻止とゼネスト決起を訴え行進する民主労総(1.23,ソウル駅前)



4月13日、韓国では第20代国会議員総選挙が実施されます。1月22日の時点で各党の議席数は以下の通りです。与党「セヌリ党」157、「トブロ民主党(以下、民主党)」110,「正義党」5,「無所属」20。無所属のうち15人は、アン・チョルス氏をはじめ、民主党を離党し「国民の党」結成(2月2日に創立大会)を準備している議員たちです。

李明博・朴槿恵と保守政権が続くなか、韓国の民主主義は大きく後退しました。また、自殺率や老人の貧困率、最低賃金に満たない勤労者の比率などにおいて、韓国は「経済協力開発機構(OECD)」加盟国の中で第一位を占めています。青年失業率の高さや非正規職勤労者の比率も、世界のトップクラスです。金大中・盧武鉉政権期に導入された新自由主義の経済政策が、保守政権の下で更に深化したことで韓国は極端な格差社会となりました。昨年の統計によれば、上位1%の階層が国富の26%を占めています。上位10%に拡大すると、その占有率は66%になります。

4年前の総選挙と大統領選挙で、「経済の民主化」が最大の争点になったのは当然のことでした。富の公正な分配と福祉の拡大を要求する有権者に対し、最も熱弁をふるったのがセヌリ党と朴槿恵候補です。過ぐる4年の間、与党と大統領が掲げた「経済民主化」の公約は死文と化して久しく、もはや誰も省みようとはしません。ところが、政権交代を求める声はまだ、多数世論とはなっていないのです。『韓国ギャロップ』が1月22日に発表した世論調査結果によると、各政党別の支持率は「セヌリ党」38%、「民主党」19%、「国民の党」13%、「正義党」3%の順です(支持政党なし:26%)。一方、朴槿恵大統領への支持率は39%(先週に比べ4%の下落)、不支持率は49%となっています。

多数の市民は現政権に不満を抱いていますが、現存の諸野党に次期政権を託すだけの期待や希望を持てないようです。3野党が連帯し候補を一本化しても、ようやく与党に対抗できるレベルなのです。しかし、市民が切望する社会改革への展望を、どの政党もまだ、公約として提示していません。“新しい政治”を掲げて政界入りしたアン・チョルス氏は、イメージだけが先行しています。「民主党」を離党して結成する「国民の党」も“中道路線”を志向するそうですが、「改革なき中道」は「保守」の別称に過ぎません。世論調査の推移を見ると、「国民の党」に対する旗揚げ当初の期待値が徐々に下降しています。参考までに、昨年11月から12月にかけて開催された民衆決起大会に、アン・チョルス氏は一度も顔を見せていません。彼と行動を共にした議員たちも、殆どが“過激な行動”を批判する側に立っています。

1月19日、こうした現状を憂い、次期総選挙での勝利と民主主義の回復を目指す市民たちが声を上げました。野党勢力に連帯と団結を訴え、仮称「フォーラム、再び民主主義を!」の結成を呼びかける集会が開かれています。以下に、20日付『オーマイニュース』の記事を要訳します。(JHK)


「今回の総選挙は民主主義と傲慢な権力、経済正義と経済独占の戦いです。大韓民国の未来のために、平和統一と民主主義を渇望する国民が必ず勝利しなければなりません。それは野党勢力の連帯なしには不可能です」。1月19日午後2時、ソウル市中区のフランチェスコ教育会館で開催された「フォーラム、再び民主主義を!」の結成に向けた集いでの発言だ。

野党の分裂によって総選挙の惨敗が予想される状況で、かつて民主化運動に献身した各界の元老たちが再び集まった。宗教、文化芸術、言論、学者、農民、労働、女性、法曹、市民運動の各分野から、166人の人士が野党勢力の連帯による候補一本化を主張したのだ。

呼びかけ人の一人であるハン・ワンサン元副総理は、「韓国の民主主義が再び絶壁に立っている」と現政局を診断した。『茶山(タサン)研究所』(茶山は丁若の号:訳注)のパク・ソンム理事長も、「茶山先生は200年前に、悪政を行う統治者は民衆が起ち上がって権座から引きずり降ろさねばならないと教えた。専制君主の時代にはそうしたが、民主主義の社会では引きずり降ろす方法が選挙しかない。国民の力で総選挙に勝って、政権交代を実現しなければならない。こんな暴政の下で、どうして暮らせようか!」と発言した。

『全国挺身隊問題対策協議会』のキム・ソンシル代表は、「慰安婦問題の外交で惨憺な結果をもたらした朴槿恵政権を交代し、新しい社会を作らなければならない。そのためには国民の行動を促すしかない。国民の心に訴えて民主主義を回復しよう!」と強調した。

ハム・セウン神父は閉会辞で「民主化の元老、市民社会、野党などすべての人たちが結集し、野党候補を一本化して与党に対抗しよう。国民に希望を提示しよう!」と訴えた。ハム神父は、2月4日午前10時に国会憲政記念館で開かれるフォーラムの出帆式に、野党の各代表を招請する計画だと明らかにした。

また、人権運動家のパク・ネグン氏から「金大中・盧武鉉政権の失敗を克服し、新しい民主主義を志向すべきだ。過去への回帰を意味する‘再び民主主義を!’という名称は再検討すべきだ」との指摘があった。提案者の中からも「正しい指摘だ。現在の名称は仮称であり、名称の論議は常に開かれている。望ましい名称を考えて行こう」との意見が表明された。

以下の内容はフォーラム提案者の一人、『自由言論実践財団』キム・ジョンチョル理事長のインタビューである。

「韓国は今、総体的な絶望状態に陥っている。政治、経済、社会文化、言論など全てのものが崩壊している。大統領府が立法権を侵害し与党の院内代表を追い出す韓国は、民主国家でなく専制国家だ。正常な民主国家なら辞退したり弾劾されて当然の当事者(朴槿恵大統領)が、反省どころか長期政権を目論んでいる。来年の大統領選挙で政権交代を実現できなければ、日本の自民党のように守旧・保守勢力が国家を支配することになる。これが恐ろしい。」

-与党の長期執権体制を阻止するためにフォーラムを結成するのか?

「朴槿恵とセヌリ党の長期政権を防ぐためには、第2の民主化運動が必要だ。民主化運動の元老だけでなく、50代、40代、30代、そして20代の学生たちまで一つになって、野党が連帯するように圧迫しなければならない。政治の指向において差異があっても、アン・チョルス新党と正義党など野党勢力が連帯して、国民による公認と推薦を通じて野党候補を一本化し、セヌリ党と1対1で戦う総選挙構図を作るべきだ。全野党を網羅した「共同選挙対策委員長体制」を作って国民公認などができるように、私たちのフォーラムが影響力を発揮するようにしたい。」

-歴史の転換は青年たちが起ち上がってこそ可能だった。現在、大多数の青年は政治や現実問題から目を背けている。動力である青年の無関心が憂慮される。

「李明博・朴槿恵政権は、若者たちを政治や現実問題に無関心な世代に作り上げた。就職活動とアルバイトに没頭するしかないので、恋愛、結婚、出産、幸福な家庭など、人間らしい未来を放棄せねばならない世代が生み出されている。そうした自暴自棄の若者たちが憤っている。いつか若者たちは目覚め、起ち上がるだろう。若者の絶望が自身の能力不足が原因ではなく、悪しき政治がもたらしたものだと悟り団結するだろう。私たちの民族史をふり返ってみよう。東学農民革命と3・1独立運動、1960年の4月革命と80年の5月光州抗争、87年6月の民主化抗争など、民衆が起ち上がって歴史を変えた。私たちには民主化の潜在力がある。」

-権力による不正選挙にどう対処するのか。メディアの否定的な役割も憂慮される。

「李明博・朴槿恵政権は不正選挙を通じて登場した。来年の大統領選挙でも、不正が起きる可能性はある。野党の分裂と与党の圧勝、そして長期政権を主導するのは、李明博・朴槿恵政権が掌握した言論である。李明博・朴槿恵政府が掌握した言論と公営放送が野党の分裂を助長しており、国民は野党に対して冷笑的だ。進歩的な言論さえも、野党の分裂を興味本位に報道する場合がある。遺憾なことだ。自主的な言論と独立したメディアが、連帯を通じて洗脳された国民を目覚めさせ、保守的な言論に対抗しなければならない。これまでのどの選挙よりも、言論の役割が大きい。」

-野党の候補一本化は可能だろうか? 朴槿恵政権への、鉄壁とも言える支持率を越えることができるだろうか?

「野党勢力の連帯によって候補一本化に成功すれば、40%の支持率を回復することができるだろう。確かに、朴槿恵大統領とセヌリ党は40%台の“コンクリート支持率”を誇っている。だが、総選挙の勝利と政権交代へのカギは、中間地帯にいる20%台の主権者が握っている。アン・チョルス新党をはじめとする野党が連帯して候補一本化を成し遂げることで、民主主義と政権交代に対する確信を与えることができれば、中間地帯の主権者たちが移動するだろう。墜落した大韓民国を救い苦しむ国民を蘇生させたいのなら、野党候補の一本化を推進して国民に希望を与えねばならない。」
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