Learning Tomato (旧「eラーニングかもしれないBlog」)

大学教育を中心に不定期に書いています。

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ハイブリッド教員のふぁかるてぃ相談室 第16回 「世界放浪の旅に出たい」

2015年08月11日 | ハイブリッド教員のふぁかるてぃ雑記帳

「OK! Travel★ タイが大好きなセレブ達 (2011年7月号特集)」より

Learning tomato(旧Sanno Learning Magazine) 読者の皆様
こんにちは。

前回発行したのが2014年の11月なので9か月ぶりのメルマガ発行となります。実は静かに廃刊と思っていたのですが、盟友のシバタ氏から「そろそろ夏休みに入って時間もありそうだから再開してみては?」というメールがありました。

そう夏休み。世間は夏休みですが、コガは普段以上に忙しい8月を過ごしております。ゼミで土日ごとに大学の地元のお祭り支援をやっており、平日はゼミ合宿や学会、さらには後学期からスタートする新規科目のコンテンツ作りと、現在16日連続勤務中です。本当は先週の土日もとある試験のため机にかじりついていたので、それを含めると23連勤ではないか・・・。一体いつになったら私の夏休みは訪れるのでしょうか?
そんな状況だったので、シバタ氏からのメールにものらりくらりと返事をしていたのですが、なぜかこのタイミングで大学生と思われる読者から「ハイブリッド教員のふぁかるてぃ相談室」に相談メールが届いたのです。早速相談内容をシバタ氏に送ったところ、なんと数時間で回答が戻ってきたではありませんか。こうなってくるとメルマガを配信せねばならない。

ということで「メルマガ再開」とまでは行きませんが、今回は夏の臨時号として、ハイブリッド教員のふぁかるてぃ相談室 第16回
「世界放浪の旅に出たい」をお届けいたします。

ご相談内容:「世界放浪の旅に出たい」
就活中の大学4年生です。就職活動が本格化する前に東南アジアに一人旅に出かけました。その時の感動が忘れられず、世界各国に放浪の旅に出たいと考えるようになり就活に身が入りません。
ゼミの先生からは「現実逃避」と言いわれ、親からは「大学まで出てまともな職につかないなんて」と嘆かれております。考えてみると、放浪の旅に出ようにも先立つお金もなく、働かねばならない事は重々承知しています。しかし、何というか本気になれないのです。
たとえ働くとしても、放浪の旅の資金稼ぎとしか考えていないので、3年もすれば退職してしまうと思います。そんな生半可な気持ちなので、志望理由なんて全く頭に浮かんできません。「世界を放浪」なんていう夢は諦めて、堅気にせっせと働く「大人」になる潮時なのでしょうか?それとも、そうした夢を持ちつつ、正社員として働いていくことは可能なのでしょうか?

ご回答:「就職こそ世界放浪」
私も仕事生活が嫌になって、夏休みの沖縄へ「ぷち放浪旅行」に出たことがあります。路地裏を歩いたり、相部屋のゲストハウスに泊まったり、地元の人しか行かないであろう商店や飲食店でおじいおばあと語らったりと、それなりの「ぷち放浪感」を自己演出しました。

しかしそれは同時に、シャワーのお湯は41℃に調整され、ウォシュレットはavailableで、喉が渇けばキンキンに冷えたキリンMETSがインフラ的にも経済的にも買える旅でした。おまけに旅の後半は、鍵のかかる那覇のビジネスホテルに大荷物を置き、小じゃれた服を探してバーゲンセールの国際通りを何往復も歩いていました。
 
私の放浪の旅はそんなものでしたが、あなたの求める放浪の旅とはどんなものなのか、東南アジアの旅の何に感動したのかが気になるところです。未知の文化との危うげな遭遇でしょうか、地図を頼りに目的地を目指すワクワク感でしょうか。あるいは初対面なのにかくも優しくしてくれる情け溢れる出会いなのでしょうか。

さて、これは経験則なれど確信をもって言えることですが、会社に入るとそれらのことに、かなり濃厚な形と高い確率で遭遇できます。もちろん、パワハラやそれによる抑うつや自殺などのリスクもあります。しかしそれはアジアのジャングルで毒蛇に噛まれても携帯など当然通じず、蛇の毒がゆっくりと回り徐々に死んでいくリスクがあるのと同様です。

洒落た表現でいえば、会社生活そのものが世界放浪であると言ってもいいでしょう。
ですので、ご相談への答えはYESです。世界放浪の夢を持ちつつ、正社員として働いていくことは可能です。

世界放浪のある確率の前提は、帰国、つまり旅の終わりがあることですね。嫌になったり、ムリになったら途中でもやめて帰ってくればいい。それは会社生活も同じで、嫌になったりムリになったら、辞めたり転職したりすればよいだけの話です。
 
いま、人生第2の放浪の旅を就職にし、嫌になったらその期間に貯めたお金で、異国の地への第3の放浪の旅へ出ればよいのです。その逆は成り立ちません。なぜなら、いくらサバイバル感あふれチープシックでも、学生でもないのに親の金で行く旅は、放浪ではなく放蕩でしかないからです。
 
あなたの目指す放浪は、「ジャングルの毒蛇」と「クレジットカード持って国際通り散策」の間のどのあたりでしょうか。いずれにしてもそれは、会社生活という放浪で実現できると確信します。そしてそれは、就職活動という「宿さがしの寄る辺ない旅」も同様です。(回答 シバタ)

では今回はこのへんで
次回は月末までにCIEC PCカンファレンス@富山大学の参加報告記を書きます(と宣言しておこう)。
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009  e-learning award2014フォーラム参加記

2014年11月26日 | セミナー学会研究会見聞録


2014年11月12(水)〜14(金)に開催されたe-learning award2014フォーラムに、半日だけ参加することができました。大学教員になって6年目、授業期間中の平日に開催されるイベントには全く参加できなかったのですが、12日は研究日で授業が無く、しかも都内で打ち合わせの予定があったので、そのついでに午後の3つの講演のみ拝聴してきた次第であります。今回は講演の概要と感想をお伝えします。

■その1 2014e-learning 大賞受賞 ドリコム えいぽんたん!(代表取締役社長 内藤 裕紀)の記念講演
今回の2014e-learning 大賞を受賞した「えいぽんたん!」というスマートフォンアプリの英語学習ソフトについて、開発のコンセプト等をプレゼンいただきました。
えいぽんたん! http://eipontan.smacolo.jp/
「えいぽんたん!」の特徴は
1)ソーシャルラーニング、2)ビッグデータ、3)ゲーミフィケーション、の3つに集約されます。
1)ソーシャルラーニング
「えいぽんたん!」はソーシャルラーニングプラットフォーム『smacolo(スマコロ)』で学習者のコミュニティを作り、SNSの環境で楽しく勉強出来る仕組みになっています。そしてゲーム仕掛けの課題に対し、チームになって取り組むイベントが盛り込まれており、学習意欲の維持向上を図っています。
2)ビッグデータ
現在iOSだけでも70万以上のダウンロードがあり、それらの大規模データを活用することで、個々の学習者英語のレベルにあったコンテンツ配信を実現してるそうです。
3)ゲーミフィケーション
えいぽんたん!はソーシャルゲームでは当たり前になっている、ユーザーの興味を持続させるための様々な要素を取り入れています。例えば問題に正解すると自分のキャラが成長したり、期間限定のガチャがあったり、アイテムをゲットして成長を早めたりといった事を学習の中に取り入れているそうです。

その結果、「えいぽんたん!」はスマホアプリの教育カテゴリにおいて、2013年は連続してトップ10を維持し続けるロングヒットとなっているとのことです。

■〜大手前大学「俳句 −十七字の世界−」講座の舞台裏(株式会社D.E.S. 専務取締役 浦畑 育生 氏)
大手前大学でのeラーニングコンテンツ開発・運営を支援するD.E.S(デジタル・エデュケーション・サポート社)の取り組みについての発表でした。
大手前大学のeラーニングは、
2008年立ち上げ
2010年通信教育課程でのコンテンツ開発
2014年MOOCでの授業「俳句 −十七字の世界−」配信と反転授業の実施
と着実に進化し続けています。詳細については、下記より講演資料がダウンロード可能なのでそちらを閲覧願います。
http://www.digital-edu.co.jp/award2014/seminar.html
今回紹介のあった「俳句 −十七字の世界−」講座の受講者は、テーマの特徴から50〜60代が多かったそうです。でも受講者のうち俳句知らない人が7割もいたそうです。ちなみに申込みに対し25%が修了したということです。これはMOOCという学習スタイルを考えると相当高い数値です。

■2つの講演を聞いての感想
ドリコム社の「えいぽんたん!」は、ソーシャル、ゲーミフィケーションといった、昨今のネットビジネスやアプリの世界でおなじみの言葉がでてくる一方で、D.E.S社の発表はARCSモデル等、オーソドックスなIDの世界に準拠した教材作りをPRしており、対照的な発表内容となっていました。
おそらく10年前であればD.E.S社のアプローチも新鮮味を持って市場に迎えられたと思います。しかし、多くの人IDに準拠した教材作りの重要性を認知している今日、その点を今更強調されても当たり前にしか思えなかったというのが正直な感想です。もちろんIDの考え方や手法の有効性を否定するつもりも更々ありません。ドリコム社の教材作だって結局はIDの世界の原理原則で説明がつくと考えています。しかし学習者やeラーニングの導入を考えるユーザーへのアピールという点ではドリコム社のプレゼンの方が効果を期待させる内容に思えました。

皆さんはどうお考えになりますでしょうか?

■反転学習の新たな展開—高等教育からMOOCへ  東京大学情報学環 教授 山内 祐平 氏
ひさびさに山内先生の講演を拝聴しました。
反転授業は2012年にコロラド州のクリントンデール高校でスタートしたそうです。スポーツの大会等で授業を欠席せざるを得ない高校生をなんとかしたいということで、授業ビデオをiPadに保存して渡したところ、大成功したことから広まったそうです。クリントンデール高校では、学力の低い学生の授業にこの方式を用いたところ、落第率が61%から10%に減少したとのことです。これらの事例から分かるように、元来反転学習は、学習困難層の学生の底上げの目的でスタートしました。
こうした反転学習は「完全習得学習型」と呼ばれ、ブルームの提唱するマスタリーラーニングの考え方を背景にもっています。すなわち、学習過程において形成的な評価を加え、それによって理解していない学習者を手厚くサポートし、全員が修得していくことを目指す考え方です。
一方で「高次能力学習型」とよばれる反転学習のスタイルもあります。これは対面学習を基礎修得でなく応用の世界にもっていくスタイルの反転学習を指します。たとえば東京大学で実施しているVisualizing Tokyoという講座では、授業の前の映像で、第二次世界大戦後の焼野原となった東京から70年代までの東京の復興・都市化の流れを知識学習します。そして対面学習では、その後現在に至るまでの東京の姿を『可視化』するため映像コンテンツを制作するという課題に取り組むそうです。
講演後にコガは以前から気になっていた下記の質問をしてみました。
「eラーニングで授業相当のコンテンツを予習させた場合、大学設置基準(21条 http://goo.gl/1DZ0RK)で定められるところの「予習の時間」「授業時間」のどちらに含まれるのか?」
それに対する山内先生の回答は、法解釈上の回答は別として「本質的にはそもそも不毛な議論」というものでした。「本来授業の単位は学習者のパフォーマンスで議論すべきであって、いつどこでどのような方法で何時間学んだかということを問題にするのはおかしい。今は過渡期なのでそういうことは仕方がないが、今後普及していくにしたがって、そうしたことも問題にならなくなると思われる」といった趣旨の回答をいただきました。

【感想】
今回の山内先生の講演を聞き、反転授業やアクティブラーニングといった新たな方法論(Methodology)が普及することで、既存の大学教育の枠組みを再考する必要がでてきたことを実感しました。そこでこんなモデルを作ってみました。
「大学授業の構成要素とそのトレンド」
Contents
講義の内容は専門知識だけでなく、汎用スキルの育成等の必要性が増大している。
Methodology
講義タイプの授業だけでなく、アクティブラーニング、反転授業、PBL、インターンシップなど様々な形態が普及しつつある。
People
教授者、学習者ともに多様性が増している。
Place
アクティブラーニングスタジオ、ラーニングコモンズ、といった物理環境の変化に加えて、eラーニングをはじめとした、バーチャル空間での学習が増えている。
Time
授業時間の厳格化、特に授業外の学修時間の確保が課題となっている。

特に後半のPeople、Place、Timeについては、「大学の先生が、教室で、90分の授業内で教える」ことを前提とした制度が存在すると、新しいContentsを教えたり、新しいMethodologyを導入する上での阻害要因になっていくのではと思った次第です。特に学修時間という計測しやすい指標のみで成立している現在の単位制度は、相当腰を据えて議論する必要があると考えています。
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008 G型L型大学論

2014年11月08日 | ニュースのキーワード



GとL
野球好きなら、ジャイアンツ対ライオンズの日本シリーズを想像しますか。
韓国通ならLG(ラッキーゴールドスター)グループを思い出すかも。
外車ファンなら写真のメルセデスベンツGLクラスかも知れませんね。

しかし、今回のGとLはGlobalとLocalです。
最近ネットで話題となった冨山和彦氏のグローバル型大学とローカル型大学
の議論について、ひさびさ登場のナカダくんが鋭くツッコミます。

>>>>>>>>>>>ここからナカダくんの記事>>>>>>>>>>>
皆さんご無沙汰しております。ナカダでございます。SANNO Learning Magazine
が休刊となって以来、約8ヶ月ぶりの投稿となります。実は、かれこれ1ヶ月前に
コガ編集長から当コーナーへの執筆を依頼され、「喜んで書かせていただきます」
と即答していたのですが、「とはいえネタがない」「週末にイベントが続いた」
といったよんどころのない事情で延び延びとなっておりました。誠に申し訳あり
ません。今回は書評ではなく、先月からネット論壇を中心に話題となっている
「G型大学・L型大学」論について、少しばかり私見を述べさせていただきたい
と思います。

さて、今回のテーマは「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度
化に関する有識者会議(第1回)」で配布された「我が国の産業構造と労働
市場のパラダイムシフトから見る高等教育機関の今後の方向性」(冨山和彦
委員提出)という資料の提言内容についてです。
(何と長い会議名と資料タイトルなんでしょう。)

この資料は文科省のサイト上で公開されております。(下記をクリック)
我が国の産業構造と労働市場のパラダイムシフトから見る高等教育機関の今後の方向性


G型L型といっても新しいガンダムの話ではなくて、Gはグローバル経済圏、
Lはローカル経済圏を意味する記号です。「グローバル経済圏で活躍する人材
を養成するのはごくごく一握りの大学(G型大学)に留め、その他はローカル
経済圏の生産性向上のために徹底した職業訓練を施す教育機関(L型大学)
にせよ」というのが上記の提言の骨子になります。この提言については
ネット論壇を中心にすでに議論百出しており、「G型 L型」でググってみれ
ば、2時間は余裕で潰せるはずです。
したがって、今さらこの提言の賛否を論じたところで、Googleの検索結果が
1件増えるだけですので、少し視座を変えてみたいと思います。

まず、現行の学校教育法では「大学」の目的は次のように定められています。

第八十三条 大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く
専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを
目的とする。
2 大学は、その目的を実現するための教育研究を行い、その成果を広く社
会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。

この条文が大学の現状から乖離していることはすぐに分かります。そもそも
日本にある781校(2014年5月時点)の大学全てを、70文字足らずで一括りに
定義すること自体ムリなのかもしれません。冨山委員は「新たな高等教育機
関であるL大学」の役割を、「生産性向上に資するスキル保持者の輩出(職
業訓練)」と述べていますので、L型大学を設置するには、現行法を改正し、
L型大学の目的を定義し、その目的に適合した新しい大学のカテゴリーを設
置する必要があるものと思われます。
(G型大学は現行法のままでも設置可能でしょう。)

しかし、大学の目的を細分化し、目的ごとに大学を種別化しようという試み
は今に始まったことではありません。政府で公に議論されるようになってか
らでも、少なくとも40年は経っています。1971年(昭和46年)の「四六答
申」では「高等教育の多様化」を掲げ、かなり具体的で踏み込んだ提言をし
ています。特に「第3章 高等教育の改革に関する基本構想」は、今読み返
しても全く古びていません。G型L型大学論に興味を持たれた方は、まずはこ
の四六答申からご一読いただきたいと思います。

今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について(答申) (第22回答申(昭和46年6月11日))

しかし「古びていない」というのは四六答申の先見性が優れているからだけ
ではありません。むしろ40年前に提起された問題が今に至るまで解決されて
いない点を(特に高等教育を生業としている者は)重視するべきでしょう。
つまり私はG型L型大学の是非を考える前に、大学の種別化が必要だと提唱さ
れながらなぜ今に至るまで種別化されていないかのか?を改めて問い直した
いと考えています。日本の大学を巡る問題がこれ以上先送りできないのであ
ればなおのこと、過去の議論と政策の帰結をきちんと検証してから議論に着
手していただきたいものです。

最後に一つ。大学の目的は、上記のとおり学校教育基本法第八十三条で定め
られています。大学の目的を再定義するにせよ、あるいは大学の種別化を実
現するにせよ、学校教育法の改正案を国会でしっかり審議していただきたい
と思います。まさか法改正ではなく、法解釈の変更で大学の再定義(種別
化)を成し遂げるという裏技を企てたりはしていないでしょうね? 実はワ
タシはそれが一番心配なのです、はい。
<文責 ナカダ>

>>>>>>>>>>>ここまでナカダくんの記事>>>>>>>>>>>
さて、ローカルな大学の現場を7年経験しているコガとしては、冨山氏の
「我が国の産業構造と労働市場のパラダイムシフトから見る高等教育機関の
今後の方向性」の内容は、嬉しい反面、どうもおもしろくない部分もありま
す。

嬉しいのは、最近猫も杓子も「グローバル人材育成」ばかりを叫んでいる中
で、ローカルなマーケットの人材育成に光を当ててくれたという点です。一
方で、おもしろくない点は議論を分かりやすくするためか、Lの人材育成を
極端に表層的な知識・スキルに偏ったものとして説明してしまっているとこ
ろです。

本来、グローバルだろうが、ローカルだろうが、結局根っこのところで必要
となるコンピテンシーは似たようなものではないかとコガは考えているので、
ローカルな世界を小手先だけの免許取得や会計ソフトの使い方に振るのはち
と行き過ぎではないかと考えております。
さらに話をややこしくしているのは、今年度より専門学校に「職業実践専門
課程」というのが始まっておりまして、冨山氏の主張する職業訓練を中心と
する大学との区分けがとても難しい、というよりほぼ一緒のコンセプトなの
です。

さてさて、この議論どのような着地点を見出すことができるのでしょうか?
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007 JSET参加から−反転学習やらMOOCSやら

2014年10月25日 | セミナー学会研究会見聞録


「最後に参加したのは何年前?」

JSET(教育工学会)の全国大会は毎年9月の中旬に開催されます。コガはここ数年その時期に、
後学期の履修ガイダンスやら授業の準備やら遅めの夏合宿やらが入ってしまうため参加できないでおります。
そこで、全国大会参加皆勤賞を続けるシバタ先生に参加報告記をお願いした次第です。

シバタ先生寄稿いただきありがとうございました。

>>>>>>>>>>>ここからシバタ先生の記事>>>>>>>>>>>

去る9月19日から21日、岐阜大学で開かれた日本教育工学会(JSET)全国大会。さまざまな発表がされましたが、
ここでは最近なにかと喧しいMOOCについて触れたいと思います。

MOOC(Massive open online course)とは、インターネットを用いた大規模公開オンライン講座のこと。
スタンフォードの授業が無料でどこでも受講できる的な、一連のアレでして、世界で何百万人が受講しているそうです。
日本でも東京大学をはじめ、ひとかどの教育機関がコンテンツ提供に参加し、
またさまざまなひとかどのベンダーがプラットフォームなどの下支えをしています。

ここまで来ると、日本のeラーニングビジネス史に触れてこられたひとかどの方は、ピンとくることでしょう。

「すぐに誰も受けなくなるってば」

ハイ。eラーニングの草創期、海外から「100コース500万円。全社員全コース受け放題」みたいなeラーニングに飛びついた先進企業が、
ふたを開けてみたら「年間受講者3人」みたいな話はよく聞いたものです。それを思うとMOOCも二の舞ではないかという発想です。
しかもMOOCは対個人でして、日本ではB2Cのeラーニングの成功例を(なんとか受験ドリル以外では)聞いたことがないゆえ、なおさらです。

さて、前置きが長くなりましたが、JSET。MOOCからみのいくつかのセッションの中でも
東大 荒優先生の「MOOC受講者の多様性を考慮した教育効果分析観点の提案」は出色でした。
「MOOCは修了率が低い(5%とか)から役に立たない」という例の批判に対し、
「誰でも無料で登録できる(半分はアクセスすらしない)中で、
登録者を分母にした数字で評価するのは妥当ではない」という主張です。全く同感です。

先述の通り、MOOCの多くは「ひとかど」の人が、「ひとかど」の受講者向けに行っているものであって、
例えば新小岩(いえ、麻布十番でもいいのですが)の駅の横で、ノーベル賞受賞前でまだ市井の知るところでなかった
京大・山中教授がiPS細胞の辻説法をしても、1000人の通行人のうち5人しか最後まで聞かなかったからと言って、
ではiPS細胞はイケてないかというとそんなことはないわけです。

つまり、MOOC側が、「このコースは、再生医学が失禁するほど好きで、かつ、河合塾偏差値64以上とったことある人以外はムリだから、
無料だとはいえ申し込まない方がいいですよ」的な注意書きをしなかった、
あるいは書いてあっても受講者が「どうせタダだから」と読みもせずにポチッと申し込んだかであって、
そんな中で来た「受講者」を分母にして、その中身の評価文脈で受講率を論じても意味がないというわけです。

さて、ではその5%はどういう人で、MOOCでは何がもたらされているのか。

まず、そもそもエリート向けであることが見て取れます。そして、その学習意欲旺盛な秀才君達に、
BOOKOFFはもちろんのこと、図書館やネットでも入手できず、かつ垂涎の知的情報がもたらされます。
「修了したら図書券」みたいな動機づけなどは最初から不要です。
では、大学は何のために大きな予算を投じてそんなことをするのか、という疑問に行き着きます。
さる人からお聞きしたところでは、その奇特な「ひとかどの受講者の情報」を手に入れること。
そしてその国家としての金の卵たちに、さらにすげー世界を知らせ、山のてっぺんを上げる刺激を与えることなのだそうです。

MOOCがそもそもそういうフレームで行われているとしたら、市井のモノ共がそれを使って反転学習なんぞを安易に考えると、
一瞬先にはまたあの地獄が待っていることにすぐ気づきます。

続きはまた。
<文責 柴田>
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006 「死の床につくカミーユ・モネ」と好きなことを職業にすること

2014年10月08日 | オープニング
こんにちは

早くも停滞気味のLearning Tomato Blogです。
前回9月19日にUPしているので、そろそろ3週間ですね。

言い訳しますと、とても書きたいと思ったネタを2週間ぐらい前に思いついたのです。
しかし、そのネタを書きとめたと思われるファイルを紛失してしまったのです。
結構いい内容だったという記憶以外何も覚えていないというボケ老人一歩手前のアタマを許してください。

ということで、その場しのぎになりますが、10月20日まで新国立美術館で開催している
「オルセー美術館展」で気になった一枚の絵についてまとめてみました。
最初は学習にもトマトにも関係ない内容だったのですが、無理矢理キャリアの話に近づけてみました。

今回のオルセー美術館展は、クロード・モネ展と言ってよいぐらいモネの絵が沢山展示されています。
「草上の昼食」「サン=ラザール駅」等、多くの人が知っている彼の代表作が並んでいます。
なかでも亡くなった直後の自分の奥さんを描いた「死の床につくカミーユ・モネ」という作品は、圧倒的な存在感を放っていました。


「死の床につくカミーユ・モネ」
サルヴァスタイル美術館

コガは最初、この絵を見た時、亡くなった最愛の妻の綺麗な姿を深い愛をこめて描いたのだろうと純粋に考えていました。
しかし話はフクザツな様です。上記のWebサイトによると、後年モネは友人に対し以下のような事を述べています。

私は無意識的に死によって変化してゆくカミーユの顔色を観察しているのに気がついた。
彼女との永遠の別れがすぐそこに迫っているので、カミーユの最後の姿(イメージ)を捉え
頭に記憶しようとしたのは自然だったのだろう。しかし私は、深く愛した彼女を記憶しようとする前に、
彼女の変化する顔の色彩に強く反応していたのだ


なんという職業意識でしょう!
モネは夫としての純粋な気持ちで好きだった妻の遺体と対峙したかったのかもしれません。
しかし「光をキャンバスにとらえる事」を生業としている画家の習性はそれを許しませんでした。
「女の変化する顔の色彩」に心を奪われ、筆を動かさずにはいられなくなってしまったのです。

話しはここでガラッと変わります。コガは学生からのキャリアの相談を受けた時、
「自分の好きなことを仕事にする事の賛否」について話すことがあります。
賛については、スティーブ・ジョブズがあの有名な「スタンフォード大学の2005年卒業式スピーチ」の中でこんなことを話しています。

これから仕事が人生の大きな割合を占めるのだから、本当に満足を得たいのであれば進む道はただひとつ、
それは自分が素晴らしいと信じる仕事をやること。さらに素晴らしい仕事をしたければ、好きなことを仕事にすること


ここには職業選択の王道の姿があります。

しかし、自分の好きな事を仕事にすることで失うものがあるのも事実です。
自分が好きなことを金銭的な対価を得て続けることの後ろめたさとか、つい商売の目で好きなことを見てしまうことなどです。
飲食店で働くゼミのOBが、以前こんな事を語っていました。

たまの休みに友達と美味しい料理を食べにいっても、
ついその店のサービス内容や店舗の内装、料理の味をチェックしてしまいます。
そこには消費者としての自分でなく、競合を視察する商人としての自分がいるのです。
だから最近純粋に料理を楽しめなくなってしまいました


実際コガも、セミナー等に受講者として参加する際、つい「研修屋」の視点で、講師のインストラクションや研修の流れを見てしまい、
内容に身が入らないことが良くあります。まあコガの場合は、セミナーに参加する事が「たまらなく好きな事」ではないので助かっていますが。
とても好きだったことを仕事にし、以後仕事の目線で観ることになったことから
「好きでなくなって」しまうことって以外に多いのではないでしょうか
(もっともそれぐらいで好きでなくなってしまうのなら、もとから「好きだ」という資格はないのかも知れませんが)。

さて、そろそろモネの「死の床につくカミーユ・モネ」に戻りましょう。
実はこの絵、「妻への愛」VS「画家としての職業意識」という要素に加えて、もうひとつ複雑な事情を抱えています。
モネは奥さんが亡くなる前から、後に再婚する女性と恋愛関係にあったそうなのです。
つまり彼は「長年寄り添ってきた妻への夫としての惜別の思い」と「妻の愛を裏切ったまま死別してしまった後悔の念」
という相反する感情を抱きつつ、刻々と変化する死者の姿を画家として描いていたのです。

静かなのに複雑、綺麗なのに悲しい、そして安らか。見れば見るほど色々な思いが頭のなかを駆け巡る不思議な絵でした。
もし時間がありましたら20日までにカミーユの最後の姿を観に行ってあげてください。
この絵だけでも入場料の価値は十分にあります。
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005 『活躍する組織人の探究』を読んで思った事

2014年09月19日 | eラーニングに関係ないかもしれない1冊


『活躍する組織人の探究』 大学から企業へのトランジション(東京大学出版会 2014)

社会人教育の世界から大学教育の世界に移住して、今年で7年目になりました。この7年間、「シャバ」の世界で役に立つ人材を大学で育てたい、そのために大学で何をどのように教えるべきか、あるいは教えずに学習してもらうにはどうしたらよいか試行錯誤してきました。しかし単に実践するだけでは、その実践が正しいのか間違っているのか分かりません。そこで毎年1回はどこかの学会で教育実践を発表し、他者からの助言をいただくよう努めてきました。

しかしながら、本質的なところで「本当にいいのかなあ?」という思いが拭えぬままに実践を継続してきました。その要因の一つとして、大学教育〜社会人教育の接続に関しての研究が今まであまり存在せず、実践内容をアカデミックな知見から演繹的に検証することが難しかったことが挙げられます。
今回ご紹介する『活躍する組織人の探究』は、この分野にアカデミックな検証をいれた研究書です。しかも編者はこの分野を代表する東西の両横綱 東大の中原淳先生と京大の溝上慎一先生です。2人は7月に開催される「大学生研究フォーラム」で絶妙なコンビを組んでフォーラムを企画・運営しておりまして、そうした蓄積もこの本に多く反映されております。

さて、本書の中身ですが、誤解を恐れずに簡単にまとめると「企業に入ってから役立つ大学の勉強、大学時代の過ごし方、大学時代の意識の持ち方を、大規模なアンケート調査をベースに実証的に研究したもの」と言えます。

まず2章と3章が予備知識編となっています。2章では採用から新入社員教育あたりまでの人材マネジメントに関する先行研究について中原先生が簡潔にまとめています。3章は溝上先生が、昨今の大学教育や大学生事情についてまとめています。2章で特筆すべきは、25ページという決して長くない本文に対し、なんと9ページにもわたる参考文献リストが存在することです。つまりこの章には古今東西の採用〜新入社員育成までの研究がギューーーーーッと濃縮されているのです。コガ的には、2章だけ(もっと言えば参考文献リストだけ)でもこの本を購入する価値は十分にあると考えます。
4章は本書の核ともいえる大学生活と仕事生活に関する調査の記述統計が示され、続く5〜7章ではそのデータからの分析がまとめられています。5章は「就職時」6章は「入社・初期キャリア形成期」7章は「初期キャリア以降の成長課題」といった時系列に即した分析結果の並びになっています。そして8章がまとめの章となります。

本書の結論をおおざっぱにまとめると
「就職後の組織適応にポジティブな効果を与えるためには、
・大学時代に将来への見通しを持つこと
・周りの大学生だけでなく、異質な他者との関わりを持つこと
・豊かな人間関係を重視した大学時代を過ごすこと

が重要である」

となります。それらがどのようにデータで実証されたのか、そうした意識や行動をとることが、将来何に繋がるのか等は、ぜひ本書をお読みになってご確認ください。

最後にコガが本書を読んだ後も疑問に思っていることをまとめたいと思います。それは「社会(会社に非ず)に役立つ人材」ってどういう人なのかということです。本書の7章では、「企業で躍進する」ことを「革新的な行動をとれる人材」と定義しています(p.156)。しかし、そもそも革新的な行動をとれる人材だったら、企業の中でがんばるより、独立して起業を目指すのではないでしょうか?企業がそうしたイノベーション人材を求めていることは分かりますが、もし「イノベーティブで躍進している」ような奴らばかりだったら組織は成り立たないのも自明です。サッカーで11人のFWをピッチに立たせるようなものだからです。

とすると、日本中の大学が「活躍する人材」を一つの型(イノベーション人材とかグローバル人材とか)に定め、それをゴールに大学のカリキュラムを作る事って果たして正しい事なのでしょうか。多くの大学が右へ倣えで「イノベーション人材」とか「グローバル人材」ばかりを目指したら、一体この国はどうなってしまうのでしょうか?

大学教育において多様なゴールが認められるのであれば、それぞれに合った多様な教え方や教育内容が存在するはずです。さらに入学してくる新入生のレディネスによって教え方や教育内容を変化させていく必要がでてくるとなると、大学教育というのはゴールも手段も個別具体的にならざるのでしょうね。

とはいうものの、どこかに軸足を置いて、実証的に研究しないことには、一歩も先に進むことはできません。そうした意味で本書が果たした役割というのは大変大きなものだと思います。ぜひご一読のほどを。
<文責コガ>
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004:シバタの初年次教育学会参加記

2014年09月07日 | セミナー学会研究会見聞録


新生メルマガへの小職の初寄稿は、9/4-5、奈良の帝塚山大学で行われた初年次教育学会参加記です。
最近、学生本人の主目的ではない内容(医学部学生にIDを教えるとか、看護学科の学生に実習時のお作法を教えるとか)をもう少しイケてるものにしたいなと、思っていたところ、古賀センセイからの情報でこの大会を知り、会員でもないのに馳せ参じました。大会テーマは「初年次教育における自己表現:表現から実現へ」です。

■「学生を能動的にするハイブリッド型授業」ワークショップ
さて、まず参加したのは、関西大学教育開発支援センター 三浦真琴先生の「学生を能動的にするハイブリッド型授業」ワークショップ(以下、W/S)。30人ほどの参加者です。前段は先生のミニ講義、後半はグループ作りと2つほどのグループワーク体験でした。言わば、W/Sの作り方のW/Sという体に違いないのですが、出色は三浦先生からの、このW/S流行りにおける「前提」への警鐘でした。
「この中で、学生時代、ワークショップ型授業を受けたことのある方」
冒頭の三浦先生の問いかけに、「ある」と答えたのはお1人で、それもデザイン系のご出身。いわゆるフツーの学部出身ではゼロでした。この問いかけから
「私たちは、学習者中心と言いながらも、自分が経験したことのないことを教員目線で組み立てている、と言うところに立つのです」という新鮮かつ強烈なメッセージが届きました。
また後半のW/S体験(詳細はネタバレになるので割愛)では、「グループワークがうまくいかないのは、グループ分けと自己紹介ゲームさえやればワークの準備ができたと思う教員の誤解から」という金言が飛びます。
うむ。我が授業を振り返り、「自己紹介をしたから知り合えた『はず』、力を合わせる『べき』」といった教員の妄想で段取りを進めてはいなかったか、ヒヤッとする時間でした。
Active learnerを作るための2時間でしたが、三浦先生の「わざと教えない。教えるものと教えないものを緻密に取捨選択する」「問いすら与えない。問いを立てさせる。その経験を通じ、問いを与えられた時にその構造を考えられる力がつく」といった骨太のメッセージをたくさんいただきました。

■記念講演「シンプルプレゼンのすすめ」(ガー・レイノルズ)

午後からは記念講演、関西外大ガー・レイノルズ先生の「シンプルプレゼンのすすめ」です。
元アップル社でジョブズの下、ガンガンプレゼンを行ってきたガー先生、TED Tokyoなどでもお馴染みの氏のそれは圧巻の90分でした。

ものすごく突飛なことがあったわけではありません。比喩、良い実例、悪い実例、投げかけ、ピア討議、動画、、、。プレゼンの手法で言われていることを、実に確実かつ見事にやってのけた、と申しましょうか。例えば実例では、ビルゲイツのイケてなかった時代とイケてる時代のスライドを並べてみたり、ゴア元副大統領が政治家を辞した後いかにプレゼン上手になったかなど、リアルなShow meに心揺さぶられます。

2つの大きなメッセージは、「間」と「ストーリー」です。禅を参考にしたプレゼンの「間」はことさらに訴求点を浮かび上がらせてくれます。そして訴えたいことは物語に乗せることで、より分かりやすく相手に伝わります。

参考:『プレゼンテーションZen』 ガー・レイノルズ著(ピアソン・エデュケーション、2010年)

■自主学習力のパラドクス
さて、午前午後を通じ疑問に思ったことが1つありました。授業・プレゼンの事例はどれも「価値観」「社会問題」といった、情意系の学習目標を掲げるものでした。
しかし、現実には「法律の条文」とか「骨の名前」など、知識の細切れを覚えねばならない科目もたくさんあります。最後の質問タイムでガー先生に「知識系の授業の組み立てのヒントを!」とお聞きしたところ、やはり、「それ(知識系の学習項目)は授業外のグループ学習で修得し、教員はその中で解決できなかった部分に対応する」というお答えをいただきました。それは「本や友人のノートや、過去問見ればわかるような授業をやらない」という三浦先生のメッセージとも通底していました。言わずもがな、反転授業のソレにつながっていく主張です。

うーむ。その自主学習力ありきの授業なのか、自主学習を促すための授業なのか、あるいはそのサンドイッチか。どんな学生・受講者を前提にするかで、そのさじ加減も実効性も雲泥の差という「例のパラドクス」を胸に帰路につくのでした。
<文責シバタ>
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003代ゼミの事業縮小と2人の男、高宮行男 John Sperling

2014年08月31日 | 教育関連マーケティング情報


今月の23日、大手予備校「代々木ゼミナール」が、全国の20拠点を閉鎖し、本部など7拠点に集約することが明らかになりました。代ゼミ事業縮小の理由については様々なメディアで述べられているのでここでは多くは触れませんが、それらの記事をまとめると、

1)少子化への対応の遅れ
2)推薦入試、AO入試等で一般入試を受験する学生が減少したことへの対応の遅れ
3)現役志向が強くなったことへの対応の遅れ
4)中堅私立文系学生から難関校を目指す学生へのターゲットチェンジの失敗
5)大教室一斉授業から少人数クラスへの転換の遅れ
6)買収したSAPIXとの事業融合の失敗

等になります。

1)〜3)に関しては外部環境の変化(SWOT分析でいうところのT=Thread=脅威)で、それに対する対策の不備を指摘しているのが4)〜6)となります。

外部環境の変化によって、予備校生の数は本当に少なくなっています。Blog記事「予備校生の減少」(データえっせい2014/08/31確認)によると、75〜85年のピーク時に20万人以上いた予備校生は、現在2万人強しかいないそうです。潜在市場が1/10に減少しては、いくら対策を打っても焼け石に水です。こうなるまでの手の打ち方や経営体制には様々な異論はあるものの、今回の撤退戦略は妥当な選択肢と言えます。

一方、今回の撤退については、かなり前から練られていたのではないかと様々なところで言われています。私自身20年以上前にある人から「代ゼミが、地方の中核都市の駅近くの一等地に大きい校舎を建てているのは、将来子供の数が減って事業を撤退する時、売却しやすいように考えているのだ」という話を聴いたことがあります。

このことについては下記のWebサイトを参照願います。

【驚愕】代ゼミの恐るべき先見性。予備校から不動産会社に華麗な転身か。既に実績多数

このサイトのまとめに
「こうした事実を見ると、『代ゼミ』経営者は遅くとも30年以上前から、少子化により予備校業態がいずれ苦しくなることを予見して、そのうえで校舎の土地取得や建設を行っていたことになる。そして今、そのアクセルを踏んでいるわけで、ある意味予定通りの華麗な転身プランを実行しているに過ぎないのかもしれない。」
とありました。

コガは「まだ第二次ベビーブームの子供達すら18歳に達していなかった30年前にこうした事を考えていた経営者は一体どんな人だったのだろう?」と思い、代々木ゼミナールの創業者である高宮行男氏を調べてみることにしました。

しかし高宮氏について書かれた書籍はほとんど見つかりません。唯一発見したのは文芸春秋の記事をまとめた『あぶく銭師たちよ!」(佐野眞一 ちくま文庫 1999)という文庫本だけです。この本は、ルポライターの佐野氏が「強烈なカリスマ性や驚くべき錬金術によってバブルを極めた6人の男女」を追うというノンフィクションです。細木数子、鹿内父子等と並んで高宮氏が登場します。ちなみに著者の佐野氏は、2年前に週刊朝日で大阪市長の橋下氏の過去を暴き問題になった人です。

さて本書の内容に戻りましょう。昭和62年(1987)を皮切りにする7年間を予備校業界ではG7(ゴールデンセブン)と呼んでいたそうです。この期間は第二次ベビーブーム世代が大学に入学するため、予備校業界にとってまたとない稼ぎ時でした。この稼ぎ時に最大限の学生を集客するため、代ゼミは徹底した全国展開を開始します。地元の予備校の進出反対の声をものともせず、駅前の一等地を破格の値段で買い上げ、巨大な校舎を次々と建てていくのです。

さて、この高宮氏の経営手法を読んだ時、コガはJohn Sperlingという人物を思い出しました。Sperlingは、全米最大の営利大学University of Phoenixの創設者です。彼も旧来の大学の猛反対に遭いながら、着々と大学のブランチオフィスを全米に展開していきます。働く成人をターゲットとし、そのニーズを的確に捉えた戦略を打つことで、University of Phoenixは急成長を遂げます。一時期は200のキャンパスで授業を実施し、60万人近くが学ぶ大学に成長しました。

しかし、成長は長く続きません。米国での長引くリセッション等の影響を受け、入学者は2011年以降急落します。いまでは往時の半分以下の学生数となり、2013年には113のキャンパスを閉鎖します。このあたりの急なキャンパス閉鎖も代々木ゼミナールに似ています。

そんなUniversity of Phoenix を長年引っ張ってきたJohn Sperling氏ですが、実は今年の8月22日にお亡くなりになっていました。
John Sperling, University of Phoenix Founder, Dies at 93(Bloomberg News Aug 25, 2014)

Sperling氏が逝去した翌日に代々木ゼミナールの事業縮小のニュースが世を賑わせたのも、なにか奇妙な一致を感じさせます。

「学校というのは、地味に着々と経営していくもの」という既成概念に真っ向から挑戦し、成長し、そして縮小していった高宮とSperling。
彼らの教育ビジネスに対する姿勢は異端であったのでしょうか?
それとも早すぎる天才だったのでしょうか?

参考文献
『あぶく銭師たちよ!」(佐野眞一 ちくま文庫 1999)

Vol206:『Rebel with a cause』John Sperling

【追伸】
どうでもいい些細なことですが、写真の代々木ゼミナール横浜校は、毎年コガの勤務校の一般入試会場としてお借りしていました。来年からどうするのかなあ?


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002:評価をポジティブな言葉に変える魔法

2014年08月24日 | eラーニングに関係ないかもしれない1冊


『大学教員のためのルーブリック評価入門』
ダネル スティーブンス (著), アントニア レビ (著), Dannelle D. Stevens (原著), Antonia J. Levi (原著),
玉川大学出版部 高等教育シリーズ (2014/3/24)


「評価」

大抵の大学人はこの言葉からネガティブなイメージを連想するのではないでしょうか?
大学教員のお仕事の中では、至る所で「評価」という活動が出現します。一番大きい括りでいうと7年に一度の「大学認証評価」という大作業、日々の仕事ということでは、レポート、テスト、卒論、成績といった「学生の評価」、さらには学生による「授業評価」等、日々評価の連続なのです。

そしてどの評価おいても、一般的な大学教員は「楽しい」「充実した」「ためになる」「わくわく」といったポジティブな修飾語でなく、「つらい」「めんどう」「形式的」「恐る恐る」といったネガティブな修飾語を連想するのではないでしょうか。

前置きが長くなりましたが、今回ご紹介する『大学教員のためのルーブリック評価入門』はそんな大学教員の「評価観」を180度とまではいかないものの、相当ポジティブなものに変えてくれる本です。

なぜポジティブにしてくれるか?それはルーブリックを活用することにより、

・評価のプロセスが効率的になる
・評価の品質が一定する
・学生のパフォーマンスが向上する
・学生の満足度が高まる

等のメリットがうまれるからなのです。

ではルーブリックとは一体何なのか?
熊本大学教授システム学専攻の「基盤的教育論」Webサイトでは

「ルーブリック(Rublic)とは、レベルの目安を数段階に分けて記述して、達成度を判断する基準を示すものである。学習結果のパフォーマンスレベルの目安を数段階に分けて記述して、学習の達成度を判断する基準を示す教育評価法」
と定義されています。
http://www.gsis.kumamoto-u.ac.jp/opencourses/pf/2Block/05/05-2_text.html(2014年8月24日確認)

本書はルーブリックの概論、メリット、具体的な作成方法はもとより、様々な状況でのルーブリックの活用方法が紹介されています。例えば
・学生と作成するルーブリック
・教職員と作成するルーブリック
・ルーブリックとオンライン教育
・ルーブリックとプログラム評価
などです。

個人的には「学生と作成するルーブリック」の章を最も興味深く読ませていただきました。この章の冒頭は
「学生の評価方法を学生たちに作らせるんだって?ニワトリ小屋の番を狐にさせてしまおうってわけかい?」私の友人はかつて冷やかに笑った。
という魅力的な一文で始まります。

「学生と作成する」と言っても様々なレベルがあり、本書では学生の関わり方の度合で5つのモデルを紹介しています。それらの背景には「学生たちがルーブリックの作成に参加すれば、『学ぶ』というのは能動態の動詞であることを理解し始める」という思想があります(p.161 終章「ルーブリック・マニフェスト」より)。

さて、本書を読んでいて気になった点があります。本書ではルーブリック長所の一つとして「レポートのコメントを書く手間が省ける」という点をあげています。ルーブリックの中に具体的なパフォーマンスが記述されているので、個々のレポートに一々何回も同じコメントを書かなくても該当するパフォーマンスの記述をチェックし、その表をレポートに添付して返却すれば良いというものです。

例えば、レポートの評価で用いるルーブリックの評価基準であれば、

□導入・展開・結論が明確であった
□文法、綴りが正確であった
といったものがパフォーマンスの記述になります。

しかし日本の大学では、これまで大学生が提出したレポートにコメントをつけてフィードバックするという事をあまりやってきませんでした。だからそもそもコメントなんて書く必要もありませんでした。
正直なところ、コガも全てのレポートにコメントをつけて返却しているかというとできていません。忙しくてすべてのレポートにコメントをつける時間がない。あるいは期末に課すレポートの場合、学生が休暇に入ってしまい返却する機会がない。等の理由からです。

しかしルーブリックを使えば効率化できますし、評価の一貫性や妥当性を学生に示すことができます。また返却方法については今後eポートフォリオのシステム等が導入されれば解決できるはずです。日本の大学におけるルーブリック活用の前提として、この「レポートは返却する」文化をまず定着させることが重要ではないかと考えた次第です。

なお、本書の翻訳を監修された佐藤浩章先生よりfacebookを通じて下記のコメントをいただいております。

シラバス・教育内容・教育技法までは教員の皆さん結構力入れるんですけれど、評価は意外とあっさりという方が多いので、評価を変えると学習は変わるということをこの本で伝えられればと思います。個人的には、最後のルーブリック・マニフェストが感動的で好きなんですけれどね。

ぜひご一読のほどを!
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001:反転授業は札幌で

2014年08月12日 | セミナー学会研究会見聞録


久々の原稿ということで緊張しております。
Learning Tomatoとしての第一号は、話題のMOOCについての受講体験記となります。

■素直になれるコンテンツ
長年教育研修の仕事に携わってきた影響で、コガはあらゆる教育を素直に受講する事ができない体になってしまいました。純粋な受講者として履修しようと思っても、つい「あっこの教え方自分の授業にも使えそう」とか、「自分だったらこういう風にコンテンツ作るのだけどなあ」等等、つい提供者目線で教育コンテンツを観察してしまうのです。

しかし、今回履修したMOOCプロバイダgacco(http://gacco.org/)の提供する『オープンエデュケーションと未来の学び』はとても素直な気持ちで履修することができました。年を取りコチコチに乾燥した私の心の中に素直な気持ちが芽生えてきとは到底思えないので、今回履修したコンテンツの作りが非常によくできていたためと考えるのが妥当そうです。

■教材の内容と構成
さて、この講座、単にMOOCとは何かを学習するのでなく、オープンエデュケーションという概念の中でMOOCを位置づけ、その現状と未来について体系的に学習できる内容となっています。全体は以下の4週に分かれています。

Week1 オープンエデュケーションとは何か
Week2 MOOCとは
Week3 オープンエデュケーションが進む背景と課題
Week4 オープンエデュケーションが変える学びと社会

各週に10〜15分の講師映像+PowerPoint+ナレーション(テキスト表示)教材が5〜6用意されており、それぞれに2問の理解度クイズが出題されます。また2週目と4週目には記述式レポートがあります。理解度クイズ(配点60点)とレポート(配点40点)の得点合計が57点以上となると本科目合格となります。

正直申しますと、理解度クイズの難易度はあまり高くありませんでした。国語的なセンスがあれば、内容が分からなくとも正答が分かる問題も多かったので、授業動画を全く閲覧しなくても、もしかしたら合格できたかも知れません。私が放送大学の科目履修でよく使う作戦です。

しかし、今回はすべての講義コンテンツを閲覧した上でクイズにチャレンジしました。手を抜かずに学習したくなる教材の品質が確保されていたからです。

■学習方法の特徴
履修者の理解度に合わせ、複数の学習方法が選択できることも今回のコンテンツの魅力向上に貢献していました。各週のコンテンツは
(1)重田先生の音声+動画の映像
(2)説明スライド(パワーポイント)
(3)上記パワーポイントスライドをダウンロードできるPDFファイル
(4)重田先生の音声の字幕

から構成されています(下記画像参照)。



じっくり学びたい人は、(1) (2)を中心に通常のeラーニング学習スタイルで学びます。ある程度前提知識があり、テキパキと学修したい場合は、(4)を読み、分かり辛いところだけ(1) (2)に戻るといった方法で学習することも可能です。さらに後で復習したい場合は(3)を活用する、といった具合に様々な学習スタイルでの学びを可能にしています。コガはテキパキ学習スタイルをとっていたのですが、字幕の読んでいるところをクリックすると、その字幕部分の(1)重田先生の音声+動画の映像にジャンプしてくれる機能があり、これがとっても便利で、学習のストレスを軽減してくれました。

また各週のコンテンツ以外に学習者のディスカッションボードが設定されています。コンテンツの中で、このディスカッションボードの活用を促したり、学習プロセスの中で活用を義務付けたりしていないのですが、かなり多くの発言とディスカッションが進行していました。

一般にeラーニングでのディスカッションボードは学習者間の相互作用や協調学習の観点、教える側と学ぶ側の距離を縮めることを意図して設置されます。しかし提供側の思いとは裏腹に、学習者が自発的な意思に基づきディスカッションボードを活用するケースは極めて稀です。なので、このコースでのディスカッションボードの活用頻度は、従来のeラーニングではちょっとありえない現象だったのです。その理由は一体なんだったのでしょう?

つい語りたくなるようなコンテンツだったからなのか?
元々学習している人の問題意識が高かったからなのか?
MOOCの世界は従来のeラーニングとは異なる学び手の意識が萌芽しているからなのか?
とても興味深い点です。

■北海道での公開講座
最後に8月8日に札幌学院大学で開催されたでの公開講座の概要をお伝えします。この公開講座はMOOCでの学習の「補習講座」という位置づけで開講されました。従いまして前半は、MOOCでのコンテンツを履修しての質疑応答、ディスカッションがあり、後半は最終レポートをグループで検討するという内容となっていました。

ちなみに最終レポートの内容は

オープンエデュケーションが広まる世界に生きるある架空の人物のストーリーを想像し、その人生にオープンエデュケーションがどのように関わっていくかを書いて頂きます。自分とは異なる主人公を設定し、その主人公が何らかのオープンエデュケーションのサービスを使い、そこで得た学びが主人公の人生を良くするストーリーを書いて下さい。

というものでした。最終レポートにはどういった観点で採点するかという基準(いわゆるルーブリック)も示されており、さらに、そのルーブリックを用いて他の学習者のレポートを評価するというアクティビティが、科目修了のための要素となっていました。オンライン学習では他の学習者の存在が希薄になってしまいがちです。そうした欠点を補い、学びを社会構成主義的なものに高めていく上で有効なアクティビティと言えます。

さて公開講座の報告に戻りましょう。
この検討グループのメンバーを決める際に使ったアイスブレイクが秀逸だったので紹介します。まず受講者全員に弁当の醤油入れのようなボトルを渡します(写真参照)。このボトルの中には匂いを発する飲食物が入っています。匂いにはカルピス、香辛料、ハーブ等いくつかの種類があります。同じ匂いのボトルを持っている人同士がグループワークのメンバーです。自分のグループのメンバーを探すため、全員で匂いを嗅ぎ合います。私は4人のメンバー中、1人だけ探し当てることができました。探し当てられなくても、最後にボトルに貼ってあるナンバーを、とある方法で計算すると自分のグループがわかる仕組みになっています。



そんな我々「カルピスフレーバー」チームが考えた最終レポートのストーリーは、千葉の勝浦に住む元サーファーのママが、子育てひと段落した後に、MOOCで環境問題の学習をしたことをきっかけに、海岸の美化清掃を行う活動を開始し、それが全国的な活動に広がっていくというものでした。他チームのユニークでかつありそうなストーリーを作りMOOCの活用を考え・発表していました。

■まとめ
公開講座については、意識の高い参加者が多かったので「補習」という位置づけより「発展学習」の場として位置づけた方が、満足度が高かったかなあと感じました。ただ参加者の雰囲気は、集まってみないと分からないので企画する側としては大変かもしれません。MOOCでの学習の途中で、「このコースに関連して、あなただったらどんな公開授業を受けてみたいか」といった内容のレポートを書かせてもよいかなと思った次第です。

いずれにせよ北海道まで行く価値のある公開講座でした。
ちなみにこの『オープンエデュケーションと未来の学び』の履修者数は7200名
平均年齢45.9歳。8割以上が短大卒以上の学歴だったようです。
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