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vol.455:就活エリートの迷走

2012年06月03日 | eラーニングに関係ないかもしれない1冊
就活エリートの迷走 (ちくま新書)
豊田義博
筑摩書房


前回のメルマガで、放送大学の「読み書きワークショップ」という面接授業
に参加したことをお伝えしました。その授業の中で、新書を1冊選択し、そ
の書評を書くというワークを実施したのですが、今回はそこで書いた書評を
紹介します。

>>>>>就活「勝ち組」の中に潜む「負け組」>>>>>
93.6%、これは厚生労働省より発表された今年の大学生の就職内定率である。
昨年より2.6ポイント改善したものの、統計を取り始めた1999年以降では三
番目に悪い数字である。「新卒無業」の学生は依然として多く、「新卒無業
−なぜ彼らは就職しないのか」(東洋経済新報社、2002年)等、卒業したの
に就職できない大学生をテーマとした書籍は多い。

しかし、本書の取り扱う就職問題はそれらとは少し異なる。厳しい就職戦線
を切り抜け、優秀な評価で有名企業に就職した「勝ち組」の若者たち=就活
エリートが、実は会社で不適応を起こしているというのだ。本書では就活エ
リートが会社で起こしている問題に焦点を当て、現在の日本の「就活」の課
題を明らかにしている。

第1章と2章では、新人の8割が「使えない」状況にあるという就活エリート
の迷走の状況と、それに至った経緯を概説している。続く3〜5章では、その
ような状況となった原因について、学生側、企業側双方の側面から分析し、
「やりたいこと探し」というキーワードから問題の核心を説明している。就
職活動時に「自己分析」というパッケージシステムによって形成される「や
りたいこと=自己のアイデンティティー」があまりにも強固なため、入社後
実際に行う仕事とのギャップを埋められないことが、就活エリート迷走の一
因となっているというのだ。

私は大学で、学生のキャリア教育や4年生の就職支援を日々行っている。
「内定取得」に向けた過度な就活力強化が、逆に就業力を下げる結果となっ
ているという本書の指摘は、大学生のキャリア教育を考える上できわめて示
唆に富むものであり、日頃の仕事を見直すよいきっかけとなった。

しかし、昨今の就活の状況生み出した背景には、本書の著者の勤務するリク
ルート社自体が大きな責任を持っていることも事実である。この歪んでしま
った就活というシステム是正のため、今後リクルート社自体がどう社会に貢
献していくのかを、本書に求めるのは望蜀の注文であろうか。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

中々堅めな語り口でまとまっているでしょ!
でも850文字と、いつもの書評よりちょっと短めですので若干補足します。

コガが本書を読んでいて関心を持った箇所は、「新型うつ」に関する記述で
す。少し前にNHKスペシャルの「職場を襲う "新型うつ"(2012年4月29日放
映)」という番組でも、この病気を取り上げており、深刻な社会問題になり
つつあると、認識していたところでした。

従来の「うつ」は、与えられた仕事を完遂できなかったり、職場に適応でき
なかったりした時、その責任を過度に自分に押し付けてしまう自責の念が
「うつ」の原因となっていました。しかし「新型うつ」は「仕事を押し付け
る会社や上司」に責任を転嫁する=他罰的な点に特徴があるそうです。その
ため、一旦職場を離れると気分はよくなり、「うつ」で休職している最中に
もかかわらず、飲み会に参加したり、海外旅行に出かけたりという行動にで
る場合もあるそうです。そうした新型うつの症状が、本書でテーマとしてい
る「就活エリート」にも散見されるそうです。

「病気ではなく、単なるサボリではないか?」と思われるかも知れませんが、
「新型うつ」はれっきとした病気です。治療にはカウンセリング等が有効と
されているようですが、「うつ」の原因を自分以外のところにおいているた
め、完治しにくいそうです。そして新型うつで休職した場合、休職者の業務
を他の職場のメンバーがカバーすることになるため、労働時間の増加等が発
生し、前述のコラムでシバタ氏が指摘しているように、職場全体のモラル低
下につながる危険性を孕んでいます。職場のマネジャーは今まで経験したこ
とのない新しいマネジメントの課題に直面しているのです。

これらの課題に対処するためには企業や職場のマネジャーには何が必要なの
か?大学は「使える」若者を育成するために、どう変革していく必要がある
のか?

本書の示す問題は、単に就活のシステムを変えるだけでは解決しない深刻な
ものであることは確かなようです。
〈文責 コガ〉
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vol.455:ハイブリッド教員のふぁかるてぃ雑記帳 第18回 「心身不調者の就労をシゴトから考える」の巻

2012年06月03日 | ハイブリッド教員のふぁかるてぃ雑記帳
ひょんなことから厚労省「がんと就労」研究のお手伝いをすることになりま
した。「がん」に詳しい医療者で構成されていたこの研究班に「就労」のこ
とに多少なりとも心得がある者がいるのもよかろう、とご指名をいただいた
というわけです。今回はその研究の背景を少し紹介します。

国民の半分が生涯に一度はがんになってしまう世の中になりました。そして
医学の進歩で、治る割合(ギョーカイ的には5年生存率)もうなぎ昇りに上
がりました。そうなると、治療→退院→職場復帰という流れが一般的となり
ます。しかし、ご存じのように退院・復帰=完全治癒・復調とは限らず、断
続的な症状や治療に伴う副作用が伴います。で、この方々が復職・就労する
には、本人・職場・主治医・産業保健スタッフが各々どのようなことをすれ
ばよいか、という課題が浮かびあがってきたというわけです。

この問題、予後・余命のシビアさ、治療の副作用など特殊性はあるものの、
コトの本質は「がん」に限ったことではありません。メンヘルを含めた心身
にハンデをもつ人と、企業として、職場として、あるいは人としてどう向き
合っていくかという普遍的な問題と私は考えています。

これまでの研究アウトプットの1つとして、主治医と産業医の治療情報(体
調や治療計画・それに基づく影響)の共有化というものがあります。それを
受け、産業保健スタッフは、どういう就業配慮をすればよいかを会社(上
司・本人)に助言していくというわけです。もちろん超個人情報ですから、
細心の配慮が必須です

ここで私の中で、大きな問題意識が浮かびます。この「就業配慮」というや
つです。この「配慮」で見聞きするもの大多数が「時間」にまつわるもの。
出退勤時間・勤務中の休憩あるいは治療検査体調不良による休暇などへの配
慮です。もちろんこれはこれで重要です。しかし、もう1つ側面である「仕
事そのもの」については、まだまだメッシュが粗いのです。重量物の扱いや
危険作業のセーブなどの作業系の言及はある程度あるのですが、残念なこと
にホワイトカラー(死語?)の仕事のディテイルに関する言及は稀です。

具体例を一つ考えてみましょう。
所員10人(所長1人、営業7人、事務2人)、事務パート1人のお菓子メー
カーの営業所があって、胃がんステージ2、全摘出をした45歳の営業マンA
さんが復職してきたとします。Aさんの仕事は、新規開店予定の小売店を見
つけては自社商品の棚を確保することです(以前は既存店のメンテというい
わば三河屋さん的営業がありましたが、付加価値が少ないので代理店に業務
委託してしまいました)。当然競合も1cmでも広げたいと思っていますので、
熾烈な競争。お客さんからの問い合わせにすぐ答えられないと他社に流れて
しまったりします。ただでさえ同僚は有休も満足にとれまず夜も日もなく働
いており、単純業務はパートや外注が低コストでやっています。治療の副作
用や検査のため、たびたび、しかも時に突然に仕事に穴を開けざるを得ない
Aさんに、最初は「大きな病気なんだから無理せずに」と思っていた周囲も、
各々のその負荷に苛立ち始め、「お前さえいなければ戦力1がもらえるの
に」という気持ちがふと頭をかすめます。Aさんは、その苛立ちを何倍にも
敏感に、かつ、深刻に受け止めていくことでしょう。そんな中、所長は、あ
るいは会社はどんな「配慮」をすべきなのでしょうか。

これは医療の問題(だけ)ではなく、マネジメントの問題そのものですし、
上述のように、こうした事例は増加基調にあります。このことは、例えば男
子の育休取得や外国人労働者の受け入れなどと相まって経営観・雇用観を問
われる問題ともいえましょう。
 
私が社会に出た頃は、職場内禁煙どころか分煙すら微塵もありませんでした。
それからたった四半世紀で世の中がかくも変わった実績を思うと、ハンデを
負った同朋への対処は、単に義理人情だけではなく、企業戦略の一部となっ
ていくことを祈るばかりです。
そのためにも今、「がんと就労」という断面からこの問題に携わるにあたり、
ハイブリッド教員としていかに貢献できるかに思いを馳せる日々です。
<文責 シバタ>
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vol.455:第三回「教育ITソリューションEXPO」に行ってきました

2012年06月03日 | オープニング
ついこの間ゴールデンウィークだと思っていたら、いつの間にか6月に突入
しましたね。6月というと梅雨、皆さんは雨という言葉からどんな曲を思い
出しますか?

かなり古い曲ですが、コガは梅雨になるとレッド・ツェッペリンの
"The Rain song"という曲をを思い出します。
The Rain Song - Jimmy Page & Robert Plant HD (No Quarter 1994)



メロディーもジミー・ペイジのギターも、どことなく日本の梅雨にマッチす
ると思いませんか。

さてさて、そんな梅雨入り前の5月16日(水)〜18日(金)に、第3回となる
「教育ITソリューションEXPO」が東京ビッグサイトにて開催されました。3
日間の来場者数は22,313人と昨年比66.2%増だったそうです。
http://www.edix-expo.jp/

コガも最終日の18日に少しだけ顔を出すことができたのですが、eラーニン
グから学校の災害対策まで、バラエティに富んだ展示は大変興味深いものが
ありました。中でも、学校業務支援ゾーンを物色していた際に偶然見つけた
下記の会社の展示品はなかなか優れものでした。

(株) シルキー・アクト「メモれるインデックス クリアファイル」

クリアファイルの表面に鉛筆で直接書き込むことができ、しかもインデック
スまでついているのです。残念なのはバラ売りしていない点で、最低1,000
枚単位での受託開発となっている点です。しかし、大学のオープンキャンパ
ス等で配布するノベルティとしては最適の商品ではないかと思った次第です。

またエキスポと並行し、期間中に数多くのeラーニング専門セミナーが開催
されていました。今回コガはサイバー大学IT総合学部学部長の河原洋先生の
講演を拝聴しました。サイバー大学はフルオンラインの通信制大学、しかも
株式会社立の大学ということで、コガがかつて修士論文で研究していたテー
マにどんぴしゃりの大学です。今回久しぶりにeラーニング大学の最新動向
を知り、その進化にびっくりしました。

今回の講演で最も驚いたのは、昨今大学に求められている「学士課程教育の
内部質保障システム」が、サイバー大学のeラーニングシステムにきちんと
組み込まれている点です。例えば、一旦シラバスで各回の授業内容が決定す
ると、ネット上でのディスカッションや小テスト等、各授業回のアクティビ
ティがシラバスと連動して強制的に設定されるようになっています。教室の
授業の場合、シラバスに記載した授業内容を本当に実施しているかどうかを
確かめるのは難しく、学生の授業評価や教員相互の授業参観を行っても、そ
の実態を100%把握することはできません。しかし、このサイバー大学の仕組
みであれば逃げ道はありません。eラーニングの仕組みがシラバス通りの授
業を保証しているのです。

また、この春から入学生全員にiPad2の3G モデルを無償提供し、様々な学
びのスタイルを実現しているそうです。まだ始めたばかりなので検証はこれ
からということですが、44%の学生がPCとiPadを両方同時に使って学習して
いるというデーターには驚きました。学生はiPadで講師の動画を閲覧しなが
ら、パソコンで文章を打ち込んでディスカッションに参加するといった学習
スタイルをとっているそうです。

講演の最後に、河原学長は今後の方向として複数の大学と提携した「仮想化
大学」というコンセプトを示されていました。サイバー大学の運営する
eラーニングシステム上に、様々な大学の授業科目が乗り、学生がそれらを
自由に選択・履修できるというものです。これが進展すると、真の意味で大
学教育の「仮想化」「クラウド化」が実現します。

コガはここ数年山奥の大学に籠り対面授業ばかりの日々を送っていたため、
大学eラーニングの動向に対し、かなり疎くなっていたようです。今後は意
識的に都会に出て情報を収集し、キャッチアップしなければまずいなあと反
省しつつ、ビックサイトを後にしたのでした。
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vol.454:BORN TO RUN 走るために生まれた~ウルトラランナーVS人類最強の”走る 民族”

2012年05月21日 | eラーニングに関係ないかもしれない1冊
BORN TO RUN 走るために生まれた~ウルトラランナーVS人類最強の”走る民族”
クリエーター情報なし
日本放送出版協会


皆さんこんにちはナカダです。あまり大きなニュースにはなっていませんが、
5月18日から20日にかけてウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF: ULTRA T
RAIL MOUNT FUJI
)というトレイルランのレースが開催されました(大会HP
http://www.ultratrailmtfuji.com/)。トレイルランとは、舗装されていな
い山道を走るハイキングとランニングの中間のような競技ですが、近年の登
山・ランニングブームを受けて、日本でも愛好者が増えています。
そのトレイルランで最高峰のレースとして位置づけられているのが、ウルト
ラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB: ULTRA TRAIL DU MONT-BLANC)です。
これはモンブラン周辺の山岳地帯に設定された総距離166km、累積標高9,300
mのコースを46時間以内に駆け抜けるというもので「世界一過酷で美しい
レース」と言われています。今年、そのUTMBの姉妹大会として初めて開催さ
れることになったのがUTMFです。UTMFは48時間以内に富士山の周りを1周す
るレースで、コースの総距離156km、累積標高8,500mにも及ぶUTMBと負けず
劣らず過酷なレースです。レースは5月18日の15:00にスタートしたのですが、
トップのフランス人選手は何と19日の10:00過ぎにゴールしています(ゴー
ルタイムは18時間53分12秒)。

このUTMFを機に再び注目が集まりそうなのが今回ご紹介する一冊です。とは
いえ、本書のメインテーマはトレイルランではありません(トレイルランは
メインテーマを語るための重要な題材ではありますが、メインテーマそのも
のではありません)。本書のメインテーマはそのタイトルが示すとおりです。
つまりブルース・スプリングスティーンが37年前に高らかに歌い上げたよう
に、「我々は走るために生まれてきた」ことを解説した本なのです。

本書のストーリーは、全米のウルトラランナーたちとメキシコ秘境に住むタ
ウラマラ族とのレースが企画され、実施に至るまでの過程を追ったドキュメ
ンタリーを軸として展開されていきます。ウルトラランナーたちはみなUTMF
のような100kmを超えるレースを年に数回走り、時には気温50度を超える灼
熱地帯を220kmも走るレースに出場したりします。またメキシコのタウラマ
ラ族は、手製のサンダルを履いて急峻な山岳地帯を駆け抜けており、「人類
最強の走る民族」と言われています。

そんなウルトラランナーたちとタウラマラ族がメキシコの山奥で、賞金も名
誉も求めず、ただ自らの力を試すために競走をする。そのレースを実現させ
るため、著者自ら奔走するのですが、その過程の合間に、これまで人間がよ
り長くより速く走るためにどのような努力を重ねてきたか、様々なエピソー
ドを紹介しています。

本書は非常に読みどころが多く、とても全てを紹介することはできません。
あえて一つに限定すると、ウルトラランナーたちの人物描写の見事さとその
魅力にあります。彼らはレースの日だけでなくほとんど毎日40km近くを走り
ます。それも「よし、走ろう」と意気込んで走るのではありません。自らの
身体の求めにしたがって「好きなだけ遠くへ、好なだけ速く」走るのです。
そんな彼らにはアスリートというよりも、むしろ詩人や哲学者のような雰囲
気が漂います。例えば、若き女性ランナー、ジェン・シェルトンは超長距離
を走っているときの心境を次のように語ります。

「長い距離を走ってると(中略)人生で大切なのは、最後まで走りきること
だけって気がしてくる。そのときだけは、わたしの頭の中もずっとこんがら
がったりとかしていない。なにもかも静まりかえって、あるのは純粋な流れ
だけになる。わたしとその動作とその動きだけ。それがわたしが愛するも
の」(p.212)

また、自身もランナーである本書の著者は、トレイルラン界の「生ける伝
説」であるスコット・ジュレクについて次のように述べています。
「(不遇な少年期を経て)スコットはウルトラランナーが手にできる最新鋭
の武器を見つけていた。それは、疲労から逃れようとするのではなく、しっ
かり抱きしめることだ。疲労を手放してはならない。相手をよく知れば、怖
くはなくなる」(p.175)

私もひよっこランナーの端くれですが、一度として「人生で大切なのは、最
後まで走りきることだけ」という心境に至ったことはありません。「疲労を
抱きしめよう」などとは、そんなふうに考えられる日が来るとすら思えませ
ん。長い距離を走っている時に、私の頭にあるのは「早くゴールしてシャ
ワー浴びてビール飲みたい」という、ある意味純粋な念だけです。しかし、
それでも「走ることは楽しくて気持ちいい」ことは彼らと変わりません。

本日、軽井沢で開催されるハーフマラソンに出場します。ハーフの自己ベス
トは1時間42分58秒(2012年1月サンスポ千葉マリンマラソン)ですが、今回
この記録を更新するのは少し難しそうです。何とか1時間45分台でゴールで
きるよう頑張ってまいります。最後に156kmの山道を不眠不休で走破した
UTMFの完走者たちに心から敬意を表したいと思います。
<文責 ナカダ>

(コガの追記)
上記の書評は5月19日の夜にナカダくんから送られてきたものです翌日は軽
井沢のハーフマラソンに参加し、自己ベストには届かなかったものの無事完
走した模様です。ナカダ君お疲れ様!!
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vol.454:ひさびさにLearner Centricな人体実験(読み書きワークショップ参加記)

2012年05月21日 | Learner Centricな人体実験
以前、本メルマガでもお伝えしましたとおり、この4月から大学教員の傍ら、
放送大学の大学生になりました。放送大学にはいわゆる「通信」の授業と、
「面接授業」と言われる教室形式の集中授業があります。今週末の土日は、
この面接授業に初めて参加して参りましたので、その模様についてお伝えい
たします。

コガが今回履修した「面接授業」は「読み書きワークショップ」という科目
です。この科目のシラバスによると「『このクラスの狙いは、「新書を読ん
で、コメントし、短い書評を書いてみる』ことです。そのために、受講者は、
受講前にすでに読んでいて、気に入っている新書1冊と、これから読みたい
新書1冊をクラスに持参する必要があります。その2冊を学習材料として、
「読むこと」について考え、書評を「書く」練習をしましょう」とあります。
実は後学期にコガが担当している初年次のゼミクラスでも昨年から「新書を
読む」というワークを導入しているので、授業改善に役立つネタが探せそう
なので参加してみました。

授業は土日の2日間、朝10時から夕方17時過ぎまで、連続4コマを2日間実施
するというかなりハードなスケジュールでした。教員としてこんな科目を担
当したら死んでしまうかもと思いましたが、学生として体験すると何とも楽
しい2日間でした。

<担当教員>
本科目を担当されているのは、横浜国立大学の門倉正美先生です。コガは当
然初対面だったのですが、お話してみると共通の知人もいて、世の中狭いな
あと思った次第です。先生は普段は横国大で留学生の日本語教育等を担当さ
れているそうです。

<参加者>
参加者は全部で20人、男女比はちょうど半々といったところです。参加者の
年齢は平均すると40歳代ぐらい。下は20代前半から上は70代のおばあちゃん
までとバラエティに富む構成でした。これだけでも普段私が見ている大学の
教室風景とは異なるのですが、最も違いを感じたのは、学生の授業に対する
熱心さでした。
OECD各国での25歳以上の大学入学者の割合は平均すると22%です。それに対
して日本は1.7%しかいません。この比率がせめて10%ぐらいまでなれば、ま
じめな「大人」の大学生に影響されて、若い大学生ももっとまじめに勉強す
るようになるのではと思わせるぐらい、皆さん熱心に授業に取り組んでいま
した。

<コガが準備した新書>
新書選びは色々と悩んだのですが、気に入っている新書として、豊田義博の
『就活エリートの迷走』(ちくま新書、2010)を、これから読みたい新書は、
黒川伊保子の『怪獣の名はなぜガギグゲゴがなのか』(新潮社、2004)を選
びました。当初『就活エリートの迷走』をこれから読みたい本として考えて
いたのですが、つい授業の前に全部読んでしまい、「気に入っている本」に
急遽変更しました。後者の『怪獣の名は?』は、図書館でなんとなく本を選
んでいる際、偶然目に留まった本です。

<1日目の内容>
授業の最初の自己紹介で、氏名と住んでいると所に加え、「あなたにとって
本とは○○である」の○○を答えよという課題が与えられました。参加者か
らは、

・一番便利な情報源
・たまねぎ(目が痛くなる)
・催眠導入剤
・人生の教科書
・小島を囲む海
・心の食べ物
・違う時間、違う人とのつながるもの

等面白い回答が続出しました。ちなみに私の答えは「本とは裏庭である」で
す。読書の密やかな愉しみを表現してみました。なかなかおしゃれでしょ?
これ以外にもこの日は様々なワークを実施し、普段何気なく行っている「読
む」という行為を再認識しました。

この日の一番のポイントは「精読」でない読み方の修得です。学校教育で行
っている読みは、しっかりと読む「精読」中心ですが、日常生活においては、
自分の知りたいことだけをさっと読み取る「焦点読み(Scanning)」や、書
いてあることの要点をすくい取る「要点読み(Skimming)」の方が使う機会
が多いのです。

これらの読み方を練習し、最後の4時限目に「今日初めて読む本の内容を図
解し、90秒で他者に紹介する」というワークを実施しました。本を読み、他
者への紹介内容を考えるのに与えられた時間はたったの60分です。本当にで
きるのかなあと思ったのですが、先生に教えていただいた「点検読書」の手
法を活用すると、200ページぐらいの新書であれば、60分で要点読みと、発
表原稿と図解の作成を完了することができました。

ちなみに点検読書の方法は、アドラー・ドーレン『本を読む本』(講談社学
術文庫)に掲載されていますのでそちらを参照願います。

<2日目の内容>
二日目は「書く」ということをテーマにワークショップが進められました。
アメリカでは「書く」をテーマとしたワークショップが数多く開催されてお
り、そこで教えられている「書く」秘訣の第一歩は「書く敷居を下げる」こ
とだそうです。一例として、ナタリー・ゴールドバーグの「魂の文章術」か
ら、書くきっかけをつかむ方法を教えていただきました。これさえあれば、
メルマガでネタが尽きた時も大丈夫かもしれません。

次に行ったのは、新聞の書評を評価するというワークです。先週の日曜日に
各新聞で掲載されていた5つの書評をコピーした紙を配布し、「どの書評が
一番よかったか」を各自が発表するというものです。一番良いと回答した書
評が各自バラバラだったのが印象的でした。

そして午後からは最後のワークです。自分がすでに読んでいて、気に入って
いる新書について書評を書き、それを全員で読みあうというものです。ちな
みに最後にどの書評が一番良かったかを全員の投票で決めます。普段メルマ
ガで書評を書き続けてきたコガとしては負ける訳にはいきません。ひさしぶ
りに気合いを入れて文章を書いたのは言うまでもありません。

その甲斐あってか、最後の書評人気投票で、僅差ながら一位を取ることがで
きました。そして先生から優勝商品として新書をいただいたのでした。

ちなみにこの書評は、後日本メルマガの書評で使う予定ですのでしばしお待
ちのほど。

<感想>
本来教える立場にいる人間が、こんなところで勉強している場合ではないの
ですが、あらためて「読む」「書く」という極めて基本的なスキルを、再認
識することができました。そして来週からの授業にも十分活用できそうなお
土産をたくさん頂戴しましたし、後学期の初年次ゼミも今から楽しみになっ
てきました。

また、今回受講生の立場としてワークショップに参加し、ワークショップを
成功させる教員の資質として、取り扱うテーマに対する専門性や教員自身の
教養の広さ・深さが極めて重要であることを痛感しました。コガの場合、専
門分野の知識や教養があまりにも浅いので、今までワークショップの運営ス
キルに頼って乗り切ってきました。しかし、それには限界があります。、学
生のワークにも深みを与えるためには、教員自身のテーマに関する深い知識
が不可欠なのです。今回ご担当いただいた門倉先生は、博覧強記と申しまし
ょうか、読み書きの知識に加え、書籍や一般教養に関する深く広い知識をお
持ちだったので、とても豊かな学習空間となりました。

最後に門倉先生から、「書くとは人生を二度生きることである」というナタ
リー・ゴールドバーグの言葉を教えていただきました。出来事の振り返りが、
人生を豊かにするという考え方です。このメルマガもそんな矜持を胸に今後
も継続していきたいと思った次第です。
 <文責 コガ>
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vol.454:きれいな閉校は可能か?

2012年05月21日 | オープニング
本号より、隔週発行が始まりました。

隔週になったことで少しだけ生活に余裕ができました。その余裕をメルマガ
の面白いネタ探しに活用できればと思っていたのですが、その時間をダラダ
ラと浪費してしまいました。うーん。残念。

さて、今回のオープニングでは、東京女学館大学の閉校問題について取り上
げたいと思います。このニュースはGW中の4月30日に報じられたので前号で
取り上げても良かったのですが、あまり状況が分かっていないのに、個人的
な憶測だけで「あーでもない、こーでもない」と書き綴るのもいかがなもの
かと思い、取り上げるのをためらっていました。しかし、最初の報道から半
月が経過し、色々な方がこの問題をBlog等で取り上げ、それらを読むことで
コガの中でも大分整理できてきたので、少し遅くなりましたが触れさせてい
ただきます。

まず本問題について、かなり深く考察しているのは、常見 陽平 氏の以下の
Blog記事です。

東京女学館大学閉校が物語るもの(4月30日)
東京女学館大学閉校は「権力の暴走」であり「詐欺」である。(4月30日)
東京女学館大学閉校問題のその後 美しい撤退とは?(5月12日)


また、桜美林大学院時代のコガの恩師である高橋先生も、この問題について、
熱く語っています。
東京女学館大学の募集停止に関して思うことを小規模大学応援団員の一員と
して熱く語りました。


東京女学館大学の募集停止について、2チャンネル的視座からではなく、
THINK BIGに人口学的見地からも考えることが必要です。


東京女学館大学の募集停止に関するウエッブ情報は、新聞情報だけを鵜呑み
にした野次馬的発言が多く残念でなりません。


東京女学館大学については、以前本メルマガでも取り上げさせていただいて
おります。
vol.348:卒業成長値を高める『10の底力』〜学内FD研修会〜

小規模大学ならではのきめの細かい指導、受験難易度は決して高くないもの
の、出口(就職)では優れた成果を出している事等から、コガとしては注目
している大学の一つでした。なので突然の募集停止についてはかなりビック
リしたのが本音のところです。

今回の募集停止の最大の問題は、大学のステークホルダーに対する説明が十
分になされないまま、経営陣側が募集停止に踏み切ってしまった点にあると
コガは考えます。特に最大の関係者である「学生」「保護者」「卒業生」へ
の説明は後手に回っている点は、致命的であったと言えます。

下記は東京女学館大学の学生さんと思われる方のTwitterのつぶやきです。

https://twitter.com/#!/Honmoku9025

「先生たちを見てるのが辛すぎる もう楽しかった学校生活は二度と送れな
いのかな 東京女学館大学が あんな人らがなんで教育のトップにいるわけ?
【5月8日】」

そして、漸く5月12日に開催された保護者や学生を対象とした説明会の記録
もこのtwitter上に生々しく残されています。

「カメラ、署名などしたら処分されるんだって。なんで?北朝鮮なのここ
は?【5月12日】」

「あー完全に戦意喪失してるー時間の無駄な説明会に行く意味がわからなく
なってるよ どしたらいいんだろ【5月10日】」

「なんで今日在校生全員来てくれないの?【5月12日】」

「なんか疲れたな もう嫌だな 誰もわかってくれない どしたらいいかわか
んない 怖い 何かが崩れていくのがわかる これが大人になるってこと? 誰
か助けて いろんなことがいっぺんに来すぎてるよ 解決の見込みもない 人
が信じれない こんなはずじゃなかった 助けて【5月14日】」

そんな厳しい統制をくぐり抜け、説明会の模様の動画をYou TubeにUPしてく
れた方がいらっしゃいました。



また、同説明会での卒業生の方の発言もUPされています。


彼女のつぶやきや、これらの映像から、我々大学人は多くのことを学ばなけ
ればいけないと痛感しました。

現在日本には570を超える私立大学が存在します。日本私立学校振興・共済
事業団の調査によると、そのうち約4割の大学が定員割れ、また赤字の私立
大学法人も4割ほど存在しています。少子化が進行する中、今後募集停止と
なる大学が増加することは間違いありません。「きれいな引き際」というの
は理想論なのかも知れません。しかし、学生や卒業生に対し真摯な姿勢で対
応し、情報を隠さずに公開していくことが、まずは第一歩だと痛感した次第
です。
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vol.453:来週から隔週ペースでの発行となります

2012年05月06日 | オープニング
(本記事は2012年5月6日発行のメールマガジンバックナンバーです)

今日でゴールデンウィークも終わりです。
8月の夏季休暇までの3か月と数週間は、頑張って働くしかないと考えると、
明日の月曜日はややブルーな出勤となりそうですね。

さて、冒頭から大事なお知らせです。

毎週日曜日に発行しております本メルマガですが、次回よりメルマガの配信
を隔週ペースに変える事にしました。楽しみにしている読者の方には大変申
し訳ないのですが、ご了承のほどよろしくお願い申し上げます。

理由は、コガの多忙のためです。これから2か月近くほぼ土日が勉強会とか
学会とか結婚式とかで潰れてしまう予定で、加えて今期はなぜかとても忙し
くて、書いている時間もないし、書くネタを見つける余裕すらなくなってい
るためです。

ところで、本メルマガもかつては隔週ペースで発行していたのをご存じでし
ょうか?「まぐまぐ」のバックナンバーで調べたところ、週刊ペースになっ
たのは、2005年8月18日発行のVol.157からでした。そこでは週刊化について
下記のように語られていました。

>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>Vol.157より>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
【急報】隔週発行から毎週発行に変更します。
本メルマガは創刊以来隔週のペースで配信しているのですが、昨日
「分量を半分にして週刊のペースにした方が楽なんじゃないだろうか?」
と思い立ちました。ということで今回より、まず記事の分量を半分にし、次
週より 毎週発行(木曜日)に変更します。分量を半分にはしたものの、隔
週ペースのまま なんて事にならないようガンバリマス。・・・

なお、意志薄弱、朝令暮改な性格のため、またもとの隔週に戻る可能性も大
ですの で、あらかじめ御了承願います。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

ちなみに、隔週で発行していた頃の分量は200行前後でした。最近発行した
メルマガの行数を調べてみたら、少ない時で190行ぐらい、長いと280行ぐら
いの週もありました。つまり隔週の時より長くなっていたのです。まあ、ガ
ンバリ過ぎていたといことかも知れません。

7年前の予告どおり、隔週に戻ることになりましたが、7年間粘ったので朝令
暮改ということではなかったようです。

そんな事情で、次回からちょっと楽をさせていただきます。
勝手な変更を皆様の温かい心でお許しください。
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vol.453:投資参謀マンガー 世界一の投資家バフェットを陰で支えた男

2012年05月06日 | eラーニングに関係ないかもしれない1冊
投資参謀マンガー ― 世界一の投資家バフェットを陰で支えた男
ジャネット・ロウ著
パンローリング


いきなり私事で恐縮ですが、実は私こと松本1.0は4月の半ばに、季節はずれ
のインフルエンザにかかってしまいました。しかもB型で重く、後遺症で中
耳炎までわずらい、2週間以上たつ今も難聴状態が続いています。

身体はだるいは、耳は聞こえないはで、困り果てていたのですが、何とタイ
ミングの良いことにその直前に、600ページ弱の大部である本書を入手して
いたのです。

普通の人であればゆっくり寝ているという選択をするのかもしれないですが、
徹夜で雑誌を作っていたころも、休憩時間に本を読んでいたというこの活字
中毒体質には、それは無理な話です。

まぶたが自然にとじ、重い本書が何度もボトっと顔の上に落っこちてきても
負けずに読んでいました。

さて、本書はサブタイトルにもあるとおり、世界一の投資家としてつとに有
名なウォーレン・バフェットの相棒として名高い、チャーリー・マンガーの
自伝です。

この2人は外見も中身も面白いぐらいよく似ており、お互いに相手に全幅の
信頼をおきつつ数十年もの間、投資の世界で勝ち残ってきました。

彼らの哲学は一見、非常に保守的です。例えば知らないことには手を出しま
せん。ITや複雑な金融商品には目もくれません。そのため、もう、彼らは
時代遅れだなどと言われたこともありました。

しかし、結果はどうでしょう。ITバブルや幾多の金融危機の乗り越え、驚
異的な成長を続けてきたのです。

また、保守的とはいうものの、勝負に出るときはかなりのリスクを取ってい
ます。勝つことも負けることもあります。しかし、押し並べると勝ちのほう
が多いのです。

ただ、勝ち方が少し普通と違います。投資家といえば、会社や株式などを短
期で売り買いするイメージが強いですが、マンガーたちは、売りはほとんど
ありません。買って、経営を信頼する人にまかせ、長期に亘って利益を確保
する戦略をとるのです。

株主の数もできるかぎり増やそうとはしません。株主が亡くなり株が放出さ
れると株主の数が増えるので、株主の子や孫を招いてダンスパーティでもや
るか(そうすれば、そこで将来の株主同士が結婚するかもしれないから株主
の数が増えないですむ)、などと冗談をいったりするぐらいです。

つまり、信頼できる人としかビジネスをやらないことが、マンガーの1つの
哲学なのです。彼は、彼一流の言い方でこのように説明します。「ブタと取
っ組み合いをしてはいけない。そんなことをするとお互い泥まみれになるか
らね。でもブタの方じゃそれを喜ぶんだよ」。

さらに、マンガーは基本的にはぜいたくもしません。社員規模や社屋は企業
価値と比して質素で有名です。バフェットは社有ジェット機を購入した際に、
マンガーの攻撃をかわすために、あらかじめ自虐的に「言語道断号」と名づ
けたそうです。

しかし、ただのケチではありません。これと決めた医療や教育などのいくつ
かに関しては、寄付ならびにボランティアでの経営管理などを通じて精力的
にコミットしています。本当の使い方を知る男、とでもいいましょうか。カ
ッコいいのです。

そして、私がなにより身につまされたのが、マンガーの失明しかけたエピ
ソードです。彼は白内障が原因で両目とも見えなくなる手前でした。当時は
まだ、手術方法の過渡期で、古いやり方と新しいやり方の両方を選択できて
いました。

マンガーは、かかりつけ医である先生を選び、その先生のやり方で手術を受
けました。その結果、確率的には非常に低かったのですが、感染症のような
ものにかかり、左目を失いました。しかし、そのことに対して、彼は一切不
満を漏らさなかったといいます。

自分が選択したのだから、その責任は自分で負うということらしいのですが、
あまりに潔い人です。金持ちになれば、誰しも全能感のようなものを得て、
不具合に対しては一般人よりも我慢できないような印象がありますが、マン
ガーは間逆なのです。

そんな彼が尊敬し、生きる指針としている人物は、米国人の父とも称される
ベンジャミン・フランクリンだそうです。がぜん興味が湧いてきました。
次は『フランクリン自伝』でも読むことにしましょう。

<文責 マツモト>
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vol.453:仕事とゴールデンウィークの有意義な過ごし方

2012年05月06日 | アラサー教員奮戦記
皆さんはどのようなゴールデンウィークをお過ごしになられたでしょうか。
1週間から10日の休みを満喫された人もいらっしゃるでしょうし、ゴールデ
ンウィークこそがかき入れ時という方もいらっしゃるでしょう。私は4月か
ら始まった授業週間があまりにもバタバタと過ぎてしまったので、それを取
り戻すことにつとめました。雑用をこなしていたと言うことです。極めて非
効率な休みの使い方です。

本当は、もっと海外に行ってきたような話をしたいところですが、行ってい
ないので仕方ありません。ですから、今回は極めて「些末な」仕事の話をし
たいと思います。すみません、これ多分「面白く」ないです。

さて、十分にハードルを下げた所で、唐突ですが「皆さん一日何時間仕事を
していますか?」
「9時から5時までがオフィスアワーで、毎日2時間ぐらいは残業している
な」とかいう回答が返ってくることかと思います。もちろん、それはそれで
仕事の時間ではあるのですが、利益に結びついたり、自分の職種にとってク
リティカルな仕事はどの程度しているのか? ということです。

たとえば、私のような大学教員の場合ですと、大きな意味での仕事は授業な
どの学生指導、大学運営上必要な学務、研究といったことがあります。しか
しながら、自分がどのような時間を使っているのかを見てみると、実は、授
業準備のための「資料を探している時間」や、何かを待っていたりする時間
が多いのです。

一時期、Toggl(https://www.toggl.com/)というツールを使って自分の使
っている時間を調べてみたことがあります。その結果、一番多かったのが授
業の準備をしている時間でしたが、それでも授業ごとにばらつきがあったり
して、実は感覚的に思っていた時間の使い方と違っていたことがありました。
さらに気付いたことは、前述したように資料を探している時間が長かったり
と時間を使うべき所に使えていないということです。たとえば、授業をより
良くするためには、目の前の授業の準備に時間を取ることよりも、もっと大
局的に考えて改善を行うといった時間の使い方が求められているように感じ
ました。ドラッガーが「経営者の条件」で述べているように「汝の時間を知
る」ということは、やはり効果的だと思います。

さて、ではなぜこのようなことを考えているのかというと、「仕事をした気
になっている」からです。9時から5時まで「バタバタ」と働いていると、や
はり「仕事をした気」になります。仕事終わりのビールは大変おいしい訳で
す。確かに「仕事」をしているのです。しかし、その仕事がどの程度有意義
なものかは考える必要があるでしょう。

ある経営者にあった際に、どういった人材が必要なのかという話になりまし
た。その時言われた言葉が印象的です。
曰く、「社内の仕事ばかり増やして、それをこなすことで仕事をしている気
になっている人がいるが、そんな人はいらない。必要なのは、会社にとって
(長期的、短期的)に利益に繋がるような仕事をする人だ」と言うことです。

極めて正論なのですが、よく考えてみるとこれは深い話です。たとえば、
「前からやることになっていたから」とか「決まりですから」というような
ことは、「本当に」必要でしょうか。あなたのやっていることは「本当に」
必要なことでしょうか? 考えてみる必要があると思います。

という訳ですが、かくいう自分は、まさに「仕事をしている」気になってい
ただけで、全くといって良いほど「仕事」をしていませんでした。ああ、だ
からゴールデンウィークを楽しめないのかというデフレスパイラルに陥って
います。書いていて、推敲していて段々と落ち込んで参りました。ただ、な
んと言いますか、「みんなそんなに完璧じゃないよね?」むしろ、「完璧に
できちゃう人ってちょっと気持ち悪いよね」というある種の言い訳と、それ
でも「ちょっとずつやっていきますか」という希望を胸に、5月を乗り切っ
ていきたいと思います。来年こそは、有意義なゴールデンウィークを過ごし
たいと思います。
 <文責 ハシモト>
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vol.452:人を助ける心―援助行動の社会心理学

2012年04月26日 | eラーニングに関係ないかもしれない1冊
人を助ける心―援助行動の社会心理学 (セレクション社会心理学 (7))
高木修
サイエンス社


いまだから笑い話として話せますが、十余年前、半年ほど鬱状態になったこ
とがありました。原因は、同じ組織で働く女性講師とのバトルです。私が
(ある種立場上)その講師の仕事にちょっとしたダメ出しをしたのを契機に、
その講師が社内の要職者をからめ巧みに罠をしかけ、私をその時の立場から
引きずり下ろそうとしたわけです。それだけ聞けばまあ、よくある話なので
すが、この講師、「ヒューマンスキル」「コミュニケーション」系が専門の
売れっ子でした。おまけに社を離れてはカウンセリングなどもやっておるよ
うでした。そうしたオモテでは天女のような顔をした人間が、ひとたびスイ
ッチが入ると、びっくりするような手練手管で人心操作をするのでした。ま
あ、私もなんというかC調な男ですので、こっちはこっちでそのスジとのパ
イプも保っており大事には至らなかったのですが、長期戦の中で徐々にセロ
トニンが枯れて行く世紀末、夏から冬の陣でした。

この事件を契機に、「私は対人支援が好きです」を標榜する人にある種警戒
感を持つようになりました。仕事柄、その種のセミナー(例えば、カウンセ
リング、メンタリング、ファシリテーション、ナドナド)に時折参加するの
ですが、決まって私のMAYDAYセンサーが作動する人が何割かいるのです。
「カウンセラーのクライアント性」などが話題に出ますが、それです。もち
ろん、「私は例外」という保証はどこにもありません。

さて、今回はそのものズバリ、「人を助ける心」のメカニズムを説く1冊。
著者は関西大で教鞭をとる社会心理学者の先生です。
第1章は、「『人を助ける行動』には、援助・分与・寄付・共有・支援・協
同・同情・共感などがあります」という、いかにも社会心理学の入門書らし
い定義から始まります。
次いで、援助者が援助行動をするかしないか、あるいは被援助者(困ってい
る人)が援助要請をするかしないかを、
「授与(要請)利得と非授与(非要請)利得」
「授与(要請)出費と非授与(非要請)出費」
の差異で説明しています。こう書くと、人を助ける・助けられるという温か
い行為が算盤づくのように思えますが、出費とは、単に援助に伴う金銭のみ
ならず、生命の危険や失敗した時の非難、あるいは自己の良心の呵責など広
い範囲を含んでいます。例えば、家の近所にやせ細った野良猫がいたとして、
「家に戻って牛乳を持ってくる(授与)という手間(=出費)」より、何も
せず(非授与)翌日死んでいたら「寝覚めが悪い」という出費の方が大きけ
れば援助行為をする、という理屈です。
もちろん本書でも、他人を助けて「いい気持ち」になることは悪いことでは
なく、むしろそれが対人援助の大きなドライブと言っています。

ここで最初の話に戻ります。
私が気になるのは、冒頭の「怪しい対人支援が好き」の人の「利得」が何で
あるのか、です。これに関し、精神科の先生とこの種の話をしたときに非常
にクリアな答えが返ってきました。そのタイプの人は、本人は気付かずとも、
概して自己評価が低い、と。なので、自分がしっくりくる自己評価の高まり
が得られる対人支援をする、ということになるのでしょう。

そう考えると「怪しい」人は、例えば震災の支援に行っても、瓦礫の撤去な
どは決してせず、例えばボランティアの人々を集めて気のきいたレクチャー
をする、という選択をすることでしょう。誤解なく言うと、ボランティアの
人にレクチャーをする人は皆怪しい、ということではありません。例えば、
泥まみれになって瓦礫の撤去をしている人が自身にとって何なのか。つまり、
敬意を払う対象なのか、自己価値を高めるための道具なのか、ということで
す。

ほかでもなく、したり顔でレクチャーをすることが本業の我が身。本書で、
利他的行為のメカニズムを整理しつつ、自分の動機の根源を問いかけるよい
機会になる1冊でした。
<文責 シバタ>
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