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「アカシアの大連」 清岡卓行

2011年08月30日 | 読書
写真はホテル30Fから見下ろす大連駅。

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群像1969年12月号に発表、翌年1月の芥川賞を受賞した小説。
作者についてはこちらなどを参考にしてください。

清岡卓行年譜

作者は長くセリーグ事務所に勤め、年間の試合スケジュールを作っていた人。野球が大好きだったらしい。

先日の大連旅行で、ガイドさんが「アカシアの大連という小説が日本にはあるでしょ」と話していた。40年も前の、日本人も忘れているような小説を中国人が知っているなんてびっくりして、久しぶりに読む気になった。確か本棚のどこかにあるはずと探しても見つからないので、初版本を取り寄せる。箱入り。そうそう昔は箱に入った本が多かったと思いながら読んだ。

懐かしかった。前に読んだ時は私も若かったなあとしみじみ。

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大連での戦争末期、死の観念に捉えられてひきこもる青年。戦争が終わり、周りは引き揚げを始めるが姉たちの婿は満鉄の技術者で、残るよう中国側から要請され、家族はそのまま大連で暮らす。が、それは永遠に続くわけではなく、一度は入学した東京の学校も休学したままである。

宙ぶらりんの大連の町で主人公は美しい女性と出会う。その人の仕事を手伝ううちに、生きる方へと気持ちを変えていく。

話としてはそれだけのことだが、長く評論と詩を書いてきた作者が、大連の町で出会った美しい女性で後に妻となった人の早すぎる死をきっかけに初めて書いた小説。

内地のしがらみから離れ、おしゃれで豊かな暮らしのできた大連の町。春になるといっせいに咲くアカシア=ニセアカシアの香りに町中が包まれる夢のふるさと。が、しかし、そこではもう二度と暮すことはできない。二度と帰れない青春とふるさと。日中国交回復まで、中国は日本人が自由に行くことのできない国でもあった。

自分の全てを形作った大連の町を、抒情いっぱいに定着した作品。今はこんな小説はおそらく誰も書けないし、書いたとしても読まれない気もする。気恥かしいまでの抒情も、大連を舞台にすると違和感がなくなるから不思議である。町の名前に独特のオーラがあるのかも。

山のふもとの主人公の家というのは大連テレビ塔の下あたりだったのだろうか。今は公園になり、そこから高層ビルの林立する町が見下ろせるだけ。海水浴に行ったり、旅順まで遠足に行ったり、日本人が雑誌を発行したり、日本人が自分の町として住んだのが大連。
今回初めて知ったのだけど、東西の本願寺に大連神社まであったそうな。大連が生まれ故郷と言う人は今はもう少ないだろうけど、40年前の発表当時は共感する人も多かったのでは。

あとでよく探したら、講談社の文学全集「われらの文学」で読んだんだった。道理でいくら探しても単行本はないはずです。こちら布張り。布張りの本も最近とんと見なくなりましたね。
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