時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(三百七十九)

2009-04-25 16:56:23 | 蒲殿春秋
鎌倉に滞在している源範頼は養父藤原範季からの書状を読んだ。
範季からの書状には、
『義経の入京を院は望んでいるが義仲がその件に関しては首を縦に振らず入京が認められるかどうか判らない。
院は頼朝を頼りにしてはいるが頼朝は遠くにあり義仲は都において直ぐに軍事行動をとれる場所にいる。
この事実が法皇のご意志に少なからず影響を与えている。』
そのように記されている。

範頼は東国年貢の納入という重大な役割を与えられた義経の苦境を思いやった。
都は軍事的には現在義仲の勢力下にある。
現在の情勢が義経に大軍をつけてやることは許さない。
坂東が不安定な事、義仲を刺激しないこと、そして義経自身が奥州に滞在したことがあるということで奥州との内応が疑われていることなどがその理由である。
もっともな理由であるが、義仲と鎌倉の関係が悪化している現在少数の兵しか連れていない義経の畿内滞在は危険を伴う。
そして、軍事的圧力が小さいため入京させて欲しいという願いも叶いにくい状況にある。

だが、範頼は妙な安心感を持っていた。
それは奥州にいるときに見せた義経の輝きを知っているからである。
どこかに光る何かを持っているこの弟はどんな困難な状況にあっても決してあきらめない男である。
いや、行く手が困難であればあるほど輝きを増す男なのかもしれない。

そうとは知りつつもやはり何かをしてやりたくて都にいる養父に弟の行動に対する口ぞえを願ったのである。

その範頼は今また三河に発つ支度をしている。
兄頼朝から近く戦があるかも知れぬので三河の兵を集めいつでも出陣できる支度をせよと命じられた。
その戦の相手はいまだ知らされていない。
だが、この時点では上洛することは考えられない。
恐らくは上総介広常や奥州との戦になのではないかと思われた。

また、途中安田義定に会うようにとも言われた。
坂東に上総介広常という危険因子を抱えている現在、甲斐源氏との提携は欠かせない。
だが安田義定は先に木曽義仲に呼応して上洛し平家を西国に都落ちさせた人物である。
情勢次第では再び木曽方に味方するかもしれない。
安田義定を鎌倉方に引き寄せるように範頼は期待されている。
範頼と義定は治承の挙兵依頼の盟友である。

妻の瑠璃は一言も文句は言わずに支度を手伝ってくれている。
だが、動作に少し不満があるのは見て取れる。
さもあろう。婚儀以来共に過ごした日はあまり無いのだから・・・
そしてまた今度暫くの間別々に過ごさなければならない。

その瑠璃もまた別のことで忙しい思いをしてる。
自分の領地である武蔵国吉見荘の郎党達に出陣の支度をさせているのである。
瑠璃の領地のものにも動員がかけられそうである。

その出立前の慌しい中範頼は鎌倉にいる間に果たしておきたい宿願があった。
姉の夫の一条能保に会うことである。
先日能保の祖母の喪が明けた。
やっと能保は人と会うことができるのである。
喪の明けた能保も忙しい。鎌倉殿である義弟頼朝と何度も行き来があり
都への文のやりとりにも余念がない。
その能保はやっと範頼の為に時間を空けて会ってくれるというのである。

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