どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

リュウの憂鬱(4)

2006-09-30 01:01:09 | 短編小説
 飼い主は、クルマの接近にまだ気付いていない。  リュウも、珍しく後ろを振り向かなかった。  真木男は、クルマの鼻面を町道に入れたまま、前進するのを躊躇した。そこに止まるか、ゆるゆると進むべきか、あるいはスピードを上げて追い越すほうが好いのか。 「こんな場所で停まったら、かえって怪しいわよ」  助手席から、非難の声がする。  真木男はなおも逡巡していたが、まもなく相応の速度で追い越した。  追い越 . . . 本文を読む
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リュウの憂鬱(3)

2006-09-26 07:40:45 | 短編小説
 夕方、帰宅した飼い主は、さぞや慌てたことだろう。  幾日もかけて作った三畳一間ほどもある犬小屋も、リュウの孤独を慰める手段にはならなかった。  困惑の中で、飼い主がどう思ったか。真木男には、それを確かめる方法もなかった。  トタン屋根の上から丸太で押さえつける応急手当てを施して、休日を待ったようだ。土曜日になると、終日ノコギリ、金槌の音がして、犬小屋の改修工事が進められた。  翌週、飼い主が出勤 . . . 本文を読む
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リュウの憂鬱(2)

2006-09-21 04:18:19 | 短編小説
 クルマに乗ったまましばらく待っていると、飼い主が現れた。この日は、カーキ色のシャツとズボンを身につけている。  この森一帯には、二百戸近い別荘が点在し、中には冬季も滞在する永住者もいる。この飼い主も永住者の一人だが、いくら涼しい場所とはいえ、夏を迎えるにしては重々しい印象の服装に思えた。 「いやあ、すみません」  真木男は、先手を打って謝った。やはり初対面のときの経緯から、リュウが叱られるのを避 . . . 本文を読む
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リュウの憂鬱(1)

2006-09-17 18:47:06 | 短編小説
 唐松の林をぬって山荘への道をたどっていくと、前方に犬を散歩させる人影が見えた。  ゆっくりとしたスピードであっても、真木男の運転するクルマはたちまち散歩の男に近付いていた。 「ああ、リュウだ・・・・」  真木男は、ウインドウを降ろして声をかけようとした。  瞬間、散歩の男がこちらを振り向いた。赤ら顔がてらてらと光っている。薄く笑っているような表情を見せていたが、眼窩の奥で目が凍っていた。  嫌な . . . 本文を読む
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どうぶつ・ティータイム(4)

2006-09-14 00:01:53 | 書評
     『猫の耳の秋風』(内田百) 「クルや。クルや。猫や。お前か。猫か。猫だね。猫だらう。間違ひないね。猫ではないか。違ふか。狸か。むじなか。まみか。あなぐまか。そんな顔して、何を考へてる。これこれ、お膳の上を見るんじゃないよ。(略)・・・・そもそもお前はたしなみが足りない様だ。(略)・・・・お前はお行儀が悪い。ノラはそんな事をしなかった。第一、お膳のそばへは来なかった。」  この小説 . . . 本文を読む
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飼わない理由(6)

2006-09-09 05:26:54 | 短編小説
 ほどなく、買物を終えた令夫人が出てきた。目ざとく見つけたのは、アキナちゃんだった。ワンとひと声吠えて、伸び上がるように尾を振っている。  いままで、修三に愚痴をこぼしていたのは、どこのどいつだと一言文句を言いたいほどの変わりようである。  修三は、苦笑しながら、令夫人に頭を下げた。 「いや、珍しいところでお見かけしたので、アキナちゃんにご挨拶してたところなんですよ」 「あら、吠えたりしませんでし . . . 本文を読む
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飼わない理由(5)

2006-09-06 01:08:28 | 短編小説
 修三夫婦は、よくクルマで出かける。近くのホームセンターであったり、郊外のスーパー銭湯であったり、さまざまである。  クルマは、石垣の下でアイドリングしていて、妻が乗り込むとすぐに出発する。その際、妻は助手席の窓を開けて、生垣越しに声をかける。 「アキナちゃん、行ってくるね」  ひと声の返事もないが、アキナちゃんはそこに居るのだという。「・・・・わたしたちが出かけるときは、かならず姿を隠すのよ。犬 . . . 本文を読む
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飼わない理由(4)

2006-09-03 00:35:39 | 短編小説
 アキナちゃんとの間に秘密ができて、修三はしばらくウキウキした気分を味わった。  ふたりだけのヒミツを共有したわけだから、アキナちゃんを遠目に眺めているだけで満足だった。  何も知らないご主人が、アキナちゃんの面倒をみているときも、修三の心中は穏やかだった。  令夫人がアキナちゃんを連れて近くのスーパーマーケットに買物に出かけていっても、こころの中では、あの夜の会話を思い出し、余裕すら感じていた。 . . . 本文を読む
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