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Lang ist Die Zeit, es ereignet sich aber Das Wahre.

Bryars, Tulev, Estonian National Male Choir / "SILVA CALEDONIA"

2009-03-26 22:58:46 | art music
Silba_caledonia



□ Gavin Bryars, Toivo Tulev and Estonian National Male Choir
  / "SILVA CALEDONIA"

Double Bass Concerto - "Farewell to St. Petersburg" (excerpt)
O Oriens

Release Date; 10/03/2009
Label; GB Records
Cat.No.; BCGBCD11
Format: 1xCD

>> http://www.gavinbryars.com


>> tracklisting.

1. Bryars: Double Bass Concerto - "Farewell to St Petersbug" (Kul'onik)
 solo double bass, bass chorus, chamber orchestra 28:17


2. Bryars: Memento (text by Edwin Morgan) 2:51

3. Bryars: Silva Caledonia (text by Edwin Morgan) 5:42

4. Tulev: O Oriens (trad.) solo mezzo soprano, choir and wind 11:47

5. Bryars: The Summons (text by Edwin Morgan) 6:28

6. Bryars: Ian in the Broch (text by George Bruce)
 choir, solo baritone, solo double bass, low strings 9:19




SILVA CALEDONIA
Estonian National Male Choir / Eesti Rahvusmeeskoor (RAM)

Estonian National Male Choir, Pärnu Town Orchestra (1,6)
Conductor: Kaspars Putnins
Solo: (1) Daniel Nix, double bass
(4) Balba Berke, mezzo-soprano
(6) Daniel Nix, double bass; Mareks Lobe, baritone


Recorded in Methodist Church, Tallinn (1,2,3,5,6,) February 2008
(4) November 2007



Recording engineer: Maido Maadik, Mastered by Don C Tyler at Precision Mastering, Hollywood, California: Album design by Anna Tchernakova: Produced by Gavin Bryars and Kaspars Putnins: Executive Producers for GB Records: Gavin Bryars and Anna Tchernakova: A GB Records production.



歴史・文化的背景から「合唱立国」の立ち並ぶバルト海地域において頭一つ抜けた評価を物にし、男声クワイアとしては世界唯一の専任プロであるエストニア国立男声合唱団の最新録音。

同クワイアのリーダーであるKaspars Putninと、彼と友人関係にあるイギリスを代表する現代音楽家Gavin Bryarsによって企画された委嘱作品集。エストニア出身の作曲家Toivo Tulevからの献呈曲も、Bryarsの曲に挟まれる形で収録されています。



"Silva Caledonia"とは、古ラテン語で『カレドニアの森』を意味するもの。Bryarsによって様々な寓意が込められた表題の由来の一つに、コントラバス奏者として彼自身が用いる愛器が、カレドニア(『スコットランド』の詩的婉曲)の木々を用いて作られたということがあるそうです。

もとよりエストニアの作曲家たちと深い所縁を持つブライヤーズは、その首都タリンからの多くの留学生に教鞭を振るった経緯もあり、当地でのコンサートや音楽活動にも積極的に参加。同じく民族的な試練と垣根を乗り越えて来た同志のように、スコットランドとエストニアの文化交流の一翼を担いました。


ここ3年、Latvian Radio Choirと収録した一連の音源がセールス的にも大成功を納め、ブライヤーズのコーラルワークにおいて満を持してのステップアップとなるのが、このエストニア男声合唱団との作品集となります。



一曲目を飾る『コントラバス協奏曲 - ペテルブルグへの別れ』は、近代ロシア音楽の父、ミハイル・グリンカの同名曲から、クーコリニクの詩(Proshchal'naya Pesnya - Farewell Song)の末段を引用した「友人への送別歌」。BBCからの委嘱で、世界的なヴィルトゥオーソのDuncan McTierに献呈された作品。


暗がりを彷徨う重々しい旋律から、震天の響きを轟かせるコーラスが悲壮美を歌い上げる。時には霧中に暗れ塞がるように、時には光の方へと追い立てられるように切迫する弦が、合唱の導入によって神々しいアラインメントを成す様は圧巻。コントラバスの強勢は中音域より高く保持され、自然ハーモニクスによって終曲部を迎えます。

ロシア音楽の低音奏法に着想を得たというこの演奏法は、ラフマニノフの『聖ヨハネ・クリュソストムスの典礼』に大きく影響されたものだとか。



またこの曲は、かつてSerge Koussevitzkyが所有し、Double Bassのソロイストとしては第一人者であるGary Karrが継承していた至高の名器、17世紀アマティ家製のコントラバスに捧げられたものでもあり、彼の愛弟子で、若手として現在最も未来を嘱望されているDaniel Nixが主演奏を手掛けています。

Danielnix2009
(Daniel Nix)



今アルバムにおけるアカペラ作品"Memento"、"Silva Caledonia"、"The Summons"の三曲は、スコットランドの生ける伝説詩人、Edwin Morganの自然詩を引用した楽曲。


Edwin Morganは12世紀の詩人Francesco Petrarcaの整理したソネット(14行詩)の古典を厳密な模範とし、"octave"と呼ばれるABBA CDDCの8行から成る韻律と、"sestet"にあたるEFGEFGの6行の韻律に従い、40のソネットを詩作。

ブライヤーズは、ここに引用された三つの詩について、それぞれがそれぞれに対称的なテクストが配置された相関があると指摘し、これに和声を対応させています。("The Summons"ではバスは下一点嬰と音の下に潜り込み、"Silva Caledonia"においてはテノールが本位ロ音より高くなる。)


ここで聴かれるコーラルは、正にバルト海地方を代表するエストニア合唱の真髄と言っても良い程で、立体的に区分されたテノールとハイバリトンの奏でる、透き通る水辺に立ち出る漣のような透明感と無限の広がりが、詩的創造の深遠へと聴き手を誘うよう。一方で何処か不穏で張り詰めた霊妙な趣が漂います。



絶妙な間合いで挿入されるエストニアの奇才、Toivo Tulevの異色曲"O Oriens (メゾソプラノと合唱、吹奏の為の)"は、キリスト教の待降節に歌われる七つのテクストから暗号めいた抽出を試みた実験的な楽曲。


不協和音の断続性と時代錯誤的な歌唱法(中世古楽から12世紀の宗教歌をも想起させる)が用いられ、特に中間休止から小声で囁くような男声の合唱が、ある種呪術的な要素と雰囲気を醸し出しています。

この曲の最初の歌詞は、イエスの降誕を告げる七つのアンティフォナの序文、"Sapientia, Adonai, Radix Jesse, Clavis David, Oriens, Rex Gentium, Emmanuel..."の羅列から構成されており、それぞれのイニシャルを抜き出すと"SARCORE"、これを反転して"Ero Cras (我は明日来る)"の意味を得ることが出来ます。



アルバムの終曲を飾る"Ian in the Broch (バリトンとコントラバス、低弦の為の)"は、スコットランドにおいて、Edwin Morganとは東西で双璧を為す詩人、George Bruceの詩作にインスパイアされたもの。

Steve Reichの70歳の誕生日に委嘱された作品で、Bryarsがコンサートにおいて、シューベルトの『水上の精霊の歌』と共に演奏した編成を再現し、それにバリトンソロとコントラバスのオブリガードを加えられています。


Brochとは『円塔』の意味で、ここではFraserburghにある歴史的建築であるキナード岬灯台を指しています。


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(Kinnard Head Lighthouse: east view.)

元々この詩は、George Bruceが友人の土木技師Ian McNabに捧げたもの。アイルランドの修道士、聖コランバ没後1400周年祭に、エジンバラのセントジャイルズ大聖堂において"Iona Gloria"を歌い上げたIan McNabに酷く感銘を受けて作詩したそうで、二人で赴いたキナード岬灯台でのエピソードに基づく内容が綴られています。



波間にたゆたうストリングスの揺らぎから、再びDaniel Nixのコントラバスが情感豊かに、今度は一層ポジティヴな合唱を導く。灯台のビームが闇を裂く情景に重ねて、迸出する芸術的霊感と友情の発露を連動して描き、旋律上ではフラストレーションと憧憬が鬩ぎあう。

そしてバリトンとコントラバスの二重奏、解放と愉悦の響きに満ちた光明を放つ"GLORIA !"の反復が、まるで詩作・音楽・文化のあらゆる要素が溶け合って至高の芸術の聖域へと昇華されていくように、その響きは『カレドニアの森』を成す大樹として、また一つ顕現するのです。