Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

自民党の復活を支えた情報戦略

2016-09-01 00:27:52 | Weblog
民主党政権が発足した2009年、本書の著者、小口氏は下野した自民党のために、TVメディアに現れる論調を分析し、自民党の情報戦略を支えるプロジェクトを発足させる。当時、メディアに流れる情報のほとんどは民主党政権に関するもので、自民党は忘れ去られたも同然であった。

その後ソーシャルメディアに現れる世論のデータも分析対象に加わる。毎週のように小口氏と自民党の議員たちの間でミーティングが持たれ、世論を踏まえた情報戦略が検討される。全てがその結果ではないにしろ、最終的に自民党は政権を奪回し、その後の選挙に勝ち続けていく。

情報参謀 (講談社現代新書)
小口 日出彦
講談社


野党時代の自民党は、いかに民主党政権を攻撃するかに腐心した。メディアの論調や世論の動向をモニターし、相手方の弱点を探す。ただし、攻撃が効果的かどうかには様々な要因が絡む。タイミングも重要だ。敵方に失敗があっても、叩くのが早すぎると効果が小さくなる場合もある。

世間を騒がせる問題には一過性のものもあれば、残存するものもある。後者の例として普天間問題が挙げられていた。私はこれが民主党政権の躓きの石だと感じていたが、それが裏づけられた格好だ。こうしたことは世論のモニターを続けないとわからない。予断で行動することはリスキーだ。

このような情報への姿勢が、結果的に自民党の復活に貢献した。対する民主党は、同じような情報分析を行っていたのだろうか。分析はしていたが間違った結果を得ていたのか、正しい分析結果を得ていたがそれが行動に活かされなかったのか・・・。いずれにしろ、大きな差がついた。
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「行動経済学」は死んだ?

2016-08-25 01:18:31 | Weblog
正確にいえば「行動意思決定論」におけるいくつかの有力命題、たとえば選択における文脈効果はもはや死んだ・・・という主張を行うのが、当該分野を主導してきた Itamar Simonson だというのは、マーケティングや消費者行動の研究者にとって天地がひっくり返るほどの驚きだろう。

さらに正確にいえば、ネットが普及し、サーチ、ソーシャルメディア、レビューサイトなどを一般消費者が使いこなすに至った今日、選択肢として何を比べさせるか次第で選択が変わるという「文脈効果」など、相対的な評価に伴う選択のバイアスが消えてしまう、という話である。

それを本書では絶対価値(absolute value)で消費者が購買する時代になったと述べる。絶対価値という表現は誤解を生みかねないが、それは「相対的でない価値」という意味である。ネット上で他者による評価を参考に、十分に満足度の高い選択肢を簡単に見つけることができる。

ウソはバレる
――「定説」が通用しない時代の新しいマーケティング
イタマール・サイモンソン,
エマニュエル・ローゼン
ダイヤモンド社


こういう時代になると、従来のマーケティングの常識であるポジショニングという発想は効果を失い、セグメンテーションの仕方も根本から変える必要があり、ブランド構築や広告による認知の獲得も無意味になる。ロジャーズ流の普及モデルやキャズム論ももはや非現実的とされる。

従来のマーケティング・リサーチも役に立たない。より高度な手法であるコンジョイント分析やラダリングなども出番がない・・・となると少なからぬリサーチャーが失職してしまう。いやいや、従来のマーケティング手法が役に立つ分野は残るので安心せよ、と一応の気遣いはある。

それにしても、レビューサイトに投稿された消費者の経験はどこまで信じるに足るのか?著者は、デマやヤラセがあったとしても、サイト間の競争で大体淘汰されると基本的には楽観的だ。部分的にはいろいろツッコミはあるにしろ、大勢としてはそうかもしれぬ、と思ってしまう。

さて、本投稿のタイトルは煽り気味に「行動経済学の死」としたが、もちろん著者たちはそんなことは一言もいっていない。行動意思決定理論が発見してきたバイアスやアノマリーを人々の理性が克服したのではなく、それが出にくい方向に情報環境が変わった、ということなのだ。

現在進行中の情報環境の変化が消費者行動にどのようなインパクトを与えるのか、その極限を探究した本として、マーケティングの研究者には非常に刺激的である。実務家にとっては、著者自身が本文中で何度も警告しているように、本書の主張を過度に一般化しないようにしたい。

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ブルデューを難解と感じる私のために

2016-08-08 23:28:32 | Weblog
私の研究上の関心の1つに「階級(階層)と消費」がある。その初期の成果については、今年3月の JAFEE で「クリエイティブな仕事とクールな消費~社会関係資本・文化資本・消費行動」と題する発表を行った。そこで大いに参考にした文献の1つがブルデュー『ディスタンクシオン』である。

『ディスタンクシオン』は、文化資本に基づく社会階層のありようを実証的に示した有名な文献だ。質問紙調査の結果に多重対応分析を施すあたりは、マーケティング研究者は親近感を覚えるだろう。とはいえ、さすがフランスの一級知識人の著作らしく、多くの箇所で難解な文章に遭遇する。

そこでブルデューについての理解を深めるべく『ブルデュー 闘う知識人』を読んでみた。著者の加藤晴久氏はブルデューの多数の著作の翻訳に関わり、ブルデュー本人との交流も深い。本書の前半では、ブルデューの生い立ちや人となりが、著者自身が経験したエピソードを含めて紹介される。

ブルデュー 闘う知識人
(講談社選書メチエ)
加藤晴久
講談社

あるとき加藤氏が哲学者のフーコーになぜ難解な書き方をするのかを聞くと「フランスではすくなくとも10%、理解不可能な部分がなければならない」という答えが返ってきた。これを聞いたブルデューは「10%ではだめで、すくなくともその二倍」はなくてはならない、と述べたという。

晦渋な表現を好むのは、フランスに限らず、少なからぬ哲学者や社会科学者によく見られる傾向だ。過剰に高度な数学を使うことも同じことかもしれない。そうする本来の理由は、理論をより厳密に記述することであるはずだが、そこに衒学的な動機が忍び込んでいる可能性も否定できない。

ブルデューもまた難解な文章の書き手であることは加藤氏も認めるとおりである。本書の後半では、ブルデュー社会学の基本概念がわかりやすく解説されており(ただしブルデューの著作から引用された文章を除く!)個人的にはありがたい。ブルデューもこんな感じで書いてくれたらと思う。

しかし、そうならない理由の1つが、知識人間の競争であろう。本書で述べられているように、フランスの教育では哲学が重視され、またごく少数のエリートを教育するグランゼコールが君臨する。フランスにおいて知識人として生き抜くには、難解な表現による修辞法が不可欠なのだろう。

地方の郵便局員の子であったブルデューはグランゼコールに進学し、最終的にはフランスのアカデミズムの頂点にあるコレージュ・ド・フランスの教授に就任する。思弁的な同僚たちを軽蔑しつつも、自分の地位を築き、後進を育てるためには、それなりの戦略が必要だったと思われる。

文化資本や学歴に基づく階層構造に対して批判的なブルデューが、ある意味でその構造に安住しているように見える矛盾についても、本書で言及されている。本書の面白さの1つは、ブルデューをただ一方的に称賛するのではなく、彼のもつ多様な側面について公平に描いている点にある。

ディスタンクシオン I
ピエール・ブルデュー
(訳:石井洋二郎)
藤原書店

ディスタンクシオン II
ピエール・ブルデュー
(訳:石井洋二郎)
藤原書店

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経済学者が見た日本のプロ野球

2016-07-15 01:53:56 | Weblog
このところ、経済学に関連する一般向けの本を猛烈な勢いで上梓されている橘木俊詔氏。この5月にも『プロ野球の経済学』が出版されている。すでに齋藤隆志氏との共著で『スポーツの世界は学歴社会』という本もある橘木氏だが、甲子園球場のそばで育ち、根っからの阪神ファンだという。

プロ野球の経済学
橘木俊詔
東洋経済新報社


本書の前半では、日本のプロ野球の歴史が、明治時代の野球の導入期に遡って概観されている。部分的にはすでに知っている事項があるとしても、歴史を全体として包括的に展望するのによい機会となる。日本のプロ野球の現状を理解するには、積み重ねられてきた歴史に関する知識は必要だ。

しかし、本書独自の部分は、プロ野球における労使関係、そして選手の給料の適正水準を論じる後半にある。米国での事例を参照しながら、ドラフト制度は職業選択の自由を妨げるのか、また参入が制限されたリーグ制は競争政策上問題ないのか、などが経済学的な観点から論じられる。

最後に日本のプロ野球の将来、望まれる改革の方向などが議論される。主な案として入場料の引き上げ、観客動員数の増加、試合数の増加が検討されるが、特に2番目の課題については、マーケティングが貢献すべきだろう。また、入場料の引き上げについても、何か方法があるかもしれない。

ところで、以前に本ブログで紹介した『野球人の錯覚』も、著者は経済学者であり阪神ファンであった。『歴史学者プロ野球を語る』の著者は経営史が専門だが、やはり阪神ファンであった。社会科学的にプロ野球を見るには、阪神ファンの持つ批判精神が必要なのだろうか。

そうだとしたら、阪神ファン以上に異端的な広島ファンこそ、深く鋭い研究を切り開くかもしれない。その点については後日、報告することにしたい。
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インセンティブからネットワークへ

2016-07-03 17:19:10 | Weblog
本書の著者、ポール・オームロッドは、基本的には民間のエコノミストとして活躍してきた。しかし、彼はしばしば学会で講演したり(私もどこかで聴いたことがある)、いくつもの論文を専門ジャーナルに寄稿するなど、学術的な貢献もある。彼が主に依拠するのは複雑系の科学である。

彼の近著 Positive Linking の翻訳が昨年秋『経済は「予想外のつながり」で動く』という題名で発売された。最近、ワッツ、ドッズ、サルガニックらの講演を聴く機会があり、ネットワーク効果の重要性を説く本書のことを思い出した。この本でも、ワッツらの研究が重要な役割を担う。

経済は「予想外のつながり」で動く――「ネットワーク理論」で読みとく予測不可能な世界のしくみ
ポール・オームロッド
ダイヤモンド社

オームロッドによれば、主流派経済学は、人間を動かすインセンティブの効果に着目してきた。行動経済学は、その非現実性を是正する点で貢献したが、さらに重要なのはネットワーク効果だと、彼はいう。ネットワーク効果とは、簡単にいえば、何らかのつながりをもつ他者を模倣することだ。

本書は、彼の主張を裏づける様々な事例を取り上げていく。それなりに面白いエピソードが多いが、主流派経済学からは、それは自分たちのモデルでも説明できると反論されかねない。つまり、模倣として説明される現象でさえ、個人の制約付最適化行動の帰結として説明されるかもしれない。

最終的な決着は、どちらのモデルが「現実」を正確かつ簡単に説明できるかで決まる。その点で、本書で紹介されるワッツらの行った楽曲ダウンロードの実験が、強力な援軍になっている。大規模な無作為比較テストで、他者の影響が各個人の選択に影響することを示したものだ(*)。

ワッツらの実験は、現代の社会科学全般における1つの金字塔だ。だから、マーケターも当然それについて知っておくべきであろう。ところが、それをとりあげているマーケティングの「教科書」は、拙著『マーケティングは進化する』ぐらいではないか・・・とここで唐突に宣伝しておこう(笑)。

マーケティングは進化する -クリエイティブなMaket+ingの発想-
水野誠
同文館出版

オームロッドには Why Most Things Fail という未翻訳の著書もある。私自身マーケティングにおける「失敗」という現象を例外的な事象ではなく、常態として認識することに興味を覚える。著者のことだからマクロ経済が中心テーマになるだろうが、近々訳書が出版されることを期待したい。

Why Most Things Fail (English Edition)
Paul Ormerod
Faber & Faber

*ただし、この実験は個人行動に関する特定のモデルを支持しているというより、純粋に人間行動の他者への依存性の存在を示したものといえる。

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「日々こんなふうに研究してます」

2016-07-01 00:58:42 | Weblog
在外研究でどんな研究の日々を送っているかを皆様にご紹介すべく、私が籠もっている研究室の写真をご紹介します。部屋から一歩も出ていないので、肌は真っ白、髪は伸び放題です。机にフラスコが置かれているのは、ここだけの話「市場錬金術」なる学問領域の発足を準備しているからです。

机の上に『スパイ』という題の本が置いてありますが、これは、スパイ疑惑を持たれないためのアリバイ作りなのです。実在する仮想敵国のスパイになるなんて、冷戦時代ではあるまいし、全然マッドでありませんね。私が実は宇宙からの侵略者に内通していることは、そう簡単にバレません。



・・・実はこれらの写真は、シカゴの科学産業博物館にあった展示物を撮ったものです。私はこの部屋を見て、自分が目指すべきなのはマーケティング・サイエンティストではなく、マーケティング「マッド」サイエンティストではないかと思ったほどです。問題は狂気が降りてこないこと・・・。

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新井さんの本

2016-06-28 23:59:09 | Weblog
新井貴浩はしばしば「新井さん」と呼ばれる。現役のプロ野球選手が「さん」づけで呼ばれることは珍しい。彼がそう呼ばれるのは「辛いさん」という仇名と関連しているかもしれない。広島から阪神の移籍時に発した「辛いです」ということばが、その発端であることはよく知られている。

もっともそれだけでは、なぜ「さん」づけされるのかを説明できない。日本プロ野球選手会の会長を勤めたり、阪神への移籍であれだけ罵られたにもかかわらず、広島に復帰したらすぐに愛されるようになった人柄が「さん」づけされる理由なのだろうか(といってもあまり説得力はない)。

実は広島には他にも「さん」づけされる選手がいる(いた)。一人は「サムライ」前田智徳だ。引退後はお茶目な性格が露見してイメージが変わったが、それでも「さん」づけは変わらない。もう一人が年棒20億を蹴って広島に戻った「男気」黒田博樹で、彼も「さん」づけで尊敬されている。

応援する選手を「さん」づけで呼ぶのが、広島ファンの慣例だったわけではない。山本浩二は「コージ」、高橋慶彦は「ヨシヒコ」と呼び捨てされていた。国民栄誉賞の衣笠祥雄は「キヌさん」で、「さん」はつくものの愛称で呼ばれていることに変わりない。最近になって何かが変わったのだ。

他球団ではどうだろうか。「さん」づけで呼ばれていそうなのが、元日本ハムの稲葉篤紀である。彼の立ち位置は、前田智徳に近い感じがする。阪神の能見もまた「さん」づけで呼ばれることがあるようだが、これはかつてマートンが「能見さんが嫌い」と発言したことから来ているように思える。

・・・したがって一部の選手を「さん」づけするのは最近のことで、広島ファンに多いが他球団のファンにもいるようだ。「さん」で呼ばれる代表選手である新井さんが今年の春にカープ愛を語る本を出した。新井さんは阪神時代に『阪神の四番』という本を出している。人生、先のことはわからない。

amazonへのリンク→
赤い心
新井貴浩
KADOKAWA

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IC2S2@Kellogg School

2016-06-28 02:46:05 | Weblog
IC2S2 (International Conference of Computational Social Science) の2回目の会議がノースウェスタン大学の経営大学院ケロッグスクールで開かれた。この会議では、大まかには口頭発表、ポスター発表がそれぞれ 100 件ぐらいあり、招待講演の類もやや多めに組まれている。

1回目の会議の招待講演者は、考えられないほどの豪華メンバーであったので、2回目は見劣りするという声もあった。しかし、Watts とともに画期的な研究を発表してきた Dodds、Salganik などが登壇し、彼ら以外にもいくつか興味深い話を聴けたので個人的には不満はない。




Computational Social Science(計算社会科学)とは、冒頭の講演で Microsoft Research の Duncan Watts が述べたように、エージェントベースモデリングのような複雑系的アプローチが源流にある。しかし最近のデータサイエンスや大規模社会実験の隆盛を踏まえ、経験科学志向が強い。

計算社会科学は計量社会科学とは違う。計算社会科学ではコンピュータサイエンスの研究者が多数派で、そこに社会科学者(主に社会学者)が加わる。計量社会科学だと主に統計的手法に依拠するが、計算社会科学では機械学習、ネットワーク分析、シミュレーションなども活用する。

米国では、Watts のように物理学者から社会学者に転進したり、社会学のラボがコンピュータサイエンスのポスドク研究者を多数雇ったり、流動性が高い。また大学だけでなく、Microsoft や Facebook など産業界の側にも、計算社会科学の研究拠点ができつつあるようにみえる。

計算社会科学は単なるデータサイエンスとも違う。それは何といっても社会科学なのだ。社会現象への関心をどれだけ持つかが分岐点となる。それが、現在のマーケティングサイエンスはデータサイエンスに親和性を持つが、計算社会科学に対してはそうでもないことの理由だろう。

もちろん、今回の会議でマーケティングに関連する話題がなかったわけではない。シーディングに関する研究はいくつもあった。顧客行動の予測やプロモーション効果に関する研究もあった。「社会的なるもの」への関心がさらに強まると、より計算社会科学的な研究になるだろう。

日本でも「計算社会科学」の会議が準備されている。マーケティング研究の側でも、それと呼応する動きがないものかと思う。計算経営科学ならすでに存在しているといえなくもないが、むしろ「社会科学」であることにこだわりたい。そのほうが経営科学的にも実りがあるはずだ。

今回、参加者は受付で MacBookAir で所属や名前だけでなく、趣味・嗜好なども入力する。すると電子機器のバッジが渡され、各教室に入ったときにチェックインするほか、お互いに情報交換(共通性の発見)ができる。データは許諾を得て回収され、いずれ分析されるらしい。


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Marketing Science Conference@上海

2016-06-19 02:43:58 | Weblog
6月16〜18日、上海国際会議センターで Marketing Science Conference が開かれた。主催校は復旦大学だ。この会議がアジアで開催されるのは初めてである。上海は羽田から3時間足らずの距離で時差は1時間、沖縄に行くのとほとんど変わらない。とはいえ、主要なウェブサービスにつながらないなど、いろいろな壁を経験することになった。



今回は、NYU Stern School の石原さんとの共同研究を、石原さんが流暢かつ畳み込むような英語で報告した。この研究では、期間限定ビールの導入が、当該企業(あるいは市場全体)にどのような影響を与えるかを、スキャンパネルデータを用いて分析した。期間限定ビールが共食いにならず、需要を全体に拡大しているかどうかがポイントである。



中国で開かれたということもあり、中国だけでなく、世界の中国人マーケティング研究者が訪れていた。このところ北米で開かれた会議でも、中国系の研究者・学生が非常に目立つ。今回は当然それ以上に多い。彼らは若いので、これからもこの傾向は続くだろう。日本人は少数だが、それでもふだんの会議よりは多くの人が出席していたようだ。

毎回そうするのだが、プログラムをキーワード検索して、聴講する発表を探す。agent-based modeling/simulation、complex(ity) science、complex network といったキーワードは全くヒットしない。それどころか、noncompensatoryとかdecoy effectとかもゼロ。つまり、標準的な理論や手法に楯突くような研究が皆無になったのである。

マーケティング研究者の全体的な関心がそのように変わったのか、今回構成比が多かった中国人研究者がとりわけそうなのか、非標準的な理論・方法に興味を持つ欧米の研究者は中国まで行く動機を持ちにくいのか、それとも今回たまたなそうなったのか、よくわからない。いずれにしろ、こうした変化は自分にとっていささか寂しいことである。

一方、オンライン、デジタル、モバイル、オムニチャネルといった話題はさかんに取り上げられていた。そのために企業からデータを入手したり、協力を得てフィールド実験を行ったりしている点は素晴らしい。日本にもそうしたデータはあり、独自に分析されてもいるはずだが、マーケティング・サイエンスとの接点は強くない印象がある。

最後のディナーで、新たなフェローが選ばれたりしていたが、フェローにおけるアジア系はインド人だけで、研究者の数が増えている中国人にもまだいない(時間の問題かもしれないが)。日本人についてはどうなのか・・・日本はそもそも層が薄いから仕方がないと思うが、いささか寂しい。特に海外で活躍する日本人研究者に期待したい!

さて、私は2日目あたりに喉が痛くなり、風邪を疑ったが、どうも症状が違う気がする。似たような症状を訴える人も何人かいて、大気汚染の影響かもしれないと考えた。タクシーに騙されただけでなく、なかには脅された人までいて、緊張感のある街であった。会場でも街中でも、いまさらながらチャイナ・パワーの凄さを実感した。


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Meet the Editor@JIMS99, 東北大学

2016-06-14 20:13:00 | Weblog
6月11〜12日に東北大学で開かれた、日本マーケティング・サイエンス学会第 99 回研究大会(JIMS99)。今回の目玉は、Journal of Retailing の編集長でミズーリ大学教授 Murali Mantrala 教授による講演だ。特に注目されたのが、海外のジャーナルに投稿するにあたっての助言である。

日本のマーケティング研究者からは、言葉の壁に加え、日本で収集したデータを分析した結果に一般性を認めてもらえない、といった懸念が表明された。それに対して Mantrala 教授は、ドイツやオランダ、あるいは中国などからの多数の論文が投稿・掲載されていると、とりつく島もない。

海外の一流論文誌では研究手続きで要求される水準が年々高まっており、いかにキャッチアップすべきかという質問には、チェックリストを作って「標準」に従うべきだという。アプローチの多様性については、少なくとも Journal of Retailing では維持されていると過去の例が紹介された。

理工学はもちろん経済学や心理学など、研究発表のグローバル化が進んでいる領域から見れば、周回遅れの議論に見えるだろう。たとえば、進化経済学会のような、そんなに大きいわけではない学会でさえ、英文論文誌を発行したり、国際大会を開催して海外からの参加を受け入れたりしている。

その意味では、マーケティングの国際学会に参加するのもいいが、グローバル化が進んだ国内の関連学会にもっと参加し、その運営にまで入り込むことが、いずれ日本のマーケティングの学会をグローバル化するうえで役立つかもしれない。仲間で小さく閉じていても進歩しない。
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ニューヨークで「軽く見られない」術

2016-05-27 09:28:13 | Weblog
本書は,ニューヨークに30年以上住む著者が、当地で知っておくべき英語表現を指南する本である。単に意思を伝えるというレベルを超えて、「軽く見られない」ことは一定期間滞在する人間にとって重要なことだ。ニューヨークで在外研究中の自分にとって、もっと早く出会いたかった本である。

ニューヨーカーに学ぶ 軽く見られない英語 (朝日新書)
田村明子
朝日新聞出版

だが、本書の魅力は、著者が体験したさまざまなエピソードを通じて、ニューヨーカーの心理について語っている点にある。たとえば、ニューヨーカーは街で有名人を見かけても、滅多に声をかけたりしない。しかし、そのとき彼らは心中穏やかかというと、全くそうでなかったりする。

ニューヨークでは、さまざまなタイプの「物乞い」に遭遇する。特に地下鉄の車両内で。日本人にとって意外なのは,1車両で少なくとも数人は施しをすることだ(芸が優れているともっと)。しかし、著者の観察ではアジア人はそうしない傾向が強い。文化差、宗教の差がありそうである。

「軽く見られない」というタイトルは潜在的読者に突き刺さるが、実際は「相手の感情を害さない」といったほうがよい側面も少なくない。一見合理的なニューヨーカーとはいえ感情に支配される。最終的に重要なのは、文化や慣習を含めて、相手を理解することだいう当然の結論に行き着く。

これからニューヨーク(あるいは他の北米の都市)を訪れたり滞在したりする可能性のある人には、ぜひ一読をお薦めしたい。私の場合、本書を読むことで「軽く見られない英語」を駆使できるようになったとは到底いえないが、それでもニューヨーカーへの理解が深まったような気がしている。

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東日本大震災に関する本を読む

2016-05-20 23:59:10 | Weblog
今年の 3.11 の少し前から、当時、政府を代表とする統治機構に何が起きていたのか知りたくて、とりあえず出版されたばかりの『規制の虜』、数年前に出版された『カウントダウン メルトダウン』を読み始めた。前者の著者は国会臨調、後者は民間臨調の中心人物であった。

黒川清氏の著書のタイトル『規制の虜』は、規制者(政府)が被規制者(東京電力など)に実質的に支配されるような現象だという。国会臨調の調査を踏まえて著者が最も訴えたい点が、そこにある。もちろん、それは単純な東電悪玉論ではない。規制者の側にも問題がある。

規制の虜 グループシンクが日本を滅ぼす
黒川 清
講談社

そうこうしていると、4月には熊本を中心に大規模な地震が起きた。それから1ヶ月以上経ったいまも、多くの人々が避難生活を強いられている。過去の震災と単純には比較できないが、政府・自治体、企業や個人が過去の経験から学ぶことの重要性は誰も否定しないだろう。

規制の罠(regulatory capture)というのは経済学の概念らしい(不勉強にも知らなかった)。規制者と被規制者の間の何らかの補完性、依存性が生じてしまうということだろうか?もう1ついえることは、双方を動かすエリートの同質性だろう。単に学歴だけの話ではない。

黒川氏は本書を一種の「日本論」だと語る。日本のエリートが戦前から維持してきた「システム」が、大地震や原発事故、あるいは戦争のような緊急事態に驚くほどの弱さを露呈する。そのことは丸山真男を始め、多くの識者が語ってきた。何も変わっていないということだ。

それが社会の構造的問題となると、そう簡単には解決できないことになる。しかし、本書に記された、国会臨調の設立から運営に至る著者の奮闘は、明るいニュースといえるだろう。この本を、緊急時のプロジェクト・マネジメントの事例として読むこともできるだろう。

一方『カウントダウン・メルトダウン』は、船橋洋一氏が民間臨調の調査に独自取材を加えて著したものだ。政治家や官僚、自衛隊幹部、さらには米国政府や米軍などの広範な関係者が実名で証言する。登場人物が多く、時間が前後するので、必ずしも楽な読書にはならない。

カウントダウン・メルトダウン 上 (文春文庫)
船橋 洋一
文藝春秋

カウントダウン・メルトダウン 下 (文春文庫)
船橋 洋一
文藝春秋

しかし、個々の事実関係もさることながら、関係者をつねに覆っていた情動を少しでも体感できるのがよい。情報が極端に限られるなか、深刻な結果を伴う意思決定を強いられるストレス。誰も経験したことがない原発事故が起こす、想像を絶する潜在的危機に対する恐怖感。

たとえば、菅首相の行動の是非をめぐりよく話題になる、東電の福島第一原発からの「撤退」を認めるかという問題。最悪の事態を招きかねない行動を認めるのか、かといって民間人たる東電社員に命を投げだせと政府が命令できるのか。当時者の苦悩に身を置くこともできる。

いずれの本も、重くて深い問いを突きつける本だといえる。『規制の虜』は、日本社会に潜む構造的な問題を浮かび上がらせる。『カウントダウン・メルトダウン』は、むしろ当事者一人ひとりの行動のあり方を問うてくる。どちらが正しいかではなく、相補的な視点だろう。
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Four School Conference@Columbia U

2016-04-29 22:15:28 | Weblog
4月29日、コロンビア大学で開かれた Four-School Conference を聴講した。4校とはコロンビア、NYUスターン、ウォートン、イェールの経営大学院で、各校からマーケティング教員が一人ずつ最新の研究を発表する。会場は持ち回りで、昨年は NYU で開かれた。




最初にイェールの Aniko Oery 助教が、Collective Branding の研究を発表。これは、ワインの産地とか企業ブランドのような複数ブランドを上位「ブランド」で括る戦略である。こうした戦略の違いで評判均衡(reputation equilibrium)がどう変わるかが解析される。

何らかの上位ブランドがあると、その評判に低品質の個別ブランドが「ただ乗り」するインセンティブが生じ得る。企業と消費者が合理的に自己利益を追求した結果、低品質の均衡に陥るかどうかが検討される。つまりこれは、ゲーム理論に基づく、理論的研究なのである。

次いで報告に立ったのは、NYU の Eitan Muller 教授、普及モデル研究の大御所である。取り上げられたのはスマホ・アプリの「フリーミアム戦略」だ。フリーミアムとは、無料の普及バージョンと有料のフルバージョンを組み合わせた価格戦略としてよく知られている。

最初に市場データを一瞥したのち、フリーミアム戦略が利益を最大化する条件が解析される。つまり最初の2つの発表は、合理的な経済行動の帰結を探求する、ミクロ経済学的な研究といってよい。米国のマーケティング・サイエンスでは、それが主流になっているようだ。

3番目の報告は、一転して被験者実験を積み重ねる消費者行動(CB)の研究だった。報告者はコロンビア大学の Donald Lehmann 教授、彼も大御所の一人である。そこで取り上げられる Decision Confort という概念は、「決定における心地よさ」と訳せばよいのだろうか。

これは意思決定において、このへんで決めてしまおうと感じさせる、ソフトでポジティブな感情だという。それは意思決定における自信(confidence)とは違う。自信がなくても心地よく意思決定することはあるからだ。この概念が今後どのように発展していくか注目したい。

最後はウォートンの Ron Berman 助教で、レコメンデーションの効果をベイズ・ルールで信念を形成する消費者を仮定して解析する。それによれば、過去の購買履歴の類似性に基づくレコメンはニッチな製品については顧客の効用を高めるが、売れ筋については逆効果になる。

この研究も最初の2つの研究と同様、ミクロ経済学的なモデルに立脚している。違うのは実験による経験的な検証まで行っている点だ。いずれにしろ、要因と結果の統計的関係を把握するだけでなく、市場の現象を合理的行動の結果として理解しようとする流れに沿っている。

日本のマーケティング・サイエンスも早晩そのような流れに追随すべきか、あるいは別の道を行く(孤立する?)べきか、いずれにしろそれを選択するのは、これからの研究を担う若手研究者であろう。それはともかくコロンビア大学の構内には、まだ春の風景が残っていた。



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NHK大河「真田丸」のお伴に

2016-04-24 00:01:21 | Weblog
私の Twitter タイムラインでは、(日本時間で)日曜夜となると NHK大河ドラマ「真田丸」に関するツイートが多い。かくいう私も、日本から半日遅れでテレビジャパンの「真田丸」を視聴している。その魅力の1つは、草刈正雄が演じる真田昌幸の機会主義的行動の面白さであろう。

とはいえ、真田家を取り巻く諸大名の関係、加えて地理的な関係はわかりにくい。真田のジオポリティクスは、地図を見ながらでないと理解できない。その意味で「真田丸」の時代考証も務める丸島和洋氏による「図説」を手元に置いておくと、ドラマの理解が格段に深まるのである。

図説 真田一族
丸島和洋
戎光祥出版

この本は、中学あるいは高校時代に用いた日本史の副読本を思い出させる。真田家に関わる歴史が、ふんだんに掲載された地図、家系図、当時を伝える史料の写真などカラーの画像で語られる。丸島氏の解説も、この時代・地域を専門とする歴史学者としてのウンチクが満載で楽しめる。
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『1からの消費者行動』

2016-04-11 13:14:40 | Weblog
消費者行動論の教科書はすでに多く出版され、本ブログでも紹介してきた。たとえば、2012年には守口・竹村先生青木・新倉・佐々木・松下先生の教科書が出版され、昨年は田中先生の教科書が改訂された。消費者行動論を教える教師にとっては、どれを選択するか悩ましいことだろう。

より本格的な教科書には、昨年刊行されたマイケル・ソロモンの教科書がある。この分野を極めたい読者には格好の書物だが、量的にも価格的にも一般学生には手を出しにくい。ところがソロモン本の訳者たちが、新たによりコンパクトで読みやすい教科書を執筆した。それが本書である。

1からの消費者行動
松井剛,西川英彦
碩学舎

小石川家という仮想的な4人家族のエピソードを通じて、消費者行動論の基本的な話題が解説されていく。ソロモンの単なる概説書ではなく、著者独自の視点も反映されているという。となると、この本はソロモンの教科書へ導く補完品なるのか、それともより手軽な代替品になるのかが気になる。

おそらく学部の一般的授業では本書を、ゼミや大学院で消費者行動なりマーケティングを専門とする人はソロモンを、という棲み分けになるのだろうか。いずれにしろ、消費者行動論については次々によい教科書が出るが、マーケティング・サイエンスについては・・・などと思ってしまう。
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