Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

スマート・プライシング

2012-05-30 15:13:42 | Weblog
価格設定については多くの教科書・研究書が書かれている。マーケティングの教科書の価格設定に関する章を含め,そこに書かれていると予想される範囲をこの本は完全に超えている。第1章で取り上げるのが "Pay as You Wish" Pricing ... いきなり変化球が投げ込まれる。

そのあとも意表を突く変幻自在の投球が続く。常識的な価格設定について知りたい初学者には勧められないが,それらを十分理解したうえで,価格でイノベーションを起こせないかと考えているマーケターや,それにについて学びたいマーケティング研究者に強くお勧めできる。

スマート・プライシング
利益を生み出す新価格戦略
ジャグモハン・ラジュー,
Z・ジョン・チャン
朝日新聞出版

著者はいずれもウォートンスクール(ペンシルバニア大学Bスクール)のマーケティング教授で,バスだとリトルだのといった栄誉ある賞を受賞した超一流のマーケティング・サイエンスの研究者である(二人の名前を知らなかったぼくは,もはやこの分野からはぐれてしまった・・・)。

おそらく彼らの論文は難解な数式や定理-証明で埋まっているはずだが,この本にほとんど数式は登場しない。しかし,豊富な話題の背後には一貫した論理がある。それは一言でいえば「価格差別化」である。ぼくの授業でも,その原理をできる限りわかりやすく伝えたい。

もう一つの論理は,行動経済学が明らかにしてきた人間の知覚バイアスを利用することだ。その点をもっと知りたい読者には,巻末の参考文献リストが役に立つ。ただ面白いのは,価格設定の実践が先行し,理論・実証は後追いしていること。優れた実務家の直観に勝るものはない。

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日本商業学会@北海商科大学

2012-05-29 15:32:22 | Weblog
26,27日と札幌の北海商科大学で開かれた商業学会全国研究大会に参加した。同校は北海学園の系列校。さっぽろ駅から地下鉄で5分の場所にあり,駅から外に出ることなく直接校舎に入ることができる。大会の統一論題は「流通・マーケティングにおける価値共創」だ。

初日は5つの並行トラックがあり,全体の半分近くが上述の統一論題を扱っている。それらの発表を聴きながら,最近あちこちで耳にする価値共創(Value Co-Creation)という概念について学んだ。そこで多くの発表者が言及したのが,サービス・ドミナント・ロジック(SDL)である。

SDL とは何かを巡って多数の文献が存在することからも,そう単純ではない理論であるに違いない。ただし,いろいろな発表を聴く限り,その基本命題の1つは,価値は顧客が使用する文脈において創り出され,しかも企業と顧客が共創するものだということのようだ。

使用価値が顧客の置かれた文脈のなかで決まるという考え方は,いまさらな話であることはいうまでもない。2日目のシンポジウムで池尾恭一先生(慶應大学)は,ノーベル経済学賞のベッカーが家計生産関数の理論によって,すでにもっと精緻な形で定式化されていると指摘された。

同じシンポジウムで上原征彦先生(明治大学)が喝破されたように,そもそもミクロ経済学における消費者と企業の主体的均衡自体が価値共創を扱っているともいえる。もちろんお二人とも価値共創論の意義を否定しているのではなく,真に新しい問題について考えるべきだと仰っている。

経済学を学んだ者にとって「価値」という概念は非常にデリケートだ。近藤公彦先生(小樽商大)は,価値共創論の前史としてマルクスの価値論にも言及された。ぼくにはマーケ研究者が価値という言葉を多用することに違和感があったが,この報告を聴いて少し頭を整理できたかもしれない。

価値共創の研究では,SDL 以外にも顧客参加型の製品開発を扱ったリードユーザ論がしばしば言及され,ラマスワミらのような,企業が顧客に対して仕掛けている価値共創活動の研究も注目されている。理論的な整理より現実の進行が早いのは,この分野では避けられないことでもある。

現場の事例では,ぼくが聴講した範囲では吉田満梨先生(立命館大学)が研究されたカモ井加工紙の「mt」の開発プロセスや,村松潤一先生(広島大学)が紹介された愛知・湯谷温泉の「はづ別館」のプライシングが面白かった。事例研究の発表が多い商業学会ならではの学びである。

価値共創を離れて興味を惹いたのが小山太郎先生(中部大学)の「イタリアの製品開発プロジェクト」という発表だ。イタリア人を理解するには Gusto (Good Taste) が鍵になるという。この研究が単なる問題提起を超えていかに実を結ぶのか,道のりは厳しそうだが期待したい。

久保田進彦,渋谷覚,小野譲司といった先生方の流麗な報告はいつも通り。いくつも自分の研究に向けてインスピレーションをいただいた。こうした(ぼくから見ると)若手の(実際は中堅の)先生と近年お近づきになれたのは,やや趣の違う様々な学会に出ているおかげかもしれない。

さて,来週には INFORMS Marketing Science Conference があり,そのあと JIMS が待っている。そこはいわばホームタウンであり,今回は自分の発表もある。言い訳したいことは山ほどあるが,ぎりぎりまで最善を尽くすしかない(・・・といってる間も反復計算が終わることなく続いている)。
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震災復興とサービス工学〜JIMS部会

2012-05-19 16:18:36 | Weblog
昨日は JIMS 部会を明大駿河台キャンパスで行った。講師としてお招きしたのは,産総研・サービス工学研究センターの本村陽一氏,宮下和雄氏のお二人である。まず本村さんから「コミュニティ参加型サービス工学の実践:気仙沼〜絆〜プロジェクト」の発表があった。

本村さんはこれまで,大規模データにベイジアンネット等のモデリングを施し,リコメンデーションなどの応用を図るという研究と実践を積み重ねてこられた。これを東日本大震災の被災地復興に活用するためには,まずは,データを収集するところから始めなくてはならない。

いうまでもなく被災地にデータが自然に集まる仕組みがあるわけではない。産総研が気仙沼に設置したトレラーハウスを拠点に,地元コミュニティに入り,交流を深めながら iPad を使ったライフログ情報の収集が始められている。コミュニティ参加型アプローチと呼ぶ所以である。

これらを使ってどんなサービスを実現するかが最初に定まっているというより,現場に飛び込み,そこで人々と交流しながら作っていく。こういうアプローチは「社会実証」ではなく「社会実装」であると本村さんはいう。一般的にはアクションリサーチという言い方もできる。

被災地では何もしないと事態が悪化していく。そこでダイナミクスに目を向けることが平時のサービス工学以上に重要になるという。それは,モデリングに時間変化を入れるというだけでなく,コミュニティ参加型アプローチ自体のダイナミクスを保証するということでもあるだろう。

宮下さんのご発表は「新たな水産物取引市場の創出をめざして」というものだが,これもまさに優れた社会実装の見本であった。日本の水産業は衰退の一途をたどっているが,世界的には水産物市場は急成長している。このギャップを埋めることが,このプロジェクトの課題である。

日本の水産物市場は青果市場以上に複雑な形態をとっている。それには歴史的事情があるにせよ,このままでは生産者も流通業者も皆が低収益に甘んじることになる。いずれの関係者にとっても現状以上に利益が得られるようなマーケットメカニズムの設計を宮下さんは目指している。

マーケットデザイン,メカニズムデザインと呼ばれる経済学の分野では理論研究が進んでいるが,そのままでは複雑な現実に適用できない。そのために宮下さんは理論的に解けない部分をヒューリスティクスに置き換え,その妥当性をエージェントシミュレーションや被験者実験で検証する。

そしてこのシステムの実証実験を被災地の漁業者とともに実施されようとしている。それが成功し,この技術が普及すれば,被災や風評被害に苦しむ東北地方の水産業を始め,日本の水産業の復活に貢献する。広義の社会科学が産業の振興に役だった例として歴史に名を残すことになろう。

マーケティングサイエンスとはマーケティングの現場で有用な知識を目指すものであり,アクションリサーチとしての性質を持つ。実際,企業と共同研究したり,コンサルティングをしたりしている研究者は少なくない。次の課題は,よりソーシャルな視点に立った実践であろう。

新たに興隆してきた「マーケットデザイン」とマーケティングサイエンスの関係についても考える価値がある。経済学では価格やインセンティブに目を向け,マーケティングでは製品差別化やコミュニケーションに目を向けがちである。両者に実りある対話・協業が可能かどうか。

いずれにしろ,いろいろ大きな宿題をいただいた,刺激の多いセミナーだった。そのあと講師をお招きして行ったお茶の水界隈での懇親会がそれをより印象づけた。そろそろ次回のスピーカーを手配しなくては・・・。
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あの「未来」が現実になる日

2012-05-16 09:20:37 | Weblog
子どもの頃胸を躍らせた「未来」の想像図・・・昭和30〜40年代に同じ経験をした世代のために,昔出版された未来図鑑がときどき再刊される。以下の本もコンパクトながら,各種の未来想像図を収集したものである。当時の「お宝」ガジェットや大阪万博の写真も収められている。

昭和ちびっこ未来画報
初見健一
青幻舎

後半には,暗い未来図も紹介されている。温暖化と寒冷化という2つの相反するシナリオも登場する。昭和40年代は,いわゆる「公害問題」が注目された時代でもあった。科学技術の発展に対する期待とともに,恐怖感がこれらの破天荒な未来予測にも反映されていたということだ。

では,かつて夢見られた未来像は,単なる幻想だったのだろうか? エアカーや超々音速飛行機,腕時計型の通信機などは結局実現することなく消え去ったのだろうか? そうした疑問に答えてくれるのが次の本である。かつての夢がその後どう研究・開発されたかが追跡される。

「未来マシン」はどこまで実現したか?
−エアカー・超々音速機・腕時計型通信機・自動調理器・ロボット−
石川健二
オーム社

エアカーについては,実は様々な試みが行われ,それはいまも続いている。クルマに代わるものというより,特殊な航空機,船,鉄道などにその構想が引き継がれている。車輪は人類にとって最大の発明の1つだが,それを超えようとする技術者たちの夢が消えることはない。

超音速飛行機はコンコルドの運航中止によって夢が終えたように見える。しかし,その開発は続いていた・・・しかも,日本で! 超々音速機が実現し,欧米へ数時間で行けるようになれば世のなかが変わるのは確かだ。個人的には,この章が本書で一番エキサイティングに感じた。

腕時計型通信機はある意味,携帯電話やスマホによって現実が夢を追い越したともいえる。技術が予想したのとは違う方向に進化する好例だ。自動調理器やロボットについても,着実に「未来」が現実化している。技術者たちの夢に賭けた努力に対しては,ただただ頭が下がる。

本書を読むと,夢を追いかけるものづくり技術者が日本から姿を消すことがないように祈りたくなる。特許に高い報酬を払うことも大事だが,何十年もかけて夢の技術を追求する研究の支援も大事だ。そして,夢の供給源としての想像力が社会から消えないようにすることも。
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専門家たちが使う超絶 Mac ソフト

2012-05-11 10:36:34 | Weblog
Mac Fan 6月号の「スペシャリストのためのMac」という特集が面白い。各分野の専門家が愛用する特殊な Mac 用ソフトが紹介されている。登場するのは流体力学,スポーツ分析,3D映像制作,舞台音響,生体電気,金融分析,番組企画,歴史学,言語学,医療診断,ソフト開発・・・。

なかでも注目はスポーツで,バスケットボール女子日本代表のテクニカルスタッフ・恩塚亨氏が SportsCode というソフトを紹介している。試合のビデオにタグを打ってデータベース化・分析する。女子バレーボール日本代表,ラグビー日本代表,そして広島東洋カープが利用している!

恩塚氏によれば,バスケットボール女子日本代表の選手の半分以上が Mac を使っているという。iPhone にデータを送って閲覧することもできるという。そういえば,女子バレー日本代表の試合では,眞鍋監督が iPad を持って指揮を執っている。カープはそこまで行ってないから勝てないのか?w

Mac Fan (マックファン)
2012年 06月号
マイナビ

ただ,このソフトを自分が使うことはないだろう。可能性があるのは,歴史学者の古谷大輔・阪大教授が紹介している PapersScrivener である。後者は作家向けのエディタ兼アウトラインプロセッサだが論文執筆にも使える。梅棹忠夫の京大式カードを電子化したともいえるという。
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恋愛野球論

2012-05-02 14:57:40 | Weblog
本屋の野球コーナーで面白い本に出会った。著書の桝本壮志氏は名門・広島商業高で野球部に属したのち,吉本興業NSC に入学,いまは放送作家として活躍されているという。吉本での同期には次長課長のほか,チュートリアルの徳井義実がいる。桝本氏は彼に劣らぬ熱烈なカープファンである。

その桝本氏が,カープだけでなく日本のプロ野球に関する尋常ではないウンチク,トリビアを注ぎ込んだのが本書である。カープ以外の話もけっこう出てくるので,幅広いプロ野球ファンにも楽しめる本だと思う。どうでもいいけど笑える話からちょっとしんみりさせる話までネタは潤沢。

変愛野球論
桝本壮志
サンフィールド

日本のプロ野球,あるいはカープの今後について真面目な提案も書かれている。最後のほうに書かれた「元就に学ぶ経済力強化論」では,ともかく収益を拡大していかないとカープに未来はないことを諄々と説いている。まさにその通り!球団ビジネスのイノベーションが喫緊の課題である。
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歴史学者プロ野球を語る

2012-04-29 12:11:01 | Weblog
一橋大学の橘川武郎教授は「応用経営史」を提唱されている。それを字義通り受け取れば「役に立つ経営史」ということになる。経営に関して歴史から学ぶことが多いということは,歴史書好きの経営者たちは皆同意するだろう。ただし,経営史は単なる過去のエピソード記述ではない。

応用経営史は歴史学であると同時に経営学でもある。橘川氏の近著では,電力,石油,化学,金融,不動産といった産業の歴史が叙述されるだけでなく,そこでのビジネスモデルの変遷や今後のあり方が論じられている。そして個人的に大変興味深いのは,プロ野球を扱った章である。

歴史学者 経営の難問を解く
―原子力・電力改革から
地球温暖化対策まで

橘川武郎
日本経済新聞出版社

橘川氏は日本のプロ野球球団のビジネスモデルを「本業シナジーモデル」「広告宣伝モデル」「地域密着モデル」に3つに分ける。最近では,パリーグを中心に「地域密着モデル」が拡大し,増収をもたらしている。ただし,その歴史的な起源はセリーグの広島カープにある。

カープの地元密着モデルが最も成功したのは 1970 年代後半である。地元出身の選手の活躍と広島経済の好調が重なって観客動員が増加し,それによる黒字がチーム力の強化に再投資され,日本シリーズでの連覇につながり・・・という好循環をもたらしたと橘川氏は語る。

カープファンとして気になるのは,その後のカープの凋落と長期低迷である。地域密着モデルはむしろ日本ハム,ソフトバンク,ロッテ,楽天といったパリーグ各球団で花開いていく。彼らのモデルは,広告宣伝モデルと地域密着モデルの混合である。そこが広島との違いである。

なぜ「本家」の広島カープで地域密着型のビジネスモデルが成功していないのか(独立採算で黒字という意味では成功しているかもしれないが),その分析は「われわれ」に残された課題である。歴史学を含む分析を踏まえつつ,これからの歴史の創造について考えねば。
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SXSW オースティンの変

2012-04-28 11:14:17 | Weblog
昨夜はアップルストア銀座で開かれた「「WIRED大学 特別公開講座」 ジャパニーズスタートアップ〜SXSWオースティンの変」というイベントに参加した。WIRED編集部の小谷知也氏と頓智ドットの井口尊仁氏の掛け合いで SXSW2012 の様子が紹介される。で,SXSW って何だ?

SXSW というのはテキサス州オースティンで毎年開かれる音楽・映画・インタラクティブのカンファレンスである。South BY South West と読む。1986年に音楽業界のイベントとして始まったが,その後映画が加わり,最近はインタラクティブ分野の成長が著しいという。

井口氏が 3.11 の直後に参加したとき,現地であっという間に支援体制が立ち上がった。そのお礼として,日本のスタートアップたちを千人連れて行くことを目指した。結果的には2百人強の参加に留まったが,それでもすごい規模だ。その目的は見学ではなくプレゼンや商談である。

ブースでの展示以外に「ピッチ」といわれる数分のプレゼンもある。厳しい選抜を経てピッチに出るという栄誉に浴した Compath.me の安藤拓道氏も登場。WIRED Vol.3 の「日本のザッカーバーグは誰だ!?」という特集では,安藤氏を含む SXSW への参加者たちが紹介されている。

WIRED (ワイアード) VOL.3
(GQ JAPAN2012年4月号増刊)
コンデナスト・ジャパン

有力な投資家たちが居並ぶ SXSW でのピッチに成功すると,巨額の投資資金が流れ込む。そこで重要なのは「世界を変える」クレージーさだという。だからグーグルにしろフォースクエアにしろ,ある意味でおバカな展示をして自らのクリエイティビティを誇示している。

ちなみにサムスンは SXSW に積極的に関わり,会場で存在感を示している。アップルは企業としては関っていないが,参加者のほとんどが MacBookAir,iPhone,iPad を使っているという存在感がある。音楽+映像+インタラクティブというのはまさにアップルの世界だ。

日本企業はスタートアップを除くと全く存在感がないかというと,そうでもないようだ。電通アメリカが SXSW でかなり有名な賞をとったが,日本ではあまり伝わっていないと,井口氏は残念がっておられた。日本には世界に目を向けた優れた才能がそれなりに存在する。

オースティンはリチャード・フロリダによれば米国で最もクリエイティブな地域である。SXSW はそれを象徴するイベントだといえる。日本での同種のイベントに,博多の「明星和楽」があるという。博多は日本のオースティンになるのか?次回は行ってみたいな・・・。

クリエイティブ資本論
―新たな経済階級の台頭
リチャード・フロリダ
ダイヤモンド社
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モナ・リザはなぜ名画なのか?

2012-04-18 15:34:10 | Weblog
ダンカン・ワッツは物理学者としてスタートし「スモールワールド・ネットワーク」のモデルで有名になったあと社会学者に転じた。今はYahoo!研究所に属し,インターネット上の社会現象について精力的に研究している。そのなかにはマーケティングに深く関連する研究が多数ある。

そのワッツの新著は予想以上に刺激的だ。彼は先端的なビジネス界で常識とされる「インフルエンサーマーケティング」,「予測市場」,「シナリオ・プラニング」・・・といった「常識」を次々と俎上に挙げていく。彼の主張の要点を一言でいえば「予測不能性」ということばに尽きる。

彼の主張を端的に表すのは,次のように書かれた場面である:ルーブル美術館に行き,人だかりのなかで初めて「モナ・リザ」を見たとき,世界の名画を目にしたことに喜びを感じるとともに,この絵はどこが素晴らしいのだろうか,という疑問がかすかに頭をよぎりはしないか・・・。

偶然の科学
ダンカン・ワッツ
早川書房

なぜモナ・リザは名画なのか。識者たちはその絵がいかに素晴らしいかについて,多くの論拠を挙げることができる。しかし,本当のところ,皆が名画だといっているということ以外に,この名画を名画たらしめている条件などないのではないか? それがワッツの直観である。

ワッツらが行った音楽ダウンロード市場の実験は,この直観を裏づける1つの根拠になっている。お互いに隔絶された複数のダウンロードのサイトに何万人もの被験者をランダムに割り振る。そこで好きな曲をダウンロードさせると,サイトによって曲のランキングが変わる。

サイトでは過去のダウンロード数が表示されている。初期に偶然発生した人気の差が,被験者間の相互作用によってますます強化されていく。最初の人気の違いは全くの偶然によるのものなので,最終的にどの曲がヒットするかを事前に予測することはほとんど不可能である。

他人のダウンロード数が表示されない市場では,相互作用がない場合の曲に対する好みが現れる。相互作用のある各市場でのランキングは,そうした曲自体の魅力と弱い相関を持つが,とてもヒットを予測するレベルではない。つまり,本来の魅力はあまり関係ないということだ。

この実験に,ワッツの主張のほぼすべてが集約されている。社会という非常に複雑な系では,結果として観察されるパタンはかなりの程度偶然が重なって形成されたものである。後からその特徴を捉えてもっともらしく説明しても,未来を予測するのにほとんど役立ちはしない・・・。

特定の人物が果たした役割について述べる歴史書や,カリスマ経営者の決定を賞賛する経営書はまさにそうした愚を犯している。経営学が依拠する事例研究はもちろん,データを用いた計量分析でさえ,たまたま観察されたサンプルへのオーバーフィットにすぎないかもしれない。

そう考えると,ワッツの批判は社会現象を科学として分析しようとしている広範な人々に警鐘を鳴らしているといえる。ワッツは社会(科)学者に対して,物理学への憧れを戒める。社会現象は物理現象に比べはるかに複雑であり,美しい理論を夢見るのはあまりにも早計だと。

ワッツが勧めるのは,上述のようなフィールドでの大規模実験で,そこから「中範囲の理論」を構築することだ。そのために膨大なデータにアクセスできるインターネット環境は非常に便利だという。それには一理ある。ただ,そればかりではなかろう,という反論もあるだろう。

ぼくはワッツのインフルエンサー・マーケティング批判に興味があって本書を読んだ。この点に関する彼の議論(ハブを情報の起点にすることの費用効率の評価方法)に疑問があり,それは本書を読んでも変わらなかった。しかし,彼がなぜそう考えるかは前より少し理解が進んだ。

伝統的な社会科学者から社会経済物理学者まで,あるいは現場のマーケティングリサーチャーも含め,社会を科学的に理解することに関心がある人々にとって一読の価値がある本である。彼の意見に同意しないのなら,指摘する問題にどう答えるかを考えなくてはならない。
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美としての複雑ネットワーク

2012-04-13 11:00:01 | Weblog
世界のさまざまま現象に潜む複雑ネットワーク・・・それを視覚化することでどんな「情報」を得られるのかよくわからないが,その美しさに感動し,ことばにならないインサイトを獲得できるのは確か。複雑系,社会ネットワーク,ソーシャルメディア等に関心がある方には必携・必見の書。

とりあえずこのサイトでその断片を楽しめます。

ビジュアル・コンプレキシティ
―情報パターンのマッピング
マニュエル・リマ
ビー・エヌ・エヌ新社

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新しい林檎のかじり方

2012-04-09 14:54:10 | Weblog
たまたまなのか,裏で誰かがコーディネートしているのか,新型 iPad への自然な反応というべきなのか,DIME と日経トレンディがアップル製品の特集を組んでいる。DIME のほうはちょっとお洒落に「新しい林檎のかじり方」というタイトルの特集を組んでいる。

DIME (ダイム)
2012年 4/17号
小学館


単なる製品紹介に終わらないのが DIME らしい。「働く女子」やクリエイターの利用シーンの紹介は軽めのノリだが,「Steve Jobs forever!」という第2特集はけっこう情報価値がある。ポール・サフォー,中島聡,大谷和利といったグルがアップルやジョブズについて語っている。

これに対して日経トレンディは表紙で「Apple vs ライバルズ」と謳い,ガチで製品比較をしている。タイトルを拾うとタブレットについては「ウィンドウズ台頭も、iPad 優位」,スマホについては「それでも iPhone が上を行く」で,アンドロイド陣営から広告を取れるのかが心配になる。

日経 TRENDY (トレンディ)
2012年 05月号
日経BP社

しかし,電子ブックリーダーについては「楽天がアマゾン以上の「本命」に」と,ぼくにとっては意外な(だから情報価値のある)記事を載せている。スマートテレビについては,サムスン,LG,パナソニック等の製品が Apple TV や Google TV を上回るという(理由は他機器との連係)。

日本メーカーの名前が出てこないわけではないが,主役扱いされていないのは確か。また,上述の記事では,ハード系の市場で,グーグルが他社に対して優位に立っているところが1つもないのは本当だろうか。もう1つの特集「GREE vs DeNA 」もぼくのような門外漢には勉強になる。

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人はなぜ<上京>するのか

2012-04-07 10:02:36 | Weblog
明治・大正の時代から現在に至るまで,日本人にとって「東京」という都市は特別な存在であり続けた。本書は,有名な知識人から市井の人々までを視野に入れながら,彼らにとっての「上京」とはどういうものであったかを膨大な文献や統計等の資料を通じて描き出そうとしている。

人はなぜ<上京>するのか
(日経プレミアシリーズ)
難波功士
日本経済新聞出版社

本書を読み,明治維新が上京者による革命であったことはいうまでもないが,戦後日本のメディアやポップカルチャーもまた,少なからず上京者たちによって形成されたことを認識した。しかし,その構造は最近希薄化してきた。「地方」の若者の間で地元への愛着が強まりつつある。

東京がトーキョー化し,日本中に遍在していると最後に著者は指摘する。では今後どうなるのか?「上洛」ということばがあまり使われなくなり,「上阪」に至っては完全に姿を消した(その存在をぼくは本書で初めて知った)。上京ということばも早晩陳腐化するのだろうか?

一方でトーキョーがグローバル化するというシナリオもある。著者の難波功士氏が愛してやまない大阪が今後再活性化するのは,グローバルな大都市として自立することによるのだろうか?「大阪都」構想はそれを目指しているが,著者はもっと複眼的に考えているようである。

「勉強になる」だけでなく,読んでいて楽しい本。特に1970年以降の記述は自分史と重なる部分が多く,つい熱中して電車を乗り過ごすことが何回かあった。そういう意味ではぼくより若い世代,特に東京で生まれ育った若者たちが本書を読んでどう感じるかにも興味がある。
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ソーシャルメディア研究WS@湯村

2012-03-30 15:20:07 | Weblog
3 月 27〜29 日は「ソーシャルメディア研究ワークショップ2012」に参加した。昨年は鳥取大学で行ったが,今年は鳥取駅から約1時間の場所にある兵庫県北部の湯村温泉で行った。夢千代日記の舞台になった歴史のある温泉地である。以下は初日の風景・・・まだ全員は揃っていない。



マーケティング,社会学,社会心理学,情報工学,物理学といった異分野の研究者と実務家が集まり,ソーシャルメディア研究の交流をしようという趣旨だが,果たしてそこから有意義な対話が生まれただろうか・・・以下ではぼくなりのいささか偏ったまとめを試みる(以下敬称略)。

昨年のワークショップの宿題の1つは,ソーシャルメディアにおける情報伝播と影響の区別であった。最初に登壇した水野(明大)は,ワッツが火付け役となったインフルエンサー論争をレビューし,論点を整理しつつ今後の研究構想について語った。具体的成果を伴っていないのが彼らしい。

逆に非常に具体的な情報伝播の事例を報告したのが安田(関大)である。東日本大震災直後に起きたコスモ石油に関するデマツイートの拡散と収束のプロセスが分析される。本人のフォロワー数やフォロワーのフォロワー数の多い少数の人物が多大な影響を及ばしたことが可視化されている。

だが,こうした「インフルエンサー」は必ずしも高い専門知識を持つわけではなく,オピニオンリーダーとしての条件を満たしていない。では,彼らはどういう人々なのか。データをつぶさに分析していくことで,ソーシャルメディア上の情報と影響の伝播の実態が見えてくると期待される。

ソーシャルメディア上の情報伝播は,受け手に選択(受容)されることで起きる。では,受け手はウェブ上で発信された他者の情報をどのような場合に信頼するのだろうか。澁谷(東北大)はこれをある種の推論とみなし,肯定-否定情報の混合という要因を加えた統制実験を行っている。

一方,池田(東大)は社会心理学の立場から,山岸俊男の信頼,安心,互酬といった概念に基づきソーシャルメディアの情報に対する態度を研究している。さらには SNS 上のソーシャルアドの効果分析も紹介されたが,そこでは具体的な人間関係に基づく信頼が重要な役割を演じている。

ソーシャルメディア上の情報への信頼形成は,武田(NII)が報告した Wikipedia 上の「議論の質」を予測する問題とも通底する。こうした「集合知」の研究に政治学における討論型世論調査の研究が役立ちそうだという助言が得られるあたりに,学際的なワークショップの価値がある。

心理的な要素が重要なのは,戸谷(同志社)が報告した寄付マーケティングもそうだろう。もしそれがソーシャルメディアを利用する方向に進むのなら,寄付行為を社会性のなかで捉える必要がある。まさに『ドラゴンフライ・エフェクト』で取り扱われているテーマである。

以上の発表はソーシャルメディアに対する個々のユーザの心理や意思決定プロセスに関連しているが,そこはブラックボックス化して,集計量としてのクチコミを分析するアプローチもあり得る。石井,新垣(いずれも鳥取大)の「ヒットの数理モデル」関連の研究がまさにそうだ。

映画の観客動員数とブログ投稿量の関係は比較的安定している。また,ポジティブな内容とネガティブな内容の比率は平均的に一定だという。こうしたことが多くの財についていえるなら,ブログ投稿量というマクロな変数に分析を集中させることで,かなりのことがわかるはずだ。

吉田(デジハリ)はブランドに対するネット上のクチコミが 3.11 を契機にいかに変容したかを指摘する。浅野(ホットリンク)はソーシャルメディアからの「傾聴」を本格的に始めているビジネスの最前線の様子を,福田(鳥取県)は地方自治体での取り組みを紹介する。

今後ソーシャルメディアのデータが購買データ紐づけられると,ネット・クチコミが消費行動に及ぼす影響をミクロレベルで分析できるようになる。だが現状では問題が多く,藤居(東急エージェンシー)のように,パネルが自己申告したネットワーク特性に依拠して分析するのが現実的だ。

ミクロからマクロ,またその逆の相互作用について,データや実験から解明できる範囲は限られる。松本(鳥取大)の報告のように,マルチエージェント・シミュレーションは今後もっと利用されていいはずである。いうまでもなく実証性をどこでどう担保するかが難問として残っている。

・・・ということで,今回のワークショップでもソーシャルメディアに関する様々な研究の現状を概観できて有意義であった。それらは簡単に交わることはないが,研究者どうしが交流を深めことがまず先決で,そこから今後何かが生まれてくるのではないかと期待したい。次回が楽しみだ。
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岩井克人氏講演会@明大

2012-03-24 09:40:13 | Weblog
3月21日に明治大学リバティタワーで岩井克人先生の講演会が開かれた。直前にそのことを知り何はともあれ聴講した。演題は「自由放任主義の第二の終焉―不均衡動学再説―」(この講演に関連する詳しい論文はここからダウンロード可能)。主催は「ポスト・ケインズ派経済学研究会」。

副題にあるように,岩井先生の議論は,基本的に1981年に出版された Disequilibrium Dynamics に立脚している。そこで主張されたのは,資本主義を「純粋化」すると経済の不安定性が増すということだ。現下のグローバル資本主義の拡大がそれを促進していると岩井先生は危惧する。

なぜそうなるのか。一言でいえば,資本主義とは本質的に「投機」に基づくシステムだからである。もっとも,新古典派を代表する経済学者のフリードマンにいわせれば,安いときに買って高いときに売る投機は経済を安定させる。逆のことをする投機家は市場で淘汰されてしまうはずだ。

しかし,これはモノを対象にした牧歌的な市場の話だと岩井先生は一蹴する。これに対してケインズは,プロの投機家たちが相互に予想し合ってしのぎを削る金融市場を研究対象にした。彼のアイデアを端的に示すのが『一般理論』12章に登場する,あの有名な「美人投票」の喩えである。

これがふつうの美人コンテストと違うのは,最も得票数が多かった候補に投票した者が勝者になることである。したがって,多くの人々が誰に投票するかを予想して「勝ち馬に乗る」ことが必要となる。そして,他の投機家も同じ予想をしていることを予想して意思決定しなくてはならない。

そして,さらにそのことを他者が予想し・・・とこの自己循環は無限に続く。「美のイデア」とは無関係に「美人とは美人だといわれているもの」にすぎない,と岩井先生は喝破する。こうしたメカニズムが働くとき,予想のゆらぎによってバブルもパニックも生じ得る。不安定性が発現する。

上述のストーリーで,投機家たちは極めて「合理的に」行動している。にもかかわらず,というよりそれ故に,市場は「非合理な」振る舞いを見せることになる。この点が,個人の非合理性(限定合理性)を出発点にした行動経済学とは違うと岩井先生はいう(行動経済学の意義も認めつつ)。

さて,話はここで終わらない。貨幣の存在が不安定性に拍車をかける。なぜなら貨幣は投機の純粋形態だからである。貨幣は,他人が貨幣として受け取ることを予想しているから貨幣になる(価値の社会性)。他の人もそれを予想しており,そのことをさらに・・・と無限の連鎖が始まる。

似たようなことは見込み生産される消費財にも当てはまるが,それらはいつか必ず実需,あるいは消費者の効用と結びつく。金融派生商品ですらそうなる。ところが,それ自体は紙切れにすぎない貨幣にはそれがない。貨幣を媒介にしたモノの取引は,貨幣に関する純粋な投機だという。

貨幣の存在を前提に,総需要と総供給が一般に均衡せず,累積的な物価の変化によりハイパーインフレあるいは恐慌が起きると主張したのがヴィクセルである。岩井先生の不均衡動学理論は,貨幣が市場を持たず,その不均衡が調整されない点にマクロ的不均衡が持続する理由を見いだす。

マネーマーケットと呼ばれる市場があるではないかという批判に,岩井先生はそれは一般にはコール市場のような短期証券の市場であり,一般的交換手段である貨幣の市場ではないと答える。そういった証券もまた,貨幣との交換によって一定の価値を担保されていることに注意したい。

さらに議論は続く。本質的不安定性を抱えた資本主義経済が,ときおり危機を迎えつつ長期的には安定しているのはなぜか。それは名目賃金の硬直性や資本移動の規制,政府の介入といった「不純物」が価格の完全な伸縮を妨げているからだという。それを見いだしたのがケインズだと。

つまり,われわれが生きる経済は,さまざまな「非経済的」要因によってかろうじて破綻を免れているにすぎない。しかし,人が自由を希求する限り,資本主義以外に選択肢はない。懸念されるのは,資本主義を純粋化すれば理想社会に近づくことができるという最近の思潮だという。

このような岩井先生の理論に感銘を受ける者は(自分を含め)少なくないと思うが,経済学者のなかでさほど受容・継承されているようには見えない。異端派であっても一定のサークルを形成する例は少なくないのだが・・・。あまりに革新的なので,そうした継承・発展が難しいのか。

岩井理論を経済学者がスルーするのは,それが内包する予測不可能性のせいかもしれない。「不純物」が経済に安定性をもたらしているとしても,それらが経済の軌跡をどう導くかは定かではない。「不純物」を研究対象とする社会学や政治学が代わりに予測してくれるとも思えない。

他方,資本主義の崩壊を願う立場からも,それが何とか生き延びしてしまう可能性を証明する岩井理論は面白くないはずだ。つまり方向性は違えども,何らかの理想社会に到達し得るという単純明快なビジョンの持ち主からは岩井理論は不興を買う。たとえそれがより現実的だとしても。

このことは非経済学にとっても他人事ではない。マーケティングにしろ経営学にしろ,こうすれば成功する(あるいは失敗する)という明確な道筋を示すことが期待されている。そんなものは存在せず,何とかやっていくしかないという議論は歓迎されない。たとえそれが現実だとしても。

不均衡動学の理論
(モダン・エコノミックス 20)
岩井克人
岩波書店

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アップルの“賞味期限”

2012-03-23 13:34:52 | Weblog
週刊東洋経済3/24号の第2特集は「アップルの“賞味期限”」。いま絶頂期にあるかのように見えるアップルだが,ジョブズ後にどんな死角があるだろうか。冒頭の記事では,クック体制での静かな変化を指摘しつつ,今後の懸念材料として,コンテンツ業界との関係が挙げられている。

週刊 東洋経済 2012年 3/24号
東洋経済新報社

寄稿しているジャーナリストは林信行,西田宗千佳,本田雅一の3氏。林氏は「実は iPad で目覚めるのは産業側」という記事で,産業界での導入事例を紹介している。警備保障,中古車販売,病院,通販,百貨店,ホテル,外食・・・いずれもサービス業である。漁業や消防署の例もある。

同じページにある囲み記事で,ドコモが iPhone の導入をためらう理由が解説されている。その一方で,Android には iPhone の50倍もウィルスが存在するので,法人市場で嫌われているという。このような問題に直面しているドコモは,結局 iPhone 導入に踏み切るだろうと示唆している。

西田氏の「ジョブズなきアップル 強さは本物か」では,アップルの強みを製品へのこだわりと少品種大量生産によるコストダウンに求める。既存の制約にとらわれないデザインは,大量生産によってはじめて賄われる。しかし,少品種への絞り込みはリスクを伴うことが指摘される。

本田氏は「アップルが競争のルールを変えた」という。Android には多くのハードメーカーが参入し,全体としてシェアは拡大しているが,お互いの競争から価格低下,新製品投入のサイクル短縮化という悪循環を起こしているという。その結果,メーカーは窮乏化を避けられない。

それに対して,アップルはクローズドなコンテンツ流通網を構築し,ハードで収益を上げるビジネスモデルを確立した。それは盤石に見えるが,本田氏は,アップルが今後も成功し続けるかどうかは iCloud がどうなるかにかかっているという。そこで躓くと流れは変わるかもしれない。

かつてアップル,IBM,モトローラが PowerPC を導入しようとしたとき,インテルの幹部たちが招集されて「いかにインテルを潰すか」のシミュレーションを行ったという話がある。一見盤石に見えるからこそ,それを崩壊させる弱みを考えることが,真の強さの理解につながる。
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