Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「計算社会科学」の3段階

2016-12-09 02:49:28 | Weblog
ワシントンDCで開かれた IEEE Big Data 2016 で、計算社会科学ワークショップが開かれた。つまり、米国に本拠がある国際的な電気・電子学会のビッグデータに関する会議で、一種の社会科学の小会議があったというわけである。聴講して感じたことをまとめておきたい。



計算社会科学(Computational Social Science: CSS)については当ブログで何回か取り上げてきた()。笹原和俊さんによるまとめが有用だが、簡単な定義は Wikipedia にもある(ただし日本語版は computational economics を「計量」経済学と訳すなど、やや難あり)。

自分なりのテキトーな定義でいうと、CSS とは「研究においてコンピュータをインテンシブに使う社会科学」である。現在の社会科学でコンピュータを全く使わないことはあり得ないので、「インテンシブ」というのは相対的な問題だ。といっても暗黙の線引きはあるはずである。

それはともかく、今回のワークショップでの発表を聴きながら、CSS には次の3つのタイプ(見方によっては「段階」)の研究があるように思えてきた。

(1) Computer Science applied to Social phenomenon
(2) Computer Science applicable for Social Science
(3) Computational Social Science as a synthesis

(1) は、コンピュータサイエンス(例えば機械学習)の研究で、適用対象がたまたま社会現象になったと思わせる研究である。その手法を適用する対象は本当のところ社会現象でなくてもよかったと。今回は IEEE の会議の一部となったので、そういう発表が多くても不思議はない。

しかし、それでは「社会科学」との接点は生まれにくい。それが生まれるのは (2) のタイプの研究である。その研究自体は社会科学的な含意をほとんど持たなかったとしても、そこで用いられた手法に社会科学的に興味深い知見をもたらす可能性を感じられるなら、(2) に分類される。

今回聴いた発表では、たとえば交通信号機に設置したカメラで通行するクルマを撮影し、画像認識でブランドを識別するという研究がそれに当たる。この装置が広域に設置され、地域別の車種別通行状況を分析することが可能になれば、社会科学的にも面白い知見が得られるだろう。

最近、経済学やマーケティングサイエンスでも、ディープラーニングのような機械学習の手法が導入され始めている。消費者や企業の行動をこの手法でまるごとモデル化するというより、そのままでは扱いにくい画像データなどを、既存モデルに入力しやすく変換するのが目的だ。

(3) は、その研究から得られた知見が社会科学上の知識の蓄積に直接貢献する場合である。今回聴いた発表では、ジョナサン・ハイトの道徳心理学的な理論枠組みを Twitter データを用いて検証した Kaur and Sasahara による研究が、その典型的な成功例の1つといえよう。

今後、(1)→(2)→(3) という順で研究が増えてこそ、CSS の旗を立てた意味が出てくる。そのためには、けっこう (2) の研究が重要ではないかと思う。社会科学者にとっては、CSS に将来性があるだけでなく、自分にも貢献の余地があると感じられることが必要となるからだ。

こうした流れに乗って、Computational Marketing Science (CMS) を推進してみたいという誘惑に駆られる。上述の定義に照らせば、統計モデルの推定に MCMC を使うのも CSS と呼べる。もちろんそれでいいのだが、新しい概念を提案する以上、手法の幅を広げたいものである。

社会はなぜ左と右にわかれるのか
――対立を超えるための道徳心理学
ジョナサン・ハイト
紀伊國屋書店
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最新の計量経済学をざっくり知る

2016-11-20 21:10:39 | Weblog
マーケティング・サイエンスで用いられる計量的手法といえば、離散的選択モデルが筆頭に来る。その後推定手法として階層ベイズ法が普及、最近では構造推定と呼ばれる手法も興隆してきた(・・・といってもそれは主に米国の話で、日本では選択モデルのユーザですら少数派だ)。

こうした流れは、計量経済学の発展と並行している。このブログで以前書いたように、計量経済学の基本的なカリキュラムが近年かなり変わってきた(変わっていなければ、その教員が勉強を怠っている?)。1つにはプログラム評価法、誘導型推定などと呼ばれる流儀が確立している。



ある政策が効果を持つことを証明するには、自然科学のような統制実験が望ましい。しかし、それを実際に行うのは無理なので、できるだけそれに近いかたちで因果関係の有無を検証したい。こうした発想に立つ方法は直感的に理解しやすく、政策意思決定者にとって受け入れやすい。

この方法がいいのは、経済学の理論に基づく仮定にあまり依存しないので、一般性があるように見える点だ(それには反論もある)。それに対して、経済理論の検証という目的を固持して立ち向かうが「構造推定」だ。といっても最近では、両者を統合した研究が増えているようだ。

・・・と知ったかぶりで書いてきたが、私自身、新世代の計量経済学についての知識は圧倒的に不足しており、経済セミナーの増刊を購入して勉強している(最近、重版になったという)。様々な角度からの寄稿があるので、興味があって理解できそうな部分を拾い読みすることができる。

マーケティング研究者には、本書の「産業組織論」の章がマーケティング研究についても言及しており、そこから読み始める手もある(ただし、ミクロ経済学の基本的知識が前提となる)。また人によっては「行動経済学」に関する章が興味をそそるだろう(こちらは数式が登場しない)。

 進化する経済学の実証分析
 経済セミナー増刊
 日本評論社

日本のマーケティング・サイエンスでも今後、プログラム評価法的な計量手法はかなり普及していくだろう。しかし構造推定となると、ミクロ経済学や計量経済学のスキルがないと難しい。心理系の学会のように、学会が新手法のチュートリアルに積極的であれば別かもしれない。

一方、正統的な経済学の応用よりもエージェントベース・モデリングのような異端的アプローチが好きな自分には、計量経済学における「カリブレーション」に興味がわいた。ただし、よくあることだが、それを自分に都合よく解釈(誤解)している可能性も大いにありそうだw

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巨人軍の「闇」、プロ野球界の「闇」

2016-11-16 22:37:25 | Weblog
今年の日本のプロ野球(NPB)は、メキシコとオランダを相手にした侍ジャパンの強化試合で終わりを告げた。最後の試合における、ドームの天井に突き刺さる大谷翔平のホームラン、そしてタイブレークでの鈴木誠也の満塁ホームランは、NPBの明るい未来を象徴する出来事だといえる。

しかし去年の今頃は、巨人の選手が野球賭博に関与した事件が世間を騒がしていた。今年の3月には、巨人と縁の深い清原和博氏が覚醒剤の所持で逮捕されている。本書は、巨人軍の周辺で起きた様々な事件や醜聞を取り上げる。著者は、それらを長く取材してきた週刊文春の記者である。

巨人軍「闇」の深層 (文春新書)
西﨑伸彦
文藝春秋

本書でも取り上げられているが、様々な事件のなかで最も不透明なのが、原辰徳氏が女性問題で脅迫され、反社会勢力と思しき相手に1億円を支払った事件である。このとき原氏のタニマチが球団には無断で対応したことへの反省から、読売巨人は強力なコンプライアンス体制を築いたという。

アンチ巨人の野球ファンからすると、だから巨人はダメなのだという話になる。しかし、これは決して他人事ではないのだ。上述の巨人選手が闇の勢力と最初に接触したのは、遠征先の名古屋や広島だったりする。ということは、そこを本拠地とする球団の選手は大丈夫とは言い切れない。

いうまでもなく、巨人の選手は知名度が高く、収入も多いので、反社会勢力としては利用価値が高い。だから、こうした事件が起きやすい。しかし、それは他球団の選手にとっても、相対的な問題でしかない。12球団で情報交換を緊密にして、事件・不祥事の再発を予防していただきたい。

なお、本書の後半で不思議な話が紹介される。阪神の応援団の関係者が東京に出した飲食店を、巨人のコンプライアンス部隊が応援しているという。仕事上の何らかの事情で関係が生じ、野球の上での敵対関係を乗り越えて謎の連携をしているとは、プロ野球界の「闇」はあまりに深い(笑)。
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プロ野球の「熱狂」に包まれて

2016-11-04 16:47:03 | Weblog
今年を締めくくるにはまだ早いが、自分的には大きな事件を書いておこう。1つには、編著者となった『プロ野球「熱狂」の経営科学』(東京大学出版会)という本を8月に上梓したこと。共著者はマーケティング、心理学、経営学等、多様な分野から集まっていただいた。



書名のごとく、プロ野球の「熱狂」を支えるファンの心理や行動、それを生み出すチーム編成や球団経営などさまざまな話題が扱われている。質問紙調査、心理実験、二次データの分析、シミュレーションなど、アプローチもさまざまだ。学術書のカテゴリに属する本である。

その構成は以下のとおり:

序章 プロ野球の「熱狂」を科学する(水野 誠・三浦麻子・稲水伸行)

第I部 価値を見きわめる:マーケティングの視点
第1章 プロ野球ファンを解き明かす―データによる「熱狂」のマーケティング・リサーチ(水野 誠)
第2章 人はなぜその球団を応援するのか―「遊び」の理論から見たプロ野球球団への選好(水野 誠)
第3章 選手とチームへの共感と自己適合性―ブランド・ロイヤルティ戦略(石田大典)

第II部 ファンを獲得する:心理学の視点
第4章 阪神ファンと広島ファン―熱狂するファンの社会心理学(三浦麻子・稲増一憲・草川舞子)
第5章 社会的営みとしての球団愛―プロ野球ファンの集団力学(中西大輔)

第III部 球団を運営する:マネジメントの視点
第6章 プロ野球選手のたどる道―統計からみる選手人生(戸石七生)
第7章 常勝チームはつくれるか?―チーム・デモグラフィー・モデル(稲水伸行・坂平文博)
第8章 日本のプロ野球球団経営の現状―貸借対照表から見える変化(中村亮介)

●amazonへのリンク
プロ野球「熱狂」の経営科学: ファン心理とスポーツビジネス
水野誠、三浦麻子、稲水伸行
東京大学出版会

私が担当した章では、巨人・阪神・広島のファンを比較している。ところが、執筆時には期待はすれど予測しなかった事態が起きた。広島カープが25年ぶりのリーグ優勝したのだ。その結果、カープファンの熱狂(象徴的には「カープ女子」)に関する取材を受けることになった。

私は現在ニューヨークで在外研究中だが、たまたま10月に一時帰国する予定があったこともあり、そのほとんどに何らかの形で応じることになった。

新聞・・・毎日新聞大阪本社版朝刊 10/05 「論点 カープ25年ぶりリーグV」見出しは「育てる感覚 選手と一体」。何と大野豊さんの横に載るという名誉に浴した!
さらに9/18付の神戸新聞に書評が、10/20付の中国新聞に紹介記事が載った。

テレビ・・・NHK総合 特報首都圏 10/21 PM 7:32-8:00 「首都圏も熱い!カープ人気の秘密」 このなかでほんの数十秒、インタビューシーンが登場する。しかし、書影が映ったこと、大学の建物が映ったことはありがたかった。

ラジオ・・・TOKYO FM TIME LINE 10/27 PM7:00-7:54「小田嶋隆●25年ぶりのセリーグ優勝、広島カープにみる熱狂が生むビジネスの理想図」 事前収録された数分のトークが流れた。このときは、スタッフの方からNYまでお電話いただいた。

雑誌・・・某シンクタンクの機関誌から原稿依頼。某ビジネス誌の取材(いずれも現時点では、その後どうなったかは不明・・・)。『週刊ベースボール』(10/24)に書評掲載。

マス4媒体から取材を受けるなどという経験は初めてだ。面白い経験だったし、勉強にもなった。何とか答えたとはいえ、内心答えに窮した質問がいくつかある。それはやはりビジネスへの含意に関連するものだ。正直いえば、それは「今後の研究課題」ということになる。

ウェブ上では、shorebird氏のブログで、心理学の観点から詳細な書評がなされている。Twitter を検索するといくつか本書に言及したツイートが見つかるが、価格への不満を述べている人が多い。5400円は確かに高い(泣)。

しかし、カープの25年ぶりの優勝がもたらした歓喜と熱狂に関心がある方、それをビジネスや地域起こしに転用できないかと考える方には、値段には目をつぶってぜひお読みいただきたいと思う。著者の球団選好に伴うバイアスもまた、笑って読み流していただきたい。

なお、確認したわけではないが、上述の取材は Business Journal の連載に書いた「広島カープファンを急増させたメカニズム…プロ野球の「熱狂」から学ぶべきこと」がきっかけになっていると思う。そういえばこの連載、その後更新されていない(汗)。

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SMWS2016@湯布院

2016-10-24 22:37:37 | Weblog
ソーシャルメディア研究ワークショップ(SMWS)、今年は湯布院であった。湯布院を訪れるのは初めてだ。金曜の夜に出歩いたときは寂れている感じがしたが、土曜の昼間、金鱗湖から駅に向かう中心部を歩いたときは多くの人で賑わっており、まったくそのようなことはなかった。

人通りの多い道から外れると静かな田園風景が広がる。眼前に迫る山々に雲がかかっている。野鳥が飛んでいる。Google Mapの指示通り歩いていると、道があるはずの場所に道がなかったりする。そうかといえば、軽井沢にでもあるような、お洒落な店に遭遇する。湯布院は奥が深い。



このワークショップは、今回で6年目、7回目を迎える。例年のようにマーケティング、社会学、社会心理学、コンピュータサイエンス、物理学等の研究者が参加した。元々クローズドな研究会ということもあり、今回の新規参加者は一人だけであった。メンバーはほぼ固定化してきた。

お互いに気心の知れた研究者どうしで交流することはメリットが大きい。過去に報告された研究の進捗を知るのも興味深い。一方で、全く異質な刺激もほしくなる。そのためには新規メンバーを増やしたいが、規模が大きくなると現在のような交流はできない。非常に難しいところである。

そもそもソーシャルメディアに関する研究(というのは漠然とした括りだが)は、世界的にどのように進んでいるのだろうか。われわれの知らない、非常に刺激的な一連の研究があるのではないか。それぞれが目を外に向けて、そこで見たことを語り合うことがより重要かもしれない。

最後にワークショップと関係のないことだが、前日の夜、一人で入った「まる」という居酒屋がなかなかよかったので、ここに記しておきたい。

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自民党の復活を支えた情報戦略

2016-09-01 00:27:52 | Weblog
民主党政権が発足した2009年、本書の著者、小口氏は下野した自民党のために、TVメディアに現れる論調を分析し、自民党の情報戦略を支えるプロジェクトを発足させる。当時、メディアに流れる情報のほとんどは民主党政権に関するもので、自民党は忘れ去られたも同然であった。

その後ソーシャルメディアに現れる世論のデータも分析対象に加わる。毎週のように小口氏と自民党の議員たちの間でミーティングが持たれ、世論を踏まえた情報戦略が検討される。全てがその結果ではないにしろ、最終的に自民党は政権を奪回し、その後の選挙に勝ち続けていく。

情報参謀 (講談社現代新書)
小口 日出彦
講談社


野党時代の自民党は、いかに民主党政権を攻撃するかに腐心した。メディアの論調や世論の動向をモニターし、相手方の弱点を探す。ただし、攻撃が効果的かどうかには様々な要因が絡む。タイミングも重要だ。敵方に失敗があっても、叩くのが早すぎると効果が小さくなる場合もある。

世間を騒がせる問題には一過性のものもあれば、残存するものもある。後者の例として普天間問題が挙げられていた。私はこれが民主党政権の躓きの石だと感じていたが、それが裏づけられた格好だ。こうしたことは世論のモニターを続けないとわからない。予断で行動することはリスキーだ。

このような情報への姿勢が、結果的に自民党の復活に貢献した。対する民主党は、同じような情報分析を行っていたのだろうか。分析はしていたが間違った結果を得ていたのか、正しい分析結果を得ていたがそれが行動に活かされなかったのか・・・。いずれにしろ、大きな差がついた。
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「行動経済学」は死んだ?

2016-08-25 01:18:31 | Weblog
正確にいえば「行動意思決定論」におけるいくつかの有力命題、たとえば選択における文脈効果はもはや死んだ・・・という主張を行うのが、当該分野を主導してきた Itamar Simonson だというのは、マーケティングや消費者行動の研究者にとって天地がひっくり返るほどの驚きだろう。

さらに正確にいえば、ネットが普及し、サーチ、ソーシャルメディア、レビューサイトなどを一般消費者が使いこなすに至った今日、選択肢として何を比べさせるか次第で選択が変わるという「文脈効果」など、相対的な評価に伴う選択のバイアスが消えてしまう、という話である。

それを本書では絶対価値(absolute value)で消費者が購買する時代になったと述べる。絶対価値という表現は誤解を生みかねないが、それは「相対的でない価値」という意味である。ネット上で他者による評価を参考に、十分に満足度の高い選択肢を簡単に見つけることができる。

ウソはバレる
――「定説」が通用しない時代の新しいマーケティング
イタマール・サイモンソン,
エマニュエル・ローゼン
ダイヤモンド社


こういう時代になると、従来のマーケティングの常識であるポジショニングという発想は効果を失い、セグメンテーションの仕方も根本から変える必要があり、ブランド構築や広告による認知の獲得も無意味になる。ロジャーズ流の普及モデルやキャズム論ももはや非現実的とされる。

従来のマーケティング・リサーチも役に立たない。より高度な手法であるコンジョイント分析やラダリングなども出番がない・・・となると少なからぬリサーチャーが失職してしまう。いやいや、従来のマーケティング手法が役に立つ分野は残るので安心せよ、と一応の気遣いはある。

それにしても、レビューサイトに投稿された消費者の経験はどこまで信じるに足るのか?著者は、デマやヤラセがあったとしても、サイト間の競争で大体淘汰されると基本的には楽観的だ。部分的にはいろいろツッコミはあるにしろ、大勢としてはそうかもしれぬ、と思ってしまう。

さて、本投稿のタイトルは煽り気味に「行動経済学の死」としたが、もちろん著者たちはそんなことは一言もいっていない。行動意思決定理論が発見してきたバイアスやアノマリーを人々の理性が克服したのではなく、それが出にくい方向に情報環境が変わった、ということなのだ。

現在進行中の情報環境の変化が消費者行動にどのようなインパクトを与えるのか、その極限を探究した本として、マーケティングの研究者には非常に刺激的である。実務家にとっては、著者自身が本文中で何度も警告しているように、本書の主張を過度に一般化しないようにしたい。

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ブルデューを難解と感じる私のために

2016-08-08 23:28:32 | Weblog
私の研究上の関心の1つに「階級(階層)と消費」がある。その初期の成果については、今年3月の JAFEE で「クリエイティブな仕事とクールな消費~社会関係資本・文化資本・消費行動」と題する発表を行った。そこで大いに参考にした文献の1つがブルデュー『ディスタンクシオン』である。

『ディスタンクシオン』は、文化資本に基づく社会階層のありようを実証的に示した有名な文献だ。質問紙調査の結果に多重対応分析を施すあたりは、マーケティング研究者は親近感を覚えるだろう。とはいえ、さすがフランスの一級知識人の著作らしく、多くの箇所で難解な文章に遭遇する。

そこでブルデューについての理解を深めるべく『ブルデュー 闘う知識人』を読んでみた。著者の加藤晴久氏はブルデューの多数の著作の翻訳に関わり、ブルデュー本人との交流も深い。本書の前半では、ブルデューの生い立ちや人となりが、著者自身が経験したエピソードを含めて紹介される。

ブルデュー 闘う知識人
(講談社選書メチエ)
加藤晴久
講談社

あるとき加藤氏が哲学者のフーコーになぜ難解な書き方をするのかを聞くと「フランスではすくなくとも10%、理解不可能な部分がなければならない」という答えが返ってきた。これを聞いたブルデューは「10%ではだめで、すくなくともその二倍」はなくてはならない、と述べたという。

晦渋な表現を好むのは、フランスに限らず、少なからぬ哲学者や社会科学者によく見られる傾向だ。過剰に高度な数学を使うことも同じことかもしれない。そうする本来の理由は、理論をより厳密に記述することであるはずだが、そこに衒学的な動機が忍び込んでいる可能性も否定できない。

ブルデューもまた難解な文章の書き手であることは加藤氏も認めるとおりである。本書の後半では、ブルデュー社会学の基本概念がわかりやすく解説されており(ただしブルデューの著作から引用された文章を除く!)個人的にはありがたい。ブルデューもこんな感じで書いてくれたらと思う。

しかし、そうならない理由の1つが、知識人間の競争であろう。本書で述べられているように、フランスの教育では哲学が重視され、またごく少数のエリートを教育するグランゼコールが君臨する。フランスにおいて知識人として生き抜くには、難解な表現による修辞法が不可欠なのだろう。

地方の郵便局員の子であったブルデューはグランゼコールに進学し、最終的にはフランスのアカデミズムの頂点にあるコレージュ・ド・フランスの教授に就任する。思弁的な同僚たちを軽蔑しつつも、自分の地位を築き、後進を育てるためには、それなりの戦略が必要だったと思われる。

文化資本や学歴に基づく階層構造に対して批判的なブルデューが、ある意味でその構造に安住しているように見える矛盾についても、本書で言及されている。本書の面白さの1つは、ブルデューをただ一方的に称賛するのではなく、彼のもつ多様な側面について公平に描いている点にある。

ディスタンクシオン I
ピエール・ブルデュー
(訳:石井洋二郎)
藤原書店

ディスタンクシオン II
ピエール・ブルデュー
(訳:石井洋二郎)
藤原書店

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経済学者が見た日本のプロ野球

2016-07-15 01:53:56 | Weblog
このところ、経済学に関連する一般向けの本を猛烈な勢いで上梓されている橘木俊詔氏。この5月にも『プロ野球の経済学』が出版されている。すでに齋藤隆志氏との共著で『スポーツの世界は学歴社会』という本もある橘木氏だが、甲子園球場のそばで育ち、根っからの阪神ファンだという。

プロ野球の経済学
橘木俊詔
東洋経済新報社


本書の前半では、日本のプロ野球の歴史が、明治時代の野球の導入期に遡って概観されている。部分的にはすでに知っている事項があるとしても、歴史を全体として包括的に展望するのによい機会となる。日本のプロ野球の現状を理解するには、積み重ねられてきた歴史に関する知識は必要だ。

しかし、本書独自の部分は、プロ野球における労使関係、そして選手の給料の適正水準を論じる後半にある。米国での事例を参照しながら、ドラフト制度は職業選択の自由を妨げるのか、また参入が制限されたリーグ制は競争政策上問題ないのか、などが経済学的な観点から論じられる。

最後に日本のプロ野球の将来、望まれる改革の方向などが議論される。主な案として入場料の引き上げ、観客動員数の増加、試合数の増加が検討されるが、特に2番目の課題については、マーケティングが貢献すべきだろう。また、入場料の引き上げについても、何か方法があるかもしれない。

ところで、以前に本ブログで紹介した『野球人の錯覚』も、著者は経済学者であり阪神ファンであった。『歴史学者プロ野球を語る』の著者は経営史が専門だが、やはり阪神ファンであった。社会科学的にプロ野球を見るには、阪神ファンの持つ批判精神が必要なのだろうか。

そうだとしたら、阪神ファン以上に異端的な広島ファンこそ、深く鋭い研究を切り開くかもしれない。その点については後日、報告することにしたい。
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インセンティブからネットワークへ

2016-07-03 17:19:10 | Weblog
本書の著者、ポール・オームロッドは、基本的には民間のエコノミストとして活躍してきた。しかし、彼はしばしば学会で講演したり(私もどこかで聴いたことがある)、いくつもの論文を専門ジャーナルに寄稿するなど、学術的な貢献もある。彼が主に依拠するのは複雑系の科学である。

彼の近著 Positive Linking の翻訳が昨年秋『経済は「予想外のつながり」で動く』という題名で発売された。最近、ワッツ、ドッズ、サルガニックらの講演を聴く機会があり、ネットワーク効果の重要性を説く本書のことを思い出した。この本でも、ワッツらの研究が重要な役割を担う。

経済は「予想外のつながり」で動く――「ネットワーク理論」で読みとく予測不可能な世界のしくみ
ポール・オームロッド
ダイヤモンド社

オームロッドによれば、主流派経済学は、人間を動かすインセンティブの効果に着目してきた。行動経済学は、その非現実性を是正する点で貢献したが、さらに重要なのはネットワーク効果だと、彼はいう。ネットワーク効果とは、簡単にいえば、何らかのつながりをもつ他者を模倣することだ。

本書は、彼の主張を裏づける様々な事例を取り上げていく。それなりに面白いエピソードが多いが、主流派経済学からは、それは自分たちのモデルでも説明できると反論されかねない。つまり、模倣として説明される現象でさえ、個人の制約付最適化行動の帰結として説明されるかもしれない。

最終的な決着は、どちらのモデルが「現実」を正確かつ簡単に説明できるかで決まる。その点で、本書で紹介されるワッツらの行った楽曲ダウンロードの実験が、強力な援軍になっている。大規模な無作為比較テストで、他者の影響が各個人の選択に影響することを示したものだ(*)。

ワッツらの実験は、現代の社会科学全般における1つの金字塔だ。だから、マーケターも当然それについて知っておくべきであろう。ところが、それをとりあげているマーケティングの「教科書」は、拙著『マーケティングは進化する』ぐらいではないか・・・とここで唐突に宣伝しておこう(笑)。

マーケティングは進化する -クリエイティブなMaket+ingの発想-
水野誠
同文館出版

オームロッドには Why Most Things Fail という未翻訳の著書もある。私自身マーケティングにおける「失敗」という現象を例外的な事象ではなく、常態として認識することに興味を覚える。著者のことだからマクロ経済が中心テーマになるだろうが、近々訳書が出版されることを期待したい。

Why Most Things Fail (English Edition)
Paul Ormerod
Faber & Faber

*ただし、この実験は個人行動に関する特定のモデルを支持しているというより、純粋に人間行動の他者への依存性の存在を示したものといえる。

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「日々こんなふうに研究してます」

2016-07-01 00:58:42 | Weblog
在外研究でどんな研究の日々を送っているかを皆様にご紹介すべく、私が籠もっている研究室の写真をご紹介します。部屋から一歩も出ていないので、肌は真っ白、髪は伸び放題です。机にフラスコが置かれているのは、ここだけの話「市場錬金術」なる学問領域の発足を準備しているからです。

机の上に『スパイ』という題の本が置いてありますが、これは、スパイ疑惑を持たれないためのアリバイ作りなのです。実在する仮想敵国のスパイになるなんて、冷戦時代ではあるまいし、全然マッドでありませんね。私が実は宇宙からの侵略者に内通していることは、そう簡単にバレません。



・・・実はこれらの写真は、シカゴの科学産業博物館にあった展示物を撮ったものです。私はこの部屋を見て、自分が目指すべきなのはマーケティング・サイエンティストではなく、マーケティング「マッド」サイエンティストではないかと思ったほどです。問題は狂気が降りてこないこと・・・。

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新井さんの本

2016-06-28 23:59:09 | Weblog
新井貴浩はしばしば「新井さん」と呼ばれる。現役のプロ野球選手が「さん」づけで呼ばれることは珍しい。彼がそう呼ばれるのは「辛いさん」という仇名と関連しているかもしれない。広島から阪神の移籍時に発した「辛いです」ということばが、その発端であることはよく知られている。

もっともそれだけでは、なぜ「さん」づけされるのかを説明できない。日本プロ野球選手会の会長を勤めたり、阪神への移籍であれだけ罵られたにもかかわらず、広島に復帰したらすぐに愛されるようになった人柄が「さん」づけされる理由なのだろうか(といってもあまり説得力はない)。

実は広島には他にも「さん」づけされる選手がいる(いた)。一人は「サムライ」前田智徳だ。引退後はお茶目な性格が露見してイメージが変わったが、それでも「さん」づけは変わらない。もう一人が年棒20億を蹴って広島に戻った「男気」黒田博樹で、彼も「さん」づけで尊敬されている。

応援する選手を「さん」づけで呼ぶのが、広島ファンの慣例だったわけではない。山本浩二は「コージ」、高橋慶彦は「ヨシヒコ」と呼び捨てされていた。国民栄誉賞の衣笠祥雄は「キヌさん」で、「さん」はつくものの愛称で呼ばれていることに変わりない。最近になって何かが変わったのだ。

他球団ではどうだろうか。「さん」づけで呼ばれていそうなのが、元日本ハムの稲葉篤紀である。彼の立ち位置は、前田智徳に近い感じがする。阪神の能見もまた「さん」づけで呼ばれることがあるようだが、これはかつてマートンが「能見さんが嫌い」と発言したことから来ているように思える。

・・・したがって一部の選手を「さん」づけするのは最近のことで、広島ファンに多いが他球団のファンにもいるようだ。「さん」で呼ばれる代表選手である新井さんが今年の春にカープ愛を語る本を出した。新井さんは阪神時代に『阪神の四番』という本を出している。人生、先のことはわからない。

amazonへのリンク→
赤い心
新井貴浩
KADOKAWA

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IC2S2@Kellogg School

2016-06-28 02:46:05 | Weblog
IC2S2 (International Conference of Computational Social Science) の2回目の会議がノースウェスタン大学の経営大学院ケロッグスクールで開かれた。この会議では、大まかには口頭発表、ポスター発表がそれぞれ 100 件ぐらいあり、招待講演の類もやや多めに組まれている。

1回目の会議の招待講演者は、考えられないほどの豪華メンバーであったので、2回目は見劣りするという声もあった。しかし、Watts とともに画期的な研究を発表してきた Dodds、Salganik などが登壇し、彼ら以外にもいくつか興味深い話を聴けたので個人的には不満はない。




Computational Social Science(計算社会科学)とは、冒頭の講演で Microsoft Research の Duncan Watts が述べたように、エージェントベースモデリングのような複雑系的アプローチが源流にある。しかし最近のデータサイエンスや大規模社会実験の隆盛を踏まえ、経験科学志向が強い。

計算社会科学は計量社会科学とは違う。計算社会科学ではコンピュータサイエンスの研究者が多数派で、そこに社会科学者(主に社会学者)が加わる。計量社会科学だと主に統計的手法に依拠するが、計算社会科学では機械学習、ネットワーク分析、シミュレーションなども活用する。

米国では、Watts のように物理学者から社会学者に転進したり、社会学のラボがコンピュータサイエンスのポスドク研究者を多数雇ったり、流動性が高い。また大学だけでなく、Microsoft や Facebook など産業界の側にも、計算社会科学の研究拠点ができつつあるようにみえる。

計算社会科学は単なるデータサイエンスとも違う。それは何といっても社会科学なのだ。社会現象への関心をどれだけ持つかが分岐点となる。それが、現在のマーケティングサイエンスはデータサイエンスに親和性を持つが、計算社会科学に対してはそうでもないことの理由だろう。

もちろん、今回の会議でマーケティングに関連する話題がなかったわけではない。シーディングに関する研究はいくつもあった。顧客行動の予測やプロモーション効果に関する研究もあった。「社会的なるもの」への関心がさらに強まると、より計算社会科学的な研究になるだろう。

日本でも「計算社会科学」の会議が準備されている。マーケティング研究の側でも、それと呼応する動きがないものかと思う。計算経営科学ならすでに存在しているといえなくもないが、むしろ「社会科学」であることにこだわりたい。そのほうが経営科学的にも実りがあるはずだ。

今回、参加者は受付で MacBookAir で所属や名前だけでなく、趣味・嗜好なども入力する。すると電子機器のバッジが渡され、各教室に入ったときにチェックインするほか、お互いに情報交換(共通性の発見)ができる。データは許諾を得て回収され、いずれ分析されるらしい。


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Marketing Science Conference@上海

2016-06-19 02:43:58 | Weblog
6月16〜18日、上海国際会議センターで Marketing Science Conference が開かれた。主催校は復旦大学だ。この会議がアジアで開催されるのは初めてである。上海は羽田から3時間足らずの距離で時差は1時間、沖縄に行くのとほとんど変わらない。とはいえ、主要なウェブサービスにつながらないなど、いろいろな壁を経験することになった。



今回は、NYU Stern School の石原さんとの共同研究を、石原さんが流暢かつ畳み込むような英語で報告した。この研究では、期間限定ビールの導入が、当該企業(あるいは市場全体)にどのような影響を与えるかを、スキャンパネルデータを用いて分析した。期間限定ビールが共食いにならず、需要を全体に拡大しているかどうかがポイントである。



中国で開かれたということもあり、中国だけでなく、世界の中国人マーケティング研究者が訪れていた。このところ北米で開かれた会議でも、中国系の研究者・学生が非常に目立つ。今回は当然それ以上に多い。彼らは若いので、これからもこの傾向は続くだろう。日本人は少数だが、それでもふだんの会議よりは多くの人が出席していたようだ。

毎回そうするのだが、プログラムをキーワード検索して、聴講する発表を探す。agent-based modeling/simulation、complex(ity) science、complex network といったキーワードは全くヒットしない。それどころか、noncompensatoryとかdecoy effectとかもゼロ。つまり、標準的な理論や手法に楯突くような研究が皆無になったのである。

マーケティング研究者の全体的な関心がそのように変わったのか、今回構成比が多かった中国人研究者がとりわけそうなのか、非標準的な理論・方法に興味を持つ欧米の研究者は中国まで行く動機を持ちにくいのか、それとも今回たまたなそうなったのか、よくわからない。いずれにしろ、こうした変化は自分にとっていささか寂しいことである。

一方、オンライン、デジタル、モバイル、オムニチャネルといった話題はさかんに取り上げられていた。そのために企業からデータを入手したり、協力を得てフィールド実験を行ったりしている点は素晴らしい。日本にもそうしたデータはあり、独自に分析されてもいるはずだが、マーケティング・サイエンスとの接点は強くない印象がある。

最後のディナーで、新たなフェローが選ばれたりしていたが、フェローにおけるアジア系はインド人だけで、研究者の数が増えている中国人にもまだいない(時間の問題かもしれないが)。日本人についてはどうなのか・・・日本はそもそも層が薄いから仕方がないと思うが、いささか寂しい。特に海外で活躍する日本人研究者に期待したい!

さて、私は2日目あたりに喉が痛くなり、風邪を疑ったが、どうも症状が違う気がする。似たような症状を訴える人も何人かいて、大気汚染の影響かもしれないと考えた。タクシーに騙されただけでなく、なかには脅された人までいて、緊張感のある街であった。会場でも街中でも、いまさらながらチャイナ・パワーの凄さを実感した。


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Meet the Editor@JIMS99, 東北大学

2016-06-14 20:13:00 | Weblog
6月11〜12日に東北大学で開かれた、日本マーケティング・サイエンス学会第 99 回研究大会(JIMS99)。今回の目玉は、Journal of Retailing の編集長でミズーリ大学教授 Murali Mantrala 教授による講演だ。特に注目されたのが、海外のジャーナルに投稿するにあたっての助言である。

日本のマーケティング研究者からは、言葉の壁に加え、日本で収集したデータを分析した結果に一般性を認めてもらえない、といった懸念が表明された。それに対して Mantrala 教授は、ドイツやオランダ、あるいは中国などからの多数の論文が投稿・掲載されていると、とりつく島もない。

海外の一流論文誌では研究手続きで要求される水準が年々高まっており、いかにキャッチアップすべきかという質問には、チェックリストを作って「標準」に従うべきだという。アプローチの多様性については、少なくとも Journal of Retailing では維持されていると過去の例が紹介された。

理工学はもちろん経済学や心理学など、研究発表のグローバル化が進んでいる領域から見れば、周回遅れの議論に見えるだろう。たとえば、進化経済学会のような、そんなに大きいわけではない学会でさえ、英文論文誌を発行したり、国際大会を開催して海外からの参加を受け入れたりしている。

その意味では、マーケティングの国際学会に参加するのもいいが、グローバル化が進んだ国内の関連学会にもっと参加し、その運営にまで入り込むことが、いずれ日本のマーケティングの学会をグローバル化するうえで役立つかもしれない。仲間で小さく閉じていても進歩しない。
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