Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

2008年という年

2008-12-31 23:04:18 | Weblog
ともかく2008年を振り返ってみる。個人的には,職場が変わったことが最大のイベントだろう。前半は,つくばと東京で週3日授業があった。また,新たに担当する科目の準備にかなり時間を費やした。特に「統計学」。商学・経営学を学ぶ者が最低限習得しておくべき統計学とは何かを模索しながらの1年だった。「入門」を考えることは,いかに奥深いことかと思う。

今年の冒頭には「クリエイティブ・マーケティング元年」などとブログで宣言したが,実際行った授業は65点ぐらいの出来栄えだろうか。かろうじて及第点にしたのは,後期に行った優れた実務家のゲストスピーチに助けられたからである。新しいアイデアの生成や起業家的マーケティングなど,当初カバーしようと思っていたテーマを盛り込むことができなかった。

ここ数年,いまの時期は修論や卒論の提出間際で慌ただしかったが,その一部がその後の研究につながっていく楽しみもあった。実際,今年 MASコンペに出したアフィリエイト広告のモデルや,バンクーバーやワルシャワで発表したクチコミ伝播のシミュレーションは,学生たちとのコラボの成果であった。いつかまた,そのような機会が巡ってくるだろうか…。

今年は研究上価値あるデータが蓄積された年でもあった。「サービス」の顧客調査は2回目まで進んだ。本来は教育用に開発されたデータだが,研究でも成果を出したいと願っている。森,岡平,馬場,高階の各氏と行った iPhone 3G 普及プロセスの実証研究は,11月に学会発表したものの,まだ掘り起こされていない情報がたっぷり残っている。

世のなかについていえば,トヨタが70年ぶりに赤字に転落するというニュースが衝撃的であった。世界と日本の経済がここまで急速に悪化すると予測していた人は,今年の前半にはそうはいなかったはずだ。こういう大きな問題は,マーケティングやマネジメントの研究者に出る幕はなく,餅は餅屋,マクロ経済学者の見解に耳を傾けるべきだろう。

戦後,日本の経済学を率いてきた小宮隆太郎氏の日経「私の履歴書」が,今日で最終回を迎えた。数々の政策提言を行ってきた小宮氏なので,最終回に,「百年に一度」「未ゾウユウ」(麻生首相)の事態への診断と処方箋が示されるかと期待したが,残念ながらそれはなかった。それは後進に残された宿題ということか。

いま批判の矢面に立たされている小泉政権の時代,竹中平蔵氏にを筆頭に,少なからぬ経済学者が政権へ参画した。標準的な経済学の立場からすれば,規制緩和や民営化は全面的に歓迎すべきことだったが,最近ではそうした「改革」に協力した有名な経済学者が「懺悔」を表明して,話題を呼んでいる。いろいろ考えさせられる出来事だ。

あとで誤りに気づいたら,率直に反省するのが美徳である。ただし,いったん抱いた信念を逆風にめげず,やせ我慢して貫くこともまた美徳である。集合知のメカニズムが,社会のなかで起きる弁証法だとしたら,極論にこだわる個人が何人かいることが社会的に望ましい。特に有識者には,そのことが期待されているのではないか。

変転する時代だからこそ,時流に流されず,一貫した主張を行う研究者に価値がある。そこで思い浮かぶのが岩井克人氏だ。彼は『不均衡動学』以来,市場メカニズムが有効に働くのは,社会的・認知的な制約がある場合であることを主張している。「すぐに役立つ」経済学を志向していないが,それが真に役立つことが,いまになってはっきりしたように思える。

不均衡動学の理論 (モダン・エコノミックス)
岩井 克人
岩波書店

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Disequilibrium Dynamics (Cowles Foundation Monograph)

Yale University Press

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自分の話に戻そう。社会や経済についてはもちろん,消費者行動についても確からしいことが何もいえそうにない時代だからこそ,それについて語ろうとする者は,思考を鍛えられる時代だといえる。藤本隆宏氏は,不況の時代こそ企業の能力構築が問われると語っているが,社会や経済に関する研究者もまた,その能力構築が問われている。

…という話を一般論で終わらせないことが,自分自身の「最後の」能力構築競争である。来年こそと,今年もまた思う。だが,確実に残された期間は減ってきている。そのことの自覚だけは,はっきりとある。
 

経済物理学と大学間格差

2008-12-26 17:28:40 | Weblog
今年は行動経済学,神経経済学(ニューロエコノミクス)ということばが席巻したような印象がある。特に行動経済学の啓蒙書の翻訳が数多く出版された。来年は,神経経済学の啓蒙書がいっぱい出版されるかもしれない。それに対する反動や,過大な期待に基づく失望も強くなると予想される。紆余曲折は避けられない。非主流的な経済学としてもう一つ見逃せないのが,経済物理学だろう。この分野で活躍されている研究者が日本に多いせいか,日本語で書かれた,包括的な教科書が今年出版されている。

経済物理学
青山 秀明,家富 洋,池田 裕一,相馬 亘,藤原 義久
共立出版

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第1章は確率・統計の基礎である。多重積分等の数式が並んでいて,文系の研究者や学生にとって最初のハードルは高い。しかし,2章ではべき分布,3章ではグラフ理論の入門と続き,7章ではエージェントモデルの数理が展開され,先に楽しみが用意されている。ざっと見たところ,各章ともていねいに説明されている感じがするが,自分一人で読み通すのはしんどいかもしれない。まして文系のゼミや授業で使うのは無理だろう。数学や物理学を学んだ人々と一緒に輪読したいという誘惑に駆られる。

各章末にあるコラムが面白そうだ。たとえば2章「べき分布」の場合,国立大学に対する科研費の配分額がべき分布に従うことが報告されている。ただし,推定されたパラメタからは,科研費の大学別の配分は競争的というより,独占的・寡占的であることが示唆されるという。また,教員1人あたり研究費は,大学規模(教員数)を1.15乗したものに比例すると。著者は,「これが国立大学の現実です」とこのコラムを結んでいる。

先日読んだ下條信輔氏の『サブリミナル・インパクト』には,学問の発展は「周辺」から起きると書かれていた。下條氏の専門,心理学がまさにそうであるという。経済学でも同じことがいえるだろうか。経済学者がどう思うにせよ,心理学,脳科学,物理学等々,かくも広範な分野の研究者が経済現象に注目していることには意味がある。そして,やはり経済現象の一部といってよいマーケティングや消費者行動の研究が,こうした大きなうねりのなかでどう影響を受けるのか(あるいは何らか影響を与えることができるのか)。

来年もまた,いろいろ勉強してまいりましょう。
 

真っ赤なXmasプレゼント

2008-12-24 17:39:10 | Weblog
自分で自分に買ったXmasプレゼントはこれだ。真っ赤な色は,Xmasに相応しい。

ありがとう広島市民球場~熱き戦いの記録ベスト・セレクションCD&ベストナイン記念切手

ビクターエンタテインメント

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昔はよくラジオで野球中継を聞いたもんだ(最近ではRCCや日刊スポーツのインターネット中継を見ることが多いが・・・)。1957年の広島球場初ナイターから今年の市民球場ラストゲームまで,数々の実況中継のさわりを聞くことができる。泣ける場面もいくつかある。津田恒美の最後のマウンド・・・ メッタ打ちになっている。前田智徳の2000本安打達成のシーン・・・ 新井が四球でつないだんだね。クルマの運転中に,これを聞くわけにはいかない。iPod で電車のなかで? それもまた,乗り越してしまいそうで怖い。

広島市民球場には数々の奇跡があった。いや,もちろんナゴヤにも甲子園にも神宮にも,あったのだろう。どのチームのファンも,自分たちの奇跡だけを覚えている。それでいいのだ。ただ,それがあまりに過去の話になってしまうと,熱狂は風化していくだろう…。
 

お買い得な消費者行動総覧

2008-12-22 16:50:15 | Weblog
今年,いろいろなハンドブックを購入した。そのなかで Handbook of Marketing Decision Models は,マーケティング・サイエンスのモデルがいかに現場の意思決定に使えるかを考えるうえで有用な本といえる。もしそれが現場で使われていないとしたら,実務家の無知・無理解のせいなのか,研究者の普及努力が不足しているせいなのか,それとも役に立つ手法がないということなのか… といったことを考えるのに役に立つという意味で。

Handbook of Marketing Decision Models (International Series in Operations Research & Management Science)

Springer-Verlag

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Handbook of Consumer Psychology は何と1,300頁近い厚さで1万円を切る価格(Amazon)。お買い得だといえる。本は厚けりゃいい,ということではないが,全部で47章あって内容は多岐に及ぶから,消費者行動に興味があれば,どこか引っかかる部分はあるはずだ。ちなみに第1章は History of Consumer psychology,最終章は Neuroeconomics: Foundamental Issues and Consumer Relevance となっている。

Handbook of Consumer Psychology (Marketing and Consumer Psychology Series)

Lawrence Erlbaum Assoc Inc

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消費者行動を心理学の枠内だけで捉えてよいとは思わないが,そこを踏まえておかならないことは明らかだ。経済学者ですら心理学に心を開く世のなかになってきたのだから,いわんやマーケティング,あるいは経営学においてをや,だろう。この「冬休み」は,ぼく自身,主に「そっち方面」の論文や本を読みたいと思っている。その前にまだいくつか「業務」が残っているが…。
 

直球勝負

2008-12-21 22:56:59 | Weblog
昨日午前中は年初「重要業務」の説明会。おかげで友人に教えてもらったNHKアーカイブスは録画して,今日見ることになった。1998年に放映された,引退直後の大野豊投手を取り上げた「我が選んだ道に悔いはなし」。そして1994年の「もう一度投げたかった~炎のストッパー津田恒美の直球人生」。いずれも,広島市民球場がなくなることを記念した再放送である。

後者は放映当時,津田投手が亡くなった翌年に見た。約10年の短い選手生活だったが,広島カープの歴史のなかで,最も記憶に残る選手の一人であったことは誰もが認めるだろう。津田が病気のため引退した1991年,「津田を優勝旅行に連れて行ってやろう」という山崎隆造選手会長の檄もあって,カープは逆転優勝する。それがいまのところ,カープ優勝の最後の年になっている。

1980年代後半,関東でのカープの試合をよく見に行ったが,津田のピッチングをどれだけ見たか覚えていない。明確に覚えているのは,横浜球場でのナイターのこと。9回裏に登場した津田はひたすら直球を投げ込む。電光掲示板に150キロ台の数字が次々出て,球場全体が(相手チームのファンまで)興奮に包まれた。ぼくは外野のバックスクリーン近くで,彼の背中を眺めていた。

豪速球投手はこれまでも何人もいたが,津田恒美には,強気のピッチングの裏に潜む,気弱で優しい人柄が見える。そこが不思議な魅力なのだ。打たれた試合のあと,津田はじっと「一球入魂」「弱気は最大の敵」と書かれたボールを眺めていたという。放送では,手垢で真っ黒になったそのボールが映されていた。

広島市民球場の一塁側ブルペンには「直球勝負」と書かれた,津田を偲ぶプレートが貼られており,それは新球場にも移転されるという。津田の魂がいまの投手たちに乗り移り,すばらしい直球勝負が再現されることを夢見たい。
 

東大院卒だと人生が劇的に変わるという話

2008-12-19 19:52:53 | Weblog
今日で今年の授業は終わり。ただし試験問題の作成が残っている。それが終われば,やっと一息つける。そうすればアレしてコレして… という以前に,部屋の整理がまだ残っている。本の整理を通じて,これからの研究戦略について思いをめぐらせることができれば… などと思う。

世間には厳しい寒風が吹いている。非正規従業員の解雇,新卒者の内定取り消しといった雇用環境の急激な悪化を告げるニュースが多い。就活に取り組む3年生も危機感を持っているようだ。内定を取り消すぐらいなら,3年から就活を余儀なくさせる状況をどうにかしてほしい。

不景気になると大学院進学者が増えると,内心喜んでいる大学院「関係者」もいるようだ。自分の入った大学より「格上」の大学院に進学することは「学歴ロンダリング」と呼ばれている。米国では珍しくないことだが,学卒に価値を置く日本では,抜け道として捉えられている。

だからこそ以下のようなハウツー本が出たのだろう。著者たちは東大以外の大学を卒業後,東大の院に進学した。その経験から「東京大学大学院の学位を手に入れれば,人生は劇的に変わる」と断言する。だとしたら,就活でコケても東大院に行けば,よりハッピーになれるかもしれない。

学歴ロンダリング (Kobunsha Paperbacks Business 24)
神前悠太,新開 進一,唯乃 博
光文社

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東大院に行くことで優れた研究-教育環境を利用できる。しかしそれよりも大きいのが,世間からの見方が変わることで,その割には東大院に入るのは難しくないと,本書では傾向と対策を詳述する。ただし,「勢いあまって」博士課程まで進んでしまうのは考えものだと著者は釘を刺す。

博士課程まで行ってしまうと,東大出の優位性が急減する。大学教員のポストを得ることは,「天下の」東大を出たとしてもそう容易ではない。分野によっては,強固な組織を維持する他の老舗大学のほうが,教員ポストを支配している可能性もある。あとは運と実力と運の世界。

本書によれば,東大が人生をバラ色に変えてくれるのは修士課程まで。博士課程に進んでいいのは天才だけ,というが,天才には指導などいらないはず。結局,博士課程は東大だけでなく,どこでも行き詰まっているのだ。どっちもどっちなら,東大以外の博士課程にとっては好機といえる。

来年度から大学院を担当するかもしれない。前任校に比べても大学院進学者が少ないなか,東大ですら勧められない博士課程を,東大ではない大学でどうすればいいか。特定の組織に縛られないネットワークの力を活用するしかない。それこそが,人生を「より」劇的に変えるだろう。
 

サービス工学といかに連携するか

2008-12-15 21:34:39 | Weblog
授業の準備が追いつくか,ぎりぎりの状況だが,意を決して午後から東大で催されたシステム創成学学術講演会を聴きに行く。迷路のような通路を通って,古ぼけた階段教室に到着。椅子と机の間隔がえらく狭くて,太めの人には座れないと思われる。東大工学部にはこれまで,そんな体型の学生はいなかったのだろうか…。てなことはともかく,ぼくが聴いた「価値システムの創成」というセッションでは,以下のような発表があった。

菅野「価値創成のためのサービス認知」
竹中「ライフスタイルに基づくサービス設計」
古賀「設計・生産活動のモデリングに基づくモデル駆動型の統合DfX(Design for X)支援」
大武「ほのぼの研究所の開設:高齢社会のサービスイノベーション」
大澤「価値のセンサは創れるか?」

久々に聞く大澤先生の話は,チャンス発見以降の研究を概観していて興味深かった。アイデアの売り買いを通じてイノベーションの芽を探ろうとする「イノベーション・ゲーム」。そこでいかにアイデアが生成され,クリエイティビティが発揮されるかについて,アイカメラなどを使った認知科学的な研究も行われているという。アイデアの交換と統合がシミュレートされるという点では,まさにテクノロジー・ブローカリングのミクロ実験が行われている。知見の蓄積が楽しみだ。

他の3つの報告は,サービス工学といわれる領域に属する。今回初めて,そうした研究の最前線に直接触れることができ,いろいろ勉強になった。では,それらを総合して,サービス工学とは何かわかったかというと,「サービス」と呼ばれるものを「工学している」という以上には何もわからなかった。それは決して悪い意味ではなく,工学的アプローチの普遍性を示す証拠といってもよいかもしれない。

ただ問題は,サービスということばの含意が,それで収まるかどうか,ということだ。「価値システム」を標的にすることで,工学はパンドラの箱を空けてしまったような気がする。その結果,空中に舞い上がったすべてを工学で引き受けられるかというと,さすがに難しい。好意的に解すれば,ちゃんと文系が仕事する部分を残してくれている,ともいえるだろう。哲学までいかなくとも,本来価値の問題と密接に関わるはずの経済学との対話があってもいいと思う。

研究室に戻ると,1月に某所で開かれるサービス工学のワークショップに参加することがほぼ決まりそうなメール。各分野の立派な先生方が大勢ノミネートされているようで,なぜ自分が選ばれたのか不思議な気がする。もっと不思議なのは,何をしゃべっていいのかわからないのに引き受けてしまった自分だろう。「価値」について語る… ところまでは当面行きそうにないが,工学者が考えないことを考えないと参加する「価値がない」。

一方,ほぼ入れ替わりのように,3月に某所で開かれるサービス・イノベーションのシンポジウムについて「内定取り消し」の連絡がきた。ぼくの知名度の低さがクビになった理由のようだ。そういわれて喜んでいるのは,いかにもプライドがない証拠だが,実際スケジュールが楽になったのは確かだ。そもそも,今後どう「サービス」に関わっていくかも含め,自分の戦略を見直さなくては。そうしないと,誰にも「サービスできない」人間になってしまう。
 

〈生〉の消費者行動論

2008-12-14 19:00:15 | Weblog
今日は雨が降って寒い日だ。大学のキャンパスではいくつかの催しがあって,それなりの賑わいがあるが,研究室への出入りはふだんより制限されている。休日には働かないよう,ワークライフバランスを考えていただいている,と理解すればいいのだろうか。毎年同じノートで講義し,ゼミで学生と語らい,各種の会議にきちんと出席しているだけなら,定時に仕事は終わる。ぼくは何か余計なことをやっているんだろう,きっと…。どこかで何かを諦めないと,よき〈生〉を楽しむことはできない。いずれにしろ,本人が選択することだ。

昨夜は,藤村正之さんの近著『〈生〉の社会学』の話を聞く会。冒頭に,社会学者のキャリアパスにとって単著が持つ意味や,そのための戦略を聞く。査読論文が評価の中心になっている世界の住人から見ると,単著で評価される世界のほうが安易に見えるが,実際はそうでもないようだ。査読論文は誰でも投稿でき,審査をしてもらえるが,単著は必ずしもそうではない。また審査するのが研究者ではなく編集者である点も違う。学術書としての最低部数をクリアするだけ売れるかどうかという判断では,より広い読者が考慮されることになる。

藤村さんによれば,社会学は(その他の分野でもそうだが)さらなる専門に細分化される一方だという。そうした,領域に分化した社会学を「連字句社会学」と呼ぶらしい。連字句とはハイフンのこと。つまり,家族-社会学とか都市-社会学とかいった領域社会学で,社会学はそのレベルでより活性化しているということだ。「社会システム」一般に関わる「大きな物語」が語られない時代になったことが幸福なのか不幸なのか。年輩者は昔を懐かしんで不幸だと考えがちだが,ぼく自身はどっちつかずである。不幸といわれれば,どうしてといいたくなる(逆もまた)。

藤村さんの〈生〉の社会学は,いまの時代には十分「大きな」話だが,次回作にはもっと大きな話を望んでもよいかもしれない。もし「生命」「生活」「人生」という life の各側面を視野に入れようとするのであれば,より基層にある「生命」にもっと光を当てたらどうかと思う(下條氏の本を読んだ後だから,そう感じるのだろう)。そんな門外漢の与太話にも,イヤな顔ひとつせず聞いてくれるのが,彼の素晴らしい人柄である(それは社会学者として稀有なことであるかどうか,ぼくはよく知らない…)。


藤村 正之
東京大学出版会

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生命と社会を結ぶという点では,真木悠介『自我の起源』が思い出される。古くさい社会科学に取って代わると豪語する社会生物学の流れに対して,ただ感情的に反発するのではなく,冷静にそこから学ぶべき部分を吸収しようとした本だと記憶している。生命と社会を結ぶ,社会学側からの試みはすでにあるのだ。ぼく自身,人に注文をつけるだけでなく,「生命」「生活」「人生」を包括する〈生〉の消費者行動論を考えてみたらどうだろう。100年早いとはいわないまでも,あと10年は必要だな…。

自我の起原―愛とエゴイズムの動物社会学 (岩波現代文庫)
真木 悠介
岩波書店

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許せない大学

2008-12-13 18:00:40 | Weblog
昨日は新しい職場の(インフォーマルな?)歓迎会だった。たまたまかもしれないが,集まっていただいた方の大半は名前を存じ上げていた。約2時間で宴は終わり,まっすぐ帰宅。今日はすっきりした気分でゼミ二次募集の試験。悩んだ挙げ句,7人を合格とする。一次と会わせて計17人。十分「大規模」なので不安がないわけではない。

大学にはいるのに試験,そのあとゼミの入室で試験,そして息つく間もなく就職シーズンがやってくる。選抜に次ぐ選抜で,決してのんびりできないのが現代の学生だ。そしてそのあと,間隔には著しい個人差はあるが,結婚という選抜がやってくる。

 【結婚】 学歴別「許せる大学、許せない大学」

大卒の女性は,自分が卒業した大学よりランクが一定以上劣る大学の卒業者と結婚したくない,という調査結果。「人柄は考えないのか?」といってみたところで,それが現実であることは,みんな薄々わかっていることだ。もちろん,お金持ちなら学歴は不問とされるし,著しくマメであれば挽回できる場合もあって,トレードオフ不可能な絶対要件ではないようだ。

この調査に意味があるとしたら,人々が暗黙のうちに意識していることを,はっきり数字で示したということだろう。では,そうすることで何の役に立つのか? リスクを避けたい男性にとっては,誰を攻略すべきかの指針が得られるということだろうか。血液型や星座の占いと同じく,「情報」が逆に行動を創り出すおそれがある。統計学では尽くせない,もう一つの「データ学」が必要かも。

「身体」が選好する

2008-12-12 14:31:39 | Weblog
こんな本が出る日を待っていた。それが,こんなに早く来るとは…。

サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 (ちくま新書)
下條 信輔
筑摩書房

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著者の下條信輔氏は現在,カリフォルニア工科大学の教授で知覚心理学,認知神経科学を研究されている。頭脳流出の「代表例」の一人としてメディアに取り上げられたこともある。最近では,同じ大学の Camerer などと,ニューロエコノミクスの研究にも加わっているという。本書では,マーケティングや政治に関する論考もあり,題名が示すとおりインパクトの強い啓蒙書である。

しかし,ぼくが興奮したのは,序章でいきなり取り上げられるのが,選好形成の問題だからだ。被験者に顔写真の対を見せ,どちらが好きかを選ばせる実験で,選好判断が示される以前に好きな対象への視線の集中が起こることが示された。この「視線のカスケード現象」は本人に意識されておらず,対象を顔から幾何学的な模様に変えても発生する。

さらに,視線を統制することで,選好形成をある程度操作できることが示されたのだ。これは,周到な統制実験によって,単純接触効果と区別されることもわかった。そうか… AIDMA, AISAS, AIDEES といったコミュニケーション・モデルがつねに attention から始まることに疑問を感じてきたが,そこには必然性があったわけだ。

下條氏はそうしたメカニズムの進化的な基盤を論じ,第1章で音楽への選好がなぜ生まれたかに論を進める。ここまでで第1章! しょっぱなからメガトン級の爆弾が炸裂して,僕の頭脳は喜びでへろへろになる。ザイアンスがゴキブリの行動に「社会的認知」を見出した実験など,小ネタも一つひとつインパクトが強すぎる。

すごい本だと思う。今後の自分の研究に,間違いなく多大な「意識された」インパクトを与えるだろう。多くのマーケターにも読んでほしい。ニューロマーケティングといわれるものを一時の流行として消費するのではなく,深い重要な部分を学ぶために。

JAZZLIFE まさにそれだ!

2008-12-11 19:02:45 | Weblog
本屋でこのドデカイ写真集が1万円で売っているのを見て,なんて安いんだと思わず購入。あとで Amazon で調べたら6,000円で売っていた!

まあ,いいでしょう。

1960年代の米国,スタジオからコンサート,パレードまで,ジャズのあるシーンを撮りまくっている。マイルスもコルトレーンも登場するが,まるで端役である。主役は,全米のあちこちでジャズを演奏し,聴き,そして踊る人々である。

昨夜テレビ番組で,瀬戸内寂聴さんが人生で最も驚いたニュースとして,第二次大戦における日本の敗戦,ソ連崩壊,そして米国大統領選挙におけるバラク・オバマ氏の当選を挙げていた。人種差別というものがいかに根深いかと考えるが故のことだ。

『JAZZLIFE』を眺めていると,少なくともジャズメンの間には,さほど人種の壁はないように見える。もちろん現実はそんな甘いものじゃないだろう。だが,ジャズというものが,人種間の融和に最も近づく瞬間を生み出してきたのではないかと思う。

バラク・オバマ氏はジャズを聴くのだろうか?

Jazzlife: A Journey for Jazz Across America in 1960 (25th Anniversary Special Edtn)

Taschen America Llc

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Be creative and innovative

2008-12-10 20:21:08 | Weblog
今日はぽかぽかしていい天気だった。
珍しく来客が2件。どちらのお話しもデータマイニングに関係があった。
本屋で以下の本を買う。

データマイニング入門
豊田 秀樹
東京図書

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カバーされているのは,ニューラルネット,決定木,SOM,アソシエーション・ルール,クラスタリングといった標準的なデータマイニング手法にとどまらず,ベイジアンネット,SVM,潜在意味解析といった新手法にまで及ぶ。特に最後のは全く知らなかっただけに,興味津々だ。R でここまでできてしまうと,高価なデータマイニングソフトにとっては脅威ではないだろうか。もっとも,数式アレルギーのユーザが相当多いのだとしたら,市場は維持できるのだろう。

さらっと眺めて感心するのは,例の取り方のうまさだ。適切な事例の提示が意外に難しいことは,自分で統計学の授業を担当することになって痛感した。よきテキストがあればその悩みはなくなる。ただし,それがあれば,凡庸な教師もいらなくなる。企業が膨大なデータを抱えるようになった今日,極論すれば,商・経営学部では統計学を飛ばして,マイニングを教えてもいいかもしれない(それを強く主張するほどの信念と勇気はないが…)。

夜,学内でLVJの社長エマニュエル・プラット氏の講演を聴く。いうまでもなくLVMHは,ルイヴィトンやヘネシーに始まり,クリスチャンディオールからタグホイヤーまで傘下に収める,高級ブランド市場の巨人である。市場が停滞するなか,同社を筆頭とする上位グループだけが伸びている。それにしても,かくも多くのブランドを抱えて,それを全体としてどのように経営するのだろうか。単にリスクヘッジのためのポートフォリオではないというが…。

予定を30分を過ぎて終わったので質疑応答はなし。最初遅れて会場に入ったとき,ほとんど満席状態で,しかも多くの学生たちがノートを取りながら聴いていたのに感心した(ぼくの授業とは大違いだ)。しかし,さすがに予定時間を過ぎると,席を立つ学生が目立ち始める。これからバイトがあるのか,それとも忘年会か…。そんな空気も気にすることなく熱くしゃべり続けるプラット氏を見て,これぞフランス人気質かと勝手な想像をする。

実際問題,LVMH はマーケティング・リサーチでよくやるように,ブランドを2次元図にマッピングしたりしているのだろうか? あれだけの数のブランドを2次元に圧縮できるとしたら,逆に各ブランドの価値とは何だろう? それとも,ブランドの固有の価値を認めるがゆえに,逆に財務的な管理に徹しきっているのだろうか? そんな単純な話ではないのだろう。LVMH のバリューの筆頭は Be creative and innovative だ。

さしあたり,これを読むべきだな…。

ブランド帝国LVMHを創った男 ベルナール・アルノー、語る
ベルナール・アルノー
日経BP社

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百万回目の失敗

2008-12-09 22:10:12 | Weblog
人間に学習効果を期待してはいけない。特に酒を飲んでいるときには…。昨夜,目の前に出されたワインを次々飲み干してしまい,本日は夕方まで「死んだ」状態だった。とはいえ会議には出席。ずっと黙っていたのは,いつものことではあるが…。いずれにしろ,こういう日をこれまで何度経験したかを思うと情けない。だが,本当に反省すべきは,ワインを飲む前にあった。

昨日開かれた構造計画研究所のセミナーのプログラムは以下の通り。

 水野「消費者間影響関係をどう分析するか」
 森他「次世代型新製品に関する情報伝播と選好形成-iPhone のケース」
 中崎「"モノ"・"コト"の価値創造 ~感性工学的視点からのデザイン~」
 山本「クチコミとインフルエンサー」
 松村・山本「ブログにおけるインフルエンサーと最適情報格差」

最初に登壇したぼくは「自分だけが面白いと思っている」話を駆け足でしゃべった。参加者のアンケートの結果を見るまでもなく,多くの企業人の皆様の不評を買ったことは疑いない。ただ,ぼくのあとに続く発表がいずれもちゃんとしていたので,全体としては満足度が高かったのではないだろうか。そうであることを祈りたい。

それにしても,何だか最近,こういう失敗を繰り返しているように思う(飲み過ぎではなく,プレゼンの失敗のこと)。それは,話す相手のターゲティングや表現テクニックの問題だけではなく,もっと本質的な問題であると思う。つまりそれは,ぼくが研究上面白いと思うことが,一般のマーケターの関心とどんどん乖離していっているということだろう。

山本さんや松村さんの発表を聞いて思ったのは,もし人が少しだけ知識が上回る人とのリンクを選好していくなら,知識の多寡という一次元尺度にしたがったツリー状のネットワークができあがるのかな,ということだ。平均とは違うふるまいをする人が攪乱するので,実際はツリーより複雑な形になるのだろう。しかし,そんなことは,多くのマーケターにとってどうでもいいことであるに違いない。

ぼく自身がなぜそんなことを考えるかといえば,「見えないネットワークをどう見える化するか」(実はこれが自分の発表の副題)に関心があるからだ。だが,実務家にとっては,見えないネットワークは見えなくてもよい,のかもしれない。誰を狙えばどれだけ効果があるかがわかればよい。そうなんだよな… ただ,自分はどうしても知りたい。そういう変な思い込みが,しばしば失敗を招いているわけだ。

邪悪でなくてもビジネスで成功できる

2008-12-04 23:27:29 | Weblog
今日の授業では,ぐるなびの福島取締役にご講義いただく。同社がどういう経緯で創業され,どういうビジョンで経営されているかの話で盛り上がり,もう一つご用意いただいた,データをいかに経営に利用していくかの話題までは進まなかった。しかし,それでよかったと思う。福島さんのベンチャービジネス論には非常に啓発された。もう一つの話題は,また次の機会に伺うことにしよう。

福島さんの話は,ぐるなびの創業者,滝会長のビジョンでもある。ベンチャーが何か新しいことで成功するには,改良的なイノベーションではなく,破壊的なイノベーションを目指すべきだという。ぐるなびでいえば,消費者に対しても,飲食店に対しても,そして自社の社員に対してもこれまでの行動様式の革命を迫るものでなくてはならないと。

そのためには,まだ誰も気づいていない,深海に沈んだ氷山に注目する必要がある。そして,革命を遂行する強靭な実行力が必要になるが,そこで注意しなくてはならないのが社会性の確保だという。事業がテイクオフしかけたその瞬間に,あえて社会的・倫理的観点から自らの行動を規制できるかどうか。それが,その後の持続的な発展が可能かどうかの鍵を担っている。

それで思い出すのが,有名な「Google が発見した 10 の事実」の1つ,「悪事を働かなくても金儲けはできる」ということばだ。このことばが印象的なのが,急成長した企業がしばしば社会的ルールを逸脱しがちだというイメージがあるからだ。ベンチャー企業家がとびぬけて強欲だからというより,急成長がバランスの取れた判断を難しくする,という面もあるだろう。

このことは,先人たちがすでに気づいていることでもある。福島さんは,岩崎小弥太の「所期奉公」ということばを挙げた。それは,企業人の動機が利他的であることを意味しない。ある案件に,それは偽善ではないかという意見があったとき,滝会長は偽善で何が悪いのか,と答えたという。動機よりも結果が大事ではないか,と。結果が社会的に善であるかどうかが問題なのだ。

社会的な観点から自己規制することの意義は,単に法令遵守とか,リスク回避だけではないと思う。革新的な事業であるほど不確実性が高く,意思決定に迷う場面が多くなる。そのとき何か頑固な信念があれば,迅速にブレのない意思決定ができる。しかもそれが社会的な価値が高ければ,自分も社員も自信を持って取り組める …などなど,講義の後で福島さんと議論。

それにしても福島さんとは長い付き合いになる。最初に会ったときは,それぞれ老舗の大企業に属していて,マーケティング・サイエンスの実務への応用に取り組んでいた。いま,お互いに全く違う立場にあるが,巡り巡って接点が生まれてきたようにも思う。ぼくの人生は無駄が多い遠回りのように思えるが,それがよかったと思えるのは,素晴らしい友人たちとの出会いがあったからだ。

さあて,とにもかくにも年末だ! ぐるなびが活躍するシーズンがやってきた!(それまでに片づけなくてはならないのはアレとコレと…)

ぐるなび―「No.1サイト」への道
滝 久雄
日本経済新聞社

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元気でよろしい!

2008-12-03 23:53:26 | Weblog
今日は前任校で非常勤初日。MBAコース向け「マーケティング」を講じる。今年の受講生は例年になく元気がよさそうだ。こちらから問いかえると何人かが答えてくれるし,休み時間に,ぼくの講義を聞いて閃いたアイデアを告げに来た学生もいる。いやぁーみんな元気ですごくいい!! 授業のなかで反応がよかったのは…

〈小受け〉顧客維持が利益を生み出すことを,「釣った魚には餌をやらない」男を例に説明したとき

〈中受け〉企業ビジョンの例として,酒と煙草には絶対手を出さないグローバル食品企業のことを述べたついでに,その両方が大好きな先生の名前を挙げたとき

〈大受け〉製品差別化の模範例を見せるため,カバンから MacBookAir を出したとき

他愛ないかもしれないが,ときどき話が受けるとうれしい気分になる。授業のあと,元同僚と駅近くの寿司屋に行き,彼が推進する一大プロジェクトについて話を聞く。かつての職場が盛り上がっていることは喜ばしくもあり,一抹の寂しさも感じる。