私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『供述によるとペレイラは……』 アントニオ・タブッキ

2008-03-16 18:25:23 | 小説(海外作家)

ファシズムの影が忍び寄るポルトガル。リスボンの小新聞社の中年文芸主任が、ひと組みの若い男女との出会いによって、思いもかけぬ運命の変転に見舞われる。タブッキの最高傑作といわれる小説。
須賀敦子 訳
出版社:白水社(白水uブックス)


供述体という一風変わった叙述でつづられる物語だ。
その不穏な文体は民族主義の足音高く、報道規制が布かれた時代の雰囲気とよくマッチしている。主人公のペレイラが中年の太り気味で妻に先立たれた男という、頼りなく冴えない男という点も、その文体に合っていると言えるだろう。
また供述体のクセして、オムレツの描写が非常においしそうなところもすばらしい。

そのペレイラは、時代や政治活動に対して、距離を取り平穏な日々を送っているが、やがて政治的には反体制の青年モンテイロ・ロッシに資金の援助をするようになる。
僕から見るとロッシは気弱で金だけをたかる図々しい男にしか見えない。読みながら僕はずいぶんいらいらもしたが、それでも彼を援助するペレイラの姿勢は変わらず、ときに危険な行為に手を貸す。
ペレイラはその理由をわからないと言っているが、意識的か無意識かは別として、ロッシに共感を持っていることは明らかだろう。

そう考えると元々社会部の記者だったというペレイラの過去はいろいろイマジネーションをかきたてられるものがあり、うまく造形したものだ、と感心する。庶民に隠され、新聞にも書けない事実が存在するということに、ペレイラは心の底では不満を覚えていたのだ、と推測できるからだ。

だからこそ、最後の選択には説得力が感じられる。
その行動は予想通りと言えば、そうなのだが、心情の変化を少しずつ段階的に描いていくことで、緊張感を生み出すことに成功している。ベタだとわかっていても、その緊迫した雰囲気にドキドキしながら読み進むことができた。
何よりそこに明日への希望めいたものと、人間の意志の強さを見るようで好ましい。

タブッキの小説を読むのは今回が初めてだったが、こんなすてきな作家がいたのか、と知ることができて非常にうれしい。大満足の一品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

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