実直そうな青年アレックスは、茫然自失の状態だった。新婚旅行の初日に新妻のドリーが失踪したというのだ。アーチャーは見るに見かねて調査を開始した。ほどなくドリーの居所はつかめたが、彼女は夫の許へ帰るつもりはないという。数日後アレックスを尋ねたアーチャーが見たものは、裂けたブラウスを身にまとい、血まみれの両手を振りかざし狂乱するドリーの姿だった……
ハードボイルドの新境地をひらいたアメリカの作家ロス・マクドナルドの作品。
小笠原豊樹 訳
出版社:早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)
1960年代のハードボイルドということもあってか、テンポはきわめてゆるやかだ。
真相を探るため、延々会話が交わされるというシーンが多く、そのため盛り上がりどころにも欠けている。
しかし複雑に絡み合った真相を薄皮を剥ぐように明らかにしていく手腕はなかなかのものだ。
読み終えた後はシンプルな真相だと気付くのだが、それをうまく構成し、やきもきさせる辺りは堂に入っている。
そんな構成でもっとも目を引いたのは言うまでもなく、どんでん返しのラストだろう。伏線はある程度張られていたとはいえ、驚愕とも言うべき展開に落ち着く点は見事である。
しかし読み終えた後にはレティシャの嫉妬と執着心の激しさに文字通り「さむけ」を覚える。
執拗に夫のことを探り、浮気を疑い、残酷な方法を取ることも辞さない姿は品が良いように見えなくもないだけに、空恐ろしい。老いてなお夫を自分の方へふり向かせたいという熱情と、それゆえに夫が逃げようとしたことに気付かない愚かさには人間というものの業の深さを見る思いがした。
なかなか深い味わいに満ちた一品である。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
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