幸福への扉

幸福の科学の教えでHappy!

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もうしばらく待ってね!

2009-01-22 10:06:58 | ポエム・お料理・雑談
またまた久しぶりになってしまいました(--)12月に母が亡くなり、パソコン

も開く暇もなくあわただしくすごしていました。昨日は支部で特別祈願の供養をさ

せて頂いてひと段落つきましたが、もうしばらくお待ちください。コメントくださ

った百日紅!さんヘルメスさんお返事遅くなってすみませんでした。
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天使はどこにいるの?

2008-11-21 17:29:56 | 「アーユー・ハッピー」から
 
はるか彼方に

  晴れ渡る空 光の中に

  七色の虹の上に

  雲のクッションを背にリラックス

  いつも優しいあのひとの笑顔の中に

  ふと見る 鏡のむこうに

  あなたのすぐそば?

  きっと あなたの心の中に…




 ほんと~に天使って存在するんですよね!



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健康を復活させるキーワードは?

2008-11-17 18:04:51 | 「アーユー・ハッピー」から
 こんばんわ~!今日は健康の事を記事にしたいと思います。「健康の復活のキーワードは?」です。


 全体的に、健康の復活のためのキーワードを考えてみると、それは「反省」「感謝」「精進」「祈り」の四つになります。まず、反省によって、霊体のなかにある悪想念の部分を除去することが大事です。反省によって仏の光を入れることです。
 次は感謝です。病人には、たいてい感謝の心がありません。不平不満や愚痴は出ますが、感謝の思いは出ないことが多いのです。


 したがって、病気になりたくなければ、いろいろな人に感謝をすることが大事です。現に病気になっている場合には、周りの看護師や家族などに対する感謝を心がけてください。そうすると病気はよくなります。他人を責める心があると病気はよくなりません。


 病気は、本人に反省を促したり、家族のありがたみを教えたりする機会でもあります。反省や感謝を教えるための修行場でもあるわけです。

 それから、精進です。食事や運動など、体のコントロール、「医学知識も勉強しながら、自分の健康を維持していこう」という精進の心が不可欠です。

 最後は祈りです。「よくなりたい」という気持ちを持ち、自分の人生全体を設計することです。「自分としては、こういう人生にしたい。このくらいの年齢までは
元気に現役で働きたい。その後も、このように家族と暮らしたい」という人生設計を繰り返し繰り返し、心のなかに思い描くことです。

 毎日、自分の健康生活について設計し、祈ることによって、次第しだいに、生活や考え方、行動など、いろいろなものが、それに合致したものになっていきます。



「反省」「感謝」「精進」「祈り」という四つが健康を復活させるためのキーワー

ドなんですね。
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宗教に学ぶ「経営原理」

2008-11-14 09:44:19 | 書籍から
 みなさま、こんにちは!今日は「リーダーに送る必勝の戦略」から心に残ったところを抜粋してみました。他にも興味深い内容ぎっしりです。


 宗教に学ぶ「経営の原理」の一番目は理想や信念です。宗教は「かくあるべし」という理想の塊のようなものです。「ユートピア」と言ったり、「仏国土」と言ったり、「理想郷」と言ったり、言い方は、いろいろありますが、宗教活動というものは、基本的には、仏の国づくり、神の国づくり、ユートピアづくりであり、そういう理想を目指しているものなのです。


 この部分は、薄められたかたちであっても、企業活動のなかに取り入られるべきものであろうと思います。
 実際に、宗教の模倣というか、宗教的な考え方を見事に企業活動に取り入れて生かしたのが、松下電器をつくった松下幸之助です。彼は、戦前の昭和の大不況のときに天理教を視察に行き、天理教にたいへん活気があるのを見て、「企業は、どこも青息吐息なのに、こんなに活発に活動している宗教が、あるのはなぜだろう」と思い「やはり、理想や使命感などがるからではないか」と感じました。


 そして「天理教の人々の持っている信念とは、『やらなければいけない』という、奉仕の心や使命感である。これに学ぶ必要がある」と考えたのです。企業が、まさしく宗教を模倣したわけです。


企業の社長が宗教の教祖を模倣して「松下七精神」という基本教義をつくりました。「そういうかたちで宗教のスタイルを企業に持ってくることによって、ある程度、宗教と同じようなことができるのではないか」と考えたのです。もちろん、宗教そのもので電気製品をつくったりすることはできませんが、彼は「考え方や活動理念として使えるのではないか」ということを、天理教を見て悟り、開眼したようです。


 これからは世の中の役に立たないものは消えてなくなり、人々の役に立つものが残っていくことになるようですね。
 
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肌トラブル解決のための3つのヒント

2008-11-12 21:14:08 | 月刊「ザ・伝道」から
1 病気の7割は「心」に原因がある

 
 人間はもともと健康に生まれついているのであり、

 肉体はそれほど病気をするようにはできていません。

 強い信念を持っていると、

 自然に肉体も強くなっていきます。

 「病気を治すのは、実際は患者自身の力である」

 ということを、

 医者はよく知っています。

 薬や医療といったものは、

 それを助けることができるだけです。

2 アレルギーと過去世の関係


 食物に関するアレルギーには、

 多くの場合、過去世での体験が影響しているのです。

 過去世において、ある食べ物によって、

 非常な重病になったり、

 食中毒で亡くなったりした場合には、

 その食べ物を見ただけで

 本能的に嫌になることがあるのです。

 こういうときには、

 「感謝の心を持って食事をすることによって、

 そのアレルギーが治まっていく」ということがあります。

3 病気を治す「信仰の力」


 幸福の科学には、病を癒すための祈りとして

 修法「エル・カンターレ ヒーリング」があります。

 これは、「エル・カンターレの癒し」という意味です。

 信仰心があれば、エル・カンターレの魂と一体になって、

 光が流れはじめます。

 「仏は、この地球を消すことも現すことも自由自在である。

 それだけの力がある方なのだ」ということを、

 心底、信ずることができるならば、

 体のなかのガン細胞さえ消すことが可能です。


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麻生首相の過去世は?

2008-11-11 20:44:23 | 「リバティ」から
短命政権が2代続き、国民の間には政治への失望感が漂っている。しかしながら霊界情報を踏まえると、英雄として天下を競い合った「魂」たちが現代に生まれ、活躍しているようだ。幸福の科学の霊査によれば、麻生首相の過去世は、徳川軍に二度も完勝した神算鬼謀の猛将、真田昌幸。

 真田と言えば、大阪の陣で奮戦した幸村がまず頭に浮かぶ。この幸村を名戦術家に育て上げたのが父・真田昌幸(1547年~1611年)その軍略で徳川の大軍を二度も打ち破り、天下に武名をとどろかせた武将だ。
 
 一度目は、徳川家康が、北条氏と和議を結ぶ際、真田家代々の領地を北条側に渡すよう要求したことがきっかけ。そもそも昌幸は信州や上野の領地を守るために徳川臣従したので、完全に裏切られたかたちになった。「家康なにするものぞ」と、越後の上杉景勝(豊臣陣営)に、転じ、2千の兵でその三倍以上の7千の徳川の征伐軍を待ち受けた。徳川軍は数の力にものを言わせて難なく真田の上田城に迫ったが、それは敵を引きつける昌幸のワナ。城内に入ろうとした徳川軍に、次々転がってくる弓・鉄砲、昌幸軍の反撃が一気に襲う。さらに城外で身を潜めていた農民兵が紙の旗を上げて、「うぉー」と鬨の声を上げると、徳川軍は「大援軍が到着した!」とパニックになって潰走した。

 二度目は、秀吉の姿を絵師に描かせ、それに向かって朝夕拝礼していたほど浸水していたが、その忠義を貫き、石田三成方に加勢。関ヶ原に向かう徳川本隊(秀忠軍)3万8千を同じく上田城にわずか2千の兵で迎え撃ち、翻弄した。


 その真田昌幸の魂、今回の麻生太郎氏としての人生では「天下取り」により近い境遇を望んだのだろうか、吉田茂の孫、財閥家の長男として生まれている。首相就任までの道のりも、小大名だった昌幸の人生をなぞるかのように、大派閥の勢力争いにもまれながら小派閥を守り抜き、自民総裁選への4回目で総理の座をつかんだ。幅広い「麻生人気」も昌幸と共通する。昌幸は策謀家ながら、神業的な合戦の名人だったために、世間には「真田人気」が沸騰した。乱世を駆け抜けた昌幸を過去世に持つ麻生氏は、上田城ならぬ「自民城」をどうまもっていけるだろうか。。

なんと麻生氏の過去世が真田昌幸だったとは・・・続きを読みたい方は今月号「リバティ」をご覧下さい。ではおやすみなさ~い。
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聞く力

2008-11-09 20:33:45 | 「アーユー・ハッピー」から
 なぜ「聞く」ということが大切なのでしょうか。人間は、赤ちゃんのときには言葉がしゃべれませんね。ではどうするかというと、お母さんの話す言葉を一生懸命に聞いて、それをまねするわけです。小学校、中学校でも、先生の話を一生懸命に聞いて、言葉や知識を覚えていくわけです。つまり「聞く」ことによって、自分の世界を広げていくことができるんです。


 ところが、大人になっていくにつれて、だんだん「聞く」ということを忘れてしまいがちです。「もう自分は十分に世の中のことがわかっているんだから、人から聞いても学ぶようなことはあまりない」と思っていると「聞く姿勢」がなくなっていきますね。


 でも考えてみれば、世の中は広いし、自分の知らないことはいっぱいあります。
人間の個性にしても、数えきれないほどのタイプがあるから「この人はこういうタイプ」と決めつけていても、実際に話を聞いてみたら「全然違った」ということは、よくあることですね。


 「聞く」という行動の根本には「相手を理解しよう」という気持ちがあります。相手を理解できると、自分の世界も広がるし、相手もうれしいし、その人との人間関係もよくなります。

 
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ブログ村に参加してみました~

2008-11-08 07:53:45 | ポエム・お料理・雑談
おはようございます!久々の更新です。また一歩前進したくブログ村に参加してみました。まだ入ったばかりなのに宗教部門で9位ということで超~うれしいです^^
ポエムやお料理などにも挑戦し、またわかりやすい経済についても幅広くやっていきたいと思ってますので、応援よろしくお願いします。幸福な方を増やしていきたいという純粋な念いで発信していきます!麻生総理の過去世も期待してくださいね
それから私の撮った自然の写真も^^)それでは今日もあなたにとってハッピーな一日でありますように^^v
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与える喜び

2008-03-03 10:24:21 | 書籍から
 人間の魂は、どういうときに、いちばん喜びを感じるかというと、じつは、多くの人びとを喜ばせるために生きたときに、魂はいちばん喜ぶのです。人びとのために役立ったと思えるような生き方ができたときに、人の心はたいへん激しくゆさぶられます。そして、うれしくてたまらないという気持ちになってきます。

一時期、人の優しい言葉や人からもらったもののことで心を喜ばせることがあっても、そうしたものは永続きしませんが、与える楽しみ、与える喜びというものを、心底味わった人間は、その喜びというものが、ずっと永く続いてゆくものであることを感じます。 

愛の本質とは、やはり与えることにあるのです。そしてその根源は、神が無限の愛を私達に供給してくださっている、というところに帰せられるということです。みかえりを求めるということはほんとうの愛ではない。実は「愛のみかえりは、ほかの人間から来るのではなくて、神から来るのだ」ということなのです。

人に与えんとして生きている人には、それだけの霊天上界からの光明が投げかけられているのです。その人のオーラの量が増えてくるのです。その人の霊格が高まるのです。人格が進むのです。人のために生きんとして、尽くさんとして生きている人は、それほど多く神様に愛されるのです。

ゆえに、与えるということに見返りを求めてはいけないのです。与えるという行為自体が、神から愛されることになっているのです。その原理を知ったときに、私たちはただただ、前へ進んでいかねばならないということを感じるのです。より多くの人びとを幸せにするために、人生の途上で出会う人たちを幸せにするために、まっしぐらに生きてゆきたいと願わざるをえないのです。
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天使の応援を受けるには

2008-02-28 17:12:57 | 書籍の紹介
優れた着想を得て、仕事の企画が生まれたり、芸術作品のアイディアが得られたりすることがありますが、このようなときには、あの世の天使たちから霊的なアドバイス(インスピレーション)が降りていることが少なくありません。

天上界からのインスピレーションを受けるには、秘訣があります。それは、天上界の天使たちに感謝しつつ、自分にできる創意工夫や努力を重ねていくことです。

「天はみずから助くる者を助く」という言葉は真実なのです。詳しくは『奇跡の法』第4章に説かれています。
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