忘れたところにやってくる「平家物語の人物について」シリーズ第2回は,滝口入道と横笛の悲恋について語らせていただきたいと思います。
さて,知っている人も多いと思われますが,例によって「ぴえる版めちゃ訳」で,平家物語における滝口入道と横笛のストーリーをお話ししましょう。
むかしむかし,横笛という女の子がいました。
彼女は建礼門院さまの雑仕女として,宮中で,今でいうハウスキーパーさんのような仕事をしていました。
あるとき,宮中警護のプロ集団,滝口隊に斎藤時頼という若者が入隊しました。
氏に「藤」の字が付いていることでもお解りのとおり,斎藤家は藤原氏の庶流の家系であり,仕えている主も平清盛公の嫡男小松宰相重盛様という,良いお家柄でありました。
時頼の父としては,どこかの身分の高い家の姫でも時頼の嫁にもらいたいとお考えのようでした。
同じ宮中で働く時頼と横笛,やがて二人は出会い,恋に落ちました。
それは,身分の高いエリートと雑仕女という卑しい身分の間の恋…二人の間には,身分の違いという高い壁が立ちはだかることになるのです。
時頼は父に,横笛のことを話しますが,そんなことが父に許されるはずがありませんでした。
時頼は悩みます。
「人間,生き長らえてもせいぜい70,80程度。そのうち青春時代はわずか20年ちょっとじゃないか。そんなわずかな人生を,オヤジがどこからか見つけてきた女を無理矢理妻として押しつけられたりしたらたまったものではない。かといって,横笛を妻として駆け落ちでもしたら,オヤジの命に背くことにもなってしまう…人はこうした苦しみをきっかけに出家を志すのだろうか。ならば,私にとってもこれが良い機会なのかもな…」
父の命令も横笛との愛の生活もどちらも選ぶことができなかった時頼は,きっぱりと出家してしまいました。
時頼の父は,時頼の気違いじみたこの行動に,時頼を勘当してしまいました。
横笛は,時頼が出家出奔したことを伝え聞き,ショックを隠せませんでした。
「自分に一言も相談なく,一人で背負い込んで出家しちゃうなんて,あの人は何を考えてんのよ!会って話を聞かなきゃ!!」
と,嵯峨野の往生院あたりに時頼がいるとの未確認情報だけを頼りにある冬の暮れ方,ふらりと時頼を捜しに向かいました。
いざ往生院といっても,広大な敷地にたくさんの建物が並んでいるこの巨大寺院,そう簡単には見つかるものではありませんでした。
時頼の消息がつかめず途方に暮れていたところ,近くの房から念仏を唱える男声が聞こえてきました。それはまぎれものなく時頼の声でした。
横笛はその房に駆け寄って叫びます。
「私よ!横笛よ!時頼さま,たとえあなたの姿が変わり果てたとしても,一度でいいからあなたに会いたい!そのために,寒い中ここまでやってきたのよ!」
その声を聞き,時頼も房の内から横笛の姿を垣間見ました。
時頼は,横笛の一途な姿に心動かされました。
しかし,一度決めた仏門への帰依の道…心とは裏腹…時頼は,同僚の坊主に
「俺はここにはいない。門違いだと彼女に言ってくれ。」
と頼み,横笛は追い返されてしまいました。
横笛は,もはや自分に会ってもくれない時頼に何を思ったのでしょうか?
なんて薄情な人とでも思ったでしょうか?
それとも,自分のために時頼はそんなに苦しんでいるのかとでも思ったでしょうか?
横笛は,寒さの中,近くにあった石に,指から流れる血で歌を書きました。
「柴の戸の房に悩んで籠もられているあなた,本当の自分の気持ちに素直になって,私をお導きになってくださいまし」
こうして横笛は帰っていきました。
時頼は,横笛の去りゆく姿を愛しく,涙ながらに見ていました。
今回は心を強くして彼女を追い返しましたが,再び彼女がやってきたら,今度こそ心が揺らいでしまうだろうと思った時頼は,自分の甘さを断ち切るため,遙か遠い高野山に移ってしまいました。
愛する人に捨てられた横笛は,他の男に心移りすることなく,自らも時頼同様,出家し尼になってしまいました。
これを聞いた時頼は,横笛に歌を送りました。
「私も出家するまでは世を恨みもしたが,あなたも仏門に入ったと聞き,うれしく思っています。」
横笛はこれに対し,
「あなたが出家したことを今更お恨みしてもしょうがありません。あなたの決意は私に止められるものではありませんから…だから私もあなたに習って髪を剃ったのです。」
やがて,横笛は,思慕の念が積もったためか,出家先の法華寺で短い生涯を終えました。
横笛の死を知った時頼は,ますます仏道の修行を続け,さらなる境地に至り,後に高野聖と呼ばれる高僧になったということです。
おしまい
次回,このお話を前提に,コメントさせていただきます。