橋本屋吉次郎電子日誌

YAMAHA SR400・マツダ デミオ・ツーリング・城廻りについて・その他

土佐神社

2017-02-11 | 一の宮巡り

高知城を後にして、坂本龍馬記念館にやってきました。


高知県立坂本龍馬記念館
所在地: 高知県高知市浦戸城山830番地
開館時間: 9:00~17:00
休館日: 年中無休
入館料: 大人(18才以上) 500円,高校生以下 無料

中学の時、図書室で偶然目にした「竜馬がゆく」
この不思議な本のタイトルに惹かれて読み出したのが、私の坂本龍馬ファンそして歴史好きの始まりです。
ただ、近年、ツウぶって龍馬ファンであることを公言していませんでしたが・・・


さて、いよいよ今回の旅行最後の目的地です。


土佐神社
所在地: 高知市しなね2丁目16-1


社号標に書かれた「土佐神社」の文字は、橋本龍太郎元首相が書かれたものです。


土佐神社の参道入り口に建つ楼門(神光門)


鳥居


鳥居の足元には松飾りが置かれていました。


社殿
1570(永禄13)年に長宗我部元親公によって再建されたものです。
拝殿、幣殿、御本殿が十字の形をつくる独特の形状で「入りとんぼ」と呼ばれています。


拝殿前にはレールがあり脇にこんなのが置かれていました。
おそらく、初詣などの時に増設賽銭箱として使われると思うのすが、はたして?


本殿


御祭神は、
味鋤高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)
一言主神(ひとことぬしのかみ)
です。



鼓楼
1649(慶安2)年、2代藩主山内忠義による造営。
内部には時を知らせるための太鼓を吊されています。国の重要文化財。


摂社 事代主神社


ご神木の大杉


つぶて石
古代祭祀場の跡地といわれています。

輪抜け祓い所
 
 


絵馬殿


土佐神社から高知自動車道高知インターは数分です。
南国SAで土佐南国ラーメンをいただいて帰路につきました。
 

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高知城

2017-02-05 | お城巡り

愛媛・高知の城廻りの旅3日目です。
高知市内のホテルを出発し、朝9時前に高知城のある高知公園駐車場に駐車しました。
駐車料金は、1時間まで360円、30分延長毎100円です。

あいにく、未明から降り出した雨は、本降りになってしまいました。
 

関ヶ原戦の功績により徳川家康から土佐一国を拝領した山内一豊は、1601(慶長6)年、高知城を築き始めました。

おりからの雨で一豊公も泣いています。
 

いきなり、高知城のベストショットです。
追手門ごしに天守が見えます。
 

板垣退助氏も泣いています。
 


高知城の石垣には多数の石樋(いしどい)が設けられています。
石樋は排水設備のひとつで、城内の水を外に流すためにつくられています。
また、その際に石垣に直接当たらないようにするため(直接石垣にそって流すと地盤がゆるんで崩壊を促進してしまうため)、少し突き出た形状になっています。
雨量の多い高知城ならではの特徴です。
活躍する姿が見えて良かった?

側溝も活躍しています。
 

石垣の様子
 


杖も用意されていますが、さほど上り下りはたいへんではありませんでした。

三の丸鉄門跡
 
 


詰門
階上は登城した武士の詰め所になっています。


三の丸


天守が身近に見えてきました。
しかし、ここからも紆余曲折しなければいけないのは他の城と同じです。


二の丸


二の丸から詰門を通って本丸へ


本丸から見た西多聞櫓


天守と懐徳館(本丸御殿)
現存天守であるだけでなく、御殿をはじめ本丸の建物がすべて残っているのは高知城だけです。
開館時間:9:00~17:00
休館日:12/26~1/1
利用料:18歳以上 420円,18歳未満 無料
入場券売り場で日本百名城スタンプを押印することができます。


本丸御殿正殿上段の間
お殿様が座る場所ですね。
左に見える襖は武者溜といって警護の者が詰めています。いざというときはここから飛び出してくるのです。

なんと、高知城では武者溜の裏側が見られるのです。
裏側まで見られるのは私の知る限りではここだけです。
 

天守最上階からの眺め
北側
 


日の丸が掲げてある広場が二の丸
本丸への通路でもある詰門と多聞櫓も見えます。
手前に見える高欄(手すり)は高知城独特のものです。

三の丸
 


東側
右手前に大手門が見えます。


南側


鉄砲狭間はGun Portsと訳されていますね。


本丸黒鉄門


鐘楼
時を告げるために太鼓櫓がおかれている城はよく見かけますが、鐘楼はめずらしいです。

ここにも石樋があります。

 

武者返しもあります。
 

帰路は山内一豊の妻がお見送りくださいました。
 


高知県立高知城歴史博物館
平成29年3月4日開館予定です。

開館後にまた訪れてみたいです。
ひろめ市場で飲みたいし・・・(昨夜は土曜ということもあり満席でした)

このあと、桂浜の坂本龍馬記念館に向かいました。

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宇和島城

2017-02-01 | お城巡り

大洲から車で1時間ほど、宇和島にやってきました。

宇和島は宇和島城の城下町であり、江戸時代には宇和島藩の藩庁もおかれていました。
市街地に入ると、丘の上の城を簡単に見つけることができます。


桑折長屋門
開門:6:00~17:00(10月~3月),6:00~18:30(4月~9月)
藩政時代宇和島藩の家老桑折(こうり)氏の長屋門として使用されていたもので、現在は城山の北登山口に移築されています。
桑折長屋門前には市営城山下駐車場があり、そこに駐車しました。

駐車場向いにある、日本料理店。
まずは、ここで昼食をいただきました。


一心
所在地:愛媛県宇和島市丸之内1-3-2
電話:0895-24-6698
営業時間:11:30~14:00,17:00~22:00


鯛めし定食
宇和島名物の鯛めしは炊き込みご飯ではありません。


鯛の刺身を出汁につけ「ヅケ」の状態にしたものに、生玉子をかき混ぜていただくという、超リッチな玉子かけご飯です。
どういう処理がしてあるのかわかりませんが、柔らかく味のしみた鯛は玉子ご飯とよく合います。

なお、市営駐車場1時間分100円のサービス券をいただきました。

さて、桑折長屋門から登城します。



現地案内板
もっとも、2つとも反対側の登城口に建てられていたものです。


門脇には杖が用意されています。
利用されると良いでしょう。


すぐに道は二手に分かれます。
短いが急な坂道と長く緩やかな坂道です。

私は急な坂道を選びました。
緩やかな坂はおそらく工事車両が通行できるように新しく作られたものであり、本来の登城路は急な坂道の方だと思うのです。

急坂と行っても、かつては鎧兜を着用し、刀や槍を持って登城したわけですから、丸腰・軽装のくせに避けてはいけないのです。
 


井戸丸跡
大きな井戸が残っていました。


城山郷土館
所在地:宇和島市丸之内1
開館時間:9:00~16:00
休館日:月曜日
入場料:無料

三の丸に建てられていた山里倉庫(武器庫)を移築したものです。
民俗資料や古写真などを展示している他、宇和島出身の偉人やゆかりの人物にスポットを当て、映像、パネル、関係資料などで紹介しています。


穂積陳重・八束の生家長屋門
穂積陳重は、明治から大正期の日本の法学者で日本初の法学博士です。
また、弟の八束は憲法学者です。
建物の入り口には「城守屯所」との看板が掲げられており、管理事務所として使われているようでした。


天守が見えてきました。


三の門跡


二の丸に到着しました。


石段を登って本丸へ


本丸


天守
開館時間:9:00~16:00(10月~3月),9:00~17:00(4月~9月)
休館日:無休
入場料:大人200円,小・中学生100円


三重三階の現存天守です。
日本百名城スタンプは天守1Fのテーブル上にあります。入口から入って右手です。


宇和島城は、藤堂高虎によって築かれた近世城郭です。
西側半分が海に接し、東側は海水を引き込んだ水堀に囲まれた海城でした。
現在見られる、天守などの建築は藤堂氏の後に入った伊達氏によるものでですが、縄張そのものは藤堂高虎の創建した当時の形が活用されたと見られています。
最大の特徴は、五角形平面の縄張りです。
城を攻める側は当然方形の縄張を予想して攻めてきます。しかし実際は五角形だから、一辺が空角になります。つまり、城を攻める側にとって、完全に死角になってしまい、攻撃は手薄になります。
この一辺の空角は、敵の攻撃を避けられるとともに、敵を攻撃する出撃口ともなり、さらに、物資搬入口、城から落ちのびる場合の抜け道ともなります。
現に幕府の隠密が江戸に送った密書(『讃岐伊予土佐阿波探索書』)には「四方の間、合わせて十四町」と、誤って報告されています。

天守からの眺め
北西方向
宇和島湾が見えます。
 

北東方向
 

南東方向
 

南西方向
埋め立てによって増えた市街地に囲まれており、海城の様相はもはや見られません。
 




雷門跡


帰りは南登山口に向けて降りていきました。


式部丸跡の石垣


上り立ち門
現在は、城山南側の登城口として機能していますが、江戸時代の絵図によれば、天守へ登城していく搦手筋に位置していました。


児島惟謙像
大津事件で司法の独立を守った事で有名な、宇和島出身の司法官です。

この日は、高知市へ移動し、宿泊しました。

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大洲城 後編

2017-01-29 | お城巡り


4層4階の天守を登ります。

往時の様子
 

2階まで上がるとなぜか?
 

 

 



階段が急なので、スリッパ履きでは危険だからです。

最上階からの眺めです。
北側
 

肘川が天然の堀と交通路の役割を果たしています。

東側も肘川がせまっています。
 

南側
右手に見える校舎は大洲高校で、そのあとりに西門がありました。
 

西側
 

梁の上にある大きな矢は、棟上げ祭に使われたものです。
 

現在の本丸の様子
 

御門番長屋
 


中江藤樹像
大洲出身の陽明学者です。


大洲城をあとにして城下町を散策します。

 


臥龍山荘
所在地:愛媛県大洲市大洲411-2
営業時間:9:00~17:00 (札止16:30)
観覧料:大人 500円,子ども 200円,(大洲城との共通券:大人 800円,子ども 300円)

明治時代に木蝋貿易で成功した河内寅次郎が、十余年をかけて築造した別荘です。
 
 
 

肘川河畔の景勝地につくられています。
 


茶室 知止庵


不老庵

なんと葉をつけた木がそのまま柱として使われています。
 


潜龍洞
氷室として使われていました。

ひとつひとつのつくばいに一輪ずつ花が生けてあり、趣がありました。
 
 
 

 

かつて、大洲は、手すき和紙、木蝋、製糸業が盛んでたいへん賑やかな街だったようです。
それを物語るように大洲神社前にはこんなに立派な常夜灯が建っていました。
 


大洲は見所がいっぱいの街です。
今度、訪れるときはゆっくり街歩きをしてみたいです。

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大洲城 前半

2017-01-26 | お城巡り

愛媛県・高知県のお城廻り2日目です。

松山市内のホテルで朝食をとり、車で1時間ほど、大洲市にやってきました。

大洲は山間部ですが、肱川の海運に恵まれた交通の要所でした。
大洲城は、1331(元弘元)年、守護として国入りした宇都宮豊房によって築城されたといわれ、その後、藤堂高虎等によって大規模に修築がなされ、伊予大洲藩の政治と経済の中心地として城下町は繁栄していきました。

第一観光駐車場(無料)に駐車し、大洲城をめざします。

西門跡
西門
大洲城の搦手にあたり最南部に位置していました。
傍らには西門櫓が建てられていましたが、現在では大洲高校の校舎に変わっています。


三の丸松並木跡
クロマツの並木があったそうですが、マツケムシの被害によってすべて枯れてしまっています。


中村修二氏顕彰碑
LEDの開発でノーベル賞を受賞した中村氏は、小学校から高校まで大洲市ですごしました。



南隅櫓
1766(明和3)年に再建されたもので、大洲城では最古の建物です。


櫓からの眺め
現在は大洲高校のテニスコートになっていますが、以前は水田だったようです。


旧加藤家住宅主屋
大洲藩加藤家最後の藩主である加藤泰秋の嫡裔にあたり、名誉市民でもある故加藤泰通氏が、大正14年にその居住として建築した物件で、大名屋敷の名残である格調の高さが香る一方、西洋風のモダンさも兼ね備えた建物です。

昭和50年代には、正面玄関など建物の一部が、映画「男はつらいよ」の撮影でも使われたそうです。

南隅櫓と旧加藤家住宅主屋は、大洲城三の丸南隅櫓公園、通称、お殿様公園として整備されています。


大洲城三の丸南隅櫓公園
所在地: 大洲市大洲848-1
開園時間: 9:00~17:00
利用料金: 無料

天守のある城山公園に向けて歩いて行きます。
 

昔の名残が残る街並み
 


大洲市民会館
駐車場(有料)は観光にも利用できるのですが、この日は市民が集まって何か行事が行われていました。

櫓下御門(二の丸大手門)跡
 
 


下台所
食料庫として使われていました。

天守が見えてきました。
 

二の丸御殿跡
 

天守に近づいてきました。
 


暗がり門跡
天守に到る最後の門で、城内で最も大きな櫓門がありました。

本丸に着きました。


高欄櫓(こうらんやぐら)
大洲城の中で唯一2階に縁と高欄のある櫓で、城内が一望のもとに眺められます。
1860(万延元)年に再建されました。


天守
他の城と同じように大洲城も、維新後は城内のほとんどの建築物は破却されましたが、地元住民の活動によって本丸の天守・櫓は一部保存された。
しかし天守は老朽化と構造上の欠陥のために1888(明治21)年に解体されてしまいました。
現在の天守は伝統工法を用い、2004(平成16)年に復元されたものです。
工事中に一般公開されたことがあり、足場から工事の様子を見学しました。
「完成したら、また見に来たい。」とそのとき思っていましたが、十余年越しにようやく願いがかないました。


台所櫓
天守入り口になっています。

ここで、日本百名城スタンプをお願いしたところ、


シールもいただきました。
どこに貼ろうかな。

本丸北面は肱川に接する崖となっています。
 


そこをこんな感じで工事したようです。
ゴンドラの代わりに袋をつるすとはねえ・・・


いよいよ、天守に登ります。

(後半に続きます)

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松山城(伊予国) 後半

2017-01-23 | お城巡り

松山城は4回目の訪問です。
過去3回は、前半で紹介したルートで見学した後、大天守でまわれ右をして帰りましたが、今回は違います。


仕切門
大天守北側にあります。


天神櫓
全国的にも珍しい寺社建築の正面扉(しとみど)を有する櫓です。
加藤嘉明の後に入城した久松氏の祖先神である天神(菅原道真)を祭ったので「天神櫓」と呼ばれています。


紫竹門
本檀と搦め手口とを遮る要衝の門です。


野原櫓
二層の櫓ですが、一層部の中央に
望楼の様な二階部が立ち上がっている様式は
現存の櫓としては極めて珍しいそうです。


乾櫓


乾門

松山城には4つの登城道があり、それぞれ距離や勾配が異なるので、自分に合ったウォーキングコースを選べるようです。
この日も観光客に混じってウォーキングしている市民も多く見かけました。
その中の一人の方と話をすることができました。

彼に勧められたベストアングル
 

乾門を出たところから本壇を見返す構図です。


北側から見た石垣
このあたりはほとんど観光客もいなかったのですが、この中国人(台湾人?)カップルは私たち同様に細かいところもよく観察しています。
実は、湯築城でも一緒になりました、相当、日本に詳しい方なのでしょうか。

大手門にもどり、黒門口登城道を通って、二の丸庭園をめざします。
 


以前から疑問に思っているのは松山城が国宝でないこと
大天守など本丸本壇が1854(安政元)年再建と比較的新しいためだとも言われていますが、21棟の現存建造物が国の重要文化財に指定されていますし、城というものは天守だけではなく、櫓、門、塀、石垣、堀といった総合建築物であり、それらがバランス良く残されている点では日本でも有数であると思うのですが・・・。


黒門口登城道を降りていきます。
江戸時代ではこちらからが正規ルートです。


黒門


二之丸に到着


二之丸多聞櫓
NHKドラマ「坂の上の雲」の撮影で使われたので見覚えのある方も多いのでは

かつては表御殿跡と奥御殿跡がおかれていました。
 

現在は、二之丸庭園として整備されています。
入場料: 大人 200円,小人(小学生) 100円
開園時間: 9:00~16:30(12月~1月),9:00~17:00(2月~7月,9月~11月),9:00~17:30(8月)
休園日: 12月第3水曜日


御殿の間取りの枠にミカンが植えられていますが、これが庭園?

大井戸の跡
 

番所
 

米蔵
 

井戸
 


本丸と二の丸はこんなに離れています。

松山城の見学時間は1時間45分ほどでした。


二之丸庭園から、歩くこと十数分、坂の上の雲ミュージアムにやってきました。


坂の上の雲ミュージアム
所在地: 愛媛県松山市一番町三丁目20番地
開館時間: 9:00~18:30(入館は18:00まで)
休館日: 月曜(休日の場合は翌日)
観覧料: 一般 400円,高齢者(65歳以上)200円,高校生 200円,中学生以下は無料

司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」は、秋山好古,秋山真之と正岡子規の松山出身の三人を軸として書かれた歴史小説であり、このミュージアムがつくられた数年後にはNHKでドラマ化されました。


坂の上の雲ミュージアムの奥に建つ萬翠荘
1922(大正11)年、旧松山藩主の子孫にあたる久松定謨(ひさまつ さだこと)伯爵が、別邸として建設したものです。
フランスに留学したため、仏風の建築様式になっています。
なお、この留学には秋山好古が随行し、騎兵戦術を習得して帰っています。

萬翠荘
開館時間: 9:00~18:30(入館は18:00まで)
休館日: 月曜(休日の場合は翌日)
観覧料: 1階は無料,2階はギャラリーとして使われ有料


収蔵庫


さらに十数分歩いて、秋山兄弟生誕地を尋ねてみました。


兄の秋山好古
日本騎兵の父とよばれ、日露戦争では敵の大騎兵団の退路を遮断し勝利に貢献した。


弟の秋山真之
日露戦争では連合艦隊司令長官東郷平八郎の下で作戦参謀となり、「旅順口閉塞」「七段構え」などロシアのバルチック艦隊迎撃作戦を立案し、日本海海戦の勝利に貢献、日露戦争における日本の政略上の勝利を決定付けた。

復元された住居は好古が陸軍を退役した後、松山に帰って私立中学の校長を務めたときのものだそうです。
単身赴任とはいえ、陸軍大将までつとめた人間の屋敷としては質素すぎ、彼の人柄がうかがえます。

 

秋山兄弟生誕地
所在地: 愛媛県松山市歩行町2-3-6
開館時間: 10:00~17:00 (入館は16 :30 まで)
休館日: 月曜日(祝日および振替休日の場合は、その翌日)
観覧料: 大人 300 円,高校生以下無料

秋山兄弟の名は、松山でも、司馬遼太郎が「坂の上の雲」を発表するまでは、知る人のみが知る存在だったそうです。

ここにも碑が建っていただけだったそうです。
(この碑も松山空襲により割れ、補修されています。)
 

隣には道場があり、真之が鎮座していました。
 

このあと市電に乗って道後公園に帰り、車にて松山市内のホテルへ移動しました。

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松山城(伊予国) 前半

2017-01-20 | お城巡り

湯築城から市電にて移動、「警察署前」停車場下車、徒歩にて松山城に向かいました。

松山城は4回目の訪問ですが、過去3回はロープウェイまたはリフトを利用しました。
今回は、ロープウェイ・リフトに平行してある東雲口登城道を使って登城します。


登城道の入口には、松山城初代城主 加藤嘉明の銅像があり、登城されるお客様をお迎えしています。
加藤嘉明は、豊臣秀吉の子飼衆で、賤ヶ岳の七本槍・七将の1人です。
関ヶ原の功績により伊予松山初代藩主となり、松山城を築き始めました。
その後、25年もかけて整備し続けていたのですが、完成前の1627(寛永4)年、会津藩へ移封されました。
43万5,500石に加増されたわけですから、悪い話ではないですが四半世紀かけて築いた城の完成を見られなかったのですから心中複雑だったことと思います。


東雲神社


登城道は左脇です。

松山城に限らず、平山城はかなり高いところに建てられているよう見えますが、実際はそれほどでもないことが多く、ロープウェイ降り場がある長者ヶ平まで、徒歩でも10分かかりませんでした。
なんと、ロープウェイを選択した家内よりもはやく到着しました。
ただ、大汗をかいてしまい、急遽土産店でフェイスタオルを購入する羽目になりました。
 

コートを着ていたとはいえ、1月に汗拭きタオルを買うとは思っていませんでした。
しかも、東雲口登城道周辺にはこれといった遺構は見られませんでした。


ロープウェイ・リフト降り場から進むとまもなく、ご覧の分岐点があります。
右手に進むと本丸、正面に見える下り坂は県庁裏登城道です。もうひとつ左にも下り坂があり、これが東雲口登城道です。

本丸に向かって進むとすぐにこのような光景が眼に飛び込んで意気高揚します。
 


揚木戸門
築城当時からつくられ西の大手門ともよばれていたそうです。


こちらは大手門
黒門口登城道で登城するとここに到着します。
今回は帰路で使うことにします。


太鼓櫓に向かって歩いていくと、登城路は180度回転反対側を向きます。


戸無門
昔から門扉がないので戸無門と呼ばれ、鏡柱にも扉を取り付けた痕跡がありません。
堅固であるはずの城門なのに戸がないとは?
「きっとなにか罠が仕掛けてあるに違いない」と敵兵に思わせてしまう心理的な意味があるようです。

再び180度屈曲すると今度は強固な門に出くわします。
筒井門
 

実はこの門の奥、石垣の陰にも一つ小さな門である隠門があります。
筒井門の攻略に集中している敵兵に対して、気づかれず隠門から出て背後を突く仕掛けです。
 

筒井門続櫓
 

巽櫓
 

太鼓門
 

太鼓櫓
 


本丸に到着しました。
売店もありますので、暑いときはこのあたりでひと休みするとよろしいかと思います。


左から小天守、大天守、二ノ門南櫓
ここから先(本壇)は有料区域です。
入場料: 大人 510円,小人(小学生) 150円
開館時間: 9:00~16:30(12月~1月),9:00~17:00(2月~7月,9月~11月),9:00~17:30(8月)
     (本丸広場 5:00~21:00(11月〜3月 5:30〜21:00))
休館日: 12月第3水曜日(大掃除)


一ノ門


筋金門東塀
狭間と石落としがよくわかります。


筋金門

松山城は連立型天守といって、大天守・小天守・南隅櫓・北隅櫓を仕様に配置し、その間を渡櫓で互いに結んだ造りになっています。

このため、なんとかここまで攻めることができたとしても、足を踏み入れた瞬間に四方から矢や弾が飛んでくるという恐ろしい目に遭います。
 


南隅櫓と十間廊下


北隅櫓


小天守


大天守
創建時には、現在、五重天守が建てられていたと言われていますが、1642(寛永19)年に三重に改修しています。
本壇がある標高132メートルの本丸広場の一部は谷を埋め立てているため地盤が弱かったからとも、武家諸法度の意を受けて、江戸幕府に配慮したためともいわれているが理由は不明です。
この三重天守も1784(天明3年)年に落雷により焼失、現存する大天守は、1854(安政元)年、落成した3代目の天守で、連立式三重三階地下一階構造の層塔型天守です。


穴蔵
大天守地下一階は米倉・穀倉になっておりその入り口。現在は大天守入り口となっている。
なお、日本百名城スタンプは天守閣受付で押すことができます。

大天守からの眺め


本丸


二の丸庭園が見えます。


西には湯築城跡がみえます。

松山城は見所が満載で、まだまだ書き切れないので後半に続きます。

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湯築城

2017-01-17 | お城巡り

国道317号線を使って、今治城から1時間ちょっとで湯築城に到着しました。

湯築城は、14世紀から16世紀にかけ、伊予の国を治めた河野氏の城があった場所で、今は道後公園として整備されています。


有料駐車場が整備されていますが、付近のタイムズの方が割安なので、そちらに駐めました。

搦手門跡(道後公園西口)
 

市電「道後公園」停留場のすぐ前です。
 


湯築城資料館
所在地: 愛媛県松山市道後公園
開館時間: 9:00~17:00
休館日: 月曜(祝日の場合は翌日),12/29~1/3
入館料: 無料

発掘調査の成果や河野氏の歴史が展示されています。
ここでビデオを見てから、見学を開始しました。
なお、日本百名城スタンプは資料館においてあります。

当時の武家屋敷が再現されています。
 


中では、連歌の会を催している様子


土塀

湯築城は内外二重の堀に堀に囲まれており、それぞれ堀のまわりには土塁が築かれています。
 

外堀の土塁
 

土塁の上から眺めた外堀
 


土塁展示室
外堀土塁の断面を見ることができます。


外堀の内側には道路と排水溝がめぐらされています。
さらにその内側に家臣の屋敷がおかれていました。


手前に見えるのが内堀の堀、堀の向こうは丘陵地になっています。
この丘陵地に天守のない平山城が築かれていたらしいです。


土坑
ゴミ捨て穴です。
ここからは宴会で使われた器が多く見つかっています。

目前のこんな風景を見ながら宴を開いていたのでしょうか。
 


遮蔽土塁
このあたりは外堀土塁(右)と内堀土塁(左)が最も近づいています。
大手からの視線を遮ることと上級武士居住区への容易な侵入を防止する役目も果たしていたようです。


大手門跡
現在では道後公園東口になっています。


城跡のあった丘陵地へ、
勾配が急な石段を登っていきます。

途中に祠がありましたが、新しいもののようです。
 


さらに、石段を登ると、


展望台が見えてきました。




展望台に立ち、西を眺めてみました。
正面の丘の上に見えるのが松山城です。

1548年、豊臣秀吉の四国攻めにより小早川隆景に湯築城を明け渡し、この城の歴史は終わりました。
それは、同時に平安時代から400年の長きにわたる河野氏の伊予支配の終焉でもありました。


北方向には道後温泉のホテル群が見えます。
残念ながら道後温泉本館は建物の陰になって見えませんでした。


丘陵地北面の木木にはなにやら飾り付けがされていました。
子ども達が袋に絵を描いているようです。
風に揺らされると、内蔵されたLEDが点滅するようでした。

 


石造湯釜
道後温泉の浴槽内の湧出口に設置されていた花崗岩製の湯口です。
天平勝宝年間(749年~757年)に作られたと伝えられ、現在の道後温泉本館ができる明治27年(1894年)まで使われました。


内堀


搦手門跡(道後公園西口)にもどってきました。
駐輪場がありますので、バイクはここにとめるとよいでしょう。

資料館を含めて1時間弱の見学でした。

このあと、クルマは駐車場に置いたまま、市電で松山城に向かいました。
 

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今治城

2017-01-14 | お城巡り

愛媛県・高知県の城巡りに出かけました。
今回は家内同伴のため、デミオでのドライブです。
自宅を朝3時過ぎに出発すると、予定通り9時少し前に今治城に到着しました。
距離感覚がずれてしまっている私にとって476km,5時間半の行程はたいしたことないと思っていましたが、今の時期は日の出が遅いため、ずっと暗い中の走行であり神経を使いました。
第1駐車場(1時間100円)に駐車
 


檜垣俊幸氏像がお出迎え。
今治市名誉市民で今治造船会長です。
総資産で日本3位('12 週刊現代調べ)という方だそうです。

今治城は,関ヶ原合戦で功があり,伊予半国20万石で入封した藤堂高虎により築かれました。
高松城(香川県高松市),中津城(大分県中津市)とともに日本三大海城(あるいは三大水城)といわれています。
 
 


犬走り
石垣の下部に人が建てるスペースがつくってあります。
軟弱な地盤に石垣を積むための工夫です。
防御機能としてはより強固になるという意見もあればと攻め側にとっても有利になってしまうという見方もあります。

堀には海水が引き込まれ(YANMARの建物の下に取水口が見えます)、
 

海の魚が見られるそうです。
 


いざ登城


鉄御門

セオリーどおり、ここで三方から狙われることになります。

正面から
 

そして左右から


このように、三方から実際に枡形を見下ろすことのできる城はありそうで、なかなかないんですよね。


官兵衛石
高虎から築城奉行を命じられた渡辺官兵衛を称えた記念石で、重さ16トンあるそうです。
その後、官兵衛は大阪夏の陣で身勝手な行動が確執となり、高虎のもとから離れ、京で風呂屋を開業し、一介の庶民として生涯を閉じたそうです。


藤堂高虎像と模擬天守
高虎は築城の名人であり、宇和島城,丹波篠山城津城伊賀上野城膳所城などを築城し、江戸城二条城,丹波亀山城などの築城でもアドバイザーとして活躍しています。


本丸御門


模擬天守とと南隅櫓台
今治城は日本初の層塔型天守でしたが、高虎が1608(慶長13)年に伊勢伊賀に転封となると解体され持ち去られ、1610(慶長15)年に幕命で丹波亀山城の普請を担当すると、同城の天守として徳川家康に献上してしまいます。
現在の天守は、1980(昭和55)年に築かれたものですが、望楼型となってしまっています。

また,上げられている場所も,史実と異なる北隅櫓台の上というオマケ付きです。
見栄えを考えて破風を付けてしまったとか・・・・


石落としも復元されています。

観覧料金(天守・御金櫓・山里櫓・武具櫓鉄御門の共通券):一般 500円,学生 250円,高校生以下(18歳未満) 無料
開館時間: 9:00~17:00
休館日: 12/29~12/31

日本百名城のスタンプは天守閣受付で押すことができます。


天守閣からの眺め
瀬戸内海が目前に迫っています。
遠方にしまなみ海道も見えます。



吹揚神社
今治市内各所にまつられていた神明宮、座王八幡宮、蛭子宮、厳島明神の4社を廃藩の際、1872(明治5)年、城内本丸に合祀鎮座されたのが始まりで、今治城の別名・吹揚城から名付けられました。


矢野七三郎像
綿ネル技術を今治に導入し、綿ネル製織を開始し、今治綿業の父とよばれているそうです。
現在の今治タオルはここから始まるのですね。
台座にある「首倡功」の意味は「首て功を倡となう」と読み偉大なる創始者に贈られる尊敬の言葉だそうです。


御金櫓(おかねやぐら)
二の丸跡の東隅に立つ二重櫓。
1985(昭和60)年に再建。
内部は郷土出身作家による現代美術館になっています。


山里櫓
二の丸北西隅に立つ二重櫓。
1990(平成2)年に再建されました。
内部は武具や古美術品が展示されています。


武具櫓
2007(平成19)年に再現復元。
鉄御門や多聞櫓とつながっており、内部を公開しています。


櫓めぐりスタンプラリーが行われていました。
天守・御金櫓・山里櫓および鉄御門と武具櫓とスタンプを集めると、達成記念スタンプとプレゼントがもらえるというものです。

もちろん、4カ所すべてめぐりました。
今治城はさほど広くなく、所要時間は1時間ちょっとでした。
 

プレゼントは絵はがきでした。
 

堀越しに見る遠景が美しい城です。
 
 

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ミドリ安全 静電作業靴 PS-01ライトS

2017-01-04 | なにげない日常

昨年までのあらすじ
近年、オフィス静電気に悩んでいました。
スチール棚に触れるとバチッ!
印刷機でもバチッ!
デスクの端で、流し台で、水道栓で、黒板で、いたるところでバチバチやっていました。静電気ノイローゼでビビりながらこの時期を過ごしていました。
ところが、救世主発見!


ぺんてる静電気除去グッズ ビーシリーズ
使い方は簡単で、静電気が発生しそうなとき、先にこれを押しつけて放電しておけばOKというものです。
これによって、静電気の恐怖から解放されたのでした。


さて、今年になって気づいたこと
この静電気除去グッズにはたいへんお世話になりましたが、弱点が二つほどあります。
一つは紛失しやすいこと
小さなサイズなのでなくしやすいと思っていたのですが、やっぱり紛失してしまいました。現在は、二代目を使用しています。
 

いつもポケットに入れておけるように小さなサイズを選んだのが仇になったようです。
大きなものに換えれば紛失しにくくなるのですが、携帯しづらくなります。

二つ目の弱点は不意打ちには通用しないことです。
予期してない場所で静電気が発生することがあります。
いつも発生しているところでも、思わず手を触れてしまうこともあります。
こうした、予測できない攻撃に対してはかわすことができないのです。

そこで、思い出したことがあります。
昨年、静電気除去グッズをもってどういうシチュエーションで静電気が発生するか調べてまわりました。
その結果、足を動かすことによって帯電することがわかりました。
最初は履き物と床材の摩擦によって発生すると思ったのですが、職場で履いているのはゴム底のサンダルなのでこれが原因とは考えにくく、結局、サンダルと靴下の摩擦によって発生するのではないかという仮説に至りました。


職場で長年履いていたサンダル(汚いのでモザイクをかけました)、革製なので静電気おきやすいと思うのです。

調べてみると静電作業靴というものがあり、サンダルタイプの設定もあるようです。

で、選んだのがこれ


ミドリ安全 静電作業靴 PS-01ライトS
ミドリ安全.comでは一足から購入できるのですが、クレジット決済ができないようだったので、Amazonで購入しました。結果、2割引でした。

デザイン的にも質感的にもイマイチ
 


裏はこんなかんじです。
弾力性はあまりありません。


最大の特徴はこれです!

実際に使用してみました、履き心地は悪くもなく良くもないといったところ
底が硬い素材なので、歩くとカツカツいいます。まぁ気になるほどではありませんが・・・

問題の静電気ですが、これは全くなくなりました。
このサンダルを履いてバチッときたことは一度もありません。
この点だけで大いに評価できると思います。

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