詩遊空間 <いつかのBGM>

今まで聴いてきた音楽、今日聴いた音楽、これから聴く音楽・・・      

Live at Club Mozambique / グラント・グリーン

2008年07月30日 | ジャズ・フュージョン

曲目
1. Jan Jan
2. Farid
3. Bottom of the Barrel
4. Walk on By
5. More Today Than Yesterday
6. One More Chance
7. Patches
8. I Am Somebody


これって真剣になって聴くものなのでしょうか?
このフレーズがああだとか、ここのアンサンブルがどうだ、とか・・・って考えながら聴く音楽なのでしょうか?

さっきからヘッドフォンで大音量にして聴いているのだが、頭がクラクラきてます。
まぁ、クソ暑い中、クーラーもつけないで聴いているという自分も悲しいが、なんだか、思考回路停止、というか、判断能力が焼きたてのトーストの上で溶けてゆくバターのようにとろとろになっています。

グラント・グリーンのアルバムを聴いて、『物凄いフレーズ』とか『超絶技巧』とか言うキーワードが頭に浮かんだためしは無い。
ただあるのは、『勝手に走り去ってゆくリズム』とか『けつを蹴り上げられるような振動』とか『背中を見知らぬ人が押してくれているようなスピード感』とかだ。

それはそれで良いのではないでしょうか?
『何も考えない』ってのもなんだけど、べつに無理に考えたって仕方がない世界ってのもあるだろうし、是非あってほしい。
ただでさえ世知辛い世の中なのだから、音楽を聴く時くらいは何も考えず、ただただ音の洪水にのまれるってのもアリだと思います。

それと、やっぱあれだね。
『大音量で聴く』・・・ってのがミソだね。

音楽の中では、大音量で聴いてこそ、大音量できいてナンボのものもある。
ハードロック、ヘヴィーメタルなどはその典型ですね。
プログレやPOPSなども、どっちかといえば大きい音のほうが身体に効く。
ラテンやサンバなんてのもそうだし、フォークやボサノヴァをしみじみと小さな音で聴かなければならない法律なんてない。
ファンク、R&B、クラシック・・・

・・・って、なんだ全部じゃん。

とどのつまり、音楽はできるなら『大きな音』で聴きたいし、聴いてこそ・・・ってのもあると思う。

ということで、一刻も早く完全防音設備のついた部屋を作りたいと思っています。

なので・・・誰かお金ください。


REAL BOOK STORIES / ウォルフガング・ムースピール

2008年07月28日 | ジャズ・フュージョン


曲目
1.Lament
2.All the Things You Are
3.Someday My Prince Will Come
4.I Hear a Rhapsody
5.Blue in Green
6.Giant Steps
7.Peace
8.Liebeslied
9.Ask Me Now
10.Solar

Wolfgang Muthspiel(g)、Marc Johnson(b)、Brian Blade(ds)


このアルバムのムースピールは、さほどアウトもしないけれど、それでもこれから一刻も早く彼のアルバムを買いそろえたい・・・という衝動に駆られている。

・・・って、ちょっと大袈裟だけど、情けない事に彼のアルバムを聴くのはこれが初めてなのだ。
アルバムジャケットやヨーロッパ・ジャズというくくりからして、聴く前からなんとなく想像はしていたけれど、やっぱ想像を裏切らないものだった。
メセニー、ジョンスコ、フリゼール以降のギタリストって正直言って『なにがなにやら?』みたいな感も無いではないが、こんな事書いちゃずっと以前からムースピールを聴いている人には確実に怒られそうなので、もっと彼のアルバムを聴き倒してからそこらへんの詳しい事は書いていこうと思ってる。

スタンダード曲集ってのも良いよね。音を聴いた事の無いアーティストを買うときには、ひとつの選択肢として『知ってる曲が入ってるものを買う』ってのも僕的にはアリなのです。
そこで何かが引っかかったり、引っかからなかったりするので、そこらへんをそのアーティストに対する『初歩的判断材料』とするのも悪くは無いと思っている。
(ただ、そればっかりに頼っていれば、けっきょく『聴かず嫌い』で終わってしまうのもないではないのだが・・・)
だから、あくまで『初歩的判断材料』としてのみで話をさせてもらうと、このアルバムは僕のいろんなところに引っかかってきた(引っかかってくれた)

・・・というわけで、彼のアルバムについて次はなにを買えば良いのか?
詳しい人がいれば是非教えてください。

・・・って、そんなの自分で考えろ!って話だわな。

Guitar Groove / ルネ・トーマ

2008年07月26日 | ジャズ・フュージョン


曲目
1.Spontaneous Effort
2.Ruby, My Dear
3.Like Someone in Love
4.MTC
5.Milestones
6.How Long Has This Been Going On?
7.Green Street Scene


しいて言えば、『実直で真面目だけがとりえのマスオさん』みたいなものか。
奏法的な特長とか、スタイルとかがイマイチ掴みづらい。
まぁ、あきらかに白人ギタリストの経路をたどっている。といえばそれまでだけど、このアルバムが作られた時代(1961年)からしてもオーソドックスだ。
ジミー・レイニーを隅々まで研究したとあるが、なるほどジミー・レイニーですね。ちょっとばかりジミー・レイニーよりはパキパキ弾いている感はあるが・・・
それ以上も以下もないような・・・そんな印象です。

・・・って、べつにこのアルバムをけなしているわけでは全然なく、逆に、良いですねぇ~
この実に安定して保守的なハード・バップの世界というのも。
うん。。精神的にリラックスできます。

私事で恐縮だが、昔ジャズ・ギターを志したものの、ジャズのジの字もいかない段階で早々と爆死してしまった僕からすれば、『なんだか、できそう・・・』な気分にもなる。
いや、無理だろう。間違いなく無理だろう。
・・・でも、ほんの少し『ジョー・パスは無理でも、ルネ・トーマならできる・・・かも。』って、なにを根拠にこんな事思っているといえば、『すごく耳に聴き取りやすい』のですよ。
前記したような『実直で真面目な音符』がわかりやすく耳に入ってくれる。
まぁ、ギターを置いて数十年、耳ではわかってても指がついてこないのは火を見るより明らかなのだが、『ウェスは無理でも、ルネ・トーマならなんとかならないか?』・・・って。
驚くべき速弾きとか、指使いが難しそうなコードとか、脳みそがこんがらがりそうなフレーズとか・・・
そういう、『そりゃ素人には無理だろう・・・』みたいな部分が少ないような、一種の『ジャズギター入門者のための教則本』みたいな感があるような気がする。

・・・と、こんな事書いているが、実は凄いテクニックなのですよ。(・・・と思います)
特にリズム感は相当なものだと思う。
メトロノームを睨みながらギターを弾いているかのような正確なタイム感、正確な右手と左手のタイミング・・・は、そりゃもう、ジャズ・ギター第一段階以前で爆死な僕にとっては『完全に無理』です。

それと、すごいついでで言えば、JRモントローズって今までこんなにいいとは思わなかった。特に『Ruby,My Dear』の泣きなんて鳥肌もんですよ。

ヴォーカル・アルバム / クルセイダーズ

2008年07月20日 | ジャズ・フュージョン


曲目
1. ストリート・ライフ
2. ファンキー・ワールド
3. ベター・ノット・ルック・ダウン
4. インヘリット・ザ・ウインド
5. ホールド・オン
6. ヘルプ
7. ソウル・シャドウズ
8. ザ・ウェイ・イット・ゴーズ
9. 明日への道標
10. 想いつづけて
11. 燃えるカーニヴァル


『ストリート・ライフ』・・・いいですねぇ~
この実にわかりやすい音楽。暑さで朦朧としている腐れ脳みその中を、まるで微風のように吹き抜けてゆきます。

『わかりやすい音楽』
なにかとテンション高めで、転調の嵐、超絶ユニゾン、早弾きプレイ・・・
そういうのもけっこう好きな僕でも、やはりこのクソ暑い日本の夏には、こういうすんなりと身体に浸透してくれるような、『予定調和的でわかりやすい音楽』というのも欲する。

なんともそれらしいイントロから始まり、それらしいメロディーが流れ、それらしいサビに・・・
そして、ここでこのコード展開がくるなと思うと、やはり予定通りのコード展開、何の無理も無いジョー・サンプルの流れるようなエレピ、そして、そろそろ欲しいなと思う丁度いいタイミングで入ってくるウィルトン・フェルダーの、もう完全に『それらしい』サックス。
そんなこんなを聴いていると、『やっぱクルセイダーズって、これだな。』と実感する。

このアルバムは、そんな『ほぼ僕たちの欲するフュージョンサウンドの原型』のようなクルセイダーズのヴォーカルナンバーばかりを集めた、いわば企画モノ。

中ではやっぱジョー・コッカーが泣かせるよね。
『この曲で、ジョー・コッカーが、いかにもジョー・コッカーっぽく歌う』
曲のタイトルを見ただけでも、そんなイメージがわいてきそうでしょ?
『明日への道標』なんてモロに・・・

良い意味でも悪い意味でも期待を裏切らなかったクルセイダーズ。
最近、最新ライヴ盤が出たらしいけれど、じつのところまだ聴いていない。
でも、聴く前からうっすらとはわかるような気はする。
『08年のクルセイダーズが、ああいうのやこういうのを、ああいう風にこういう風に演奏している姿』というやつが

それは良い意味でも悪い意味でも・・・


テイキン・オフ / ハービー・ハンコック

2008年07月17日 | ジャズ・フュージョン

曲目
1. ウォーターメロン・マン
2. スリー・バッグス・フル
3. エンプティ・ポケッツ
4. ザ・メイズ
5. ドリフティン
6. アローン・アンド・アイ

ハービー・ハンコック(p)、フレディー・ハバード(tp)、デクスター・ゴードン(ts)、ブッチ・ウォーレン(b)、ビリー・ヒギンズ(ds)


どこかから微かに『こやし』の香りが漂ってくるような、そんな田舎の風景が頭に浮かんでくる。のような、のどかなこのアルバムは、ハンコックの記念すべきファースト・リーダー・アルバム。

『もう少しなんとかならんのか?』ってほどに、朴訥(・・・すぎる)デクスター・ゴードンなんて、ほんとほのぼのした田舎のお百姓さんを連想させるよな。
まぁ、それが良くも悪くもデクスター・ゴードンの持ち味なのだから、それはそれで正解なのだが・・・

・・・とかなんとか言っても、1962年、昭和37年。わが国では完全に『3丁目の夕日』な時代だ。
このころから、ハンコックの音楽って、どこか『新しいもの』を含んでいた。
しかし、不肖daikaにすると、情けない事にコードやハーモニーなどのことはちんぷんかんぷんなので、具体的な例を用いて、その『新しいもの』を解明する技術なんて無いのだが、それでも、言葉には出来ない『何か新しいもの』をいっぱい含んだ、そんなような感じを受ける。しいていえば『フィーリング』というやつか?

そして思うのだが、ハンコックの『新しさ』と、デクスター・ゴードンの『古さ』は、一見ミスマッチのようでいて、実はどこかで上手く絡み合っていて、それがあるからこそこのアルバムがただ単に一種の流行歌のような『新しさオンリー』だけのものではなく、何十年たっても新鮮でいて色あせる事の無い名作として聴き継がれる所以ではないのかなと言えないだろうか。
『古きを学び、新しきを知る』・・・のような。

曲の印象としては、超有名曲『ウォーターメロン・マン』もそうだけど、『ドリフティン』に、ハンコックのPOP性の原点が見えるような気がする。




残像 / クオン・ヴー

2008年07月15日 | ジャズ・フュージョン


曲目
1. 残像
2. Expressions of Neurotic Impulse
3. Patchwork
4. Brittle, Like Twigs
5. Chitter Chatter
6. Blur


You Tubeでパット・メセニー・グループのライヴを見ていたら、けっこうTpのクオン・ヴーの音が良かったので、このアルバムを購入してみた。
それに、ビル・フリゼール全曲参加ってのにも魅かれたし・・・
・・・というか、完全にそれ目当て。

雰囲気としては、まぁまぁ想像していた通りの音楽で、そういうのが好きな僕にとっても『買い』だったわけだが、これって05年の作品だったんだ・・・
ほんと、ぼけぇ~としていたら音楽業界の波に乗り遅れてしまうよな。
・・・って、完全に乗り遅れ、もしくは沈没してしまっているような現状だけど(泣)

彼のほかのアルバムは聴いたことは無いのだが、このアルバム、やはりビル・フリゼールの功績大、というか、完全に彼が作り出す美と狂の世界が乱舞している。
ジャズともロックともプログレともとれるようなようでいて、そのどれとも違っている。そんななんだかよくわからないが『気持ちいい音楽』がそこにはたくさんあって、知らぬ間に、彼らが奏でる壮大な抒情詩のど真ん中に立ち尽くしている僕がいる。

ところどころにパット・メセニー・グループの『あの音楽』が転がったり流れたりしてるんだけど、その中に、エイドリアン・ブリューやトニー・レヴィンがいたころのキングクリムゾンの残像がフラッシュバックするようで、そんな『一枚で二度も三度も美味しい』みたいな、そんなへんてこりんなお徳感を感じてしまった。

まぁ、一歩間違えば、『情熱大陸』の世界に突入してしまいそうな感もあるが、そこに入り込む寸前で、見事にその流れをせきとめ、そして押し返しているのは、やはりビル・フリゼールの『特異な美』と『鮮烈な狂』なのでした。。。

クロスポイント / カシオペア

2008年07月13日 | ジャズ・フュージョン


曲目
1. スマイル・アゲイン
2. スウェアー
3. ア・スパークリング・デイ
4. スパン・オブ・ア・ドリーム
5. ドミノ・ライン
6. ギャラクティック・ファンク
7. サニーサイド・フィーリン
8. エニー・モーメント(ウィル・ビー・ワン)
9. エンドレス・ビジョン


『スマイル・アゲイン』という曲が好きだ。
楽曲の良さもさることながら、この曲は僕の耳の中にいつまでもへばりついている。
理由は、ギター練習曲の課題、要するに完コピの素材として、それはもう何度も何度も繰り返し聴いたからだ。
同じくこのアルバムには、『スウェアー』『ドミノライン』『ギャラクティック・ファンク』といったような、耳タコ、指タコな曲が入っており、カシオペアのオリジナル作の中ではいちばん聴いたような気がする。

これはもう完璧に自分勝手で妄想じみた解釈なのだが、『今まで好きで、そして身近に感じて聴いてきたミュージシャン、バンドがある時期を境に、ふと遠く感じしてまう・・・』みたいなものがある。
べつに嫌いになったわけではないけれど、今まで同棲しているかのように身近だった音楽が、ある時期を境に別居、もしくは遠距離恋愛みたいになって、そして最後は自然消滅・・・みたいなものがある。
その時期をアルバムでいうと、それは例えば、高中なら『虹伝説』であったり、プリズムなら『ドリーミン』であったり、スクェアなら『アドベンチャー』であったり、ウェザー・リポートなら『ナイト・パッセージ』であったりする。
そしてカシオペアなら、この『クロスポイント』がそれにあたる。
何故だろう?
・・・なんてのは、とっくに自分自身は知っているし、だからこそ、遠くに感じてしまっているわけだけれど。
音、メンバー、セールス、人気、タイミング、時代・・・
いろいろある、うん、それはもう語ってしまえばいろいろありすぎる、しかし、そのひとつひとつについて詳しく説明できる術を僕は持っていない。
心ではわかっていても、言葉に出来ないもどかしさが、ざわざわとひしめいてしまうから。
だから、せめて、フュージョンが好きで、上記の高中やプリズムのアルバムを知っていて、それ以前、以降のアルバム及び動向を知っている人なら、『はは~ん。』とわかってもらえる(ほんの少しでも)と願って、今日は終わらせていただきます。
すみません、全然、起承転結の無い記事で・・・

Blues for Two / ズート・シムズ&ジョー・パス

2008年07月11日 | ジャズ・フュージョン


曲目
1. Blues for 2
2. Dindi
3. Pennies from Heaven
4. Poor Butterfly
5. Black and Blue
6. I Hadn't Anyone Till You
7. Takeoff
8. Remember


仕事の疲れやストレスを家庭へ持ち込みたくない。
イライラやクタクタは会社を出たら忘れて、家庭ではいつも機嫌のいい、そんなお父さんでいたい・・・
・・・って、わかってる。わかってます。。。
本心ではいつもそうしたいと思っています。

・・・でも、これがなかなか難しいんだよね。
家へ帰っても、時折『ムスッ』としたままだったり、自然と無口になっちゃったり・・・
勝手に酒の量が増えちゃったり・・・
こういう僕の態度の変化は、女房はもちろん子供たちにもわかっているはずだ。
いかんなぁ~こんなこっちゃ。。。
・・・なんて、後になって思うのだが、それがなかなか。。。

そんな時、しばしすべてを忘れて、このアルバムと適量のアルコールで精神を落ちつけたい。
それはほんの少し、無茶苦茶少しかもしれないけれど、仕事の疲れをほぐしてくれるかもしれない。

ズート・シムズとジョー・パス、老匠ふたりに、『まぁ生きてりゃいろいろあるさ・・・それが人生ってもんだろ。』とか、『いつまでもくよくよしたって仕方がない。明日は明日の風が吹くさ。』とか・・・
そんな励ましがこのアルバムから聞こえてくるような気がする。

Believe It / トニー・ウィリアムス・ライフタイム

2008年07月09日 | ジャズ・フュージョン


曲目
1. Snake Oil
2. Fred
3. Proto-Cosmos
4. Red Alert
5. Wildlife
6. Mr. Spock
7. Celebration
8. Letsby

トニー・ウィリアムス(ds)、アラン・ホールズワース(g)、アラン・パスクァ(key)、トニー・ニュートン(b)


『火の塊』みたいだった、マクラフリンがいた頃のライフタイムよりは、かなりあっさりしていて聴きやすいし(物足りないと言う意見も多いが・・・)
モロにクロスオーヴァー黎明期の音が、今聴くと実に懐かしい。
しかし、その懐かしさがただ単に懐古趣味的に終わっていないところの(僕の中で)要因としては、『妙にデジタル過多になっていない』という点も考えられないだろうか?
このころ、例えばRTF(リターン・トゥ・フォーエヴァー)やWR(ウェザー・リポート)とかブレッカー・ブラザーズのころといえば、シンセサイザー類の多用、デジタル楽器の多用というものはそうそうなかったはず。(そもそも、そのような機器はまだ少なかった時代だから・・・)
今、90年代以降あたりのデジタル機器を多用した『フュージョン』とよばれた音楽を聴いてみると、たまに、逆に『とほほ・・・』『しょぼい・・・』みたいなものもある。高価なデジタル機器を使っているにもかかわらず・・・だ。
以前のブログでも書いたが、デジタルの発展といえば、それはもう目覚しく、目まぐるしい・・・
『昨日は最新のニューサウンドだったものが、明日は古臭いレトロになる・・・』といった(そんな大袈裟ではないが)、そのような危険なところもあるにはある。
ある意味『機械加工された音』は、やはり『それはそこまで・・・』みたいなところがあるような気がするのだ。
そういうところから、デジタル機器を多用し始めた90年代以降ころのフュージョンに限らず、あらゆる音楽サウンドに、60年代や70年代の、まだ人間が人間の手で作っていた音楽とは明らかに違う『古さ』を感じる事があるのだ(ピコピコ・サウンドもそのひとつ)
(その古さをあえて利用して、そして成功(?)しているわかりやすい例が『パフューム』なの・・・かな。)

そういうてんでは、まだキーボードといえばエレピやオルガンくらいしかなかった時代のバンドサウンドが、妙に今聴いてもしっくりとくるし、そこにある『新しさ』を発見できる・・・ような気はしないだろうか。

・・・とか、なんとかいってるが、結局はアラン・ホールズワースです。
そう、ホールスワースこそこのアルバムのすべて、価値、みたいな、完全に『ファン目線』でこのアルバムを聴いているが、故に例えば『Proto-Cosmos』や『Mr. Spock』などを聴いていると、いやがうえにも体内の血が騒ぎだすのです。
音が古かろうが新しかろうが、録音技術が古かろうが新しかろうが、アナログでもデジタルでも・・・
そこにはいつもいつの時代も、あの『うねうねギター』がうごめいている・・・
それ以上、なにを望む?






WE’LL BE TOGETHER AGAIN / パット・マルティーノ

2008年07月07日 | ジャズ・フュージョン

1.オープン・ロード
2.ラメント
3.ウィル・ビー・トゥゲザー・アゲイン
4.ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラブ・イズ
5.ドリームスビル
6.センド・イン・ア・クラウンズ
7.柳よ泣いておくれ


パット・マルティーノ(g)、ギル・ゴールドスタイン(elp)という、ちょっと異色のデュオアルバム。
アルバム全編を通して、バラード曲中心の静かな印象で、マルティーノの『より深く沈んでゆくような・・・』、セールスとか知名度とかはまるで無視したかのような世界が繰り広げられている。
夜中にひとりで聴いていると、それこそ、音楽の中にある深い湖に吸い込まれ沈んでゆくようで、その深い湖の水にどっぷりと溺れてみるのも悪くない・・・

何作かでパット・マルティーノと共演はしているが、実のところギル・ゴールドスタインのエレピというものをそれほど真剣に聴いた事はほとんどないので、このエレピ・サウンドをどうこう言うわけにはいかないが、このアルバムのエレピに関しては、実にマルティーノの硬質なギターサウンドとマッチしていると思うし、一曲目など二人ともけっこう硬い音を出しているので、ぼんやりと聴いているとどちらがギターでどっちがエレピなのかさえわからなくなるほどの良い感じの絡み具合だ。

さほどバリバリとは弾いていないマルティーノだが、この時代のマルティーノが持っていた、『静寂の中にある信念』というか、やはり他のギタリストとは全く違う『自分だけの世界観』というやつは、変な言い方をすれば『不気味』ですらある。
『自分の意思に反するものは何者たりとて受け入れない』みたいな、そんな意固地なまでの頑なさや、様々なバラード曲をひと味もふた味も他とは違う風に解体し、そして構築する・・・その絶妙の流れに『彼だけの世界』を見るようで、なんとなく『やっぱ、男はハードボイルドだなぁ~』なんて思ったりするのです。