アイヌ民族情報センター活動日誌

日本キリスト教団北海教区アイヌ民族情報センターの活動日誌
1996年設立 

紙面掲載された「アイヌ政策の期待と課題は」(朝日新聞11/5付)に疑問その2 

2016-12-07 20:25:51 | 日記

11月5日付の朝日新聞朝刊に掲載された「アイヌ政策の期待と課題は」ここで、引っかかったところを続けます。常本さんはこう述べます。

「米国や豪州などで語られる『土地の返還』『政治的な自決権』といった先住民族の権利実現を直ちに目指すのは今のアイヌと日本の現実になじむでしょうか。」

いわゆる世界の先住民族の権利と日本のアイヌ民族は違うのだから、同じ「権利実現を直ちに目指す」ことは出来ないという考え。これは、アイヌ民族の置かれている状況が特別であるかのように述べていますが、どの国も多くの課題を抱えながらも先住民族の権利実現を進めているわけで、日本だけが特別と言うわけではないはずです。あたかも特別なので時間をかけて多数派を説得しなければ動かない、あるいは、「社会の現実と向き合」って、あきらめなさいとも聞き取れるもので、納得がいくものではありません。

かつて、常本さんはアイヌ文化振興・研究推進機構主催の普及啓発セミナー2000年の講義「アイヌ民族をめぐる法の展開」で、民主主義の多数決の世界では多数派が益になるようなものがないと少数者である先住民族の権利は回復しない、と、アラスカなどの例を挙げていました。そうなのでしょうか?

専門家に伺いたいところですが、たとえば、過去Blogに書きましたが、カナダの場合は政府が主導して1991年から先住民族委員会を設置して詳細な調査を行い、2008年に「真実と和解のための委員会」をつくり、さらに寄宿舎学校問題を調査し、2015年に「報告書」を出します(丸山 2016.2)。そこには、「同国の同化政策を文化的ジェノサイドとよび、政府に対して先住民族と和解するための具体策を94あげ、その実行を迫っている」(前掲)そうではありませんか。そのような提案をし、政府を動かすのが常本さんの役割なのではないでしょうか。

 小樽にあったクリスマスツリー

 常本さんの文を続けます。

「日本国憲法は『法の下の平等』を規定し、特別な扱いを原則禁止していますが、憲法13条では「個人の尊重」を定めている。」

 憲法14条から「特別な扱いを原則禁止している」を強調し、次に、ここでは憲法13条を持ち出して「個人の尊重」で、差別によってアイヌとして生きる選択権がおびやかされているとしています。しかし、まず、前半の部分に関しては、ご本人も委員であった「アイヌ政策の在り方に関する有識者懇談会」の報告書(2009)には、

「事柄の性質に即応した合理的な理由に基づくものであれば、国民の一部について、異なる取扱いをすることも、憲法上許されると一般に解されており、既述のようにアイヌの人々が先住民族であることから特別の政策を導き出すことが『事柄の性質に即応した合理的な理由』に当たることは多言を要しない。さらに、我が国が締結している『あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約』第2条2が、締約国は特定の人種への平等な人権保障のために特別な措置をとることができるとしていることも視野に入れる必要がある。」(P26)

と、あえて国際法(人種差別撤廃条約)まで持ち出して、アイヌ民族への特別な政策をしていいのだと説明しているのです。それなのに、アイヌ民族はそれに当たらないかのような印象を与えている事が問題です。

加えて、憲法13条に「個人の尊重」を示す事によって、個人をあえて強調しているような意図が感じられます。常本さんはご自分の論文で「土地の権利や言語権など、国連宣言に含まれている先住民族固有の権利の中には、民族が権利主体となるものが少なくないが、欧米に法体系を継受した日本では権利主体は原則として個人とされている」(『アイヌ民族と「日本型」先住民族政策』2011.9 P80)と書いていますし、以前にもご本人の講演で何度か聞きました(録音テープを聞けば確認出来るのですが)。しかし、以前から不思議だったのですが、欧米では先住民族の権利は保障されているわけで、どこがちがうのかと・・・。

このような考えは「国際人権法に反するだけではなく、・・・二風谷ダム裁判をも不当に稔じ曲げること」と、丸山さんは批判しています。丸山さんは二風谷ダム裁判の原告であった萱野茂さんの陳述にアキアジ(秋鮭)を捕る権利を要求していたことに触れ、国際人権規約自由権規約27条に照らせば、アイヌ民族が「自身の文化を享有するには多数派の日本人とは違った人権上の配慮、すなわち、法的な優遇策として集団的権利が必要であるとの結論が導かれる」(前掲書)、実際に裁判では国際人権規約自由権規約27条を引用しつつ、憲法13条を踏まえて、アイヌ民族の集団的権利のひとつである文化享有権を日本の歴史上、はじめて認めたのだから、常本さんの考えを「欺瞞」だと述べます。読んでいて、丸山さんのほうが納得いきます。

 ※「享有」とは、権利などを生まれながらに身につけ、もっていること。

う〜ん、だれが読んでも、分かりやすいように書く事を目指していますが、難しいでしょうか。もう少し、次回も続けます。

加えて、さる11月25日に行われた再埋葬の報告会のテープ起こしが別のメンバーにより行われ、近々、北大開示文書研究会ないし、『さまよえる遺骨たち』BlogにUPされます。お楽しみに。

昨日から、その報告会で採択された『アイヌの遺骨はコタンの土へ 杵臼からのメッセージ』を、関係する大学や博物館、研究所、各市町村役所、そして、各地区のアイヌ協会宛に発送する作業をしていました。全国ニュースでは出ていないと思いますので、ここで、大学以外の施設でアイヌ人骨を『保管』していた13施設の名を挙げます。北海道新聞に掲載されていました。または、こちら

伊達市噴火湾文化研究所

東京国立博物館

網走市立郷土博物館

苫小牧市美術博物館

釧路市埋蔵文化財調査センター

ところ埋蔵文化財センター(北見市)

いしかり砂丘の風資料館(石狩市)

胆振管内豊浦町中央公民館

渡島管内森町遺跡発掘調査事務所

上之国館調査整備センター(檜山管内上ノ国町)

北海道博物館

市立函館博物館

室蘭市民俗資料館 

これらに合計74体の遺骨が保管されていたとのこと。詳細は報告書なるものに書いているのでしょうが、わたしまはだ見つけていません。2012年にに伊達市噴火湾文化研究所を見学した際、資料展示している部屋に1m四方ほどの大きな頭骨の写真が展示されていました。あれはアイヌ民族のものだったのでしょうか。過去Blogにも書きましたが、怪しいと思ったのです。

各博物館は、徹底的に「保管」に至った経緯を調べ、明らかにするべきでしょう。渡した方も、受け取った方も責任があります。自ら発掘し、保存していたならば、資料にて公にしていなければならないことでしょうから、今になって公になるのはおかしいでしょう。もちろん、上記以外の博物館にも遺骨があるという噂があります。国は徹底して調べるべきでしょう。さらに、遺骨があると言うことは、副葬品もあるかも知れません。そのことも。

これらのご遺骨も、白老の慰霊施設に運ばれ、再度、「研究材料」として扱われてしまうのでしょうか。ひどい話です。これを見過ごしていていいのでしょうか。北大開示文書研究会とコタンの会は、それぞれのご遺骨が元のコタンの土に帰ることを願い、行動しています。そのひとつとして今回、100近くの関係団体にメッセージを送ります.

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