イーゴリ・ストラヴィンスキー:
・バレエ音楽「火の鳥」(ピアノ編曲)
ピアノ:イディル・ビレット
NAXOS: 8.555999
今回の「火の鳥」はピアノ版の紹介。このピアノ版は作曲者自身による1910年の作品、ということはオリジナルの大編成オケ版と前後して作られたということになります。実は私もこのディスクを見て初めてピアノ版の存在を知ったので制作の詳しい経緯が全くわからないのですが、作曲にピアノを使っていたストラヴィンスキーのことだから、まずピアノ版のスケッチを作り、それを基にオーケストレーションをしたのでしょうか。だとしたらオリジナルのオリジナルということになりますが。
ところで、ここにオリジナルの1910年版スコアがあります。編成の中にはピアノも含まれていますが、ざっと思い出してもピアノが活躍している部分に心当たりがありません。全ページ調べてみたら、45分の長丁場の中でピアノの出番はたったの35小節しかありませんでした。主役を張れる楽器に対してのこの仕打ち! バレエ劇場の楽団のピアニストの雇用対策とか? なんにせよ『火の鳥』がピアノを用いて作曲されたのならもうちょっとピアノに見せ場があっても良さそうなものですが…。それとも逆にオケ版が先にあって、そこでのピアノの不遇っぷりを憐れに思ってピアノ版を作ったのか。ぜひ知りたいところです。
さて、大編成オケ版の最大の特徴は精緻を極めた管弦楽法なわけですが、ピアノ一台でそれを再現することは不可能で、旋律・ハーモニー・リズムの骨格だけが残されているはず(もちろん両手の都合に合わせて取捨選択されてはいるでしょうけど)。したがってピアノ版の聴き手の興味は「どの音が残されているか」であると思われます。実際に聴いてみた私の感想としては、のちの年代の作品ほど絶妙な「音の架け方」は無いにしろ、建築物のような音の積み上げ方はすでにストラヴィンスキーのものと感じます。さらにオケ版では聴こえてこなかったような音が鳴っていて新発見も多く、面白い聴きものと言えましょう。
動画はおそらくこのディスクと同じ音源の抜粋。ちょっと聴けばわかるように、オケ版の夢幻の響きを再現するには2本の腕では足りないようで、旋律と伴奏のタイミングをずらすことで両立させており、それがいかにもピアノっぽくて興味深いです(最後の7拍子の部分など)。また、このイディル・ビレットの演奏では前半の細々した部分に力を入れており、前半の演奏時間がやや長めになっています。したがって全曲に馴染みのある人向けかもしれません。
『火の鳥』のピアノ編曲には多くのピアニストが試みているようで、私もナウモフによる組曲版を聴いたことがありますが、確かに派手なピアニズムを発揮できる素材だと思われます。ただ、全曲のピアノ編曲はこのバージョンだけでしょう。そしてそれは紛れもなくストラヴィンスキーの『火の鳥』であり、まさに「火の鳥」の羽根をむしり皮を剥いで骨格だけになっても力を失わない不死鳥なのでした。
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