九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

大分八幡神社(福岡県行橋市下稗田)

2009-04-22 08:14:29 | 神社参拝ー福岡
 大分八幡神社(福岡県行橋市下稗田)を掲載しました。

 大分八幡神社(だいぶはちまんじんじゃ)
<通称>大分社(だいぶしゃ)
【鎮座地】〒824-0054 福岡県行橋市大字下稗田685 旧豊前国 京都郡
【御祭神】應神天皇 仲哀天皇 神功皇后 比女大神 大山咋命
【例祭】 10月12日 秋祭り
【旧社格等】郷社
【御由緒】
大分八幡神社由緒
 往古の長峡県日吉神領字サヤの地を宮山と定め、小祠を祭ったのは、奈良時代以前にさかのぼる。平安時代には、日吉(ヒエ)信仰により、吉田庄九ヶ村の鎮守として日吉神社を創建。今稗田村と言う。氏子は平尾、下久保、津積、西谷、大谷、上田、上稗田、下稗田、前田にわたった。南北朝時代(貞治二年二月九日)馬ヶ獄城主、新田義基の嫡男上野介従四位上源義氏により、筑前国穂波郡大分八幡宮を勧請、日吉神社の相殿に合祀し、城の守護を祈る。天正八年、菊月本願主仲原土佐守盛家になり社殿改築にあたり、八幡宮を本殿に、日吉神を相殿に祭る。
江戸時代初期の寛永三年、津積の大嶋に分社。更に寛永五年、上に分社。その後寛永六年上稗田に分社する。
 (平成祭データ)
 註:貞治二年(1363)天正八年(1580)寛永三年(1626) 

福岡県行橋市にあります。行橋市街地から県道大久保行橋線(252号)をおよそ4km南下、県道250号線と交差する長峡川に架かる「銀杏ノ木橋」の傍に参道入口、案内の看板と鳥居が見えます。

   境内入口
 鳥居をくぐって住宅の間の狭い道路の途中に二の鳥居、さらに100mほど直進すると突き当たりが境内入口です、境内は一段高い位置にあり、石段を上ります。

 拝殿 
瓦葺の現在の拝殿は境内入口の記念碑から平成三年四月再建されたようです。
 拝殿内に大分八幡宮と書かれた大きな提灯がつるしてあります。

 拝殿の扁額「大分八幡宮」廣壽?法雲書とあります。

 本殿 
第12代景行天皇の筑紫巡幸の時、行宮の建てられた豊前國長峡縣は当地とされ京都と云われています。当社の前を流れる長峡川にもその名が残っています。
 創始は景行天皇の守護神とされる日吉大神を祀った奈良時代以前と伝えられ、その後、貞治二年(1363)筑前国穂波郡大分八幡宮を勧請して八幡宮を本殿とし、日吉社は相殿とされました。
 御祭神は應神天皇、仲哀天皇、神功皇后、比女大神(以上八幡宮)、大山咋命(日吉神社)の5柱です。

 
 本殿の彫刻 
みごとな彫刻が随所に見られます。

 境内社貴船神社でしょうか。

 注連縄作り 
 参拝当日、大勢の方が注連縄作り?の作業をしていました。(若い女性もいらして心が和みました。)
 拝殿前の回廊?の中で今では貴重品のわらを束ねています

 境内から参道
周囲は住宅地、近くにはニュータウン宮の杜など新興住宅地が開発されています。
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