雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のミリ・フィクション「幽霊峠」

2015-03-29 | ミリ・フィクション
 まだ明け遣らぬタクシー会社の待機室で、真っ青な顔の三人の男がヒソヒソ話し合っていた。 

 男Aの話・・・
 隣の県まで客をのせて行った帰りに、髪の毛が長い女が手を上げた。
「今日はついている」
喜んで客を乗せた。乗せた時はまだ宵の口だったが、あの女の幽霊が出ると噂されている県境の笹ヶ森峠に差し掛かったときは、とっぷりと夜が更けていた。客が蚊の泣くような声で
「運転手さん、ちょっと止めて下さい」という。
「変だな、こんな寂しいところで」
そう思いながらも、客の頼みなので仕方なく車を止めてやった。
「ここで待っていてください」
言い残すと、女は車を降りて獣道のような藪の道にスーッと消えて行った。しばらく待っていたが、幽霊の話を思い出して背筋が「ゾクゾクッ」としてきたので、代金も貰わずに恐くなって命からがら逃げ帰ってきた。

 男Bの話・・・
 俺も隣の県からの帰りに、夜の十時ごろ空車で笹ヶ森峠を通った。青白い顔をした女が暗闇のなかで手を上げていたので、気味が悪いと思いながら車を止めた。なんだか呪い殺されるような恐怖に襲われたが、度胸を決めて震えながらドアを開けてやった。早々にドアを閉めて走り出し、
「お客さん、どちらまで」
何度か声をかけたが、返事はなかった。恐る恐るルームミラーで後部座席を覗くと、乗せた筈の客が消えていた。

 男Cの話・・・
 隣の県からの帰りだったが、俺もあの幽霊が出ると聞いていた笹が森峠で手を上げている女を見た。髪の毛はさんばらで頭から血を流し、恨めしそうに睨みつけていたが、見ないふりをして通り過ぎた。 だが、車の後部座席に乗っているような気配がして、今にも青白い手で首筋をつかまれるのではないかと、蛇に睨まれた蛙のように体が竦んで、ルームミラーを見ることも、振り返ることも出来ず生きた心地がしなかった。 

 明ければ、三人ともに非番である。三人そろって笹ヶ森峠に行き、花を供えて手を合わせてこようと相談がまとまり、その後三人は押し黙ったまま夜を明かした。

 夜がすっかり明けた頃、事務所から何やら叫ぶ女の泣き声が聞こえてきた。

 女の話・・・
 隣の県からタクシーでこの町に向かっていたが、おしっこがしたくなり我慢が出来なくなって、タクシーを止めてもらい笹薮で用足しをしている間に、女の私を暗闇の峠に残したままタクシーが走り去った。
 恐怖に震えながら数時間待っていると、またタクシーが通りかかったので手を挙げて止めた。タクシーにまだ乗っていないのにドアを閉められて、そのはずみで笹薮に転がり木の根っこに頭を打ち付けて気を失った。その間にタクシーは走り去った。
 また数時間待って、タクシーが通りかかったので手を挙げると、無視して走り去った。 

 「みんな、おたくのタクシーですよ。 運転手にどんな教育をしているのですか」
泣き叫ぶよう苦情を言っている。
 「これって、業務放棄と、業務上過失傷害と、乗車拒否と違います?」
女は散々文句をぶち撒けると、
 「今から、警察に訴えてきます、憶えていらっしゃい」
 憤慨しながら出ていった。


  (改稿)  (原稿用紙5枚)


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