雑文の旅

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猫爺の短編小説「高倉文太」 小学生編

2015-02-24 | 短編小説

 住宅街にある交番の前に、5~6才の男の子が立っていた。目がクリッとしていて、如何にも賢明そうな顔立ちである。パトロールから戻ってきたお巡りさんに走り寄って、大切そうに固く握り締めていた手を開いて見せた。
   「お金拾いました」
 はきはきとした言葉で告げると、汗でぐっしょり濡れた10円玉を差し出した。公園で遊んでいて見つけたという。警察官は優しい笑顔で10円玉を受け取ると、
   「ありがとうね」
 と、男の子の頭を撫でて、
   「今、受取書を書くからちょっと待っていてよ」 
 文太を椅子に座らせると、奥の部屋に入っていった。

   「ボクの名前教えてくれる?」 
 それを皮きりに、書類の作成が始まった。
   「高倉文太、6才です」
   「お父さんの名前は言えるかな?」
   「居ません。お母さんも居ません。ボク捨て子です」 
 文太は「わかりません」ではなく、はっきりと「居ません」と躊躇せずに言った。
   「お家はどこ?」
   「朱鷺の里愛育園です」
   「児童養護施設だね」 

 警察官は「もしや?」と、6年前の「赤ん坊遺棄事件」を思い浮かべた。場所はこの地からさほど遠くないJR駅のトイレに遺棄された、生まれて間もない男の赤ん坊が見つかったのだ。赤ん坊は未熟児で、すでに鳴き声も上げられない程衰弱していたが、直ちに大学病院に搬送され、奇跡的に命が救われた。
 数ヵ月後、彼は乳児院に移され、そして児童養護施設で小学校の入学を迎えた。

 文太に用意されたランドセルは、もう何代目なのだろうか、所々が擦り切れた黒くて大きなものだった。それでも文太は大喜びで、入学式の前日まで背負う練習をして、昨夜は枕元へ置いて遅くまで眠らずに、蒲団から顔を出して眺めていた。

 翌朝、施設の職員に連れられて文太は喜び勇んで学校へ向かったが、施設にもう一人新小学一年生が居た。泣き虫の女の子梨奈(りな)である。梨奈は学校へ行きたくないとグズっていたが、文太と職員に手を引かれて、ベソをかきながらの登校であった。 

   「梨奈、お兄ちゃんが付いて居るからな」
 妹に言うように偉そうに励ましていたが、実は文太の方が半年ほど年下である。

 少しずつ学校に慣れてきたようで、1ヶ月は機嫌よく学校に通っていた梨奈が、突然「学校に行きたくない」と、再びぐずるようになってしまった。
 文太が訳をきいてやると、どうやら虐めに遭っているようすだった。「施設の子は汚い」と雑巾で顔を拭かれたり、「親なしっ子」と蔑まれたり、「ゴミ」と称して梨奈の持ち物を屑入れに捨てられたりしたそうである。
 文太は虐めっこのリーダーの名を訊き出し、談判に行ったが、それが基で文太自身も虐めを受ける羽目になった。

 リーダーの名は木藤明菜、明菜は兄である五年生の拓真と、その悪仲間に告げ口をした為、文太は彼らに学校の倉庫に連れ込まれ「生意気だ」と、取り囲まれた。
 殴るの、蹴るのとボコボコにされた挙句、文太は倉庫の中へ置き去りにされた。それを震えながら見ていた梨奈が担任の教師に告げたが、「倉庫は鍵が掛かっているから、そんな訳がない」と、取り合わなかった。教師はあまりにも執こく梨奈が泣きながら訴えるので仕方なく倉庫へ行ってみること、鍵は何時からか壊されたままになっている。扉を開けてみると、文太が鼻血を流して倒れていた。 

   「文太君は、上級生と喧嘩をしたようです」
 学校から連絡を受けてやってきた施設の職員に、文太の担任はそう告げた。 
   「お手数をおかけしました」
 職員は理由も質さず、ただ頭を下げるだけであった。 
   「喧嘩じゃないやい」
 文太は心の中で叫んだが、決して口に出さなかった。事実を訴えても、言い訳と取られるだけであることを体得している文太であった。また、暴行を受けても、手出しをすれば必ず文太が悪いとされることも解かっていた。それは、健気(けなげ)で悲しい本能のようであったのだ。

 悲しいとき、辛い時、文太には話を聞いてくれる人がいた。先生でも施設の職員でもない。交番のお巡りさんである。お巡りさんは忙しい時間を割いて、文太の悩みを聞いてくれた。文太は思った。
   「お父さんって、こんな感じなのかな」 
 だが、 虐められていることは口に出さなかった。文太なりの自尊心があったからだ。

 お巡りさんは、
   「話しを聞いて欲しい時はいつでもおいで」 と、優しく言ってくれた。
 文太は相も変わらず、小銭を拾ったら交番に届けていた。その文太が、バス停のベンチに忘れられた布の下げ袋を見付けて届けたことがあった。袋の中には財布も入っているとのことだったが、文太は、「お礼も、半年以上落とし主が現れないときも、何もいらない」と答え、権利放棄という手続きをとってもらった。
 それよりも、文太は財布を持たずに買い物に出かけた人のことが「困っているだろう」と、気がかりであつた。お巡りさんにそのことをつげると、「君は優しい子だね」 と、文太の頭を撫でた。

 上級生にボコボコにされた翌日、文太は何事ともなかったように登校していた。梨奈を虐めたグループの子供達に、「梨奈を虐めたら俺が許さない」と、凄んでみせた。自分に暴力を振るった上級生たちには、
   「俺に何をしようが構わないし、誰にもチクらない、だが梨奈に手を出したら俺は何をするかわからない」 
 文太は釘を刺したつもりだったが、またしても「生意気なやつ」と、殴られた。文太は唇を切り、血を流したが拭おうともせず、教室に戻った。文太の脅しが多少効いているのか、梨奈への虐めは少なくなったが、文太への暴力は、相変わらず続いた。だが、文太は頑なに耐え忍んだ。 
   「また喧嘩をしたな」 と、担任が文太を叱った。
 文太はそれを無視したが、担任もまた血を流している文太を無視した。

 文太が3年生になったとき、交番のお巡りさんが交代した。巡査部長に昇格し、警察署へ戻ったのだ。文太は、ちょっと悲しかった。文太を虐めていた上級生が中学校に進んだこともあって文太への暴力は無くなったが、身に覚えのない陰口を叩かれるようになった。文太が万引きをしているというものである。生徒の父兄たちは、「あんな不良とは遊ぶな」と我が子に言い聞かせているらしく、クラスメイトは完全に文太を避けている。中には、ハッキリと「お前と遊んだらパパに叱られる」と、口にする者もいる。 
   「俺が何をしたって言うのだ」
 文太の憤懣が、時にはバクハツしそうになることもあるが、ぐっと耐え忍んでいる。文太8才、まだまだ幼い彼の何処に強靭な忍耐力が宿っているのであろうか。

 文太が5年生になって間もないある日、中学生のグループに取り囲まれ、公園に連れて行かれた。グループのメンバーは変わっていたが、リーダーは木藤拓真であった。 
   「こらぁ、人間のクズ!」
 罵られて文太はいきなり押し倒された。 文太は最近起きたホームレス襲撃事件を思い出した。やはりクズ野郎と叫び、ホームレスの老人を川へ突き落とし殺害してしまったのだ。ああいうことをするのは、こいつ等のような馬鹿野郎に違いないと文太は思った。立ち上がった文太の顔面にめがけて拓真の拳が迫った時、文太は反射的に屈み込んで避けた。拓真の腕が空を切り、もんどり打って横向きに倒れ込んだ。 折悪しく倒れたところに縁石があつたので、拓真は頭を打ち付けてしまった。
 ちょっと離れた位置で目撃した2人のサラリーマン風の男が駆け寄り、拓真の傷口に自分のハンカチを当てて学生たちに言った。
   「君らは何をボサッとしているのだ。 早く救急車を呼ばないか」
   「それなら、俺が掛けるよ」 
 もう一人のサラリーマン風の男が携帯を出して言った。
   「110番にも掛けるべきだろうか」 
 傷口を押えていた男が、
   「さっきの状況では、警察も呼ぶべきだろう」

 偶々(たまたま)近くをパトロール中の車があったのだろう。パトカーが先に到着した。救急車も続いて到着し、拓真を連れて行った。警官の取り調べに、中学生たちは口々に、
   「このチビに押し倒された」 と言ったので、サラリーマン風の男が否定した。
   「この子たちは、嘘をついています」
   「そうですよ、この小学生は手出しをしていません、手を出したのは怪我をした中学生です」 と、救急車の方を指さした。
 拓真以外の中学生達は「やばい!」と思ったのか、みんな散らばって逃げた。文太はパトカーに乗せられて警察署に連れていかれた。

   「おや、文太君じゃないか」
 小さい頃に、よく話しを聞いてもらったお巡りさんだった。
   「どうしたのかな?」
   「どうやら、中学生に虐められていたようで」
 文太を連れてきた警察官が口を挟んだ。彼が得た事情を、上司であるこの元お巡りさんに事細かく説明をした。
   「そうなのか?」 と、懐かしいお巡りさんに問われて、文太はつい「うん」 と、頷いてしまった。
 文太は、今ならこのお巡りさんに素直にありのままを話せる気がした。何だか父親に訊かれているような気がしたのだ。

   「多分、怪我をした子の親が、小学校へ乗り込んで来ると思うよ」
 パトカーの警察官が言った。 
   「きっと文太君が怪我をさせたことになるだろう、私が小学校へ行って、事情を話しておきましょう。いいね、文太君」
 お巡りさんの言葉に、また文太は思った。
   「お父さんみたいだ」  と。


 文太11才。六年生になり、思春期に差し掛かっていた。 泣き虫だった梨奈も強くなっていた。「将来の夢」というテーマで作文を書かされた文太は、こんなことを書いた。

 ぼくは、将来医者になります。これは夢ではありません。夢は、余命を宣告された患者の命を、ぼくの力で治すことです。 

 この後に続いて、梨奈をぼくのお嫁さんにしたいです。 と書いたが、思い直してこの部分を消しゴムで消した。文太のこの夢は叶わなかった。梨奈は高校を卒業すると、早々と結婚してしまったからだ。

   -続く-  (原稿用紙13枚)

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