ぶらぶら★アフリック

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BDK〜コンゴにはびこるカルト集団

2017-02-18 15:30:49 | アフリカ情勢
外電メディアで久しぶりに目にした三文字。実に10年ぶりの「再会」に、あの日のノスタルジーを感じるとともに、まだ生きてたのか、という念を覚える。

その名はBDK(ベーデーカー)。昨年あたりから再び頭角を現し、その暴力は1月よりさらに再燃。次第に首都キンシャサへ。とうとう死者が出る衝突に発展した。警察当局は首謀者の拠点を包囲し、再び血が流れた。いったい彼らは何者なのか?

(BDKウェブサイトより)


BDK、もとの名をBundu dia Kongo(ブンドゥー・ディア・コンゴ)という。1969年に創設(1986年を創設年とする説もある)、コンゴ民主共和国、コンゴ川下流域のバ・コンゴといわれる一帯に広がる政治宗教セクト。輝かしき15世紀の「コンゴ王国」の末裔を自称し、王国の再興を謳う。BDKとはキコンゴ語で「バ・コンゴのための連合」を意味する。

また西欧の支配に強く反駁。コンゴのためのコンゴ、アフリカのための真のアフリカ独立を希求する、としている。最近では、大統領任期問題に揺れるカビラ大統領を公然と批判、政権を力づくで倒すと宣言。

武装した信徒は村や邸宅を襲う。コンゴ紛争の後期から2008年頃まで、地域で猛威をふるった。教祖はネ・ムワンダ・ンセミ、なんと議員だ。2007年には200人近い者を出した衝突があった。その後2008年3月、閣議でBDKの活動を一切停止する決定がなされ、影を潜めていた。

武装集団、とはいっても、武器は石や槍、ナタなど、通称'armée blanche'。東部では銃器が氾濫するコンゴで、石器時代の後進的暴力集団と称する人もいた。しかしその教義の狂信性と、行動の暴力性から、市民には相当恐れられる存在だった。当時、カバン一つでコンゴに降り立ったンボテにとっても、大きな直接の脅威の一つとしてマークするように忠言された。


BDKが生まれたバ・コンゴと呼ばれる地帯は、先述のとおりかつてコンゴ王国が栄えた地であり、自尊心と独立心が強いと言われる。希少金属や銅などの地下資源と豊富な森林、また石油の取れるアンゴラ、コンゴ共和国とも地続き。マタディ港は同国最大の港で、インがダムは南部アフリカ中を照らす。コンゴとアフリカを満たす栄光のコンゴ王国が、なぜ電気も水もない原始的な暮らしをしているのか。BDKが提起する問題意識が住民の共感を呼んでいることも事実だ。


そんな中でしぶとく存在を続け、暴力的に主張を継続するBDK。コンゴの矛盾の中で密かに支持され、今日生きながらえている。

(おわり)

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