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祝・ギニア共和国独立記念日2016〜真の独立と自由への道

2016-10-01 07:30:56 | アフリカ情勢
きょうはギニア共和国の独立記念日である。ギニア人、ギニア関係者諸氏にお祝いを申し上げたい。

(コナクリ市内)


毎年、この日にはギニア独立の特別な意味について、想いを馳せる。

50年代後期、独立前夜の西アフリカ。多くの国が、旧宗主国のフランスとの友好関係を維持しながら独立するを選んだのに対し、ギニアはフランスと決別し、「真の」独立への道を選んだ。そして他の西アフリカ諸国に先立って1958年、独立した。

初代大統領となったセク・トゥーレが独立前夜の1958年8月25日に行った演説はあまりに有名である。

'Il n'y a pas de dignité sans liberté. Nous préférons la pauvreté dans la liberté à la richesse dans l'esclavage'
(自由なきところに尊厳はない。われわれは隷属の中での経済的自由より、貧困の中での真の自由を選ぶ。)


アフリカ全体の希望と喝采をうけた。セク・トゥーレは、コンゴのパトリス・ルムンバに並んで、アフリカの英雄となった。

しかし歴史の運命は残酷である。セク・トゥーレは冷戦の歴史の中、社会主義に傾倒し、この国を独裁した。クーデターで政権を奪取したランサナ・コンテはこれを継ぎ、2008年まで独裁は継続した。その後、ダディ・カマラ大尉による軍事政権が一時成立するが、2009年、銃弾に伏す。「真の自由」を標榜したギニアが、どうにかこうにか、まともな選挙により大統領を選んだのが、2010年。薄氷の選挙戦でアルファ・コンデ大統領が誕生した。そして2015年、コンデ大統領はエボラ災禍冷めやらぬ中、再選された。


独立後、フランスは背を向けたギニアを冷遇した。政治、軍事、経済の支援から切り離したのみならず、行政機関の机まで持ち帰ったと言われている。他の旧植民地諸国が、フランス・フラン(のちユーロ)固定の共通通貨FCFA(フランセーファー)に庇護されてきたのと対照的で、ギニアではホテルに一週間も止まったら、支払いにはリュックサックいっぱいのギニアフランが必要である。

独立とアフリカの尊厳に希望を燃やしたのギニア、あまりにリアルな現実。今日まで、残念ながら真の自由も、経済的自由も未だに訪れていない。ギニアの問題は、地域にとどまらず、アフリカ全体の尊厳と独立性に関わる、重大な関心事なのだ。



この日は毎年似たような記事を書いているが、それだけンボテにとってかの歴史に想いを馳せるべき1日なのでである。


(おわり)
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