【球道雑記】
ロッテで1人気を吐く主将・鈴木大地。
学生のような自主トレで返る「初心」。
「初心に帰る」
千葉ロッテ・鈴木大地の1年は、プロ野球選手の自主トレというよりも、学生の強化合宿のような高知県の自主トレから毎年始まる。
練習が終われば自分たちでグラウンド慣らしをするのはもちろん、宿舎に戻れば、掃除、洗濯、食器洗い、布団敷きに至るまで全て自分たちで行う。
「あれをやらなきゃいけないな、あそこに行かなきゃ始まらないなというのが、僕の中ではあるんです。それをやっているから偉いとかそういう意味ではなくて、僕自身が続けたいからやっている。本当にそんな感じで、そういう空間ってなかなか(プロに入ると)ないじゃないですか。僕にとっては本当に大切にしたい時間なんです」
そう言うと、鈴木はまるで幼い少年のような笑みを浮かべた。
2度もベストナインを受賞したショートからセカンドへ!?
今年、鈴木はプロ5年間で2度もベストナインを受賞した愛着のあるショートから、セカンドへのコンバートをチームから受けた。
春季キャンプ開幕前日1月31日のことだった。
「さあこれからだ」と言うときに「それ」を聞かされた気分はどうか、このコンバートをどう受け止めているのか、彼に質問すると、明るく前向きな声でこう答えた。
「変なプライドもないですし、今、やれることをやりたい気分です。コーチからだけじゃなく、同じ立場の選手、時には後輩からも、僕よりセカンド経験が長い選手には色んな質問をさせてもらっていますし、今は自分がずっと試合に出ていたからとか、そういうプライドもなくて、練習して様々なことを吸収する時期だと思ってやっています」
野球をする上で、仕事をする上で、どこにプライドを置くのかを鈴木に教えられた気がした。
毎年自分に課している「初心に帰る」こと。
自尊心はときに成長の邪魔になることが多々ある。
「なんでショートではなく、セカンドなんだ」と考えたところであまり意味はない。
ならば鈴木のように、目の前で起きたどんな出来事でも素直に受け入れて、新しい何かとして吸収した方が、のちのちの自身の成長にも繋げることができる。
それこそが毎年、彼が大切にしているという「初心に帰る」自主トレの効果のようにも思えた。
「野球が好きだ」という気持ちが伝わってくる人。
「大地さんと練習をしていると、野球で稼ごうというよりも、野球が好きだ、野球で上手くなりたいという気持ちが伝わってくるんです。練習で妥協も一切しませんし……」
そう話すのは今年、その鈴木が主催する自主トレに参加したプロ2年目の柿沼友哉だ。
さらに彼はこう続ける。
「初心とかそういう気持ちは確かに出てきましたね。自分たちで洗濯もして食器も洗ったりしていますし、シーズンに入る前に自分たちの私生活を見つめ直すじゃないですけど、それくらいの環境で自主トレが出来ているなって素直に思わせてくれるので」
柿沼は2015年の育成ドラフト2位でプロ入りして、昨年7月にはさっそく支配下登録をされた。さらに10月に招集されたU-23ワールドカップ日本代表にも選出されて、全9試合でマスクをかぶると、好リードでチームの世界一にも貢献。評判をさらに上げた。
取材で柿沼と接していて毎回感じるのは、鈴木と同じ「素直さ」があることだ。こうした運を次々と掴んでいけたのも彼の素直さゆえではないだろうか。
そんな柿沼に、鈴木は食事の席でこんなアドバイスを送ったという。
「野球で稼ごうという気持ちでやるのも良いんだけど、そう考えて野球を続けていたら好きな野球がだんだんつまらなくなっちゃうよ。
好きで野球を続けているなら、どうやったら上手くなれるかを考えた方がいい。それが結果として『稼ぐ』ことに繋がればいいんだから」
柿沼の今の気持ちを察した言葉をかけた鈴木。
柿沼にとって、鈴木の言葉はまさに金言だった。
「それまでは早く稼げる選手になりたいってずっと思っていたので。それを聞いてハッとしました」
この春季キャンプで柿沼は、新人の宗接唯人に一軍昇格で先越され、気持ちに焦りが出ていた。U-23の活躍……そして一軍キャンプ招集といった未来図を彼の中で知らずに思い描いていたのだろう。
鈴木はその気持ちをすかさず察知して、前述の言葉を彼に送った。周りが見えている証拠でもある。
「ひとつずつコツコツとやれたら」
今年の鈴木大地からは以前とはどこか違う、人としての懐の深さを感じるときがある。
たとえば嫌いなもの、苦手だなと思っていることも、いったん懐に入れて消化する。それが彼の言葉や態度、プレー中の何気ない振る舞いからも感じることができるし、その意識が打撃や守備でも彼に好影響を与えているように思えるのだ。
今年からセカンドを任されることについて、鈴木はこう話す。
「今までの野球人生、もちろんプロに入ってからもそうですけど、飛躍的に良くなったとか、活躍できるようになったとかもなかったですし、いつも何かしらの壁があって、それをひとつずつクリアして、コツコツとやってきました。だから今もいきなり上手くなることもないと思ってやっていますし、今年も積み重ねた結果として秋にしっかりした形で終わっていればいいなと思いながらやっています。
セカンドというポジションは本当に難しいのですけど、最初から上手くは出来ないですし、それでも我慢して、ひとつずつコツコツとやれたら、それも自分らしくて良いのかなって思っています」
何気ない言葉だが、じつに深みのある言葉だな、そう感じた。
「このコンバートは野球人生のターニングポイント」
身長175cm、体重79kg。
プロ野球選手としては、恵まれた体とは言い難い。
特別に足が速いわけでもなければ、遠くに飛ばす人並み外れたパワーがあるわけでもなかった。
それでも昨年までのプロ5年間で、2度にわたるベストナイン受賞ができたのは、常に初心を忘れずに、周囲の意見を素直に受け入れ、それを日々、積み重ねた結晶ともいえる。
鈴木はさらにこう言葉を加えた。
「このコンバートがもしかしたら僕の野球人生のターニングポイントになるかもしれない。ここで、もう1回頑張って、『アイツはこのコンバートでまた伸びていった』と思ってもらえるようにしたいんです」
その視線は真っ直ぐ前だけを向いていた。
文=永田遼太郎
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