凡人だって悟れるもん

自我は幻、大体そんな感じ。

幻十夜「第七夜」

2014年05月26日 | 小説
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第七夜


「・・って訳で、救急車を呼んだと思ったらここに来てた・・んです」


俺がそう言い終わると、おっさんと綺麗なお姉さんは、ぱちぱちと拍手をした。

自分を神様だと抜かすおっさんの提案で、始まった自己紹介。

名前、年齢、浪人生活をしていること、夜中に腹痛に襲われたこと。

俺が説明するたび、おっさんがおおげさに相づちを打つのが少々うっとうしかった。


「さて、次は彼女の番だね・・・とは言っても、本人には自分の記憶が無いから、僕が代わりに彼女を紹介するよ」


おっさんが言うように、この姉さんには自分の記憶が無いらしい。理由は分からないし、本当か嘘かは分からないが、あえて記憶が消されている・・・らしい。


「お願いします・・・」


彼女は、うつむきがちにそう答えた。

透き通るような肌の、綺麗な人だ。うーん、夢だとしても、いい夢見てんな俺。

ただ、夢にしては五感がどこまでもリアルだ。それに、普通の夢と違ってずいぶんと、整合性のある会話が出来ていると思う。

それにしてもこの姉さん、どっかで会ったことある気がすんだよな・・・。


「えーっと彼女の名前は、遠野朱美さん。年齢は26歳で、会社員をしている。アパートに一人暮らし。あと他には・・年下の恋人がいるみたいだね」


おっさんは、何もない空間に、まるで何かが書いてあるような素振りで、彼女のプロフィールを読んでいった。

朱美か、いい名前じゃん。・・・つか彼氏持ちか・・・。だから何だって事もないけど、ちょっとがっかり。

俺は心の中で、ため息をついた。

一方の朱美さんは、自分の記憶を一字一句聞き漏らすまいとしているのか、真剣な顔で、黙っておっさんを見ている。


「そして・・・っと、ここに来た理由が、えーっと・・・まあ、自殺だね」


自殺?今自殺って言った?

部屋の空気が緊張する。

おっさんは、黙って朱美さんの反応を伺っているみたいだ。

うーん、この沈黙。とても気まずいし、かける言葉も見つからない。


「・・・・はあ、そうですか」


当の本人は、ずいぶんとあっさりとそう答えた。


「なんというか、もしかしたらそうなのかな?とは思ってたんです」


椅子に深く座りなおしながら、朱美さんは続ける。


「ここがあの世の入り口っていう話もそうだし・・・、私が記憶をあえて消されているっていうのも、きっと思い出したら冷静にいられないような記憶、つまりショッキングな内容なのかなって・・・まるで他人ごとみたいですけどね」


本当に他人ごとのように冷静だ。表情は、むしろさっきより少し明るくさえ見える。

自分の記憶がないってのは、どんな気持ちなんだろう。

自分が自殺していても、記憶がなけりゃこんなくらいの反応になるんだろうか。

ん?そもそも自殺したら、自分の記憶がどうとかいう問題じゃねえよな。

そもそも、ここが夢の中って可能性も全然否定出来ねえし・・・。


「そう、だから記憶を忘れてもらってるんだ。その方がスムーズに話が出来るからね・・・うーん、でも驚いた。いくら記憶が無いとはいえ、こんなに冷静な人は珍しいよ。」


おっさんは、そう言いながら、安心したように少しほほえんだ。

この言いぶりからすると、ここには俺たちみたいな奴が、他にも来るんだろうか。


「まあね、ここに来るっていうのはむしろラッキーな事なんだよ。自殺にしろ事故にしろ、どっちみちまだ死んでない訳だからね。さあ、それじゃあ自己紹介も軽く済んだところで、アパートのお隣さん同士、仲良く頑張ってもらおうかな」


ん、お隣さん?それってどういう


「あっ・・・、まさか昨日の救急車・・・?」


アパートのゴミ出し、お隣さんとの挨拶、救急車のサイレン、運ばれる担架、深夜の静寂、冷たい牛乳。色々な情報の点が、その一瞬でぶわっと脳裏をかけめぐり、突然一直線につながった。衝撃、快感のようなものが俺の頭の中で電流となって駆け巡るのを感じた。


「あ、あんた、昨日救急車で運ばれただろ?102号室の・・・。ほら俺、隣の103に住んでる宮本っす!」


たまに挨拶くらいはしたことあるけど、今はメイクもしていないせいで・・・いやそれだけじゃない。何というか雰囲気がずいぶん違って、全然気がつかなかった。

この人、俺のお隣さんじゃん。


「はあ、どうも・・・」


朱美さんは、とても不安そうな表情を浮かべている。・・・あーしまった、この人記憶喪失だっけ。


「あーなんか、すいません・・・」


勝手に興奮している自分に、少し恥ずかしくなった。


「こちらこそ、思い出せなくてすいません。私の部屋、お隣だったんですか?」


そう言いながら、朱美さんはこっちを見る。なんか、ここに来て初めて顔をちゃんと合わせた気がする・・・やっぱ綺麗だなこの人。


「あ、はい、俺、昨日隣の部屋に救急車が来たんで落ち着かなくって・・・」


むしろ今の方が落ちつかねーけど。


「うんうん!これでお互いの事は大体分かったね。それじゃあ、場の空気もあったまったところで・・・スピードアップしていこっか」


更にアパートのお隣さんと話そうとする俺の言葉を遮るように、おっさんが割り込んできた。

神様を自称するくせに、空気が読めないというか、本当うっとうしいなこいつ。

なんて思ってる間に、おっさんが黙って右手をあげた。

そして、その手を今度はまっすぐに振り下ろす。

と次の瞬間、目の前が暗転した。


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呉 「自己投影されてて、すごく恥ずかしい」

(´自ω我) 「小説書くなら、ドMで当然っす!」

幻十夜「第六夜」

2014年05月22日 | 小説
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第六夜


「だから、簡単に言うと君たちは、元の世界では、生死の境をさまよってるんだ」


僕は、さっきの彼女と同じような問答を、後から来た彼にした後、最後にそう付け加えた。

すると彼は、少しは状況が飲み込めたのか、頭を抱えるなど、目に見えてうろたえだした。

対して、彼女はまだ、どこか人ごとのような、ポカーンとした表情を浮かべている。

まあ、仕方ない話だろう。

彼の場合、記憶を持ったままここに来ているが、彼女は自分の全てを忘れて、ここに辿り着いたのだ。

自分に関するどんな話をされても、ピンと来るはずも無いし、実感も沸くまい。

・・・まあ、彼女の場合、そうじゃなきゃ僕が困るんだけどね。


「あー!よく分かんねえ・・・つまりどうすればいいっての?」


彼は落ち着かないらしく、椅子を立ち上がり、部屋の中をぐるぐると歩き回っている。これが彼の癖らしい。

寝巻きのままこちらに来たらしく、スウェット姿で、寝癖があちこちにはねている。

彼女の方は、相変わらず椅子に座ったまま、何か考え込んでいるようだった。

白いワンピースが白い肌によく映えて、とても美しい。

・・・まあ、こっち側で用意した服なんだけど。

まさか、あのままの姿で、こっち側に来る訳にはいかないしね。


「君たちには、ここで『自分が何者なのか』という答えを見つけてもらうよ。・・・なあに時間はたっぷりあるし、僕がついてるから安心してくれていい。」


それこそ、時間は無限にあるからね。

なんてことは言わずに、僕は二人の反応をうかがった。


「・・・答えが見つかったら、どうなるんだ?」


うん、当然の反応だろう。


「生き返れるってことですか・・・?」


よしよし、話が飲み込めてきたな。


「そう!答えが見つかれば生き返り、見つからなければこのまま死ぬだけ。実にシンプルな話だろ?・・さあ、一緒に考えようか!」


ちょっとわざとらしく、僕は両手を大きく広げながら声を上げた。

我ながら、ずいぶんいじわるな言い方だ。

彼らの認識では、自分の生き死とは、この世で最も重要な事だろうに。


「・・・くっそ!牛乳飲んで死んじまうのかよ・・・!こんなだっせーことねーよ・・・」


「こらこら、まだ決まった訳じゃない。今言っただろ?『自分が何者なのか』という答えを見つければいいだけなんだからさ。」


そう彼に諭すと、牛乳の彼は、こっちに何か言いたそうにしていたが、黙って自分の椅子に座ると、今度は難しい顔で考え込んでしまった。


「夢・・・?いや・・・でも・・・」


何やらぶつぶつと呟いている。


「自分が何者かっていうのは、私が誰なのか、自分の記憶を思い出すってことですか?」


今度は彼女が口を開いた。

まあ、誰だってそう思うよね。まして彼女の場合、自分が誰なのか分からないなんて、とても不安なはずだ。

・・・実はとてもラッキーな状況と言えるんだけどね。


「いいや、そんなことはどうだっていい。君の記憶については、君自身が思い出す事は出来ないにせよ、僕がいくらでも内容は教えてあげるよ。・・いいかい、問題はそこじゃないんだ。記憶を封じているのは、記憶自体に意味があるのではなく、君の主観に影響を与えるからなんだ。」


そう、記憶なんて何の問題でもなければ、何の意味もない。

自分の記憶を思い出す事が答えなら、牛乳の彼なんて、既に答えを知っていることになるからね。

さあて、この子達は気づく事が出来るかな・・・。


「死にたくねぇ・・・」

「記憶が答えじゃない・・?」


あらら、二人して難しい顔で考え込んでしまった。

さて、どうしたものか・・・。


「よし、とりあえず自己紹介をしてみようか!」


二人の深刻さを、あえて無視するように、僕は笑顔でそう言った。


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呉 「・・・自分で先の展開が読めない!」

(´自ω我) 「うろたえるんじゃないッス!スピブロガーはうろたえないッス!」

幻十夜「第五夜」

2014年05月19日 | 小説
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 第五夜
 
 こんな夢の中に居た。


「う、うぉおおお・・・!」

すさまじい腹痛と、痛みに悶える自分の声で目が覚めた。

過去に経験したことの無いような激痛。

布団から立ち上がろうとするが、足下がふらつき、倒れ、そのまま床に嘔吐してしまった。


(これはまずい。非常事態だ。つーか死ぬ。マジ痛くて動けねえ。死んだら誰も気づいてくれんのかな。一人暮らしだし、しばらく見付かんねえかも。あーまだ死にたくない。何で腹が痛いんだ?何か悪いものでも食べたっけ?夕飯は食わずに寝たし・・・うわー、多分牛乳だわ。でも賞味期限もそんな過ぎてないのに、なんでだよ!ちくしょう!)


色々な思考や感情が、走馬燈のように頭を駆け巡ったが、しばらくして俺は、救急車を呼ぶしかない事を悟った。

腹痛ごときで情けないという気持ちもあるが、つらいものはつらいのだ。


(1・・1・・なんだっけ・・・・あー・・9・・・)


意識はもうろうとしながらも、電話の向こうのオペレーターと何か会話をしたような気がする。

それから先は、何も覚えていない。

俺は、気づけばここに居た。

見覚えの無い真っ白な部屋の中で、椅子に座っている。

よく見ると、この椅子、自分の部屋にある椅子と同じものに見える。

というか自分の椅子そのものだ。

部屋には先客がいるようで、知らないおっさんと、綺麗な女の人が、こっちを見ていた。

全く頭の整理の出来ない出来事に、頭の中は大混乱している。

気づけば腹痛も収まっているし、ますますこの状況の意味が分からない。

「エッ・・・夢?」

思った以上に間抜けな声が出た。

部屋は広く、俺の声は反響し、更に間抜けに響いた。

しばらくの沈黙が続き、知らないおっさんが、驚いたような、何も気にしてないような、よく分からない表情を、優しいほほえみに変えて口を開いた。

「とりあえず、おかえり。」


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呉 「 」

(´自ω我) 「しっかりするっす!」

幻十夜「第四夜」

2014年05月17日 | 小説
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第四夜


「肉体から離れた?」


さっきから、この人は一体何を言っているんだろうか。

一体ここはどこで、そもそもこの男は一体誰なんだろう。

頭の中にはクエッションマークだらけだ。


「一体あなたは誰なんですか?・・・ここはどこですか?病院なんですか?」


私は、だんだんと冷静になってきたのか、もしくは混乱が頂点に達したのか、頭の中のクエスションを男に吐き出していった。

男はそれを聞きながら、ただ黙ってうなずいていた。


「私は・・・私は・・・私は誰なんですか?」


私がそう言い終わったところで、やっと男は口を開いた。


「僕は、そうだな・・・ちょっと違うけど、君の言うところの神様かな。で、そういう説明をすると、ここは病院じゃないってことになるよね、病院に神様はいないもの。」


病院じゃない・・・神様・・?


「あと、君が一体誰なのかって言う質問だけど・・・ここでは、その質問の答えを、自分で探してもらうことになるんだ。」


自分を神様と自称する男は、私の質問にまとめて答えると、こう続けた。


「うーん、君の信じる認識から言うと、君は魂だけの存在で、ここはあの世の入り口、そんで僕は神様。とりあえず、こんなとこでいいかな?」


自称神様は、私を指さした。

さっきから、この、自称神様の言う言葉はいまいち的を得ない。

ただ、どうやら私は魂?だけの存在で、ここも現実の世界じゃないと言いたいらしい。

まあ事実、この部屋自体、不思議な部屋であることは確かなようだ。

私の常識では、ドアも無い部屋に人は突然現れない。

そして、私自身が一体誰なのかという記憶がないということも、とりあえずにせよ、この話を受け入れざるを得ない要素になっていた。


「・・・私、死んでるんですか?」


とりあえず、私は、唯一理解できた、聞き取れた部分を確認する事にした。


「それは、君の認識次第だね。君は生きていると同時に、死んでいるとも言えるかもしれない。」


自称神様は、またよく分からない、抽象的な表現で質問をはぐらかそうとする。


「もっと具体的に言って下さい・・・私、何も思い出せなくって、この状況がうまく飲み込めないんです。」


私の頭の中のもやは、まだ晴れそうにない。

薄いベールの向こうにある大事なものに、手が届きそうで届かないような、もどかしい気持ちがした。


「それでいいのさ、今は思い出せなくてもいい。君の抱えてきた、様々な思い、執着、価値観、君の世界を創ってきた概念を、僕が強制的に思い出せなくしてあるからね。」


自称神様は、まるで楽しそうにそう言った。

私は、何も分かっていない自分が馬鹿にされたような気がして、少しむかっときた。


「・・・要するに、私は何かの理由で死んでいて、ここは死後の世界で、また何かの理由で私の記憶は消されているってことですか?」


私は、少し語気を荒げながら、自分の納得のいく形に状況をまとめようとした。

自称神様の言うことは、嘘か本当か分からない。

けれど、今の状況を把握しようとしなければ、私の心が落ち着かないのだ。

私が死んでいようが、ここが死後の世界でも何でもいい。

自分が誰なのかも分からない中、少しでもはっきりとした事実が知りたかった。


「君が良いなら、そういうことでいいと思う。ただ、ここで君に起きていることや、こっちの世界の仕組みのことなんて大したことじゃない。」


そう言うと、自称神様は指を頭に指すとこう続けた。


「これが全部夢の中の話だとしたら、何の意味もないだろ?」


正直、これが夢以外のなんだっていうんだろうか。

疑問が多すぎてめまいがしそう・・・。


「ここで学ぶべきことは、そうやって、常に自分に支配されている自分に気づくこと。ただそれだけなんだ。」


そう言いながら自称神様は、また一歩近づき、もう私の目の前に立っていた。


「言うなれば、ここは魂のボーナスステージ。あっちで気づきにくいことを、気づいてもらう為の場所だよ。」


と、まるでドラマのように、大げさに両手を大きく広げながら言った。


「・・・やっぱりよく分からないんですけど。」


そんな私の混乱と、困惑を知ってか知らずか、自称神様は、今度は私の右側を見つめた。


「この続きは、二人まとめて教えてあげよう。」


何も無い空間に向かって、自称神様はそう話しかける。


と、その瞬間、何も無かった空間に若い男が現れた。


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呉 「太宰治が好きです。」

(´自ω我) 「心中展開は禁止っす!」

幻十夜「第三夜」

2014年05月13日 | 小説
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 第三夜

 何も無い部屋に居た。

あるのは自分の座っている、この丸椅子ひとつだけ。

質素な木の椅子で、深く落ち着いた木の色から、使い込まれた年代物だと分かる。

部屋は広く、声を出せば、ぐわんと反響した。

天井も、床も、壁も真っ白で、大きな窓からは、日光が差している。

森の中にある建造物なのか、窓の外には鮮やかな緑に生い茂った木々が見えた。

外は晴天で、雲一つ無い。

真っ青な空を背景に、木々の緑が映えてとても美しい。

気持ちもとても落ち着いていて、こんなに穏やかな気分は、生まれて初めてかもしれないとさえ思った。

ただ、何かを思い出すような、そんな必要はないような、不思議な気分の中にいた。

ずっと長い間ここに居た気もするし、今さっきここに着いたような気もする。

どちらにせよ、暖かな日の差す部屋の真ん中で、椅子に座った私はただくつろいでいた。


「とりあえず、お帰り」


ぼんやりしている所に、突然正面から声をかけられた。

真っ白な壁と、大きな窓だけ。

ドアも何も無いこの部屋に、いつのまにか男が居る。

男は、ジャージにサンダル履きの恰好で、私から少し離れた所に立っていた。

年は50代、いや60代くらいだろうか。

白髪交じりの髪に、顔は整っているが、初老を思わせるしわが刻まれていた。

穏やかな表情で、男はこちらをじっと見ている。

まるで、ずっと前からそこに居たかのように、当然な風に立っていた。

突然現れたこの男に対して、私は不思議と、驚きも叫びもしなかった。

それどころか、全く見覚えも無いこの男に対して、一種の親しみのようなものさえ感じるのである。


「どうも・・・。」


そう良いながら、私は小さく会釈をした。


「ここがどこだか、分かる?」


ジャージの男は、まるで子供に問いかけるようにそう言った。


「分かりません、でも、懐かしい感じがします。」


私は、感じた通りのことをそのまま答えた。

事実、初めて来たとは思えない既視感のようなものをここに感じていた。

まるで、ずっと前からここを知っていたような、安心で、穏やかな空間。

ただ、それを言葉にしようとすると、頭の中で形がほどけていってしまうような、不思議な感覚だった。


「そうだね、そう思うのも当然だろう。」


ジャージの男はそう言うと、ゆっくり言葉を選ぶように続けた。


「ここはね、どこにでもあって、どこにもない場所だよ。君は、どうしてここに帰ってきたか覚えてる?」


まるで謎かけのようなことを言いながら、男は優しく微笑んだ。


「帰ってきたってことは・・・私は昔、ここに居たんですか?・・・・すいません・・。」


そう言いながら、私は自分の中から、この部屋に来る以前の記憶を探してみたが、やはり頭の中にもやがかかったように、何も思い出すことが出来なかった。

私は、どうしてここに居るんだろう。

ここは病院?それとも何かの施設?

私は、どこかおかしくなってしまったんだろうか。


「そう、思い出すんだ。いつだって君はここに居たし、いつだってここは、君のそばにあったんだ。」


また謎かけのようなことを言い出すと、男は少しだけ、私に近づいてこう言った。


「さて、再び肉体から離れた気分はどうだい?」


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呉 「西尾維新が好きです。」

(´自ω我) 「言葉遊びする余裕なんてないっすけどね!」

幻十夜「第二夜」

2014年05月11日 | 小説
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 第二夜

 こんな夢の中に居た。

 カッチカッチ・・・

秒針は、絶え間なく時を刻み、住宅街の夜の静けさがその無機質な音を際立たせている。

深夜1時の静かな部屋。

思えば、この静かな部屋で俺は何をしてきたんだろう。

2年前、大学受験に失敗した俺は、志望校を諦められずに浪人生活を選んだ。そこで、地方じゃ通えない有名予備校へ通うため、都会で一人暮らしを始めることにした。

初めての都会に、少しわくわくさえしていた。

時間はたっぷりあると思っていたけれど、勉強のモチベーションを維持し続けることが、これ程までに難しいとは思わなかった。

あっという間に1年が過ぎ、そしてあっけなく2度目の落第。

そのまま2年目の浪人生活。

人と接することの苦しさから予備校も辞め、アパートに引きこもるようになってからは、半年程経っただろうか。

もはや何の為に、俺がここに居るのか分からない。

日に日に、自分の中で気力が無くなっていくのを感じていた。

最近では、惰性で形だけの勉強をしているけれど、机に向かうのも、焦燥感から逃れる為であって、実際頭には何も入ってはいない。

心は、すっかり萎えてしまっていた。

本当に志望する大学へ入りたかったのかすら、今の俺には分からない。

出口のない迷路に迷い込んだ心地だった。

明るい未来が見えず、自分という土台がグラグラと揺らいで、常に不安で吐き気がしていた。

しかし、ここまできても、志望校のランクを下げるとか、大学を諦めて実家に帰るという選択肢は自分の中には無かった。

自分で自分を苦しめているのは分かっている。

それでも、ちっぽけなプライド、2年間に及ぶ執着、色々な思いがごちゃまぜになり、自身の妥協を許さなかった。

もはや、逃げ場はどこにも無い。

今日も永遠にさえに感じる深夜の静寂が、俺自身を追い詰めていた。

そんな時、サイレンの音が遠くから聞こえた。

救急車かパトカーだろうか。

音は段々と近づいてきて、間近に迫ったと思った所で、突然止まった。

どうやらアパートの前に停止したらしく、カーテン越しに赤いランプが点滅しているのが見えた。

興味本位でカーテンをめくると、どうやら救急車らしい。

しばらくして、担架を持った救命士二人がこちらに近づいてくると、すぐ右隣の部屋へ入っていくようだった。

確か隣は、若い女性の一人暮らしだったはずだ。

ゴミ出しでたまに見かけるくらいで、ほとんど関わりはないけど。

彼氏が居るらしく、毎日のように遊びに来ては、深夜に騒ぎやがる

ボロアパートの薄い壁ごしなもんだから、正直うんざりしていた。

そんな薄い壁の向こうから、今は救命士の大声が聞こえる。

何度も呼びかけるような声と、何か物を叩きつけるような音が聞こえる。これは只事では無さそうだ。

壁一枚向こうの住人が、生と死の境界の中にあるのかもしれないと想像すると、何かこっちまで不安になってきた。

もはや勉強どころではないが、外に出て覗き込むほどの野次馬根性もないので、無意味に部屋の中を歩きまわった。

やがて、担架が運ばれたのか、救命士の声と共に、騒ぎは遠ざかり、サイレンの音と共に消えていった。

外では、同じアパートの住民が、今の騒ぎの話でもしているのか、複数人の声が聞こえている。

俺は、自分を落ち着かせようと、冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いで一気飲みをした。

非日常感を味わったせいか、深夜特有のテンションも関係しているのか、アドレナリンは俺の体内を駆け回り、よく分からない興奮状態にあった。

よく冷えた牛乳は、かわいた喉と腹によく染みて、そんな俺を少し冷静にさせてくれた。

一呼吸して、牛乳をしまおうと、牛乳パックを手に取った。

ふとフタに目をやると、賞味期限は、1時間程前に切れている。

美味しいと不味い、その味の境界線って一体何だろうと考えながら、俺は静かな部屋でしばらく笑った。

どうやら俺は、まだ冷静じゃないらしい。



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呉 「小説家って絶対ドMだわ。」

(´自ω我) 「早くも弱音っすか!」

幻十夜「第一夜」

2014年05月08日 | 小説
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第一夜

 こんな夢の中に居た。

 人によって言葉の価値観、重さが違えば言葉の受け取り方も変わる。

それがこんな自体を招くかどうかなんて、昨日の僕には分からなかったけど、起きたことだけは事実のようだ。

言葉の重さの違いなんて、当然のようだけれど、忘れがちだし、その違いそのものに関して考える事自体も少ないと思う。

僕だって、考えたことなんてほとんどなかった。

例えば言葉じゃないけれど、1億円を持った人間と、借金が100万円ある人間が居たとする。

この正反対の二人に、僕が100万円ずつあげるとしたらどうだろう。

きっと二人にとって、100万円の価値は全く違うものになることは想像できるはずだ。

それくらい価値観っていうのは、人によって、その場面によって大きく変わる。

え、100万円もらっても、同じくらい大喜びする金持ちも居るはず?

確かにそんな人も居るかもしれないな。

じゃあ今度は、ここに原始時代からタイムワープした原始人が居るとする。

・・・いやいや、そんな技術が現実に無いのは置いとこうか。

そんなツッコミ、ツッコミでも何でもない。話を脱線させるだけだって。

さあ、原始時代からやってきたこいつには、もちろん現代の通貨に関する価値観もないし、経済の知識もない。

現に、さっきから、こん棒を振り回して唸ってやがる。

僕のことを、時代は違えど、同じ人類と認識しているかすら怪しいもんだ。

こいつに、さっきの例えのように、僕が100万円をあげたとしたらどうだろう。

きっと良く燃える紙くず、もしくはただのペラペラした変なもの、くらいの価値しか見いだせないはずだ。

ほらね・・・おっと口に入れるとは思わなかったな。

今のは極端な例だけど、要するにその人間の知識や価値観1つで、物の価値なんて大きく変わるってこと。

これは、物だけに限らず、言葉にも言えるってことは、例えなくても、もう十分に思い知らされた。

人によって、物や言葉に色んな価値観のフィルターがかかっているんだ。

きっと言葉に限界があるということを念頭において、価値観と考え方の違いを、もっと話し合うべきだった。

それが分かっていれば、相手からの「心ない言葉」も、冷静に受け止めることが出来たはずだ。

それは、あいつにも言えることだけどね。

・・・お互い冷静じゃなかった。

言葉の重さも知らずに、価値観の違いも分からずに、人を責めすぎた。

時に言葉は、人を殺す。

それが分かった頃には、既に遅すぎた。

「だからって死ぬ奴があるかよ・・・。」アパートの玄関で、僕はやっと気づいた。




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壁|

壁|ω我) 「・・・・心配しなくてもフィクションすよ!」

壁|彡サッ

幻十夜「第零夜」

2014年05月07日 | 小説
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第零夜


 自我は夢を見た。

その夢には、五感があって、どこまでも現実味があって、もはや自我にとっては現実だった。

しかし、どこまで現実に感じても、夢は夢でしかない。

夢まぼろしに意味を持つこともあったが、夢は夢だった。


目に映る出来事に、苦しむこともあり。

夢だからと、気にせず流すこともあり。


どこまでも深刻に悩んでみることもあり。

どこまでも楽天的にかまえることもあり。


選択の余地が無いことを絶望することもあり。

選択する必要が無いと受け取り、成り行きにまかせることもあり。


自由など、この現実の前では有り得ぬと悲観することもあり。

自由を謳歌し、夢の中で好き勝手することもあり。


ただ夢の中で、現実に見えるものに、絶対はないことを悟った。

どこまでも現実に思えようが、どこまでも夢であることの確信があった。

絶対的な苦しみも無ければ、絶対的な絶望も無いことを知っていた。

時に絶対的に感じるが、ただ夢の中でのことと知っていた。

絶対的としか思えなくとも、根拠があるように思えても、夢の中でのこと。

自我自身が、絶対と信じているだけのこと。

本当に夢かどうか、混乱することもあった。

周囲の人間に、「これは夢か?幻か?」と聞いてまわった。

ある人は夢であると答え、またある人は現実であると答えた。

自身の求める答えは返ってこなかった。

しかし、目に映るものではなく、自分の中にしか、答えがないことも知っていた。

夢の中で、夢を成り立たせているのも、また自身であるからだ。

理屈でも思い込みでもなく、ただ知っていた。

「ここは夢の中。」

その説明出来ない確信だけが、夢の中にあって、自身を支えていた。


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グッときた曲紹介シリーズ2

2014年05月06日 | どうでもいいこと
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GWはあっちこっち遊び歩き、飲み歩きをしてました。

連休明けが憂鬱系男子、呉一郎です。

コメント返しで言いたいことを言い尽くしちゃったんで、今日は僕の好きな曲を紹介します。

シリーズを謳ったからには、続けないといけないしね

例によって、youtubeからの転載です。スピ的な意味もありません!



ハンサムケンヤ「蟲の溜息」



ゆらゆら帝国「夜行性の生き物三匹」



パスピエ「とおりゃんせ」



東京カランコロン「いっせーの、せ!」



過去の「グッときた」はこちら↓
グッときた曲紹介シリーズ1


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(´自ω我) 「ははーん・・分かった、サブカル趣味っすね!!」

呉 「ギクッ!」

ポジティブ思考実験

2014年05月01日 | どうでもいいこと
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先週、気分が落ち込み、心も不安定な日があったんです。

そんな時は、何したって駄目に感じるし、何を考えてもマイナスに思えてしまいます。

昔はその感情を大事に保存して、毎日毎日苦しんでいたので、

その頃に比べたら今は、天と地の差があるほど気持ちは楽ですが・・・

それでもネガティブな気持ちは感じないに越したことはありません。

そこで、僕は心も身体もすっきり回復した次の日、ある実験をすることにしました。

名づけて、ポジティブ思考実験です。

方法は簡単、どんな思考感情が沸いてこようが、ポジティブにあり続けようとするだけ。

理由も根拠もなく、ただ楽しく、ウキウキと過ごすことを自分に義務付けました。

常にポジティブかつハイテンションでいられるなら、悩みも何もありません。

楽しい思考は楽しい現実を生むって言いますもんね。

なんにせよものは試し、実験開始です。

___


1日目

何度か落ち込みそうになりましたが、その度思考感情を止め、とにかく気持ちを上に上げていきます。

イメージとしては、8ビートが身体の中で常に鳴り続けるように、無理やりハイテンションにしていきます。

結果、簡単に気持ちは上向きになり、気分良く過ごすことが出来ました。


2日目

コツはつかみました、どんな状況だってハイテンションに持っていけます。

思考と感情なんて自由自在の粘土のようなもん。

これを、どんな形にすることだって簡単なことです。


3日目~4日目

気持ちが落ちる度に意識して上向きにする。

それを繰り返すうち、特に落ち込むことも悩みも無くなったのですが・・・

そもそもの、ポジティブな気持ちがどんなものか分からなくなってきました。

これが日常になってしまい、何も感じません。


5日目

この日は寝不足と疲れで、身体がへとへとでした。

いつもなら、一緒に気持ちも落ち込みがちなんですが、ここはあえてポジティブシンキング。

実験中ですから、無理やりでも上に持って行きます。

疲れとネガティブさをセットにしているのも、また自分。

思い込みに過ぎません。


6日目

正直飽きてきました。

特筆することはなく、特に気持ちが落ち込むこともありません。


7日目

何度か大きく気分が落ち込みました。

理由は特にありません。

実験中なので、無理やり気持ちを上げましたが、ポジティブにしようとすること自体がとても苦痛です。

頑張れば、気持ちが上向きになるはなるんですが、正直しんどかったです。

なんでわざわざポジティブになる必要があるんだ?と自分で腹が立ってきました。

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いい加減、結論も出たのでここで実験終了です。

常にポジティブであれば、楽しく、更に高いレベルで日常が送れると思いましたが、少なくとも僕にとってはそうではありませんでした。

もちろん、常にポジティブになれると分かったことは収穫です。

自分でどんな形にでも、あり方を決めることは出来る、と改めて確信しました。


しかし、それが良いと思う形であれ、悪いと思う形であれ、それを決めているのはいつだって自分自身です。

物事に、表と裏が必ずあるように、良い面にこだわれば、悪い面が必ず浮き彫りになります。

ポジティブ思考は、良いことだと思っていましたが、それ自体が本質ではありません。

今回それにこだわった結果、幸せに過ごす為という目的を完全に見失ってしまいました。

良い思考感情にこだわった結果、悪い思考感情も強く意識してしまい、むしろ疲れてしまいました。

常にそこに居続けたせいか、ポジティブというのが何なのかも分からなくなってしまいました。


結局、どんな方法でも「あるがままに」という本質にたどり着くことになります。

もしかしたら、それを確認するために、気持ちが沈んだのかもしれませんね。

やはり全ては、良いも悪いも含め、僕という存在、自我の枠の中での出来事に過ぎないようです。


・・・最後に、7日目に書いたメモをここに写して終わります。

混乱の中にある時の言葉の方が、本質を突いてたりするもんです。


無理をしてポジティブになろうとするのは疲れる。
疲れている時は、無理せず疲れていい。
落ち込みたい時は、無理せず落ち込んでいい。
その方がよっぽど自然で健康的だ。
ポジティブ教は脱退させてもらう!


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呉 「春だから、休みの日はなるべく自転車で出かけようと思ってるんだ。」

(´自ω我) 「そのたるんだ腹をシェイプアップするっす!」