いつか風がみていた・・・(フレディ・Mの日記)

自転車とオートバイで遠くへ・・・。

2月28日・・・。

2017年03月19日 00時00分00秒 | 日記
2月の4週目、


とある日に主治医から呼び出しを受け、
私達夫婦と娘の彼氏の3人で説明を受ける・・・。



娘の症状はすこぶる悪い状況らしく、
3回目の抗がん剤治療を受けても
その進行を食い止めることが出来ていない事の説明を・・・。


Tリンパ芽球性リンパ腫、
週単位で進行する強烈な病魔に対して、
今まで投与した薬のどれもが効かなかったので、
最後の切り札としての強い新薬の投与の説明を受ける・・・。
4回目の抗がん剤治療になるが、
それが効いても効かなくても最後の治療になると・・・。




2月24日、最後の治療薬アラノンジー投与開始。
福井県では初めての使用。
神経障害の副作用もあるが、
もはやこれに頼るしか無い状況。
投与して1日休んでまた1日投与、
26日に再び投与。
目に見えて体力が落ちてきているのが傍目にも解かる。
呼吸が困難になって数値データも良くないので、
27日の投与を一時休息し様子を見る。
この日、私達夫婦も含め、見舞いに来てくれた友達、彼氏、知人みんなと、
腕を上げる力も無く弱っているはずなのに、来てくれたみんなと力一杯ハグしてくれた。
私とハグした時には「お父さん大好き!」と言ってくれた・・・。
あとから思えばこの日に本人は感じていたのかも・・・。




24日の午後から私もずっと付き添いで病室に泊まり込み、
26日からは彼氏も一緒に泊る。
28日朝、おイヌ様の世話で一時帰宅し再び病室に戻り、
明け方の病院最上階から見る朝日に見惚れ、
それをスマホで写真を撮り病室の娘に、
「ほら、綺麗な朝日でしょ、今日もきっといい事あるよ!」っと見せると、
呼吸が苦しいながらも「きれい~!」っと嬉しそうに言う・・・。

この日の朝にはまだ少し会話も出来ていたのだが、
お昼前にはあぁとかうんとかの返事だけになり、
昼過ぎにはほとんど反応しなくなる・・・。
ハァ・・・ハァ・・・と呼吸も弱々しく、
この先どうなるのか?不安がよぎる。
















ここから先はずっと後で彼氏から聞いた話し・・・。





夕方、会話もままならなくなってきたので、
ずっと娘に顔をよせていた彼氏が急に立ちあがり、
「もうよそうよ!そんなこと言うなよ!」っと大声で怒鳴り、
壁に向かって泣きながら拳を叩きつけた・・・。


私達夫婦は、小声で会話が出来ていたのか?
いったいなんと会話していたのか?
でももう声も出ないはずなのに?と思いながらも、
その場が理解出来ていませんでした・・・。



その後、3日も泊り込んで疲れているのだろうと
夕方に一旦家に帰って休んではと私達夫婦も勧めて、
彼氏にに帰ってもらう。


彼も渋々帰ってはみるものの、
家で慌ててシャワーだけ浴びすぐさま病院へと。





実は夕方、彼氏が大声で怒鳴る前に、
娘と彼氏は心の声で会話が出来ていたのだと・・・。


呼吸も困難になり声も出せなくなった娘が、
「ごめん、わたしもう今日か明日かもしれない・・・。
 本当はもうダメなんでしょ?」
っとカレシに語りかけてきたと。




そんな胸騒ぎをかかえ、
シャワーだけ浴びて慌てて再び病院へとクルマを走らせる彼氏の耳に、
急にその心の声がまた聞こえてきた!
「やっぱりダメ! 明日はお父さんとお母さんの結婚30周年記念日だから・・・。
 明日じゃダメなんだ・・・」



彼氏は病院に着いてエレベーターで最上階に昇る最中に、
嫁さんからの電話を受け取りました。
「今、逝っちゃったの・・・」




娘は彼氏に最後の辛い場面を見せたくなかったのでしょう・・・。
私達夫婦の結婚記念日も避けたかったのでしょう・・・。
最後まで気を使い、彼氏が一時帰った隙に、
静かに逝ってしまいました・・・。

















2月28日、午後8時03分・・・。
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