トーキング・マイノリティ

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007/慰めの報酬 08/英・米/マーク・フォースター監督

2009-02-04 21:21:59 | 映画
 ボンド役がダニエル・クレイグとなってからの第2作目。前回は金髪のボンドに戸惑いを覚えたが、2回目となれば慣れて違和感を感じなくなる。ボンドシリーズには珍しく前回からの続編で、コピーの「傷ついた心が、共鳴する」どおり、ボンドは愛する人を失った痛手から立ち直っていない。ただし、そこは007、アクションシーンの連続で前作よりスピーディな展開となっている。

 ボンドシリーズはオープニングがよいと改めて感じさせられる。激しいカーチェイスに始まり、それが済むとシルエットのシーンと共にテーマ曲が流れる。前回は珍しく女性のシルエットがなく、今回もボンドのそればかりが映るので同じパターンかと思いきや、埋め合わせといわんばかりに後半に女性のシルエットが数多く登場する。曲は今回もロック、「机の上の携帯電話」の歌詞も現代らしい。原作者イアン・フレミングの生きていた時代なら、想像も出来なかった文明の利器。
 前回同様、今回も兵器のエキスパートQが出なかったのはいささか寂しいが、新兵器を作り出すキャラはもうお呼びではないのだろうか。かつてボンドの秘書役としてマネーペニーがいたが、こちらも登場しない。

 いかに「殺しのライセンス」があるにせよ、ダニエル=ボンド、派手に殺しまくっている。彼以前のボンドも敵を始末していたが、殺害が荒っぽく、いかつい顔つきゆえインパクトを感じさせる。情報局員というより殺し屋風だ。女性上司Mに「殺さないでね」とクギを刺されても、また始末する。Mが捕獲するよう命じた人物も「脈がない」、つまり仏(?)様にしてしまう。この殺人癖なら、敵側から濡れ衣を着せられても仕方ない。Mは部下からマム(ma'am)と呼ばれているのも、やはり女性ゆえだろう。イギリスでこの称号で呼ばれるのは他には女王くらいか。

 何時もながら、007シリーズは旬の話題を取り入れるのが巧いと感じさせられる。今回の悪役は環境保護を謳い文句にしながら、裏では第三国政治家と結託、天然資源を入手し世界支配を目論もうとする多国籍企業のボス、ドミニク・グリーン。新たにグリーンが目をつけているのがボリビア。アメリカが中東に足を取られている間に南米で共産主義政権が台頭、それを阻止したいCIAはグリーンが極めつけのワルと知りつつも、現地局長は手を組む。それを懸念する部下に対し、「善人が少ないからだ」とうそぶく。この局長はグリーンによるボンドの始末さえ容認する。同盟国の情報員の命より国益が第一だからだ。

 グリーンにはカミーユという情婦がいた。彼女こそ、今回のボンドガール。カミーユは南米の軍人の娘で、グリーンに近付いたのは彼女の家族を惨殺した将軍への復讐のためだった。もちろんグリーンもそれは見通しているが、とびきりの美女と関係を持つのを望まない男はいない。ボンドも同じく愛する女性を失ったばかり、グリーンの皮肉どおり「2人とも傷物」同士で、共鳴するところがあった。
 サブのボンドガールが敵側に殺害されるのは何時もながらだが、石油で溺死させられたフィールズの死は惨い。全身に金粉を塗られ殺された『ゴールドフィンガー』の時は死体も美しかったが、泥人形のような変わり果てた姿は映画でもリアリティがある。

 前回のボンドガール、エヴァ・グリーンはいかにも欧州女優らしいたおやかな美しさだったが、カミーユ役のオルガ・キュリレンコスラヴの血を引く勝気そうな美女だ。面白いのはボンドは彼女の復讐を止めようとするどころか、銃の撃ち方を指南している。以前の『ユア・アイズ・オンリー』では、女に復讐を止めさせたのだが、時代の変化もあるのか。ボンドも「汝の敵を愛せ」の教えに無縁の男、『消されたライセンス』で殺害された友人の仇討ちを決行している。カミーユとのラブシーンがなかったのは、ボンドシリーズでも珍しい。

 グリーンを追うボンドは、彼の真の目的を知ることになる。地下鉱物資源より狙いはだった。わざと水脈を破壊、水不足を起し、政権転覆や支配を画策する。水資源の重要さも物語に取り入れるのは心憎いほど。
 今回はCIAがかなり悪く描かれていた。ボンドが南米局員に言う皮肉が振るっている。「コカインと共産主義を除いたら、南米に何が残る?君の国はたっぷりと汁を吸った」。イギリス人こそ、よく言う。飢餓と紛争を除いたら、アフリカに何が残るのだろう?たっぷりと汁を吸ったイギリスは、今では支援者面をしている。グリーンと交渉するのを危惧するMに、イギリス外相の「交渉出来るのは悪人だけだ」という台詞も重い。

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4 コメント

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今世紀の紛争の種 (のらくろ)
2009-02-07 01:51:09
>グリーンを追うボンドは、彼の真の目的を知ることになる。地下鉱物資源より狙いは水だった。わざと水脈を破壊、水不足を起し、政権転覆や支配を画策する。水資源の重要さも物語に取り入れるのは心憎いほど。

中東の水争いは深刻。最近の記事でのイスラエルとパレスチナでは、ヨルダン川の水を大々的にイスラエルがかっぱらい、パレスチナの住民は1日に2~3時間しか水供給が受けられないそうだ。そして「死海」は塩分濃度が上がるだけでなく、汚染が深刻化している。大河ユーフラテスの源流のトルコは、巨大ダムをあちこちに建設し、国内灌漑を潤沢にして一大農業国となっているが、下流のシリア、イラクではユーフラテスの水供給が大幅に減って、トルコとの水ネゴが厳しいものになっているという。

一時は道路公団と並んで利権団体と糾弾された水資源開発公団(水資源機構)。しかしその担当エリアには、北海道、東北、北陸、山陰は入っていない。我が国はもともと世界でも多雨の地帯に属するが、上記地域は国全体の梅雨期、台風期の「雨季」に加えて、「降雪期」があるからに他ならない。雪は特に交通の障害となるので、降雪地方の住民からは嫌われているが、人の居住しない山間部での積雪は、春を迎える融雪期に豪雨のような一時的大量出水にならず、ひと月以上の長期的に潤沢な水資源供給をするほか、山腹から緩慢な地下浸透で伏流水をも豊富にする。

だが、上記4地域は、「経済発展」の先頭を走ることは決してない。東京一極集中が以前にもまして進展しているからだ。その東京が、人口集中の結果、そろそろ水ショートを引き起こしそうだという。人口が日本全体は「自然減」のなか「社会増」で増え続けているのに、東京への水供給ベースとなっている利根川水系にはもうダム候補地が残っていないからだ。

この期に及んで本省庁、本社、すなわち東京への権限集中を推し進める政界、官界、経済界のトップの頭は完全に狂っている。私が日本の仮想敵国の幹部なら、利根川の水を飲用にできなくなるような汚染手段を講じて大々的に実行に移すだろう。そうすれば5~10年は東京が損なわれ「ゴーストタウン」化し、日本は完全に終了する。わかっているのかいないのか、政界、官界、財界はこの危険な状態を今日も明日も放置し続ける。
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Re:今世紀の紛争の種 (mugi)
2009-02-07 21:26:39
>のらくろ さん

 人間も含め全ての生き物は水なしでは生きられません。「湯水のように使う」ことが可能だった日本さえ、時に水争いで村同士が抗争した歴史もあり、まして中東は古来からそれがありました。イスラエルがあれだけ軍事行動を取るのも、実は水資源確保もあると言われていますね。トルコによる大々的なダム建設は20世紀末から始まっており、それが下流のアラブ諸国との緊張の元になっています。チグリス、ユーフラテスの水源がいずれもトルコにあり、強気でいられるのです。

 水資源機構と名称だけは結構でも、水資源が豊富にあるエリアを担当していないところに、この組織の実態が伺えますね。政界、官界、経済界のトップは常に東京在住なので、地方の事情が分っていないのでしょう。このような有様では、たとえ北海道、東北、北陸、山陰を水資源機構の担当に入れたところで、中央からの天下り役人が着任、ろくな仕事が出来ないのではないでしょうか?地元のことを知る技術者が治水事業を行うべきなのですが、中央が一方的に取り決める構造ならうまく行きません。

 東北においても、特に宮城県だと仙台一極集中が以前にもまして進展しております。地方には就職先が限られているので、東北から東京のような大都会へ若者の流出が止まらない。地元紙は相も変わらず「これからは地方の時代」を繰り返しますが、それを唱えているのが地方在住体験もない東京のセンセイ。
 若者が定住するような就職場が地方には是非必要です。先日「ブルガリア研究室」さんが、ニートなどを国策として過疎地農村で農業をさせ、最初の2年間は給料を支給(農村支援隊員として)、その後は現地の農地で自活してもらう、という提案をされていました。これはニートに限らず新卒者、失業者にもよいと思います。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/09a2f473ea4c5bbedc92686ed50da927
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バリ帰還 (Mars)
2009-02-08 20:57:19
こんばんは、mugiさん。

「湯水のように使う」ことが可能だった日本でも、現在はミネラルウォーターを購入するのも、当然のようになりましたね。

先日、バリ島に旅行しましたが、商品名の「アクア」が、ミネラルウォーターと同義となっておりましたが、本当に、水はお金を出してでも、買うものなのですね。
(バリ島で、生水を飲むと、一発で腹下しになるそうです)

私も、美人系(?)が好きなので、エヴァ・グリーンや「ユア・アイズ・オンリー」のボンドガールは好きですが、、、。
今作のは、どうなのでしょう??

バリ島のある、インドネシアの通貨はルピアですが、紙幣で2番目に大きい、50,000ルピアには、デンパサール国際空港の正式名にも名を残す、ングラライ将軍だそうです。
(ルピアで一番大きい、100,000ルピア紙幣にはスカルノ大統領の肖像が用いられています)

500mlが2,000ルピアで売っている反面、一日の食費が、2,000ルピアのところも、バリにはあるそうです。

世界の格差社会とは、日本人には容易に想像できるものではないのかもしれませんね。
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Re:バリ帰還 (mugi)
2009-02-09 21:41:05
>こんばんは、Marsさん。

 バリ旅行から無事のご帰国、お疲れ様でした。南国での休日を大いに楽しまれたことでしょう。
 それにしても、バリ島では生水も飲めないのですか!改めて日本の水道のよさを感じさせられました。そういえば香港も、ホテルの水道水が少しにごっていたのを思い出しました。

 スカルノ大統領は知っていますが、ングラライ将軍は初耳です。検索してみたら、独立戦争の英雄。彼と共に旧日本兵12名がオランダ軍と戦い、玉砕したことも初めて知りました。日本人としても誇らしいエピソードです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A9%E3%82%A4

>>500mlが2,000ルピアで売っている反面、一日の食費が、2,000ルピアのところも、バリにはあるそうです。

 これまた、すごいお話です。他国の格差社会は本当に桁外れ。格差社会をがなり立てるマスコミは、所詮リッチなので、その実感もないのでしょうね。
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