トーキング・マイノリティ

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インドの民話集 その①

2008-04-11 21:25:11 | 読書/インド史
 先日、『インドの民話』(A.K.ラーマーヌジャン編、青土社)を読了した。どれも味わいのある物語ばかりで、実に面白かった。特にインドに関心がない方でも、十分楽しめる民話集と思う。日本の民話と似た内容のものもあれば、まずありえない話もある。この本を読んで、インドというのは民話の宝庫のような国だと感じさせられた。

 まえがきで編集者のラーマーヌジャン氏は、この本に収録した口承民話は22種類の言語から選び、翻訳したと書いている。公的に認定された言語だけで22もあるという多言語国家ゆえ、さぞ編集の苦労があっただろう。編集者は民話をこう紹介する。
いずれあなたか誰かが読んで生き返らせ、再話して変えてゆくものなのです…物語は格言のように、文章の中で意味をもってくるものです。いま、この本の文脈の中では、意味はあなたと私の間に生まれてくるのです。民話は内部にその文化的文脈を幾分なりと備えている詩的なテクストです。また民話は新しく語られる度に新しい意味が見つかる移りゆく隠喩なのです…

「まえがき」に続き「序文」もあり、こちらでは様々な民話やその背景を考察と分類を試みる。サンスクリット学者・松山俊太郎氏はインド人学者は様々なカテゴリーに分類、分析するのを好むと言っていたが、ラーマーヌジャン氏もその才能を発揮している。民話において、さらに7種類の説話を分類したのは興味深い。その種類は男性中心の説話女性中心の説話家族に関する説話(普遍対照的な説話)運命、死、神、悪魔、亡霊などによる説話ユーモラスな説話あるいは道化や賢い人物に関する説話動物に関する説話物語に関する説話・・・

 7つの説話分類への解析もよいが、特に私は①、②と④への内容が面白かった。①の場合、主人公が突出して描かれ、冒険を求め親たちから離れる。これらは親から離れ自身の過程を作る若者にとって手解きになる台本のようなもの。主人公は父親に逆らって旅立ち、人食い鬼(父親の象徴)を殺すか征服し、別の世界の姫君たちを獲得、動物たちと友達になり、こうした動物たち(または女性も)が彼を補佐する役割を引き受け、名声と姫君と王国-少なくともその半分-を我が物にして意気揚々と戻ってくる。女性たちは彼の人生のゲームの賭けの対象、商品または助手に過ぎない。継母或いは鬼女も主人公の殺害を企むこともあるが、一般に彼の敵は同性。通常、この物語は結婚式で終わる。このパターンは他国でも同じであり、桃太郎や一寸法師もこの型を踏襲している。

 女性中心の説話だと、焦点は別なものになってくる。男性を助け、救い、元気を取り戻させ、しばしば彼のために謎を解いたりすることは、女主人公の人生のなすべき役割になっている。そうした説話の場合、女性の方が頑張っているが男は意気地なしであり、母親や恋人、或いは妻に押さえられている。敵対者は通常女性-一夫多妻制の妻たち、小姑、義母である。時には男性-父親、兄弟、またはヒンドゥーの導師が女主人公に理不尽に言い寄り、彼女の敵となることもある。主として彼女を助ける者も、また女性の傾向がある。
 男性中心の説話と対照的に、結婚は物語の終わりではなく始まりであり、その後別れが起こり、それから女性により男性が救われる。女主人公は恋人との別離の後、苦難と奉仕を通じて再び彼を獲得するという物語で、現代の恋愛映画や小説もそっくり同じ型があるのは、人間の思考はいつの時代も変わらないとなるのか。

 運命、死、神、悪魔、亡霊などによる説話は一神教圏と好対照だと感じさせられる。ヒンドゥーの神話では神々は汗もかかないが、説話だと神々は排泄行為をしたり、女神には生理まである始末。普通の女が神に敬意を払わず、箒を振り上げるのはまだしも、バラモンさえ神々を杖で追い払い、舌を突き出すのだ。アッラーやキリストが降臨したら、一神教世界なら説話でもひれ伏すだろう。日本もそうだが多神教世界だと、結構神様にワガママが効くが。
 編集者は説話例を挙げ、「農民」「文字を知らぬ民衆」「東洋人」は宿命を受け入れる運命論者だとするステレオタイプが嘘なのは明らか、と言い切っている。この言葉をマルクス史観論者にも捧げたいものだ。

 インドには説話の職業的な語り部もいるそうだ。特に南部では話し手は出演を家族や団体と契約し、渡り歩く者もいるらしい。大抵は2大叙事詩「マハーバーラタ」「ラーマーヤナ」と「プラーナ」の神話だが、村々にはカーストの英雄や地方の神々と聖者に関する叙事詩を語る吟遊詩人の団体まであるという。また家庭内では主に食事の時間、伯母または祖母が子供たちに説話を語るようだ。以前見たインドの小説にもそういった箇所があり、幼児期に民話が聞ける環境にあることと我国のお寒い現状を比べ、まったく嘆息させられた。
その②に続く

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