トーキング・マイノリティ

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インドの民話集 その②

2008-04-12 20:22:27 | 読書/インド史
その①の続き
 翻訳者・中島健氏はあとがきで、ギリシア神話とインド民話を比較し、こう述べられている。
ギリシア神話の中では、人間は人間を越え人間の力では如何ともしがたい自然に神格を与え、理解を絶する自然、人間の対立物としての自然を何とか合理的に解釈し、これと戦おうと涙ぐましい努力をしている。しかしインド民話の中では自然は人間の敵ではないようである。自然は人(神)格を持って現れ、また動植物として存在するが、人間と異質な対立物ではない。人間と心を通わすことの出来る基本的には同質のものとして扱われている…

 また中島氏はインド説話で際立つ点に、人間以外の自然の存在や動植物が人間と対等であり、全く当然であるかのように、感情や理性を持った存在として遇されていることを指摘している。何処の国の民話にもこうした傾向はあるにせよ、インドの場合特にこの面が強いと言う。そこには民衆レベルでの人間もまた自然の一部だという根源的な認識があると氏は見ている。一神教世界や儒教圏なら人間と動物は対等など論外であり、人間と交際する動物にもどこか語り部の蔑視が感じられる。

 虎はインドを代表する猛獣であり、民話にもよく登場する。『本当の顔を見せようか?』の物語はバラモンの娘と結婚する虎が主人公。この虎、こともあろうに菜食主義者のバラモンが作る料理の匂いや味を好み、サンスクリットなどの教養まで身につけている。ついに人間に姿を変える魔術を会得、あるバラモン一家を訪ねる。バラモンの父は教養のある若者を気に入り、自分の娘との結婚を決める。式を挙げ、若者と娘はバラモンの家を後にするが、夫婦2人きりになったところで夫は正体を現す。娘は夫が実は虎だったのに衝撃を受けるが、もはや逃げ出すことも出来ず、森で暮らすことになり、夫婦の間に息子も生まれる。子供は人間ではなく虎だったが。

 絶望する娘を救ったのがカラス。カラスは惨めな生活を綴った彼女の手紙を兄弟たちの元に届け、彼らは妹を救出する。その際、虎の子も殺す。妻に裏切りに激怒した虎は復讐を誓い、また人間に変身しバラモンの家に行くが、兄弟たちに返り討ちにあうという結末。
 動物と人間が結婚するのはいかにも民話らしいが、原注で編集者は一家の娘と結婚する余所者の男への疑惑を指摘する。族内婚や密接に結びついている共同社会では、とりわけそうである、と。妹を連れ去った見知らぬ男への兄の嫉妬と、夫との間にトラブルがある時助けてくれる兄への妹の信頼を表していると、編集者は言う。
 東北の「遠野物語」に馬と夫婦になる人間の娘の話しがあるが、この馬も娘の父に殺されている。もしかすると、これも身元不明の男への不信が原因の殺人が元になっていたのだろうか。ただ、この物語の場合、娘と馬は蚕の神となる。

 多民族、多宗教国家らしく、インドの民話には異民族同士の話が出てくる。『夢の饗宴』は3人のムスリムの兄弟と1人のミャオ族の男の物語。この本にはミャオ族に関して少数民族としか記されていないが、中国にもいるミャオ族と同民族だろうか?民話でミャオ族はヒンドゥーとイスラム両方のしきたりに従っているとあり、ムスリムの兄弟は「フクロウの息子のミャオさん」と呼びかけている。
 ムスリムは3人なので、ミャオ族の男を思いのままにしようとするも、逆にたった1人の彼にやり込められるお話。北インド版にも似た物語があり、こちらではパールシー(インドのゾロアスター教徒)がイスラム教徒とキリスト教徒を出し抜くらしい。

 1人が多数を出し抜く説話は各国に見られ、編集者は日本、欧州、アイスランド、カナダ、アメリカ、イラン、ブラジルでも蒐集されていると言う。この説話には通常3人の男性の仲間が登場し、その1人は馬鹿者か下層階級の者というパターンだそうだ。日本にもそんな説話があったとは知らなかった。つくづく、インド人学者の博学さには舌を巻く。ヒンドゥー知識人にはたまに世界の諸学識に通じている人がいる。日欧の学者はともすれば専門バカに陥りがちだが、インドの東の大国にはこのような学者はまず存在しないだろう。 

非暴力』の話も面白い。誰にでも噛み付く性悪の蛇が聖者に会って改心、これからは誰にも噛み付かないとの誓いを立てる。だが蛇が害を加えないことに気付いた子供たちは、蛇を苛めるようになる。蛇は聖者との約束を守り耐えていたが、彼と再会して窮状を訴える。「お師匠様、あなたは私に誰も噛んではいけないと仰いました。でも皆とても冷酷です!」。聖者はこれに答える。「私はお前に誰も噛んではいけないとは言った。でもシューシュー言ってはいけないとは言わなかったぞ」。
その③に続く

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