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アメリカ社会の流れの中で ナバホ 父と娘の物語

2021-12-12 21:35:11 | 音楽、TV、観劇

 アメリカ先住民を取材した12月7日放送の世界のドキュメンタリーは見応えがあった。邦題は「アメリカ社会の流れの中で ナバホ 父と娘の物語」。アメリカ先住民については全く浅学だが、第二次世界大戦時に使用言語が暗号として使われたため、ナバホ族の名前だけは知っていた。以下は番組HPでの紹介。

アメリカ社会の変化の中でそのアイデンティティを自問自答しながら生きている先住民の父と娘を5年かけて取材。現代社会に生きる彼らの心情を描いたドキュメンタリー。
 先住民の同化政策で白人の養子として育ったナバホ族のローレンス。その苦い経験から、部族の聖なる山を崇拝する伝統的な暮らしを送っているが、生計を立てるためには、炭鉱労働者として、その山を削って働かざるを得ない矛盾に日々悩んでいる。
 一方、高校生の娘、ケイトリンは、ナバホの女性らしい生き方を望む父に対し、ある秘密を抱えて暮らしていた。原題:THE BLESSING(アメリカ 2020年)

 ローレンスと家族が住んでいるのはアリゾナ州。その州にあるブラック・メサという鉱山でローレンスは炭鉱労働者として働く。ナバホ族の神話では天空は父で、大地は母という。人は母なる大地から生まれ、そのために人の肌は大地の色をしているそうだ。
 ナバホ族の信仰からすれば母なる大地を掘ることは大変な冒涜に当たり、ブラック・メサは聖なる山だった。その聖地には豊富な石炭が埋蔵されており、1964年、石炭大手会社ピーボディ社は採掘を開始する。

 ナバホ族の神聖な山を掘削する行為だが、ピーボディ社は先住民を雇用することに決め、雇用先も満足にない居留地には安定した職を生み出すことになる。ローレンスも伝統に背く職に就いていることに悩みつつも、生計を立てるためには他に手段がない。

 ローレンスは私生活では伝統を非常に大事にしている。早朝から祈りを欠かさず、杉の葉でいぶしたり、鳥の羽を使っての清めの儀式はいかにも先住民らしい。尤も彼もテント暮らしではなく、電気の通った家に住んでいる。
 ローレンスには5人の子供がいるが、妻は数年前に家を出たそうだ。その事情は不明でも、ローレンスの話しぶりから夫婦関係は冷え込んでいたようだ。当時の彼は酒浸りで、家にもロクに寄り付かなかったとか。
 但し、ローレンスは人目もあるのか出て行った妻は責めず、素晴らしい5人の子供を与えてくれたと話している。ローレンスに限らず先住民にはアルコール依存が蔓延しており、崩壊家庭も少なくないという。

 高校生の娘ケイトリンは末っ子で、アメフト部に所属している。アメフトとは男子だけのスポーツだと思い込んでいたが、アメリカの学校では男女混合で行っていたことには驚いた。そのためケイトリンはずっと父にアメフトをしていることを隠し、クロスカントリーをやっているとウソをついていた。伝統を重んじる父に、男女混合のアメフトをしてると言い辛かったから。
 伝統を大事にするローレンスなので、長老の家にでも生まれ育ったのかと思いきや、全く違っていた。先住民の同化政策により、彼は9歳でモルモン教徒の家に里子に出される。兄弟に別れを告げることもできなかったそうだ。

 1954年、モルモン教会は先住民の「生徒受け入れ事業」を開始する。ローレンスの語る里子の実態は辛いものだった。良い教育が受けられると言っていたが、実際は働き手を求めていたのだ。里親は彼の髪を切り、名前も勝手に変えた、教会で洗礼を受けさせたという話しぶりから、その心中が伺えよう。
 里親の教育とは白人化に外ならず、名前はローレンス・ギルモアとなっても、心情はナバホのままだった。そのためアリゾナに移住し、子供たちをこの地で育てることに決めたいう。今までもこれからも俺はずっとナバホだとローレンスはいう。

 炭鉱労働者として働いてきたローレンスだが、仕事中の事故で腰椎を痛め、傷病休職を余儀なくされる。ピーボディ社は経営が行き詰まり、ナバホ発電所を閉鎖する。石炭採掘も止めることになるが、地元想定よりも25年早い創業終了だった。36年間炭鉱で働いてきたローレンスは、今は銀工芸細工をしているそうだ。

 ケイトリンはアメフトをしていることをついに父に打ち明け、ホームカミングデーの試合ではクイーンに選ばれる。ローレンスは娘がアメフトをしていたことを知った時、驚いても叱らなかった。そして娘がクイーンに選ばれたことを喜ぶ。
 ケイトリンの卒業式でのスピーチは興味深い。自己紹介で彼女は両親の氏族は「多くの住宅」「赤い家」、母方の祖父は「苦い水」、父方は「水辺」と言う。映画『ダンス・ウィズ・ウルブス』スー族が主要登場人物だが、「蹴る鳥」「風になびく髪」という名のスー族男性がいた。

 ケイトリンが抱えていたある秘密とは、好きになった女性がいることだった。言葉ではとても言えないので父に手紙を書くが、男性も女性も好きと言っていたから、今風で言えばバイセクシャルか。件の女性は顔も心も美しく、彼女を愛しているという。
 例え今は父の理解を得られずとも、何年も何年も待つと言うケイトリン。娘はナバホ女性でも現代的なアメリカ女性でもあるのだ。

 石炭採掘は居留地に雇用を生み出したが、環境破壊も引き起こし、水源は汚染され、森も破壊されたという。さらに番組では触れなかったが、「ロング・ウォーク・オブ・ナバホ」、つまり強制収容所への移動強制のため、土地をめぐりホピ族と現在も係争中であることをwikiで初めて知った。先住民は21世紀でも黒人より貧しく劣悪な暮らしを強いられている。

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