トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

中東オタクのぼやき

2009-05-28 21:20:25 | 私的関連
 以前、ネット検索していたら、中東現代政治専門の酒井啓子氏による書評がヒットした。『イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策 Ⅰ・Ⅱ/ジョン・J・ミアシャイマースティーヴン・M・ウォルト著、講談社』についての論評で、私もこの本を読み衝撃を受けた。'07年12月付けと少し古いものだが、この中で酒井氏がぼやいた「しかし中東研究者が言ったところで、中東オタクのたわごととしか聞いてもらえないのに(やれやれ、評者もどれだけそういう目にあったか)…」の箇所は気にかかる。教養では氏の足元に及ばないといえ、私も一介の中東オタク、似たような体験はあるのだ。

 私が中東に関心を持ったのは学生時代の1980年秋、映画『アラビアのロレンス』を見たのがきっかけだった(リバイバル)。歴史は子供の頃から好きだったが、関心のあったのは日本史以外には中国史、当時は大半の日本人と同じく中東には全く無知で関心もなかった。その前年はイラン・イスラム革命が起き、映画鑑賞の少し前はイラン・イラク戦争が勃発、改めて中東とは遅れて野蛮なところだと思ったものだ。
 しかし、映画鑑賞後、中東に対する見方は全く違うようになった。それまでの関心や価値観を180℃変える作品というのも、現実にあるのだ。後に知ったことだが、中東オタクにはこの映画をきっかけにハマった人が少なくないらしい。

『アラビアのロレンス』を見た時、私はまだ未成年で、周囲にアラブおよび中東社会に詳しい仲間もおらず、独自で調べる他なかった。当時はエスニックブーム以前で、現代以上に欧米崇拝熱が強く、欧米文化こそ世界の範たるものと疑いもなく思われていた時代。あの地域に関心を示すだけで仲間内では変人扱い、男でも奇人変人視され、まして女性なら大変だ。酒井氏もさぞ苦労があったことだろう。同性の揶揄ならまだしも、異性からの冷笑はつらかったと思われる。年を食って面の皮が厚くなった今はともかく、私も若い頃は堪えた。その頃は中国好きもダサいと思われていたし、まして中東なら輪をかけたイモである。

 いつの時代もマイナー趣味は立場が弱い少数派。同じマイナーでもスペインやポーランドに関心があると言えば、仲間内でもさほど特異な目で見られないだろう。しかし、中東では書くまでもない。一言に中東といえ広いし、酒井氏はイラクが専門で、イランの女性専門家には桜井啓子氏がいる。姓は一字違いだが、酒井、桜井両氏とも奇しくも昭和34(1959)年生まれである。
 なお私個人は、『アラビアのロレンス』を見たにも係らず、アラブよりイランやトルコに関心を持った。トーマス・エドワード・ロレンス(アラビアのロレンス)はミステリアスで魅力的な人物だが、スケールではトルコ初代大統領ケマル・パシャに到底及ばない。アラブよりトルコに好感を抱いたのは同じ敗戦国ということもあるはずだ。

 21世紀でも我国の知識人は欧米派と中国派に2分されると思う。そんな中でインド、中東への関心は未だ低く、専門家は変わり者やへそ曲がりが相場だろう。少し前に頂いたコメントで興味深いものがあった。「学者には2種類いる:エベレスト登山家南極探検家。前者は多くの者が目指す学問をするので、競争が激しく苦労が多いが、大物がそろっている。後者は例えば自分自身しか所持しない、欧米の無名の学者の著書を一生研究していて、誰も他には、その著者について研究していないので、何を言っても平気、競争相手もゼロ、それでも学者面して食っていける…」。

 ネットの世界でも親欧米、親中韓が群を抜いており、前者は後者を後者を左翼と疑い、後者は当然反米の姿勢が目立つ。中東オタクはその狭間で分が悪すぎる。親米派には過激左派の疑いをかけられ、中華圏シンパからは親米と決め付けられる。ただ、かつて親アラブに過激ではなくとも左派が少なくなかったし、現代もイラスム擁護ゴッコしている左翼も健在なので、親米派が疑惑を持つのも止むを得ない。チェチェン紛争を取材する日本人ジャーナリスト常岡浩介氏さえ、イラスムに改宗した人物にも係らず、2ちゃんねるなどで「米帝の手先」と誹謗されていた。先日、私もある護憲派ブロガーから屈米呼ばわりされた。もちろん件のブロガーはかなり精神面に問題があり、異論反論者には誰彼構わず「親米」「政府支持者」の言葉を投げつける輩だったが。

 学生時代に見た本で、題名、著者名、内容も殆ど忘れているが、戦争直前、ドイツへの日本の急接近を警告した中東研究家がいたことが記載されていた。その人物が第一次大戦時のトルコを引き合いにし、「ドイツはもっとも悪しき同盟国である」と主張したものの、この時も「中東オタクのたわごととしか聞いてもらえない」有様だった。

◆関連記事:「イスラエル・ロビー

よろしかったら、クリックお願いします
   にほんブログ村 歴史ブログへ

最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
学者の型 (室長)
2009-05-29 09:52:05
mugiさん、小生の学生時代に聞いた伊東光晴先生の言葉の説明が、少し舌足らずな感があるので、少し説明を追加させてください。
エベレスト登山:世界最高地点はたった1カ所、これに向けて世界中の探検家が競争するので、学者の優劣がはっきりする。
南極探検家:南極大陸は広大で、しかも人類未到の地点というのは、何千、何万とあるので、競争と言うほどのものはない。誰もが第一発見者(到達者)と自慢できる。

上記の事実を基礎に、伊東先生は、「エベレスト登山型の学問には、競争が激しく、その中で抜きんでるのは簡単ではない」、自分はそういう学問分野である「近代経済学(ケーンズ学派)を選び、他の学者より優秀な成果を上げるべく非常に苦労してきた」・・・という一種の自慢話です。
他方、伊東説では、「南極探検型の場合は、誰も興味を持たず、何の役に立つかも知れない研究分野を、勝手に作り出して、我こそ第一人者」と得意になっている学者達。例えば、既に絶版となっている、西欧の、誰も知らない学者の本を1冊所有している日本の学者が、時折その本を元に、研究論文を発表する。他の誰もその本を知らないし、入手もできないので、反論もできない。だから、南極探検型は、同じ学者といっても、気楽な商売だ!
 まあ、お気づきのように、エベレスト登山型であること、近代経済学こそが時代の学問だと、ご自慢なさったわけですが、学生時代からひねくれ者だった小生は、これはよい知恵だ。自分は南極探検型をやろう、と決めたわけです。ブルガリア研究を志し、選んだというわけです。
 mugiさんは、中東研究、インド研究も変わり者の学問と考えているようですが、そうとも思えない。日本では小さい学問分野かも知れないけど、世界的には巨大研究部門といえる。
 また、小生が長い人生をかけて知ったことは、ブルガリア研究という、小さい分野でも、ある程度真剣に勉強していけば、ブルガリアの周辺のバルカン半島、或いは社会主義時代の東欧圏、オスマン帝国を通じて若干の中東知識、なども勉強するし、それなりに広い視野につながりうると言うこと。
 更に、ブルガリアの社会主義体制の欠陥ぶりを研究していくと、ソ連が作り出した社会主義モデル全体の弱点も見えたし、ソ連の独裁者の心理とかも想像できるようになって、米ソ関係も見えてきた。また、小国専門家の方がソ連を脇から見ながら、ソ連専門家よりも早く、異変(ゴルバチョフ体制の自滅主義)に気がついたと思う。
 マイナーな研究などという、そういう風に考える必要性はないし、インターネット社会のおかげで、誰でも情報発信できる世の中になったのですから、堂々と論陣を張っていけばよいと思う。
 mugiさんの到達したブログ記事のレベルは本当に高くて、大新聞より充実している面もある。我々新米ブロガーも、お互いに競争し合って、普通の人が気づかないこと、正論と思うこと、などを地道に発信し続けることで、若い人々の知識向上に少しでも貢献していきたい。「この経歴も何も分からない、有名でもない筆者が、こんなに興味深い視点をただで提供してくれる。ありがたい」と読者らが、読みながら思ってくれれば本望なのです。
返信する
Re:学者の型 (mugi)
2009-05-30 20:56:56
>室長さん

 学者といえど人の子、まして功成り名遂げた学者なら自慢話をしたくなるものでしょう。エベレスト登山型を自認する伊東先生からすれば、南極探検型などお気楽なもの、と見下す気持がありありです。ただ、誰もやっていない分野も、のちにエベレスト登山型に発展するかもしれません。近代経済学も南極探検型から出発したはず。その意味で、南極探検型はパイオニア型といえなくもないと思います。私自身、学生時代からへそ曲がりなので、あえて非欧米社会に関心を向けたのでしょう。

 上記で酒井氏のグチを紹介したとおり、日本の中東研究家は肩身の狭い思いをしているのは確かです。「ホメイニなど、ローカルなレベルの、ローカルな人物」と言った元左翼ブロガーがいますが、これは右翼も同じでしょう。ただ、インターナショナルの御題目を掲げる左翼の方がむしろ第三世界蔑視が酷いことが、ネットを通じて確認できました。
 私はこれまでバルカンの歴史に全く無知でしたが、この半島はオスマン朝とも関りのある重要な所でした。にも係らず、トルコとの関係ではアラブとイランばかりに目が向いており、完全に中東に偏った視点だったことを思い知らさせました。

 あなたのブログ記事並びにコメントこそ、海外生活体験者でなければ知りえない情報満載で、実に質の高い内容だといつも感心させられています。海外在住体験者や在住中のブロガーの記事やコメントを見たことがありますが、自分の自慢話に興じているだけのレベルのものも少なくなかった。
 大新聞といえどもインド、中東はマイナー分野なので、コラムはどうしても皮相的になるのかもしれません。私は地元紙しか取ったことがないので、大新聞でどう書かれているのか不明ですが、河北新報は惨い、の一言。NPO代表の報告を載せるのは結構ですが、その内容は「一体何を見てきたんだ、ボケ!」と言いたくなるもの。新聞を読むと、反ってバカになると思うこの頃です。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/b20d094ee5a03fa1b1299c49377f1523
返信する
NHKドキュメンタリー、インドシリーズ (スポンジ頭)
2009-05-31 21:59:30
こんばんは。

またNHKがインドを特集していますが、mugiさんのご感想はどうでしょうか?私はインドに対する知識がないので、非常に面白かったです。インドがシナを仮想敵国として海軍を増強しているのは分るのですが、日本では通常この辺りの報道がされていないのではないかと思います。
また、彼らがゲリラ・テロ戦のエキスパートだとは知りませんでした。周辺国から留学生を受け入れてて軍事ネットワークを築いているそうですが、日本も留学生を送ってはダメなのでしょうか(食事が大変ですが、笑)。
インドの選挙もカースト制度の絡む中、身体・生命の危険もある雰囲気での活動ですが、それでも「インド人」意識があるので不思議です。
返信する
Re:NHKドキュメンタリー、インドシリーズ (mugi)
2009-06-01 22:06:34
>こんばんは、スポンジ頭さん。

 NHKインド特集、もちろん私も面白く拝見しており、後にエントリーにする予定です。そして仰るとおりインドが対シナを睨み、軍事拡張していることは河北新報ではわりと書かれてます。これを欧米の識者とやらが軍事バランスを崩すと懸念を表明したり、唯一の被爆国として日本はインドの原子力開発を看視するべきといったコラムを載せますよ。

 インドがゲリラ・テロ戦のエキスパートとなるのは当然でしょう。昨年もムンバイでテロ事件がありましたが、このような隣国パキスタンがらみのテロは珍しく無い上、その他分離独立を目指す過激派、ラジーブ・ガンディーを暗殺したスリランカのLTTE(タミル・イーラム解放の虎)などもある。私も日本が留学生を送ることが望ましいと思いますが、欧米人も滞在しているから食事は大丈夫です。それよりも隣国の懸念が気になるのかも。
返信する