トーキング・マイノリティ

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オレンジと太陽 10/英/ジム・ローチ監督

2013-07-09 21:10:20 | 映画

 英国における児童移民をテーマにした作品。“児童移民”とは聞きなれない用語だが、19世紀から1970年に至るまで身寄りのない子供が実に13万人以上、英国から豪州に移民として送られていたという。以下はwikiのあらすじから。

1986年のイギリスのノッティンガム。社会福祉士のマーガレットは、ある晩、シャーロットという女性から自分のルーツを調べてほしいと相談を受けた。オーストラリアからはるばる訪ねてきたというシャーロットは少女時代、ノッティンガムの児童養護施設にいたが、ある日、他の児童たちとともにオーストラリアに移送された。養子縁組ではないその移送に疑問を抱いたマーガレットが調査したところ、シャーロットと同じ扱いをうけた人々がオーストラリアにたくさんいることを知り、彼らの家族を探すことにした。

“身寄りのない子供”の母の大半は未婚であり、英国に限らず欧州では少し前まで彼女らや婚外子は露骨に蔑まれていた。まして今以上にシングルマザーの生活手段のない時代、婚外子は養子や孤児院に出されていたのだ。養子縁組で愛情溢れる家庭に貰われたならば孤児も幸せだったろうが、劣悪な環境の施設に送られた子供たちも多かったのだ。児童移民政策は英国政府承認の下、教会や慈善団体が実施していた。豪州も白人の子供を欲しており、英豪の政府や教会団体の協力で児童移民が続けていたのだ。

 マーガレットはオーストラリアに渡り、かつての児童移民たちへの聞き取り調査を開始する。彼らの話から施設では衣服や靴もロクに与えられず、十歳前後の子供でも苛酷な労働を強いられていた実態が判明した。施設内で「娼婦の子!」と罵ったり、コブの付いた杖やベルトで打ち据える神父もいた。体罰の他に男児にも性的暴行を加えた神父までいたことを知ることになる。児童が成人した後、それまでの被服や食事代を要求する施設さえあったというから、無償の福祉ではなかったようだ。

 児童移民の実態をメディアで告発した後、マーガレットには多くの非難や妨害を寄せられた。面と向かい神父への嘘や中傷を止めるように言う女はまだマシな方で、夜中に電話で脅迫したり、夜間直接マーガレットのいる事務所に押しかけてきた男もいた。クソ女、ビッチなどの暴言だけでなく、彼女が部屋を出なければ暴力も振るったはず。
 マーガレットには夫も子供もいる。児童移民の調査に相当なプレッシャーとストレスを受けつつも家族の協力もあり、困難な仕事に立ち向かっていく。

 マーガレット・ハンフリーズ原作の「からのゆりかご 大英帝国の迷い子たち」を基に映画化したのがこの作品。ラストクレジットでハンフリーズ夫妻は今でもこの調査を続けているとあった。「2009年11月にオーストラリア首相が、2010年2月にイギリス首相が事実を認め、正式に謝罪をしている」(wiki)そうだが、果たして教会は謝罪したのだろうか?施設内での児童虐待を長期に亘り隠していたのが教会なのだ。また信者たちも、善意の神父を冒涜すると擁護する者が多かったという。

 児童移民は英国だけでなく、他の欧州諸国も行っていたのは確かだろう。『オランダ東インド会社』(永積昭 著、近藤出版社)に第4代オランダ東インド会社総督クーンが本国に充てた書簡に、次の文句があった。
オランダに数多くある孤児院の棚ざらえをするつもりで、どうか若い者、とくに若い娘を送ってもらいたい。(73頁)

 この書簡は17世紀前半のものであり、他の欧州諸国も事情は変わりなかったはず。19~20世紀に英国だけで13万人以上ならば、いったい欧州全体でどれだけの児童移民が行われたのか?教会が深く関わっていたならば、実態の解明も困難を極めるだろう。
 児童がまだ英国の施設にいた時、係官が豪州行きをこう勧めていた。豪州はいいぞ、毎日太陽が輝いて、毎朝オレンジをもいで食べる…映画の原題 Oranges and Sunshine はここから来ている。この話を聞いた児童は見知らぬ新天地への夢を膨らませていたに違いない。待っていたのはオレンジも口にできない粗末な食事と重労働だった。



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4 コメント

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聖書を読まないキリスト者ども (のらくろ)
2013-07-10 23:19:25
>施設内で「娼婦の子!」と罵ったり、コブの付いた杖やベルトで打ち据える神父もいた。体罰の他に男児にも性的暴行を加えた神父までいたことを知ることになる。

自分たちの教典である新約聖書の最初の章には、教祖の血筋に娼婦が2人も特出しで取り上げられているのは「見て見ぬふり」らしい。ダブル・スタンダードどころかエイト・ハンドレッズ・スタンダード(嘘八百)というところか。

引用はここ↓
http://stonepillow.dee.cc/kurosaki_frame.cgi?40+1+1-1

1章3節ユダの(その嫁)タマルによる(不倫の)子はパレスとザラ、

1章5節サルモンの(遊女)ラハブによる子はボアズ

こういうことを、非キリスト教徒、非ユダヤ教徒である日本人はよく把握しておくべきである。エラソーにしているキリスト教の神父や牧師を鼻で嗤い、相手の聖典で相手の弱点を突くために。

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必要なかった移民 (トオニ)
2013-07-11 20:13:40
労働力不足解消の為に移民労働者を受け入れてその結果、色々と問題が起こってるイギリス。
児童移民(移民というより棄民)せずにちゃんと育てて、職を与えていればそういった移民問題は出なかったんじゃないかとふと思った。
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RE:聖書を読まないキリスト者ども (mugi)
2013-07-11 22:10:10
>のらくろ さん、

 参考になるサイトを紹介して頂き、有難うございました!タマルは舅を誘惑してパレスとザラを産んだのですが、ユダが悔い改めたため不義の子を神が祝福した…というのが聖書の設定。よほど嫁ぎ先に居座りたかったのでしょうか。そしてボアズの母は遊女。豪州の施設に送られた子供が娼婦の子なら、イエスは娼婦の子孫でしょう。

 この件で検索したら、「福音は血よりも濃い」というサイトがありました。
http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/100fukuin.htm

「血縁や血統をも越えた、もっと大きな力」があると強調、「聖書はイエス・キリストの系図がいかに汚れたものであるか、それを隠そうとしません」。だから凄いとのことですが、それを白人キリスト教徒にも言えば?と言いたくなりますね。
 そのくせ異教徒の不倫にはここぞとばかり責める。聖職者のみならずエラソーにしている耶蘇の平信者にも、「アンタの教祖は娼婦の子孫でしょ」といえば効果的?
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RE:必要なかった移民 (mugi)
2013-07-11 22:12:22
>トオニさん、

 かつて西欧諸国は聖書に従い「産めよ増やせよ」と子沢山で、養えない子供たちを棄民として植民地に送り込みました。しかし、豊かになって少子化になり、労働力不足解消の為に受け入れた移民によるトラブルが起きているのだから皮肉なものです。ドイツやフランスも同じ悩みを抱えているし、日本も似た様な問題が起きています。日本の場合は企業が国外に移転、産業空洞化が先になりましたが。

 今では信じられませんが、19世紀までは欧州から中東に向かう移民の方が多かったのです。それだけ中東の方が豊かだったし、十字軍も結局は豊かな地域に向かった出来事でした。国で養えない人々を棄民したからこそ、豊かになれたのでしょうね。
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