萬蔵庵―“知的アスリート”を目指すも挫折多き日々―

野球、自転車の旅、山、酒、健康法などを徒然に記載

インドを走る! 第9話「カンプールからラクノーへ」

2007年05月23日 | 自転車の旅「インドを走る!」

<ガンガ中流に架かる橋の上で>

※「インドを走る!」について

カンプールでの三日目の朝、重い眠りから目を覚まし、いやいや旅仕度をしていると、M君も起き出してカワヤへ行くが、戻ってきてまたベッドにもぐり込む。様子が変だ。どうしたと聞くと、熱と下痢で行けそうに無いという。さっそく熱を測ると39度もある。

 大事である。毛布を借りたり、日本から持ってきた「トンプク」を飲ませたりの看病が始まる。午前中は彼を寝かせつけておいたが、夕方の涼しくなった頃を見計らって、病院に連れてゆく。待合所で三人腰掛けているとなんと女医さんが出てきた。美人である。彫りの深い顔立ちに大きな瞳、褐色の肌に純白の白衣がよく似合う。M君ベッドに寝かされ、脈拍を測る為手首を握られる。M君、非常に嬉しそうにしてはしゃいでおる。

 (あいつは本当に病気かね。)

 私とE君ははなはだ疑問を抱く。すっかり元気になったM君を連れてチャイニーズレストランへ栄養補給に行く。

 チョーメン(焼きソバ)
 スプリングロール(春巻)
 半ライス
 コーヒー

 の食事をすませて、3人で43ルピー(約1300円)。ちなみにここは高級レストランである。店を出るとトヨタのコロナが横付けしてある。インドを走っている自動車のほとんどはインド国産であるので、客の中の金持ちのものであろう。歩いて宿まで戻る。

 明けて翌朝、3人とも体調良し。ウッタラプラデシ州の州都ラクノーへ向けて出発。途中、聖なる河“ガンガ”(ガンジス河)の中流あたりに架かる橋を渡る。中流といえども川幅は広く、橋も長い。水は不透明なエメラルドである。ゆったりと流れていくその様は聖なる河にふさわしい重々しさがある。河辺では数人のインド人がゆっくりと静かに沐浴をしていた。

 この日は、陽射しは強かったが追い風であり、距離が稼げた。早めにラクノー市街地入りを果たした我々は、満足げに顔を見合わせ「早かったなぁ」とお互いの健闘を称えあったのも束の間、我が愛車インドに来て二度目のパンクである。

 何故、俺ばかりが・・・。M君、追い討ちをかけるように、

「大変だゾー。市街地だゾー。人が集まるなァ。熱いゾー。」

と半分はしゃいでいやがる。案の定たちまちのうちにインド人に囲まれる。一重目幼い子供達、二重目少年少女、三重目は大人たち。全部で五十人もおろうか。風と光が遮断され、大汗かいて修理する。M、E両君面白がってシャッターを切る。

 ラクノーでの宿は駅のそばのホテルである。蚊がいなかったのでグッスリ眠れる。翌日はM君の調子を考え休息日とする。洗濯したり、ゴロ寝したり、旅行記つけたりでくつろぐ。

 昼頃、M君が郵便局へ行った帰りに珍客を連れてくる。オーストラリアのサイクリストである。背高く、幅あり、全体的にどっしりとした風貌は弁慶の如し。その太い左上腕に碇と蛇の刺青あり、ポパイの如し。服装はといえば、帽子の変わりにボロ布をアラビアン風に巻きつけ、ジーンズを引きちぎって作った上下を纏う。よく日焼けしている。自転車はインド国産ヒーローサイケレ(実用車タイプ)。リアキャリアにバッグ一つ括りつけてあるのみ。中身は寝袋だという。着の身着のままと見て間違いなし。雲水行者の如し。

 彼はまず、カルカッタからダージリンへ行き、一旦カルカッタに戻り、北上してネパールはカトマンドゥへ。また、南下してラクノーに着いたと言う。途中、鉄道やバスも使ったらしい。彼のサイクリングは非常に合理的だと思った。身一つでインドへ来て、インド国産のサイケレを購入(約六千円)。自転車の多いインドであるから、パンク修理、部品交換等は容易にできる。疲れて無理だと思えば電車に乗る。インドの汽車へは輪行しなくてもそのまま自転車を乗せることが出来るから、これも容易である。

 かたや我々のサイクリングはというと、なまじ、チェンジギアだのフレンチチューブだのトゥーストラップだの、インドでは入手できない部品をつけた自転車に乗っているがために、心配の種も予備パーツも増える。疲れても意地を張って自転車に乗り続けるから、名も知らぬ村の道端で動けなくなったりするのである。なんという不合理さであろうか。彼の旅に比べると我々のそれは非常にぎこちなく、無理、無駄があるような気がするが、開き直っていえば、自転車の旅の本質は苦労するところにあり、それがゆえに便利な鉄道やバスも使わず、馬鹿のひとつ覚えみたいにペダルをこぎ続けているのではなかったか、と思うと我々の旅の不合理さも納得できる。

夕刻、彼帰る。ヒーローサイケレに乗って走り去ってゆく姿を見て、あの自転車なら珍しがられて、インド人たちが集まるようなことは無いだろうと思い、多少羨ましく思った。

 翌朝、目を覚ますと、M君が真っ蒼な顔をして「吐き気がする。」と言って震えている。熱を測ると39.6度もある。またまた大事である。今日も休息日か。

茫漠たるヒンドスタン大平原を走り抜け、ネパールに入りヒマラヤ山景を仰ぐのはいつの日か。

                              つづく





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