萬蔵庵―“知的アスリート”を目指すも挫折多き日々―

野球、自転車の旅、山、酒、健康法などを徒然に記載

インドを走る! 第7話 トラブル その2

2007年05月09日 | 自転車の旅「インドを走る!」
 九時半出発。すでに陽は高く昇っている。強い陽射しが私の皮膚を射る。数日前からの下痢と今朝からの微熱でペダルをこぐのが苦しく辛い。暑さも普段よりいっそう強く感じる。喉が渇く。水で潤す。百メートル走る。また喉がひりつく。ハンドルバーとマップケースと熱を蓄えたアスファルトをにらみつけながら走る。

 体が熱い。口に水を含み、霧吹きの要領でぶうと手足にかける。一瞬すうっと、手足の皮膚から熱が逃げるが、すぐに熱が再び皮膚を占領する。

 チクショー、負けてたまるか!

とひとり言を言いつつなんとか走り続ける。ようやくオウレリアから十数キロ地点の名も知らぬ村まで辿りつく。そこで休憩ということになり、自転車を置くと、倒れるようにそばの石の上へ座り込む。節々がだるい。頭が重い。景色が黄色に見える。

 「おい、マンゾー大丈夫か」
 「ああ、なんとか・・・」
 「ちょっと待ってろよ!」

 M君、そう言ってどこかへ行く。E君は私のそばに居てくれる。しばらくするとM君戻ってきて、

 「おい、あっちのチャイ屋で寝かせてくれるぞ。」

 覚束ない足運びでチャイ屋へ行く。壁も屋根もワラブキで床は土間である。奥に竹の枠に麻で編んだベッドがあり、そこへ横たわる。
 
 持ってきた体温計で熱を計ると39度もある。苦しい筈である。やがて、M君が医者らしき人を連れてくる。私の手首をつかんで、脈拍を診てなにやら言いながら、錠剤を一粒出して私に飲ませる。しばらくすると、少々楽になり熱を計ると38度に下がっている。

 そこで、改めて回りを見ると狭い土間ではあったが、村の人達で充満している。E・M両君二人でそのインド人達と必死に何か話しているが、多くのインド人達はベッドに臥せっている私を見ている。「見られる」というのは疲れるものである。

特に病の身であればなおさらだ。辛いので壁際に寝返りを打つ。打ってみてギョッと驚く。ワラブキのワラとワラの隙間からインド人特有の大きな瞳がいくつも並んでいるのである。狭いチャイ屋の土間に入りきれなかった村人達が小屋を取り巻いて隙間から中を窺っているのだ。

 この村では「日本人」というだけで珍しいのである。さらにその連中が自転車に乗ってやって来たのだから、これだけでも大ニュースなのであろう。しかも、その内の一人はこの村で倒れ、○○ちゃんちのお店で寝て、××ちゃんちのお父さんに脈を診てもらい、薬を飲んだ事が、村史上まれにみる一大事なのである。

彼ら村人たちは、「これを見逃す手があるものか。相手が病気だろうがかまうことはない。どんな面しているか見てやろうじゃないか。それイケェ!」てんで、このチャイ屋に土煙を上げて集まって来たに違いない。まるで見世物だ。上野のパンダが好奇心のみで大勢の人間に見られ、恐らくはそれだけで疲れ、伏し、死んでいった気持ちが私には判る気がする。

そのうち、M君が村で英語を理解する青年と話し合い、私をこの村でも名だたる農家へ移すということになり、そこへ運ばれた。その家のベッドでしばらく寝ていると大分気分が楽になり、いつの間にか眠る。起きてみると、E・M両君及び村の英語を話せる青年とその他村人多数が暗がりで輪を作ってよもやま話をしている。

 「おお、マンゾー起きたか。なにか芸やれ。」
とM君がおっしゃる。無芸大食で有名な私だが、実を言うと火を吹くことができる。百円ライターをまずガスの弁だけ開き、仰いだ顔の口の中にガスを注ぐ。十分口に充満したと思ったところで、口元にライターの火を近づけ、唇からすうっと溜めておいたガスをだす。するとボーッと口から火が出ることになる。

 これをインド人たちの前でやると、今まで騒いでいた彼らが静かになる。私はそれをやったきりでまた眠りにつく。我ながら馬鹿な男である。

 翌朝起きると熱も下がり、まずまずの体調。お世話になった農家の人たちに礼を言い、写真を撮って出発。昨日より気分が良い。空気もうまい。ペダルが軽い。実に爽快だ。しかし、ここ二三日の食事が、パン、ビスケット、ミルクという離乳食ばかりなので完全なる体力復帰とは言えない。ビスケットをかじりながら、この炎天下を走らねばならないのかと思うと気が重くなる。私は忍者ではないのだ。

嗚呼、日本の飯が食いたい!贅沢は言わない。せめて日本風のカレーを食わせてくれ!

 ― この日、日本を出てから25日目。カンプール市着。―

                                   つづく


<お世話になった農家とその人々>
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