about him

俳優・勝地涼くんのこと。

『ムサシ』(1)-1

2016-08-27 20:31:45 | ムサシ
2016年5月12日、蜷川幸雄さんが亡くなりました。

70歳を過ぎてからも精力的に、それこそ年間7作~10作もの演出を手がけてこられた多作ぶりでしたが、それでもまだ足りない、もっともっと第一線で作品を生み出し続けて欲しかったと思わずにいられません。

以前『少年メリケンサック』のレビューで、「パンクが生き返るためにはまずパンクが抵抗すべき巨大な既存の権力が必要」「子供が逞しく育つためには親は乗り越えるべき壁として存在していなくてはならない。そう考えると大人になっても音楽も生き方もあいかわらずパンクな、「メリケンサック」のメンバーのような人間が増えることこそが、次の世代の成長を阻んでる、パンクをつまらなくしてるとも言える」と書いたことがあります。
要するに怒れる若者もいずれ大人─権威になってくれないと次の世代、新たなカウンターカルチャーが育たないということで、「大人」であり「親」であることと「パンク」「若者」であることが両立しえないのを前提にそう書いたんですが、2012年の舞台『ボクの四谷怪談』のパンフレットを読んだとき「そうだ、蜷川さんがいたじゃないか!」と膝を打ちました。

「ぼくたちは白痴的に疾走します。念のために言っておきますが「賞」はいりませんから。くれるはずないか。」「稽古始めに全員に向かって「絶対に賞はもらえないから覚悟しておけ」と言いました。批評家迷惑な作品になると思ったので(笑)」といった発言には、「世界のニナガワ」と称される演劇界の重鎮でありながら権威として祭り上げられてしまうことを良しとしないパンク的反骨精神が濃厚に感じ取れます。
思えば2007年の舞台『カリギュラ』のパンフレットでも、カリギュラを「パンクの王」と定義しネオンを舞台装置に取り入れたことについて「ヤッター!古代ローマの話なのにネオンなんて発想が浮かぶんだから、俺はまだまだ大丈夫だ」と子供のように大喜びしてましたっけ。

その一方で、彼は若い俳優の育成には定評がある。藤原竜也くん、小栗旬くんをはじめ、蜷川さんの舞台に起用されたのを期に大きく花開いた俳優は枚挙に暇がない。
有名な灰皿投げのエピソードなど厳しい指導で知られる蜷川さんですが、役者たちにとことん向き合うことでその能力を引き出すやり方は、次の世代を教え導く「大人」「親」とはかくあるべきと思わせます。
蜷川さんの葬儀の席での俳優さんたち─若手から大御所まで─のコメントも、多くが単純な感謝・尊敬では終わらない蜷川さんへの深い思い入れ、身内に対するにも似た運命共同体的紐帯を感じさせるものでした。
パンクでありつつ大人でもある、そんなことも可能なのだと蜷川さんに教わった次第です。

そして蜷川さんの訃報を聞いたとき、蜷川さん自身の死を惜しむのと同じくらい、・・・正直言ってそれ以上に、勝地くんの夢が潰えてしまったことが悔しくてなりませんでした。
テレビ番組『アナザースカイ』の中で、蜷川さんの演出でシェイクスピアをやりたいと語っていた彼──蜷川さんの年齢を思えばあまり猶予期間は長くないと思えた夢は、ついに間に合わなかった。勝地くんは初舞台となった『シブヤから遠く離れて』以来1~3年に一度の割で蜷川演出の舞台に立ってきた。決して手の届かない夢ではなかったと思えるだけに余計無念が募ります。

蜷川さんの葬儀が報道されたさいに、勝地くんのコメントもいくつかのニュースで流れたのですが、そこでは「『ムサシ』に出演」とのテロップが出ていました。
勝地くんが最後に蜷川作品に出演したのは2012年の『ボクの四谷怪談』ですが、『ボクの~』の方は上で引いたように「絶対に賞はもらえない」と演出家自身が認める異色の作品でもあり、海外公演も行なわれた正当派の大作である『ムサシ』の方が出演作として名をあげるのにふさわしいという判断があったものでしょう。番手においても『ムサシ』は準主役でしたし。

この準主役というポジション、初演で小栗くんが演じて好評だった役とあって、再演当時勝地くんはずいぶんプレッシャーも感じたようです。
そこへさらに蜷川さんや主演の藤原くんからプレッシャーをかけられた次第を『アナザースカイ』で話していましたが、それらもひっくるめて勝地くんにとっては忘れがたい、俳優人生のメルクマールともなる作品となったことと思います。

というわけで、30歳という節目の年のお祝いと蜷川さんへの追悼の意をこめて、今回『ムサシ』について拙いながらもレビューを書いてみることにしました。しばしお付き合い頂ければ幸甚です。

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